リーダーは誰だ?
気が付けば惣流=アスカ=ラングレーは台所に立っていた。目の前には食材と調理具が並んでいる。
しかし今まで家事を全て人任せにしていた彼女に料理が出来るはずもなく、その手は全く動いていない。
それなら素材のまま口に入れれば良いと思うのだが、彼女の高いプライドがそれを許さなかった。
「二、三日くらい食事を抜いたってどうって事ないわよ」
料理が出来ない事わけじゃない、必要ないから作らないだけだとアスカは自分に言い聞かせる。だが
その言葉に反論するかのように胃袋が控えめな声を上げた。口では強がれても身体は正直なものである。
(誰にも聞かれなかったでしょうね?)
僅かに顔を赤めたアスカが周囲を見渡すと、すぐ真後ろのテーブルで碇シンジが食事をしていた。
まるで背中合わせのように直ぐ後ろの椅子に座っている。
「あんた一体、ここで何してるのよ!」
アスカが顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。なぜシンジがいるのかを疑問に思うより、先程からの
失態を誤魔化す事の方に意識が向いていた。シンジは大声に驚きもせず、落ち着いた様子で振り向くと
アスカの顔を見つめ、静かに溜め息をついた。
「見て分からないの?」
そう答えると興味無さそうに背を向け食事を再開した。もう一度怒鳴りたい欲求に駆られながらも
アスカは深呼吸して自分を落ち着かせる。少なくとも台所という戦場においてはシンジの方が有能なの
は承知していた。背に腹は代えられないと判断し、猫なで声をシンジにかける。
「美味しそうじゃない。アタシの分も作ってくれない?」
「自分で作れば?」
シンジは振り向きもせずに即答する。下手に出たつもりが冷たく返され、アスカは自分が小馬鹿に
されたように感じた。
「こういう時くらい役に立ちなさいよ! アンタ、家事以外は何の取柄もない愚図なんだから!」
「うるさいな。だったらアスカは何にも出来ない役立たずじゃないか」
次の瞬間、アスカは逆手に持った包丁を振り上げていた。
朝の光を浴びて惣流=アスカ=ラングレーは目を覚ました。薄く目を瞑って休憩するだけのつもりが
熟睡してしまったらしく、少し自己嫌悪に駆られる。夢を見たような気もするが覚えていない。
「あいつ等は………」
外部モニターに目をやる。流竜馬の乗るダイテツジンは索敵されにくいよう巨体を伏せている。動き
のない所を見ると眠っているのだろうか? 一方、見張りをかって出たイッシー=ハッターは少し離れ
た所でラジオ体操をしていた。ここでラジオなど受信できるのだろうか? それらの疑問を深く考える
事もなく、アスカは時計に目を移した。針は朝の放送まで後一時間程を示していた。
「………今なら平気かも」
アスカは寝汗でベタ付く服を気にしつつ席を立った。放送前のこの時間なら他の参加者も行動を自粛
しているだろうと判断し、近くにある河で汗を流そうというのだ。そっとダイモスの搭乗口を開ける。
他の二人に伝える気はない。同行しているだけで信用したわけではない。わざわざ『水浴びに行きます』
と伝えるのは、『覗きに来てね』と言っているのと同じ馬鹿げた行為だ。少なくともアスカ本人は男性
全般を全く信用していなかった。静かにタラップを降り始める。しかし―――
「グッドモーニングだ!ガール!」
突然ハッターに声をかけられた。よく扉が開くのに気が付いたものだ。体操などして遊んでいるよう
に見えたが、真面目に周囲を警戒していたのだろう。
「グ、グーテン………モーゲン………」
物凄く驚いたが何とか無様な姿を晒さず笑顔を返す事に成功した。その笑顔は少し引きつっている。
「朝の散歩かい? 確かに早朝の散歩は気分が良い。しかし今の状況下では感心しないな」
竜馬の声も聞こえた。どうやら起きていたようだ。アスカは熟睡していたのは自分だけだと思って
少しプライドが傷ついた。
「放送まで、後少しだ! 食事でも取りながら、今後の方針を、熱く話し合おうじゃないか!」
ハッターは細かい事を気にせずに続ける。食事と聞いてアスカはゲッソリとした。賞味期限を大きく
過ぎた(と思っている)ものなど、食べれたものではない。だが、名案を思いたのか笑顔が戻る。
「竜馬さん。ソーセージが沢山あるんだけど、流石に飽きちゃったから何かと交換しませんか?」
アスカは猫なで声で食料交換を竜馬に持ちかけた。
「そうだな。こっちも同じものばかりでは飽きるから交換しようか」
交渉は成立し、アスカはパック入りカレーライスの入手に成功した。子供向けのイラストが書いて
あるが気にはしない。手順にそって作ると、どういう原理かホカホカのカレーライスが出来上がった。
「うむ、やはりソーセージは魚肉に限るな。シール付きというのもナカナカだ」
「ゲキガンカレーとかいう名前の割には甘口ね。そういえばハッターは食べなくて平気なわけ?」
のん気に食事を取りつつも、ハッターの事を多少は疑問に思ったらしい。
「必要ない。というか、そういうのは食べられないから、気にしないで食べてくれ」
「ふーん。便利なんだか不便なんだか」
その程度の説明であっさり納得してしまった。人間、自分達に有利な事は深く追求しないものだ。
「ユーゼス打倒には、もっと仲間がいる!信頼できる参加者に、心当たりはあるか?」
再びハッターが話題を出す。気にしないで食べろとは言ったが、黙々と食べられると間が持たない。
「信頼できる参加者か。そうだな、彼らなら………きっと頼もしい仲間になってくれるはず」
竜馬は集められたメンバーの中に、見覚えのある人物がいた事を思い出した。一人は偉大な勇者、
剣鉄也。一人は陽気なムードメーカー、ボス。かつて強敵・宇宙怪獣ギルギルガンとの戦いで協力し、
平和の為に力を合わせると誓った仲間だ。こんな殺戮ゲームに乗るわけがないと、竜馬は信じている。
「………アイツは戦力にはならないし、直ぐ逃げ出すから信用も出来ないし」
アスカがそっぽを向いて答える。流石に殺す為にシンジを探しているとは言わない。
「指導指導と口うるさいが、頼りになる頑固者に、心当たりがある!結構、協力者は、いそうだな!」
たった三人でもこれだけ心当たりがいるなら、他にも協力的な者は多いだろうと結論付けた。
「で、放送後に取るルートについてだが、このまま河沿いに………」
「いや河沿いは危ない。水中戦に持ち込まれると不味い」
ハッターの意見に竜馬が異議を唱えた。水中戦の重要性と恐ろしさを竜馬は良く知っている。
「水中にいるなら河ごと凍らせれば良いじゃない。楽勝よ、楽勝」
「なるほど瞬間的に絶対零度まで下げるフリーザーストームなら、色々使い道がありそうだな」
竜馬がソーセージのオマケシール裏面の解説を何枚か読み上げながら、ダイモスの武装の豊富さに
感心する。アスカは教えていない武装ついて知られた事に頭を抱えたかったが、それでも自分の優位は
崩れないと判断し笑顔を取り繕った。結果的にアスカは説明書には記載されていない必殺技をいくつか
知る事となる。もっともアスカにとっては「長い名前のただのパンチ」程度の認識であったが。
「話を戻すが、ルートについては、このまま河沿いに、西へ向かうという事で………」
竜馬の必殺技ネーミング講座を強引に打ち切り、ハッターが話題を戻そうとする。
「ちょっと待ってよ!さっきから疑問だったんだけど、なんでハッターが仕切ってるわけ?」
今度はアスカが異議を唱えた。どうにも話が進まない。
「なんで、って言われても………なぁ」
思わずハッターは竜馬と顔を見合わせる。
「だから、なんでハッターが勝手に『リーダー』してるのかって聞いてるの。リーダーって言ったら
正義の色、レッド。つまり赤い機体のアタシに決まっているでしょ!」
強引かつ適当なリーダー宣言だった。
「うーむ。赤い機体だからリーダーというのは一理ある………のか?」
竜馬が困惑気味に呟く。流石に想定外の理由だったらしい。
「友よ!冷静に考えろ!色で決めるなど、言語道断!リーダーは、熱血漢と決まっているだろう!」
ハッターの反論も少しピントがズレている気がする。
「熱血漢なんて流行らないわよ。ハッターはお笑い担当、色で言えば黄色がお似合いよ」
「ノォ! さっきカレーを食べていた、ガールこそが、お笑い担当に相応しい!」
もはや子供の口喧嘩である。だがどんな些細な事が原因であれ、仲違いしたチームが危険である事を
竜馬は身をもって知っていた。何とか仲裁せねばならない。
「まあまあ、ここは公平にだな………」
「それではリーダーとして、今後の方針についての意見を述べる。まず………」
竜馬が今後について再度説明と意見を述べ始める。それを聞きながらアスカはギュッと握った拳を
見つめている。ハッターも拳を握り締めていた。
「なんで、アタシがリーダーじゃないのよ………」
「そりゃあ、我が友がパーを出したからさ」
ヒョイと肩をすくめる。そもそもハッターは誰がリーダーであっても気にはしない。どうせやる事は
同じだからだ。正義の色が赤と言われ、少し熱くなっただけだ。こんな事で喧嘩する気は無い。
(絶対、実力で誰が一番だか教えてやるんだから)
一方、アスカは納得していなかった。どいつもこいつも自分の邪魔をする。そんな風に考えていた。
明確な方針は定まらないまま、朝の放送が流れ始めた。
【流竜馬 搭乗機体:ダイテツジン(機動戦艦ナデシコ)
パイロット状態:良好
機体状況:良好
現在位置:F-5の森で休憩中(放送後鼓動開始予定)
第一行動方針:他の参加者との接触
第二行動方針:剣鉄也の捜索
最終行動方針:ゲームより脱出】
【イッシー・ハッター 搭乗機体:アファームド・ザ・ハッター(電脳戦記バーチャロン)
パイロット状態:良好
機体状況:良好(SSテンガロンハットは使用不可、トンファーなし)
現在位置:F-5の森で休憩中(放送後鼓動開始予定)
第一行動方針:仲間を集める
第二行動方針:チーフの捜索
最終行動方針:ユーゼスを倒す
備考:ロボット整備用のチェーンブロック、鉄骨(高硬度H鋼)2本を所持】
【惣流・アスカ・ラングレー 搭乗機体:ダイモス(闘将ダイモス)
パイロット状態:良好
機体状況:良好
現在位置:F-5の森で休息中(放送後鼓動開始予定)
第一行動方針:碇シンジの捜索
第二行動指針:邪魔するものの排除
最終行動方針:碇シンジを嬲り殺す
備考:竜馬&ハッターを信頼していない】
【二日目 6:00】
最終更新:2025年01月14日 00:29