冥府に咲く花


「大丈夫。みんな助かるから。みんな、みんな、最後には助かるから。大丈夫、安心して」
「そう……だね。みんな助かるんだよね。そうだよ、だから……だからみんな、許してくれるよね」
  殺戮ゲームの二日目、昼。命は羽の様に舞い、心は脆く砕け散る。ここはそんな世界。

 市街地の一角にあるオープンカフェ『That Is Me(それも私だ)』。その店の一席でキラ=ヤマトと
ゼオラ=シュヴァイツァーが軽い食事を取っていた。店員などはいるわけもないが、勝手に各店から
集めた食料を広げ、話に花を咲かせていた。
「それはもう大好物でね、アラドったら八杯もおかわりしちゃって」
「へぇ、本当に大好きなんですね」
「やだぁ、キラってば! それからアラドはねぇ………アラドは………ア…ド……」
 言葉を乱したゼオラのクマさんマグカップを持つ手が小刻みに震え始める。
「大丈夫!」
 その手をキラはシッカリと両手で包み、大きな声で断言した。
「大丈夫。必ずアラドさんは助かります。ゼオラさんと僕達で助けるんです。大丈夫です!」
 涙で潤む瞳を見つめハッキリと断言する。中途半端な言葉は逆効果だと学習していた。
「そう………だね。大丈夫だよね。きっと助けられるよね」
 徐々にゼオラの震えは治まり、落ち着きと笑顔が戻る。もうキラはゼオラの『発作』に慣れていた。
彼女が目覚めてから十回以上、主にアラドの話題になると精神不安定に陥っている。最初はシロッコが
対処した。それをキラは真似ているだけだが、効果は十分だった。手を握るのは多分、キラの好み。

 数時間前、キラとシロッコは目覚めたゼオラから情報を聞き出した。ゼオラが殺したというタシロと
ラト、この二人の首輪と機体を入手すれば状況を好転できると考え、その下準備をしているのだ。
 キラはゼオラの面倒を任され、彼女を補給ポイントに案内し、一緒に注文された食料品と解析に使う
工具の確保に回った。その後コッソリ食事を取っている。良く言えばデート、悪く言えば使いパシリ。
 その間、シロッコは二人の機体の仕様書を熟読していた。『敵を知り己を知れば』と言っていたが、
本当は自分が機体を奪った時の予習であり、未知の技術に対する知識を増やすためだった。
 もちろん二人を一緒に行動させている事にも彼なりの理由がある。ゼオラには『アラド救出の為に
シロッコやキラは絶対必要』と不安定な精神に刷り込む為、キラには『守るべき者』を与え明確な行動
意思を持たせる為。カリスマとは水面下の努力によって保たれているものだ。

「それで……ラトは大事な友達なの。妹みたいなものなの。それなのに……私が……殺し……」
 またゼオラの手が震えだす。朝の放送を聞き逃している。キラは『ラト』という名前が放送で呼ばれて
いない事を知っているが、やぶ蛇になると面倒だったので聞き返したりはしなかった。
「大丈夫! その子もアラド君と一緒に助ければいい! 大丈夫、絶対に助けるから!」
 キラが再び断言する。ゼオラの精神安定の為とはいえ、『助けられる』と連呼しているとなんだか
本当に助けられる気がしてくるから不思議だ。もし本当に助けられる事が出来たらどんなに良い事か。
 キラは沢山の人が戦争の犠牲になるのを見てきた。守りたかったのに守りきれなかった。
(ゼオラは僕が守らなきゃ)
 キラは震えるゼオラの手を握りながら決意していた。全ての人を守る事は出来なくても、せめて身近な
人だけでも守りたいと思う。その意思が仕組まれた事だとは想像もしていない。

 B-8地区南端へ飛行してきた副長、リョウト=ヒカワ、ギレン=ザビの三名は機体越しに互いの顔を
見合わせた。朝の放送に彼らの捜し人の名はなく、予定通り捜索を開始していたのだが、淡い光を放つ
障壁に前方を阻まれていた。横幅は東西に見える限り、高さは大地から空の彼方へ。遠方からも見えては
いたが実際に近くで見ると迫力が違う。
「わざわざ地図の最端ラインに障壁とは丁寧な事だ。ここは巨大な箱庭(コロニー)か何か?」
 呆れた様にギレンが言う。障壁を越えられないならば、彼らは南端に追い詰められた形になる。
―――もちろんだが、逃げ出すのは無駄だ。
 三人の脳裏に放送の台詞が思い出された。まず思いつくのはバリアの類。試しにグダが軽く砲撃をして
みたが手応えは無かった。続いて恐竜戦闘機を向かわせると反応はロストした。やはり手応えは無い。
「ロストの際に特殊な反応も見られませんし、空間湾曲を利用したバリアでしょうか?」
 リョウトが以前の大戦で見知ったETOを例に意見を述べる。
「分かりません。でも取り合えず、行ったり来たりは出来るようですよ」
 副長が淡々とした口調で答えた。先程の恐竜戦闘機が障壁の中から帰ってきている。予め一定距離を
進んだら引き返すように命令していようだ。常に最悪の事態に備え、打てる手は打っておく主義らしい。

 何度か恐竜戦闘機を使い安全確認をした後、三機は障壁を通過した。眼下には市街地が広がっている。
「ほう。こちら側はB-1の最北端か。おそらく東西も同じ仕様だろう。選択肢は増えたわけだが」
 現在地を照合したギレンが悪態を吐いた。行動範囲は大きく広がるが、まさに逃げ場はない。
「まず近くに参加者がいるかを確認しましょう。協力者が身を潜めている可能性があります」
 副長の提案の元、周囲を警戒しながら市街地の上空を通過して行く。まるで廃墟のような市街地だが
補給や食料や物品の確保など、出来る事は多そうに見える。他の参加者がいても不思議ではない。
「ふん。敵対者の待ち伏せの可能性の方が大きいと思うがな」
 ギレンが愚痴をこぼしたその時、通信機が鳴った。全周波数での通信のようだ。
『私はSDF艦隊エクセリヲン艦長のタシロ=タツミである。貴官の名前と所属を求む。繰り返す……』
 副長の良く知る声が通信機から聞こえた。

 市街地に身を潜めながら進むヒュッケバインMK3ガンナーとV2アサルトバスターガンダムは、突然
上空に現れた巨大な恐竜型飛行物体を見つめていた。北の空が不自然に光っている事にも関係があるの
かもしれない。その大きさは戦艦程もあり、無数の異形の兵器を周囲に向けている。
「何ですか、アレ? 見るからにって感じですけど………やり過ごしますか? それとも……」
 ラトゥーニ=スゥボータが上空を警戒すると機体に戦闘態勢を取らせる。どこをどう見ても悪役、
百歩譲って異星人の戦艦です、とラトゥーニは断言する。もしかすると爬虫類が苦手なのかもしれない。
「まあ待ちたまえ。周囲に別系統の機体が見える。複数で行動しているという事は友好的な可能性が高い。
少なくとも話し合いの余地くらいはあるだろう」
 タシロ=タツミは落ち着いてラトゥーニを制する。独特な形状の戦艦の周囲には彼の良く知るマシーン
兵器とラトゥーニの乗るガンダムに似た機体が見えている。タシロは全周波数で通信を試みた。
「私はSDF艦隊エクセリヲン艦長のタシロ・タツミである。貴官の名前と所属を求む」

「タシロ艦長、私です」
「おお、その声は副長か!」
 副長とタシロが再会し、お互いのピリピリとした警戒ムードは一転し和やかな歓迎ムードとなった。
もっともギレンはV2ガンダムに対し『またガンダムか』と舌打ちしていたが。
「MK3? まだ基礎フレームが完成したばかりなのに、しかもAMガンナーと合体まで……」
 リョウトはMK3ガンナーを見て目を丸くしている。彼とリオはMK3完成前(OG1)の時間軸から
召喚されているのだ。リョウト&リオがアラド&ゼオラと面識がないのはその影響である。
「リョウトさん、自分の機体を忘れるなんて、どうしちゃったんですか?」
 首を傾げながらラトゥーニがV2ガンダムを上昇させウイングゼロの前へ移動した。彼女はシャドウ
ミラー撃退後(OG2)に召喚された為、リョウトよりも多少未来を知っている。
「ラトゥーニ、無事だったんだね。でもMK3ガンナーが僕の機体ってどういう事?」
「何を言ってるんですか? それはリョウトさんとリオさんが二人で乗ってた機体じゃないですか」
 時間軸の違いで多少混乱は起きたが、四人はグダを中心に再会できた喜びを分かち合った。そしてまだ
見つからぬ仲間の安否を気遣い情報を交換し合う。和気藹々とするムードの中でただ一人、ギレンだけは
寂しく蚊帳の外だったので、冷静に新参2人を値踏みしつつ周囲の警戒をしていた。
(ん、なんだ。このザラつく感じは…………!!!)
 周囲に漂うノイズのような気配が殺気に変わった瞬間、ギレンは叫ぶと同時に機体を動かしていた。
「来るぞ! 散れ!」
 次の瞬間、閃光がグダを直撃していた。ギレンの警告が功を成したかリョウトとラトゥーニは素早く
回避し、若干反応の遅れたタシロも辛うじて避け切った。しかし戦艦サイズのグダにまで緊急回避を
しろと言うのは無理というものだ。回避と叫ぶだけで回避できれば苦労はない。
「副長、被害状況は!」
「推進部に被弾。飛行制御系統に問題発生。高度維持不能。なお被弾時の射角から砲撃地点は………」
 グダが黒煙を上げて落下してゆく危険な状況の中、冷静にタシロの問いに答える副長の声が響いた。
「今の攻撃はゼオラ?!! 私、行きます。タシロさん、副長さんをお願いします」
 ラトゥーニは閃光の撃たれた方へ機体を向けた。墜落してゆく副長を気にしつつも『次を撃たれる前に
止めなきゃ』と自分を納得させ飛び立つ。ラトゥーニの身を案じたリョウトも後に続く。
「戻れ! 迂闊に分散するな!」
 ギレンの指示を無視し、ガンダム達は砲撃地点へと速度を上げていた。

 タシロがグダを発見した頃、西へと移動を開始していたシロッコ達もまたグダを確認していた。
しかし接触を躊躇している内に先を越されてしまっていた。そしてタシロ達の通信が全周波数で筒抜け
だった為、静観する事にしたのだ。そもそもタシロ達の死体から首輪と機体の回収を考えていたのだから
作戦を考え直さねばならない。
「朝の放送に名前が無いので、もしやとは思っていたが」
 シロッコが苦笑する。彼らが生きていても3対2。ゼオラ1人で倒せる相手(しかも手負い)ならば
少ないリスクで首輪と機体を回収できると考えていたのだ。他の3人は予想外だ。
「ラトが………助かったの?」
「良かったじゃないですか! 無事だったんですよラトさん!」
 通信を聞いたゼオラの声が弾む。キラにとっても嬉しい事だったのか、自分の事の様に喜んでいる。
「良かった、ラトが助かって本当に良かった。シロッコ様、これならアラドも助かりますよね」
 どうやらゼオラは自分が一度殺したラトゥーニが助かったと思っているらしい。
「そうだな。アラド君も彼女と同じように助けられるさ」
 シロッコは答えながら思案を巡らせる。考えるまでもなく3対5。戦艦と小型機(ナウシカ)を抜けば
同数だが、相手はガンダムタイプが3機(MK3含む)。当然の事だが、分の悪い賭けは好きではない。
「僕達も合流しませんか? 」
 キラが常識的な意見を述べた。シロッコとしても失う物はリーダーとしての立場程度であり、得られ
るものは多数の味方と情報だ。悪い話ではない。
「向こうにギレン=ザビがいる。十分に警戒しろ。肉親でさえ戦争の道具にする非情な男だ」
「知ってるんですか?」
「有名人だからな。コロニーを地球に落とした軍の総帥で、戦争を始めた人間の一人だよ」
 キラの問いに対してシロッコはギレンを批判する事で答えた。先に相手への不信感を植え付ける事で、
合流後を有利に運ぼうとする、ちょっとした心理操作だ。
「コロニーを落として戦争を始めた………」
 元々戦争に巻き込まれたキラに嫌悪感を抱かせるには十分だった。シロッコはジオンの非道について
簡単に説明してやった。

 キラとシロッコが話ながら進んでいる中、いつの間にゼオラは立ち止まっていた。空を見上げる瞳は
輝き、口元は優しく微笑んでいる。ゼオラは探していた人物、リョウト=ヒカワを見つけたのだ。
(やっと見つけたよ。あなたの恋人)
 ゼオラは昨日殺した名も知らぬ少女、リオ=メイロンに胸の中で語りかけた。ゼオラにとってリオは
『アラドを殺した仇』であり、リョウトは『殺した仇の恋人』である。本当は勘違いなのだがゼオラに
とっては真実であった。そして殺したリオと約束したのだ。寂しくない様に恋人も冥府に送ると。
(今、そっちへ送ってあげるから、もう少し待っててね)
 ゼオライマーの手に眩い光が収束してゆく。口調は優しいが、本音は『自分の男は死んだのに、お前の
男が生きているなんて許せない』である。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、女の嫉妬は恐ろしい。

 グダの近くへと辿り着いたシロッコ達。ゼオラの姿が見えない事に気づいた時、既に手遅れだった。
彼らの上空を閃光が走り抜け、グダへ綺麗に吸い込まれてゆく。そして爆発と共に黒煙が上がった。
「勝手な事を………まったくあの娘は………」
 シロッコは思わず頭を抱えたくなった。また最初から作戦を練り直さねばならない。ゼオラの世話は
キラに一任していたが、彼と話し込んでいたのはシロッコ自身なので怒りのやり場がなかった。

 ビル陰に身を隠すシロッコ達の上空を2機のガンダムが通過して行く。グダを砲撃したゼオライマーを
目指しているのだろう。分散した相手側を見てシロッコは素早く決断を下す。
「ここは私に任せて、キミはゼオラを守ってやれ」
 シロッコは自分を囮とし、キラに後方へ行くよう促した。ゼオラを一人で放置するのは様々な意味で
危険だと判断したのだ。少し頼りないキラもゼオラと一緒ならば責任感から戦意も上がるだろう。

 腹を決めたシロッコはダンガイオーをタシロ達の視界に現した。その機体に両腕は無い。
「被害は無いか?私はティターンズ所属のパプテマス=シロッコ大尉だ。こちらに敵意は無い。同行する
少女が貴艦に対する恐怖心から先制砲撃を行ってしまった。恐慌状態の本人に代わり謝罪を申し上げる」
 通信回線を開くとシロッコは自己紹介と白々しい謝罪を述べながら、キラが離脱するのを確認する。
(シロッコとか言う若者、大型の機体だが武器どころか両腕すら無いか。しかし何の目的でこんな事を?)
(奇襲かと思えば出てきて謝罪だと? 何か企んでいるな。ビグザムの例がある、腕など飾りに過ぎん)
 タシロとギレンがダンガイオーの形状から色々と推測する。当然の事だが、砲撃相手の言葉を素直に
信用する気は全くない。だが形だけでも謝罪をされると問答無用で反撃する事には躊躇してしまう。
「私はSDF艦隊のタシロ・タツミである。詳しい話しは後で聞く。こちらに敵対する意思が無いならば、
ジャジャ馬の手綱を握って大人しくしていてくれ。救助の邪魔をしないようにな」
 タシロは考える。今、優先すべき事は副長の救助であり、シロッコが何かを企んでいても自分から姿を
現した以上、すぐに仕掛けてくる事は無いだろうと。その考えは模範的であり、甘かった。
「後ろだ! 愚図が!!」
 不意に横殴りの衝撃がMK3ガンナー襲う。ギレンのRX-7ナウシカが蹴り飛ばしたのだ。
「何を!」
 ギレンに抗議するタシロの眼前を高速で巨大な腕が通過して行った。その腕は地上近くで方向を変えると
ダンガイオーの左腕となった。それはタシロ達に『右腕も隠れているのでは』とも警戒させた。
「ちっ、外したか。もう少し慣れが必要だな」
 まるで悪戯に失敗した子供のようにシロッコが舌打ちをする。自分の姿を見せてタシロの注意を引き付け
その間に切り離した左腕をサイコミュの応用で遠隔操作し死角へ移動させていたのだ。
「シロッコ大尉、所詮ゲームに乗った殺戮者か! ザビ君、ここは私に任せて副長の救助を」
「任せよ。貴公の無事を祈る」
 タシロがギレンを促す。小型のナウシカよりヒュッケバインの方がこの場では有効と考えたのだ。
ダンガイオーに対峙するヒュッケバインを盾にしてナウシカはグダを目指し飛び去る。
(ふん。戦いは数で決まる。戦うも逃げるも2機で行動する方が勝算があるというに)
 ギレンは数の優位を放棄し分散する愚を笑ったが、死んだ弟を思い出し不機嫌になった。

 ラトゥーニはゼオラを捜して市街地を翔け抜け、その後にリョウトが続く。同じようなビルばかりが
一定幅で並んでいる。余程シッカリした都市計画の下に建造されたのだろうか、戦闘域には困らないだろ
うが死角になるビル影が多すぎて相手の捕捉は難しい。
(あれから一人で、ずっと泣いてたのかもしれない)
 ゼオラが意外なほど近くにいた事からラトゥーニはそう考えてしまう。悲しい時、辛い時、どうして
良いのか、何をして良いのか分からなくなる事がある。不意にスクール時代の事を思い出した。
―――ラト、もう泣かないで。あなたは一人じゃないから、私達が一緒だから、ずっと一緒だから。
 度重なる実験と訓練が辛くて苦しくていつも泣いていた。悲しくて寂しくてどうして良いかも分からず
部屋の隅に隠れて泣いていた。いつもオウカとゼオラとアラドの三人が慰めてくれた。抱きしめてくれた。
とてもとても温かかった。そのオウカはもういない。そしてアラドも。
「ラトゥーニ。捜しているゼオラっていう子は知り合いなのかい?」
 何気なくリョウトが聞く。ラトゥーニは彼がゼオラを知らない事に首を傾げながらも簡単に説明した。
「そうか……その子がアラド君の……」
 黙り込むリョウトを見て、ラトゥーニは『アラドの事は知っているのに』と再び首を傾げた。

 閃光の余波で崩れたであろうビルの近くにゼオライマーを発見した。交差点で待ち構えていたように
堂々と立っている。それは眩しく白銀に輝いているというのに禍々しい重圧感さえ感じらた。
「ゼオラ!!」
 ラトゥーニの呼び声と共にV2ガンダムが一直線にゼオライマーへと迫る。しかしその間に割って入る
ように両手を広げたゴッドガンダムが空中で立ち塞がった。
「ダメです……友達同士で……戦うなんて!」
 キラが大声で二人の少女、主にゼオラを制止した。よほど急いできたのだろう、少し息切れしている。
事前にラトゥーニの事を聞いていたので、友達同士で争うようなら断固止めようと思っていたのか。
アスランと自分の境遇を重ねたのかもしれない。だが―――
「どいて! ゼオラに話があるの!」
「ありがとうキラ。でも私もラトと話がしたいの」
 ラトゥーニとゼオラの双方から促されて、キラは不本意ながらも道を譲った。争わずに話し合いで
済めばそれが一番良い。しかしキラが心配しているのはラトゥーニでなく、ゼオラが暴走する事だった。
(ゼオラ、今は凄く落ち着いて見えるけど………長くは持たないんだろうな)
 まだ出会って半日も経っていないが、既にキラは何度も大変な目を見ているので推測に自信はあった。
キラはラトゥーニには道を譲ったが、リョウトは通さず警戒心を緩めない。それにリョウトも従った。
どちらかと言えばリョウトはゼオラに何と声をかけて良いか分からなかったが、とりあえず落ち着いた
雰囲気の優しそうな少女である事に安心した。その認識が大きく間違っていたと彼は直ぐに知る事となる。


 グダは大きな公園へ不時着(?)し黒煙を上げたていた。逆さまに突き刺さり、無残に破壊された
下面部をさらけ出している。ギレンはグダの被害を観察していた。
(一撃でスクラップか。コイツが見掛け倒しなのか、あの砲撃をした機体が尋常でないのか)
「こちらギレン=ザビだ。応答せよ」
 墜落直後から副長とは通信が取れず、雑音が入るばかりだった。
(墜落の際に気絶したか、死んだか。それとも通信機の故障か。いずれにせよ好都合だ)
 ギレンはナウシカをグダの竜頭部に進ませるとプラズマビアンキを叩き込んで完膚なまでに破壊した。
予め、それとなくグダの操縦室の場所を聞き出していたのだ。こうも早くチャンスが来るとは。
(飛べない空中戦艦に価値は無い。ならばあの男はここで確実に消してして置くべきだ)
 自分を警戒していた男を目論見どおり、しかもリスク無く消せたのは気分が良い。
(おっと、ちゃんと細工をして置かんとな)
 自分が手を下したと疑われないよう、墜落時の衝撃と内部からの爆発で破壊された様に見せかける為の
偽装工作を行う。後でグダの残骸を確認に来る事は予想できる事だ。
(簡単な工作だが、老人や素人の子供達を騙すには十分だろう。それにタシロが生き残る可能性は低いが、
あの子供達には良い手駒になって貰わねば)
 そしてギレンは戦況を確認する為に、状況にあわせて恩を売る為に、レーダーに捕捉されぬよう低空で
戦場へと引き返して行った。

 少年達は少女達の会話に耳を傾けつつも、警戒し合い素早く機体外観から武装と性能を推測している。
(2機のGともに大型火器に高機動。空飛ぶランチャーストライクか………なんかズルイ気がする)
(武器を失ったのか武装は見当たらない。こちらと同系列機だとすれば、後はバルカンにセイバーか。
向こうのゼオライマーってのはヴァルシオン改みたいな特機か。かなり危険な気がする)
 二人とも自己の世界観と知識を基準にしているが概ね間違ってはいない。

「ラト、昨日はごめんね。大丈夫だった? 怪我は無い?」
 ゼオラが優しくラトゥーニに問いかける。割と予想外の言葉だったが、一晩寝て冷静になれたのだろう
とラトゥーニは好意的に解釈した。いつもより優しい口調なのは反省しているからだろうか。
「私は大丈夫、副長さんも多分無事。だからゼオラ………私と一緒に帰ろう。皆には私が説明するから、
私も一緒に謝るから、帰ろう。ずっと一緒だって約束したじゃない」
 ラトゥーニは言葉と共にV2ガンダムの両手を大きく広げた。答えるかのようにゼオライマーも両手を
広げたが、残念ながら抱擁をするにはサイズが違いすぎる。ゼオライマーはガンダムの倍以上もあるのだ。
「えぇ、ずっと一緒よ。おいでラト。あんな男達といてはいけない。一緒に行きましょう」
 落ち着いた優しい声。だがゼオラの回答はラトゥーニの求めているものとは若干違う。
「そうじゃないゼオラ。皆のところに戻るの。皆で協力してゲームを抜け出すの」
「それは駄目。おいでラト。そして一緒にアラドを助けるの。あいつ等みんな殺してアラドを助けるの」
 ラトゥーニは優しく殺意を見せるゼオラに戦慄と既視感に似たものを感じる。
「おかしいよ、絶対間違ってる! そんな事したってアラドはもう…………ゼオラ、分かってよ!」
「ええ、分かったわラト。純真なあなたを、その男は騙しているのね。でも、もう大丈夫よ。あなたを
惑わすものは私が皆、殺してあげるから。すぐにあなたをその男から助けてあげるわ」
(やっぱりオウカ姉さまの時と同じだ。きっと誰かがゼオラに妙な事を吹き込んでるんだ)
 ゼオラはラトゥーニとの口論を自己完結させ、ゆっくりとゼオライマーの両腕を挙げてゆく。
「待ってゼオラ! この人はリョウトさんよ! ゼオラだって知っているでしょ!」
 慌てるラトゥーニの言葉にゼオライマーの手が途中で止まった。
「ええ、知ってるわ。リョウト=ヒカワでしょ。そいつを探していた子が言ってたもの」
「それってリオに、リオ=メイロンに会ったって事ですか?!」
 ゼオラの台詞にリョウトが食い付いた。物の見事に釣られたという表現が良く似合う。もしもゼオラの
顔が見えたなら、いやらしく笑う口元に気付いただろう。
「リオは何処にいましたか! お願いします教えてください!」
「ふーん、恋人の名前はリオっていうんだ。大事なのねぇ。羨ましい」
 問い詰めるリョウトを焦らすようにゼオラがクスクスと笑う。そんなゼオラの支離滅裂な感情起伏に
ラトゥーニは危機感を感じ、キラは直ぐそこに迫っているであろう危険に備えた。肝心のリョウトはと
いえば『恋人を失ったばかりの少女に、自分の恋人の事ばかり聞くなんて』と気不味そうだ。
「昨日、東の小島で出会ったの。今、彼女のいる場所を知っているから案内してあげる」
「本当ですか! ありがとうございます!」
(アラド君の恋人って少し過激な感じだけど、良い人じゃないか)
 欲しい情報が得られたリョウトは素直にゼオラへ感謝して、早速地図を調べ始める。東の小島まで
距離にして200km弱。ウイングゼロの全速なら1時間も掛からない。その近くにリオいるのだろうか。
「リョウトさん危ない!!」
 ラトゥーニの叫び声と同時にゼオライマーから爆発的な光が放たれていた。


 市街地にゼオライマーを中心にしたクレーターが出来ていた。攻撃範囲も広くなく、破壊したビル郡も
瓦礫が残っている。所詮レプリカという事なのだろうか、次元連結システムが本来の性能を発揮していた
ならばこの数倍の範囲を文字通り塵と化していただろう。
「何考えてるんです! ラトさんまで巻き込んじゃってるじゃないですか!」
 クレーターの外からキラが抗議の声を上げる。一瞬早くゼオラの行動を見抜き、安全圏まで退避してい
たのだ。危険察知についてはニュータイプ並みであると言えよう。
「大丈夫よキラ。もしラトが死んじゃっても、また助ければいいんだから大丈夫」
 平然と笑顔で答えるゼオラ。キラの背中に冷たいものが流れ落ちた。
(言ってる事もやる事も滅茶苦茶だ………でも)
 そうしてしまった一因が自分にあるとキラは痛感する。それ故に守らねばいけないとも強く思うのだ。
「それよりあの男………まだ生きてる?! ラトを盾にするなんて許せない!」
 上空には回避が遅れたウイングゼロとそれを庇ったV2ガンダムが傷つきながらも支えあっていた。

「何でこんな無茶を。キミだけなら逃げ切れただろうに」
 大きく破損したV2ガンダムを見てリョウトが悲痛な声を上げる。反応が遅れたウイングゼロをV2
ガンダムが抱えるように射程範囲外へと押し出したのだ。一度は閃光に飲み込まれたが故意か偶然か、
ビームシールドのように光の翼が2機を包み被害を抑えたのだ。その代償としてV2ガンダムは両脚部、
そして追加武装の大部分を、ウイングゼロは翼の一部を失っていた。
「もう誰にも死なれたくないんです………そして誰も殺させたくないんです」
 そんなラトゥーニの悲痛な想いを無視するかの如く、地上からは衝撃波が次々と飛来する。どうやら
ゼオラはどうあってもリョウトを、ラトゥーニを巻き込んだとしても殺す気らしい。
「滅茶苦茶だな、あの子。キミを助けるんじゃないのか?」
「原因は分んないけど、精神不安定な所に強い暗示でも受けたんじゃないかと。以前にも同じケースが」
 ラトゥーニのいたスクールでは精神操作が普通に行われていた。ゼオラは再三精神を弄られ、アラドを
敵だと思い込まされ殺し合わされた例があった。ただでさえ騙されやすい性格だというのに。
「それじゃあの機体がゲイム=システムみたいなものかもしれないな」
 操縦者の精神を蝕みつつ力を引き出す忌まわしきインターフェイス。昨日遭遇したヴァルシオン改にも
搭載されていた物だ。ラトゥーニの親友であるシャイン王女もそのシステムの犠牲になりかけた。
「あの機体を破壊して、彼女を助け出そう! あのまま放っておいたら大変な事になる!」
「う、うん。そうだね。あの機体を壊せば、きっと優しいゼオラに戻るよ! 絶対!」
 リョウトがラトゥーニを励まし戦闘体制を取る。冷静に考えれば、この場は退くのが正解なのだろう。
だがリオの居場所を知りたいという思いがリョウトの、友人の異変を機体のせいにしたいという思いが
ラトゥーニの決断力を鈍らせていた。

「逃げる気なの? 駄目よ、それじゃリオって子のいる所に………冥府に案内できないじゃない!」
 攻めて来ないリョウト達を逃げると思ったか、ゼオラが挑発する。そしてそれは大きな効果を挙げた。
「ゼオラ、まさかリオさんを!」
「………許さない……許せない………」
 怒りに身を任せたリョウトがツインバスターライフルを放つが、予想通りなのかゼオラもキラも余裕で
回避している。少し冷静になれば、今朝まで生きていた少女を昨日殺せるはずが無い。そんな事にも
気付かせない程にリョウト達の平常心を奪っていた。


「目を覚ましてよゼオラ! でないと機体を破壊してでも!」
 ゼオライマーへ向かうラトゥーニの前に、再びゴッドガンダムが立ち塞がる。
「邪魔しないでっ! あなたは!」
 叫びと共にラトゥーニがビームサーベルを抜き放つが、キラもビームサーベルで抜き受け止める。
「友達なんだろ!! なんで!!」
「友達だからに決まってるでしょ! あなたこそ無関係なのよ!」
 キラへ冷たい言葉が浴びせられる。確かにキラは他の3人との接点は少ない。
「それでも僕は………僕はゼオラを守るって決めたんだ!」
 ゴッドガンダムが鍔迫り合いまま力任せに蹴り飛ばす。吹き飛びながらもV2ガンダムがバルカンで
反撃するが、それをゴッドガンダムは回避しつつウイングゼロへ向かって行く。

「人が殺されるのは嫌なくせに、自分は殺す。身勝手な人………そうやってアラドも殺したんでしょ!」
 ゼオラは自分の事を棚に上げて次々と衝撃波を放つが、ウイングゼロには当たらない。多少飛行能力が
落ちていてもゼオラの単調な攻撃なら問題は無かった。共に一撃必殺、先に捉えた方が勝つ。しかし双方
とも横からの援護と牽制が激しく、決定的打を出す事が出来ないでいる。
「…………目標捕捉!」
「させないっ!」
 ウイングゼロがゼオライマーを狙うが、接近するゴッドガンダムに邪魔され発射体勢に入れない。
振り切ろうにもゴッドガンダムは飛行速度自体は速く無いのだが、時折、空中を蹴るかのように爆発的
な加速と不規則な軌道変化を見せるため、隙を作る事が出来ない。飛行速度の低下が響いている。
リョウトは分離させたバスターライフルで狙うが、ゴッドガンダムは宙を蹴って回避し距離を取る。
「僕たちだって殺したくない、殺されたくないんだ! なのに!」
「だったら何故! 何故リオを殺した!!」
 続けてバスターライフルがキラを狙い近づかせない。ゴッドガンダムは接近戦しか出来ないとの判断だ。
「あの女が! 私のアラドを殺した! だから!」
 ゼオラがキラの代わりに叫んだ。その言葉にリョウトは大きく動揺した。捜してたアラドの大事な人が
ゼオラ。ゼオラはリオの仇で、そのリオがアラドの仇。リオが目の前の少女の恋人を奪ったというのか。
「リョウトさん、しっかりして!」
 キラと争いながら叫ぶラトゥーニの声でリョウトは引き戻された。眼下で、再びゼオライマーが両腕を
挙げようとしていた。周辺一帯を破壊し尽くす冥王の力。あの攻撃を連発できるというのかとリョウトは
戦慄する。ウイングゼロはともかく傷付いたV2ガンダムでは今度こそ逃げ切れない。
「そうはさせない………距離はあるがフルパワーなら!」
 ウイングゼロがツインバスターライフルを構える。危険ではあるがゼオラの動きも止まったこの瞬間は
またとない好機とも言えた。

 子供達の戦場より離れたビル街。タシロとシロッコの戦いは続いている。切り離した左腕と接近戦を
巧みに仕掛けるダンガイオーを相手にヒュッケバインは防戦一方だった。
「武も才も持ち得ながら無益な殺戮に興じるのか! 今こそ協力すべきであろうが!」
「同感だ。だが、既に憎しみの銃弾は放たれた。温厚な子供も知人を撃たれては黙ってはいまい」
「だからこそ流血を減らすよう導かねばならないと、何故わからない!」
 意外にもタシロはシロッコを相手に持ちこたえていた。正確にはシロッコが手こずっていた。
タシロを明らかな格下と判断し、撃墜ではなく捕獲を考えていたのだ。適度な攻撃で気絶させようなどと
考えているから長期戦になる。
(このタシロという男、指揮官としては有能なようだがパイロットとしては二流クラス。だがそれが良い。
そのガンダムMK3ガンナーとやらは、この私が頂く)
 シロッコからはヒュッケバインがガンダムに見えるようだ。更にティターンズカラーなのも紛らわしい。
機体を破壊しないようにと考えるが、そう上手くはいかない。
(やはり機体を操りきれん。このままでは………)
 明らかに手加減された攻撃からシロッコの意図を察知するが打つ手がない。T-LINKシステムやウラヌス
システムが使用不可なのはともかく、実力不足に加えて本来二人乗りの機体を強引に一人で動かしている
のだから無理もない。むしろ良く動かせている方だ。
(子供達や副長の安否が気になる。なんとか離脱せねば!)
 随分前からタシロは戦闘離脱を試みている。しかし、シロッコの巧みな攻撃の前に阻止されていた。
その上、徐々に他の戦域から離され孤立させられている。そして―――
「ご老人、その機体は私が有益に使わせていただく!」
「くっ!」
 いつの間にかタシロは高層ビルに囲まれた場所へ追い込まれていた。逃げ場は左腕に抑えられている。
このまま周囲のビルを破壊されれば、瓦礫に動きを封じられることは明白だった。
(一か八か、主砲でビルを撃ち抜くか? しかしその隙を見逃してくれるとは思えん)
 万事休すかと思われた時、何処からか強大なビームが近くに撃ち込まれた。
「増援か!!」
 一瞬早くビームを察知していたシロッコは飛び退いたが、切り離していた左腕が光に飲み込まれた。
更に爆風と降り注ぐ瓦礫が視界を奪う。その向こうに離れてゆくタシロの気配を感じるが、シロッコは
砲撃手を警戒し迂闊な動きは取れないでいた。
「………逃げられたか!」
 視界が回復する頃、タシロは追撃不能な距離まで逃げおおせている。周囲を警戒するが砲撃主らしい
気配は感じられない。先程のビームはビルをいくつか薙ぎ払い大地に亀裂を作っていた。
「あの子達か………どんな玩具で遊んでいることやら」
 ビームの飛来した方向、遠くの空で交戦している子供達の影を見つめ呟いた。新しい機体どころか
残った片腕までを失った自分の不甲斐なさを自嘲するかのようだった。


 ヴァルシオン改でさえ一撃で撃ち抜くフルパワーを当てれば無事ではすまない。僅かなチャージ時間が
長く感じられる。幻聴なのかリョウトの耳に各人の声が聞こえる。
―――オレにとっちゃ大切な人なんスよ。
(アラド君、すまない。)
―――もう誰にも死なれたくないんです
(ごめん、ラトゥーニ)
―――私のアラドを殺した! だから!
(ごめんよ、ごめんよ)
 自分のしようとしている事への後悔と謝罪。その迷いが砲撃を別の者へ向ける事となる。

 ゼオラに向けられた銃口。それを見た瞬間、キラの脳裏にかつて守る事の出来なかった幼い少女の
影が浮かんだ。
―――いつも守ってくれて、ありがとぉ。
 幼い声が聞こえた。あの時、その少女の乗ったシャトルは彼の目の前でザフトのGに撃墜されたのだ。
「殺されたから殺して………殺したから殺されて………その先に何があるって言うんだっ――!!」
 キラの中で『何か』が弾けた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
 咆哮とゴッドガンダムが猛然とウイングゼロへと迫る。その速度は先程までとは比べ物にならない。
その胸部は展開し、日輪にも似た輝きを背負い、そして手にしたビームサーベルが数倍に膨れ上がって
いる。爆熱ゴッドフィンガーソード。本来の搭乗者では力が『強すぎた』為に使用不能だった武器だが、
キラの足りない能力が皮肉にもそれを正常に作動させた。
「ダメェェェェ!」
「どけぇぇぇ!!」
 迫るゴッドガンダムの前にV2ガンダムがビームサーベルを構え立ち塞がる。反射的にウイングゼロを
守る為に割って入ったのだろうが無謀といえた。真剣に果物ナイフで立ち向かうようなものだ。

「右に避けろラトゥーニ!!」
 リョウトの叫びと共に避けたV2ガンダムの左を強大なビームが駆け抜けた。それはゴッドガンダムに
直撃はしなかったが、振り上げたゴッドフィンガーソードを右腕ごと消し飛ばし、遠方のビルを砕いた。
チャージは不完全な上、ラトゥーニを避けた為に中途半端な砲撃であったが、唯一の武器を奪えばもう
キラには何も出来ないとリョウトは自分を納得させた。問題はゼオライマーだ。
(あの攻撃に耐え切れるか。いや、耐えるんだ!)
 リョウトはラトゥーニの元へ向かう。次の砲撃は間に合わない。ならば逃げ切れずとも今度は自分を
ラトゥーニの盾としようと考えたのだ。だがキラは止まらなかった。

「うあぁぁぁぁぁ!」
 右腕と武器を失ったはずのゴッドガンダムがその勢いを止める事無くV2ガンダム(正確にはその後の
ウイングゼロ)へ迫っている。キラはモビルトレースシステムにより右腕を失った激痛があるはずだが
痛みを感じていないのか、押し殺しているのか咆哮するばかり。
「行かせない、止まって!!」
 V2ガンダムのビームサーベルが、武器を失ったゴッドガンダムを切り裂くはずだった。
「うそ………そんな……」
 ゴッドガンダムの左手が真っ赤に燃え、ビームサーベルごとV2ガンダムの右腕を砕いてゆく。爆熱
ゴッドフィンガー。ゴッドガンダム最強の武装であるが、おそらくこんな事でもなければキラが使う事は
なかったであろう。普通のMSパイロットなら素手の格闘が最強などとは考えない。ゴッドフィンガーは
腕を砕き進み、そのまま本体までも砕こうとする。
「ラトゥーニ――ッ!」
―――ラトは大事な友達なの。
 リョウトの叫び声でキラはゼオラの言葉を思い出して、眼が見開かれる。絶叫と共に強引に腕を捻って
ゴッドフィンガーの軌道を変えるが、勢いのついた攻撃は止まらない。キラの努力むなしく胴体を外した
というだけで肩から右上半身、頭部を粉砕され落下していった。即死でなくとも、この高度では命は無い。
「僕は‥……僕は………殺すつもりは………ぐっ………」
 正気に返ったキラの体を耐え難い激痛が襲い、体力も尽きたのかゴッドガンダムも落下していった。
地上までの短い時間、キラは激痛と激しい謝罪の念に捕らわれていた。

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最終更新:2007年06月02日 21:39