東方不敗は死なず(前編)


「よーし、快調快調」
バイクのエンジン音が鳴り響く。トウマの乗る高性能戦闘バイク・ワルキューレのものだ。
人型機動兵器が溢れるこのゲームでは戦力にはなり得ないが、それでも使い道がないわけでもない。
「それじゃ、先に基地に向かってるぜ」
トウマの提案。それは、ワルキューレによるG-6基地への先行。
その無謀とも思われる提案に、二人の仲間は当然のごとく反対の意を示した
「……本気で行くつもりか」
ブライガーから通信機を通じて、クォヴレーの返事が返ってくる。
「ああ。俺も、いつまでもブライガーの助手席を暖めとくわけにもいかないしな」
「トウマ、俺はそんなことは……」
「動くのは少しでも早いほうがいいだろ?司馬博士達の身に何か起きたりする前に、早く接触しなきゃ」
「……だったら、せめてブライガーで向かったほうがいいのではないか」
グルンガストからも、イキマが難色を示してくる。
ちなみに現在の休息時間は、グルンガストの調整の他に、イキマがグルンガストの操縦をマスターするために取られた時間でもあった。
「いくらなんでも、バイク一台では危険すぎる。敵に襲われたら身を守る術があるまい」
「いや、そうでもないさ。この暗い中なら、目立つロボットで行くよりも、かえって安全かもしれないぜ?」
確かに、バイク一台なら身を隠す場所には困らないだろう。基地の手前には、大きな森が広がっている。
「……仕方がないな」
半ば観念したかのように、クォヴレーは言った。
「おい、いいのかクォヴレー?」
「あいつの意志は固い。それに、司馬博士達との合流を急がねばならないのも事実だ。
 下手に戦力を分散させるのも得策ではないし……リョウトが基地に着いた時、俺達のうちの誰かがいなければまずいだろう」
リョウト・ヒカワ。彼が順調に基地に向かっていれば、そろそろ到着していてもおかしくない時間である。
「ぬぅ……そこまで言うなら、俺もこれ以上は止めんが……」
「心配するなよイキマ。それより、お前は早いとこグルンガストに慣れとけよ!今のままじゃ、俺達のチームを抜けてもやってけないぞ?」
「……ふん、言われるまでもないわ。お前も、下手を打ってのたれ死ぬなよ」
茶化すようなトウマの口ぶりに、イキマは顔を顰めつつ憎まれ口を返す。
そして、クォヴレーも。
「トウマ、俺達もすぐに追いつく。それまで、絶対に無茶な真似はするな」
「わかってるって。じゃ、行ってくる!」
そう言って、トウマは勢いよくアクセルを踏む。
軽快なジェットエンジンの音を響かせ、トウマを乗せたワルキューレは颯爽と走り去っていった。

「……本当に行かせてよかったのか?どうも、嫌な予感がする」
トウマの影が河を越え、森の中へと消えていったのを見届けてから、イキマは口を開いた。
「トウマも、元の世界では数多くの修羅場を潜り抜けてきたという。あいつを信じよう。
 ……それよりお前は、グルンガストの操縦をマスターすることに専念するんだ」
「ああ、わかっているが……」
イキマは北へ……数時間前まで自分達がいたE-1の島のある方角へと視線を向けた。
(リョウト・ヒカワか……奴は本当にこちらに向かっているのだろうな……?)
彼の感じる不吉な予感はトウマに対してだけではなかった。島に残してきた仲間に対しても、その予感は拭えなかった。
(何だというのだ、この胸騒ぎは。ジョシュア達の身に何かあったのか――?)


 * * * * * * * * * * *


レーダーに表示された3つの赤い点のうち、今、2つが消滅した。
1つはマスターと呼ばれていた参加者の機体。もう1つはヤザンのアルテリオンだった。
「ちっ。ヤザンめ、口ほどにもない……まあいい」
舌を打つ木原マサキ。もっとも、手駒を失っても、彼は然程困る様子は見せていなかった。
(どの道ここで捨てるつもりだった駒だ。ここは敵の片方を落としただけでも良しとするか)
ヤザンが戦闘を強行した時点で、マサキは彼を、ひいては基地をも放棄し、G-6から脱出することを決めていた。
首輪の解析はほぼ完了している。高性能な解析装置も手元にある以上、もはや基地の設備に拘る必要はない。
本音としては、今後のためにも基地は利用したいところだったが、かと言って命に代えるほどのものでもない。
(さて……残るはガルドだけか)
レーダーに反応する最後の1機に目を向ける。
(これ以上の小細工や言い逃れは通用しないだろうな。奴は必ずこちらに矛先を向けてくる。
 レイズナーの損傷も小さくはない……ヤザンは敵にどれだけダメージを与えたか……
 いや、どちらにしてもやはり戦いは避けたいところだ。ならば――)
「レイ、V-MAXをスタンバイしておけ」
「READY」
ライフルを構え、常に飛び出せる体勢を整えながら、レイズナーは基地の出入り口へ向けて足を踏み出した。

木原マサキの誤算。それは、基地の外にいる敵がガルドだけだと判断してしまったこと。
いや、この場合は……常識で物事を判断してしまったこと、と言うべきだろうか。


 * * * * * * * * * * *


大破したアルテリオンの破片が散らばって地面へと落ち、周囲を炎に包む。
その炎をバックに佇む、一人の老人。
立ち尽くすエステバリスの目を通じて、ガルドはただ呆然とその光景を眺めていた。
自分の見たものが未だ信じられなかった。
無理もない。生身の人間が、コクピットごと真っ二つにされ爆発した機体の中から生還した上、素手で敵機を破壊するなどと。
(何の冗談だ、これは……)
東方不敗マスターアジア。
化け物じみた行動を目の前でやってのけた彼に、ガルドは恐怖すら感じた。
もっとも、爆発から生還したとはいえ、彼の身体は遠目にもはっきりとわかるほどの重傷を負っていた。
赤黒く焼け爛れた、全身の火傷の跡。失われた左腕。常人ならそのまま死に至ってもおかしくはない、明らかな致命傷。
それがかえって、異常さを一層際立たせているわけであるが。
(この男……人間か……?)
ほんの少し前まで共に行動していた仲間が、今は酷く異質な存在に思えた。
もし彼が、自分にその力を向けてきたら――
(いかん……何を考えている、俺は……!)
一瞬、彼に聞こえた悪魔の囁き。ガルドはそれを振り払うかのように、スピーカーで叫ぶ。
「マ……マスターアジア!大丈夫か!」
そう呼びかけながら、東方不敗の下へと機体の足を一歩進めた――その時。
東方不敗の姿が、突然視界から消失する。
次の瞬間――
機体左部より衝撃が走った。
同時に、腕が――エステバリスの左腕が宙を舞った。

「な……にっ!?」
ガルドは自分が置かれた状況を即座に理解した。
すぐにバーニアを吹かして後ろに跳び、そのまま倉庫の影まで下がって機体を潜める。
その際、索敵も忘れない。見失った東方不敗の姿を探す。
レーダーに反応しない人間の姿を巨大兵器の目だけで探し出すなど、困難なものだと思われた。
だが彼の姿は容易に発見できた。
東方不敗はその身を隠そうともせず、倉庫前の広場のど真ん中に、これ見よがしに立っていたのだから。
その姿は、やがてエステバリスに向かって歩き始めた。
「くっ……マスター!何の真似だ!?」
返事は返ってこない。ただ真っ直ぐに倉庫へと足を進めてくる。
その姿に、その得体の知れないな迫力に、ガルドの全身に冷や汗が浮かび上がった。
彼の身体から、それだけでも敵を竦ませられるほどの殺気が溢れかえっている。モニターに映った姿からでも十分に伝わってくる。
(何故だ!?一体マスターの身に何が――まさか!?)

――かつて封印していた記憶が、ガルドの脳裏に蘇った。
ミュンを、イサムを傷つけた、取り返しの付かない過ちを犯した、あの日のことが。

「同じなのか……あの時の、俺と」
東方不敗と初めて出会った時から、ガルドは薄々勘付いていた。彼の中の内なる衝動に。
それが極めて危険なものであることも、漠然とながら気づいていた。
何故なら……形こそ違えど、自分の中にも同じような衝動が巣食っているから。

今の東方不敗は、血に飢えた野獣。目につくもの全てを破壊する狂戦士。

「マスターアジアッ!!」
ガルドは叫んだ。
「あんたはまだ、やるべきことが残っているはずだ!!」
それは、ガルドらしからぬ感情を先走らせた行動だった。
東方不敗の姿に、無意識のうちに自分自身を重ね合わせて見ていたせいだろうか。
「目を覚ませ!!あんたはそれでいいのか!!」
まるで、あの日の自分に呼びかけるように、叫ぶ。
それでも、東方不敗は止まらない。ガルドに向けた殺気をそのままに、ゆっくりと歩み寄ってくる。

(やはり駄目か……!)
エステバリスの右手のライフルに力が込められる。
(どうする……やはり戦うしかないのか?どうすればいい……?)

「……逃げろ」

外部集音マイクが、老人の僅かな声を拾った。
それは、確かにガルドの耳へと届いた。
「何……?」
東方不敗の全身からは、依然として殺気は放出され続けている。すぐにでもガルドに飛び掛ってきそうなほどに。
しかし、今の言葉は……?
「ガルド……ワシを残して、すぐにこの基地から離れろ」
再び、東方不敗の声が聞こえてくる。それは殺気に満ちたその姿からは想像できないほど、落ち着いたものだった。
「マスター!?あんた一体……」
「さっさとしろ!!今のワシは、貴様を殺したくて仕方がないのだぞ!!」
怒声が響いた。その声色は、どこか焦りすら含まれていた。
(正気に?いや違う――まさか!?)
「ここでこのまま、ワシの手で殺されたいか!?
 為すべきことも、果たすべき友との誓いも!!何もできぬまま犬死にしたいか!?」
「――!!」

ガルドは理解した。
彼は今も闘っているのだ。自分の中に沸き起こる衝動と。
その信じられないほど強靭な精神力で、今なお抗い続けているのだ。
だが、それももう抑えきれないのだろう。限界を超えた彼にできることは、せめて仲間を自分から遠ざけるのみ。
これは、彼に残された理性の最後の叫びなのだ――


 * * * * * * * * * * *


(妙だ……ガルドめ、何故動かん?)
倉庫に隠れ、そのまま一向に動く気配を見せないガルド機に、マサキは疑問を抱く。
(受けた損傷で動けないのか?いや、それなら最初の挙動が迅速すぎる。
 待ち伏せ……それも位置的には考えにくい。ならば、外で何かが起きているのか?)
あらゆる可能性を考えてみるが、納得できる答えは出なかった。
(悠長に考察する時間もないか……どの道、今が脱出の好機であることに変わりはない)
マサキは動き出した。それは、彼にしては急ぎすぎた判断であったかもしれない。
少なからず追い詰められている現状、解析間近の首輪、丸二日張り詰めたままの緊張……
それらの微々たるストレスが積み重なって、マサキを焦らせ、急かした。
「一気に離脱する。V-MAX、発動……!」
「READY」
レイの機械音声と共に、レイズナーはその切り札を発動させた。
レイズナーの胸部に内蔵されたマグネチックフィールドジェネレーターが最大出力で稼動し、強電磁界フィールドが機体を覆う。
本来は緊急回避用に開発されていたという、V-MAX。
敵はガルド機一体。基地から離脱するだけなら、さほど難しいものではない。
「よし……!」
全スラスターが、一斉に最大出力で稼動する。そして――!


 * * * * * * * * * * *


「来るか……」
不穏な空気を感じ取り、東方不敗は一言呟くと、エステバリスに背を向けた。
「マスター!?」
「奴が動く。貴様はここで、奴の襲撃に備えていろ」
彼が見据える先は、もう一人の殺戮者が潜む、基地の出入り口。
「あの小僧……木原マサキとか言ったな。貴様の気がかりは奴……そうであろう」
「!? どういう……!?」
突然周囲の空気が一変する。それを肌で感じ取り、ガルドは押し黙った。
気の流れが、変わった。
大地、大気、あらゆる自然の気が、東方不敗の身体に集まり始める。
それは明鏡止水の境地に達した者だけが使うことのできる、究極の奥義。
しかしその予備動作は、最終奥義・石破天驚拳のそれとは違っていた。
「ガルドよ……見ておれ。これが東方不敗、最後の斗いだ」
東方不敗の右手が、静かに掲げられた。
集まった気が、その拳へ――指先へと集まっていく。

「ワシのこの手が呻りをあげる……!!」

その呻りは、東方不敗の消えゆく魂の、最後の叫び。

「炎と燃えて、全てを砕くッ……!!」

その炎は、東方不敗の尽きつつある命が燃やす、最後の残り火。

心を殺意に埋め尽くされてなお、理性を保ち抗おうとする彼の背中は、やけに大きく見えた。
先程まで彼に恐れや疑いを抱いていたのが、馬鹿らしく思えてしまうほどに。
「……わかった」
ガルドは、男の最後の願いを静かに受け入れる。
「デビルガンダムも。そしてこの殺し合いも。必ず、止めてみせる。
 だから、あんたも――」
一呼吸おいて、告げる。
「最後の一瞬まで――負けるな」
その言葉に、東方不敗は静かに頷いた。
そしてそのまま、振り返ることなく駆け出した。
重傷とは思えない、猛烈な勢いで。
一直線に――木原マサキの潜む基地の出入り口へと向かって、走る。
「かぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びが轟き。
東方不敗は大地を強く蹴り、空へと舞った。

全く同じタイミングで――
周囲の壁を壊しつつ、基地入り口から蒼き流星が飛び出した。
続けざまに、倉庫の方向にカーフミサイルを二発発射、牽制と目眩ましを仕掛ける。
撃ち出した二発の行方を見届けることなく、レイズナーは離脱すべくガルド達に背を向けた。
「よし!緊急離脱――」
「背面ヨリ、エネルギー体接近中!」
「なに!?」
レイの突然の報告に反応したことで、一瞬動きが止まった。
その一瞬が、大きな隙となる。

「うおおおおおおおッ!!!」
そのエネルギー体は……いや人影は、弾丸のような勢いでレイズナーへと迫る。
撃ち出されたカーフミサイルを踏み台にし、さらなる高みへと跳び。

「しゃぁぁぁぁぁぁくねつっ!!!」

東方不敗は、その右手に炎を纏わせ、レイズナーの背に喰らいついた――!

「サァァァンシャイン・フィンガァァァァァァァァァ!!!」


しかし。
その攻撃は、レイズナーの本体にまで届かなかった。

「ぬ……ぅぉぉぉぉぉ!!」
全身が焼き尽くされる。
レイズナーを覆っていた強電磁界フィールドが、東方不敗を阻んだのだ。
それは、満身創痍の東方不敗の身体には、もはや耐えられるものではなかった。
彼の右手の炎が、徐々に小さくなっていく。そして――



 * * * * * * * * * * *


意識が、徐々に深い闇へと堕ちていく。
あの時と同じだ。ガンダムファイト決勝戦、ドモンとの戦いの後……ワシの命が尽きようとしていたあの時と。

ワシは一度死んでいた。いや、あのまま死ぬはずだった。
しかし如何なる経緯か、ワシの肉体は元に戻り、この殺し合いの場に召還された。
ユーゼスがワシに何の目的で、何をしたのかはわからぬ。
だがワシは、奴の非道を許せなかった。奴に抗うべく、弱き者たちを守り、殺し合いを止めるべく動いた。
それは、かつてワシの犯した過ちに対する償い……
いや、違うな。結局、ワシのしてきたことは偽善でしかない。ただの自己満足に過ぎん……

――東方不敗……あんたは間違っている!!

ふいに、馬鹿弟子の声が聞こえてきおった。
死に際の走馬灯、という奴か。ワシにもこんな幻を感じることができたのだな。

――何故なら、あんたが葬ろうとしてきた殺戮者達もまた、同じ被害者……
――それを忘れて、なにが殺し合いの阻止だ!!

ああ、そうだドモンよ。ワシはまた、同じ過ちを繰り返してしまった。
そう、お前と戦っていたあの時と同じだ。大局を見据えた気になって、実際はその本質を何一つ理解できていなかった。
これでは、ワシも殺し合いに乗った愚か者どもと何ら変わりはない。

――師匠。あんたは……

デビルガンダムと戦ってから、ワシはずっと考えておった。
この殺し合いの中で、ワシが本当になすべきことはなんだったのか。殺し合いを止めるために、ワシができることはなんだったのか。
首輪を外す技術も、この空間の謎を突き止められるほどの頭も、ワシは持ち合わせてはおらぬ。
ならば、それができる者達を、あの主催者に立ち向かおうとする者達を、結集させ、守り抜き、全力でサポートする。
それこそ、ワシが本当にやるべきことだったのではないか。
それが最も正しい選択であるかどうかは別にして、ワシは、そう思う。


――それが、あんたがこの戦いで見つけ出した正義なのか。

ふふ……さてな。何にせよ、その本質に気付くのが、あまりにも遅すぎた。
もし、自分のなすべきことにもっと早く気づいていれば、あるいは……?
いや、今となってはもはや意味のないことかもしれぬな……
どうやら、これまでのようだ。ワシはもうすぐ、二度目の死を迎える。
ふ……死ぬというのは、何度やっても慣れぬものよ……

――……そこまでか!

何……?

――あんたの力など、そこまでのものに過ぎないのか!!
――それでも、キングオブハートだった男か!!我が師匠、東方不敗マスターアジアかっ!!

ドモン……貴様は。

――あんたはまだ戦える!!命を燃やすことができる!!
――意識を保て、腕に力を入れるんだっ!!
――そんなことじゃ、誰も救えない、何もできないまま死ぬ……ただの負け犬だ!!

ふ、ふふふ……ずいぶんと言うようになったな、ドモンよ。
そうか……立場こそ逆転したものの、これは……あの最後のファイトの時と同じだ。
ならば……ワシも、師匠として、先代キングオブハートとして……このまま屈するわけにはいくまい!

――立て、東方不敗!!立ってみせろ、シュウジ・クロスッ!!!
――立つんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!

ふん、貴様に言われるまでもないわ!!
見せてくれよう!!この東方不敗マスターアジアの、真の力を!!


 * * * * * * * * * * *



――彼は、耐え切った。
東方不敗の体と心は、今、人としての限界を超えた。
そして消えかけていた炎が、再び燃え上がった。
全身を黄金に輝かせ、東方不敗の全てを込めた拳が、ついに電磁界フィールドを貫く。
拳を纏う炎は、今度こそ、流星を捉えた。

――そう……それでこそキングオブハート……それでこそ我が師匠、東方不敗マスターアジア!!
「ワシも、いやワシらも全てを出し切る……往くぞ、ドモンよ!!」
――はい、師匠ッ!!

東方不敗の拳に、愛弟子の拳が重なり合った。
それは死の間際の幻に過ぎない。それでも、それは今の東方不敗の確かな支えとなり……
彼の魂を、完全に奮い立たせた。

「我らのこの手が」
「真っ赤に燃える」
「悪を倒せと」
「轟き叫ぶ」

今、発動する。
最後まで叶うことのなかった、流派東方不敗、究極の奥義が。

「石!!!」
「破!!!」
「究極ッ!!!」

「天・驚・けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!!」



そして――
炎が燃え盛る基地の中で、また新たな閃光が一つ生まれ。

流星は、地に堕ちていった。


 * * * * * * * * * * *


「くっ……推進装置に損傷が!?一体何が起きた!?」
瓦礫の中で惨めに這い蹲るレイズナー。そのコクピットで、マサキはその顔に明確な焦りの色を浮かばせていた。
レイズナーは動かない。V-MAX使用後の機体冷却により、全システムがダウンしている。
マサキは、敵の目の前で完全に無防備な状態を晒すという、まさしく絶体絶命の危機に瀕していた。
(ガルドの攻撃ではなかった……誰だ!?この基地に、他に何かいるのか!?)
考えを巡らすにも、状況はそんな余裕すら与えない。
外からは足音が聞こえてくる。ガルドのエステバリスが近づいてくる音だ。
音は次第に大きくなり、やがてレイズナーのすぐ近くまで来て、止まった。
(ちっ……万事休すか……!)
だがその時、外からマサキを呼ぶ声が聞こえてきた。
「木原マサキ……生きているか」
「!! ガルド……!?」
「この基地から離れる。貴様にも来てもらうぞ」
ガルドのエステバリスの手が、動けなくなったレイズナーの腕を掴む。
「何……奴め、何のつもりだ」
そんなマサキの疑問を見通していたかのように、ガルドは言葉を続ける。
「勘違いするな、木原マサキ。貴様に言いたいことは腐るほどある。
 だが、貴様が首輪の解析情報を持っている以上、ここで死なせるわけにはいかん」
瓦礫からレイズナーが引っ張り上げられる。
マサキは、ガルドに殺意はないことを確認する。
しかし主導権を、引いては自分の生殺与奪の権利まで、完全に相手の手中に収まったことも理解した。
(最初にちらつかせた餌が、上手く作用したか……だが、面倒な展開になってきたな……!)
舌を打つ。これで何度目だろうか。その表情は、これまでになく焦りと苛立ちを浮かばせていた。


(あの状態で、背面部のスラスターだけを破壊するとはな)
レイズナーの破損した背を見ながら、ガルドは東方不敗の技量に半ば呆れすら見せる。
東方不敗は、これを狙っていたのだろう。
首輪の解析情報を持っている可能性がある以上、マサキを安易に殺すことはできないことをわかっていたのだ。
(最後の最後まで、あんたは負けなかったのか)
ともあれ、これでレイズナーは翼をもがれたも同然。警戒さえ怠らなければ、機体自体はもはや大きな脅威ではないだろう。
もっとも、この木原マサキという男に関しては、いくら警戒してもし足りないほどの危険人物であることも十分承知しているが。
(……他に生存者はなし、か)
基地とその敷地内をざっと見渡したが、エステバリスとレイズナー以外に動く機体は見当たらなかった。
人影らしきものも見当たらない。どうやら、今この基地にいるのは自分達だけのようだった。
改めて見直すと、基地の惨状は酷いものだった。外には、いくつものロボットの無惨な姿が転がっている。
上半身や両腕を失った機体、原形を留めないほど潰された機体……
(……もし、あの中の機体のどれかが、イサムのものだったとしたら……いや、今はそれは言うまい)
もう少しゆっくり調べたいところではあったが、マサキを連れている以上、十分な余裕はない。
(一度チーフと合流するか。このまま北上して……E-1まで、マサキが大人しくしてくれるか?)
今後のことを思案しながら、ガルドはエステバリスを振り向かせる。
その先には、右手を掲げた状態で仁王立ちとなった東方不敗の姿があった。
「……マスター、では行かせてもらう」
返事はない。
ただでさえ致命傷だったその上に、V-MAXの電磁界フィールドに生身で突っ込んだのだ。
おそらく、生きてはいないだろう。
(また、託されたか……)
東方不敗がレイズナーに向けて放った光。それが、ヘルモーズに放たれたあの光と重なって見えた。
(そうだな……俺は生きる。生きて抗い続ける……最後の最後まで諦めずに。
 それがあんた達への、せめてもの手向けだ。マスター……イングラム……)

エステバリスはレイズナーの手を取って、基地を飛び去った。
幸か不幸か、ガルドは死を迎えた友の存在を知ることなく、基地を後にすることになった。
後に残ったのは、完全に燃え尽きた、一人の漢の姿のみ。

東方不敗マスターアジアは、死んだ。
だが、その魂は、新たな戦士に受け継がれる――
















……さて。今回の話、実はまだ続きがある。
それも非常にタチの悪い、続きが。


 * * * * * * * * * * *








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最終更新:2008年06月02日 17:34