アニメじゃない


 空を飛ぶ蛇のような機体が、森に入ったかと思えばまた出てくる。フラフラと飛ぶ姿はまるで酔っ払いだ。
ずんぐりとしたボスボロットが空飛ぶドッゴーラにしがみ付いている。
「マシュマーさん、意外と近くにいたりしないかなぁ? あ、あれってネッサーの頭じゃない?」
「今度こそ、当たりだと良いんですけどね」
 ミオの指摘にブンタが気のない返事をして再びドッゴーラを降下させる。下では何本かの木が倒れていた。
真夜中に見れば水竜と見間違える事が出来ないこともない。
「ただの倒木のようですね。そろそろ道草はやめて、早く先程の場所まで戻りましょう」
 彼らはマシュマーを探して北上した後、一度南の河へまで戻るつもりだった。しかし道中、ミオが下の森を
見回しては『あれは!』とやるものだから、あっちへふらふら、こっちへふらふら。気が付けば随分と時間は
経過し、進路も東にずれてしまっていた。
「次いってみよう、じゃなくてブンちゃん良く見て! あれって誰かに折られたんだよ!」
 再び上昇しようとするブンタをミオは制止する。じっくり見てみれば確かに、焦げ後や不自然な折れ方など
から自然な倒木には見えない。ブンタはミオの観察力に少し驚いた。今まで引いた大量のハズレがなければ
もっと驚いていただろう。ボスボロットがエッヘンと胸を張る。
「誰かがここで戦ったのでしょうか? もしかして……」
「だ、大丈夫だよ。もしそうだとしても、近くに機体の破片とかは無いし、上手く逃げれたんだよ」
 辺りに倒木以外に特に落ちていない事から、ここで交戦はあったが被害は出なかったと推測したのだ。
しかしその推測はネッサーの戦闘を前提にしてしまった為、一部間違っている。昨日、ゲーム開始後まもなく
ここで砕かれた紅いバルキリーは、既に破片一つ残さずに消滅したのだ。それに彼らが気付く事は無かった。
「そうだと良いんですが……念の為、この辺を捜索しながら河まで南下しますか」
「うん。ここからマシュマーさんが逃げたなら、河の方へ行く可能性もあるよね」
 ドッゴーラは森の上から周囲を捜索し、ボスボロットは地上を見渡しながら南下して行った。


 南下を始めて十数分が過ぎた。ガッション、ガッションと歩くボスボロットに優雅さは無い。
「ブンちゃん、これ見て!」
 ミオが感嘆の声を上げ、上空のブンタを呼び寄せる。
ボスボロットの指差す先には、タイヤが通ったらしき痕跡が残されていた。
言われないと分からないような僅かな痕跡。
「凄い、こんな僅かな痕跡、よく気付きましたね」
「名探偵ミオちゃんと呼んでくれてもいいよ。推理ドラマの犯人当ても百発百中なんだから」
 ブンタは改めてミオの観察力に驚いた。大地精霊(上位)の加護でもあったのだろうか。
「でもタイヤで走るロボットなんてあるんですかね?」
「さあ? 良く分かんないけど、怪しさ大爆発でしょ!」
 普通、自動車やバイクが支給されるとは考えない。
「ネッサーがレッカー移動されちゃったとか」
「いくらなんでも、それは………ん? 何ですかね、あの小さいの」
 ブンタの視線の先に何か小さな白い物が見えた。
「何か……紙? 本でしょうか?」
「ブンちゃん、森に落ちてる本の定番はエッチな本だよ。
伝説の秘伝書とか、裏技の書いてある攻略本とか、マシュマーさんからの暗号メッセージなら大歓迎なんだけどさ」
 ボスボロットが本をヒョイと起用に拾い上げると、コクピットへ放り込む。
「どれどれ……きゃあエッチィ………じゃなくて何かのマニュアルだよ。多分、タイヤの持ち主の」
 大きく狼と星のマークが描かれたマニュアルに、あからさまにガッカリした口調でミオが答えた。
中には細かい文字でビッシリと法律のようなものが書かれていて、急激な眠気を誘う。
次の誕生日が来たら習得しようと思って勉強していた、原付免許の教本に似ている。
やはりレッカー移動されたのだろうか。
「他の機体のマニュアルですか? 一応、読んでおけば何かの役に立つかも知れませんよ」
「そーゆーもんかな?」
「そーゆーもんです」
他人のマニュアルなど今は役に立たない。しかしブンタは思う。マシュマーはドッゴーラのマニュアルを
見て自分に操作方法を教えてくれた。他の機体のマニュアルでも読んでおけば、その機体に遭遇した時に
多少は有利に逃げられるだろうと考えたのだ。相手を殺して機体を奪うなどとは思い付きもしない。
「かなり時間が経過しています。急いで戻りましょう」
「んー、そうだね。このタイヤ沿いに川まで戻ろう。マシュマーさんもこれを辿っているかも」
 ドッゴーラはボロットを連れて舞い上がると、タイヤの跡が続いていた方向へ南下を開始した。


 ドッゴーラに捕まりながら、マニュアルに軽く目を通したミオが大きな溜息を吐いた。
「えーっとね、このタイヤ跡の主はブライガーっていう巨大ロボットみたい。自動車・飛行機・ロボットに
三段変形だってさ。しかも武器も一杯でどっから見てもヒーローじゃん! なんか………ズルイよね」
 読みにくいマニュアルの為、ほとんどイラストと見出ししか見ていないが、変形やソード、カノンといった
格好良い単語を目ざとく見つけたのだ。嫌でもボスボロットやネッサーと比べてしまう。どうせ乗るなら
子供の頃に憧れたヒーロー系ロボットに乗りたいと思うのが人情というものだ。
「マシュマーさんもそういう機体なら、最初からハマーンさんを探しに行けたかもしれませんね」
 今更だがブンタは支給機体の当たり外れの落差を実感する。よもや機体の持ち主がマニュアルを読まずに
捨て、変形不能で自分達以上にピンチな状態とは想像すら出来ない。ブンタが物思いに耽っていると不意に
ボスボロットが口に両手を添えてメガホンを作った。
「スゥー………助けてぇー! ブライガァァァァー!!」
 突然、ミオが大声で叫んだ。続いて耳に片手を添え集音する。
「いきなり何やってるんですか?」
「大声で助けを呼んだら、ヒーローが飛んで来ないかなって」
「出前じゃないんですから、呼んだからって来るってもんじゃないでしょ」
「万が一って事もあるじゃない。TVアニメとかじゃ『キャー助けてー!』て場面で必ず現れるんだから」
 ミオの熱意に押されて一応、三分ほど黙ってみる。カッコ良く高笑いと共に薔薇を咥えたマシュマーが
ブライガーに乗って現れる事を期待したが、やはり来なかった。
「アニメじゃないんですから………TVの見過ぎですよ」
 ブンタが苦笑しつつ至極当然な感想を述べた。
「駄目だコリャ。次いってみよう!」
 そう言うとミオはポイッとマニュアルをちゃぶ台へ投げ出した。言われなくてもドッゴーラは南下を続けて
いる。


 少し進むと森が開け、遂に川が見えた。近くにいくつか建物が立っている。補給ポイントのある場所である。
「あれ………あの建物、少し壊れてない?」
「一旦、近くの森に降下します。他の人がいるかもしれません。十分注意してください」
 森に着陸して、森の端から建物を観察し始めた。少なくとも外にネッサーは見当たらない。
「意外に大きな建物ですね。どうしましょう? 一度、元の場所へ戻りましょうか」
「そうだね。誰かいるかもしれないけど戦いになっても困るし、後回しにしよう」
 意見が揃ったところでコソコソとドッゴーラを川に沈め、二人は西へと移動し始めた。



【ミオ・サスガ 支給機体:ボスボロット(マジンガーZ)
 機体状況:良好
 パイロット状態:明るく振舞っているが不安
 現在位置:C-5川沿い(補給ポイント近く)
 第一行動方針:B-5まで戻り、川沿いへ東へ移動し、仲間を探す
 第二行動方針:ある程度仲間を探したら、B-5へ戻ってくる。
 最終行動方針:主催者を打倒する
 備考:ブライガーのマニュアルを入手(軽く目を通した)】

【ハヤミブンタ 支給機体:ドッゴーラ(Vガンダム)
 機体状況:良好
 パイロット状態:結構不安
 現在位置:C-5川沿い(補給ポイント近く)
 第一行動方針:B-5まで戻り、川沿いへ東へ移動し、仲間を探す
 第二行動方針:ある程度仲間を探したら、B-5へ戻ってくる。
 最終行動方針:ゲームからの脱出】

【時刻 二日目の9:10】





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最終更新:2008年05月30日 16:12