戦う力VS闘う力


森に囲まれ東西に流れる大河を、ひっそりと移動する影があった。半身を水中に隠したMAドッゴーラ。
水上に見える部分は数十メートルだが、水中に隠した半身は十倍以上もある。背にボスボロットを
乗せているが、その余りのサイズ差に遠目にはドッゴーラの部品にしか見えなかった。
「…水中戦は危険だ。陸に上がるのを待つ方がいい」
ドッゴーラから距離を置いて、着かず離れず狙うアムロ。過去、水中戦にはあまり良い思い出はない。
相手がMAとなればなおさらだ。危険を冒す必要はない。地上戦、悪くても空中ならば、いくらでも
戦い様があると自分に言い聞かせ、忍耐強く隙を伺い追跡を続けていた。
(二人…いや一人か? 気配が捕らえにくいな。用心の為、二人と考えておいた方が良さそうだな)
 アムロはドッゴーラの様子を伺うと同時に、他の参加者の気配に神経を集中させた。狩る者が後ろから
狩られたのでは洒落にならないからだ。後方の安全を確保し、獲物が水中から出た時が勝負だと、アムロは
自分に『焦るな』と言い聞かせた。もう後には引けない、ならば進むだけなのだから。


「ねぇ、ブンちゃん。気のせいかもしれないけど、さっきから誰かに見られている気がする」
 ドッゴーラが川中を移動し始めて少し立った頃、それまでジッと黙っていたミオが口を開いた。
「誰かって、マシュマーさんですか? それとも…」
「良く分からないけど、マシュマーさんじゃないと思う」
「気のせいじゃないですか? レーダーには何の反応もありませんよ」
「うん、それならいいんだけど…」
 ドッゴーラの背に乗ってする事がないミオは、ジッと周囲の気配を探っていた。かつてラ・ギアスでは
搭乗者のプラーナを感じて敵機の接近を察知できる者がいた。もちろんミオにそんな器用な芸当が
出来るわけもないが、心を静め精霊の声に耳を傾けた結果、ほんの少しノイズのようなものを感じたのだ。
それがこちらを探るアムロの強力なニュータイプの力とまでは気が付かない。
「もしも戦いになったら僕が何とかしますから、打ち合わせどおりミオさんは隠れてやり過ごしてください」
「ブンちゃん…大丈夫?」
 突然のブンタの申出にミオが心配そうな顔をする。確かにドッゴーラは強く、武器もないボスボロットは
足手まといでしかない。
「適当に引き付けて逃げるんで安心してください。マシュマーさんに色々教わりましたから」
(そう、女性は守るものだということも)
 ブンタは初めてマシュマーに出会った時を思い起こした。彼は小さなネッサーでボスボロットを守る為、
ドッゴーラの前に立ち塞がったのだ。もし戦う術を教えてくれたマシュマーに報いる事が出来るなら、
それは生きる事、そしてミオを守る事だとブンタは思う。自分も地球を守る大空魔竜隊の一員なのだ。
「…分かったよ。でも無理はしないでね」
 いつかは戦う時は来る。その時、自分は足手まといでしかないのだろうか。ミオはグッと唇をかんだ。


 しばらくして二人は昨夜、野営した場所へと辿り着いた。ネッサーの戻って来た気配はない。
「お昼まで待って、戻って来ないようなら、また川沿いに探しに行きましょう」
 ドッゴーラは水から上がると蛇のようにトグロを巻く。その姿は巨体に似合わず、意外とコンパクトだ。
「そうだね。戻って来てくれるよ。きっと……!!!」
 突如、川の方からビームが飛び、ドッゴーラ近くの木が撃ち抜かれ倒れた。サザビーのファンネルだ。
原始的な陽動だが、それ故に有効である。相手に実戦経験が少なければ尚更だ。
「か、川からの攻撃ですか?!」
「そっちじゃない! 逆だよブンちゃん!」
 ブンタが慌てて川の方へ戦闘態勢を取るが、ミオがそれを否定する。攻撃の際にアムロの発した殺気を
捕らえたのだ。ブンタに比べればミオの方が実戦慣れしている。無我夢中で動いたドッゴーラは辛うじて
胴体ユニット数個を犠牲にしてサザビーの第一射を防ぎきった。撃ち抜かれた部分を素早くパージして、
胴を繋ぎ直す。ドッゴーラの大部分はコンテナユニットで形成されているので、本体さえ無事ならば組み
直して無傷状態を保てるのだ。ファンネルが川の方から水中への逃亡を牽制している為、ドッゴーラは
浮き上がり戦闘態勢を取り直す。
「くっ、気付かれたか。だが!」
 サザビーが素早く間合いを詰める。その速さはドッゴーラが浮き上るまでに更に数個の胴体ユニットを
撃ち抜いていた。アムロは正確にドッゴーラ本体を狙うが、ブンタも胴体を盾に防ぎきる。そんな胴体の
一部にボスボロットがしがみ付いていた。
「ミオさん! なんで隠れないんですか?!」
「だ、だっていきなりで!」
「くっ、今度は上手く逃げてくださいよ!」
 ミオを背後に隠しつつ、ブンタは撃ち抜かれたユニットをサザビー目掛けパージする。質量的に当たれば
タダではすまない。当たればの話だ。
「そんな物に当たってたまるか!」
 当然のようにサザビーはパージされたユニットを回避する。反撃は仕掛けない。ドッゴーラが手にした
如意宝珠型ビーム砲を放つが、アムロには余裕を持って避けられている。狙っても当たりそうにない。


(あの胴体をいくら撃ってもエネルギーの無駄か。ならば…)
 振り回されるドッゴーラの尻尾を掻い潜る。飛んでいると言っても数十m。サザビーなら瞬間的に接近で
きる範囲だ。しかしアムロの視界は突然の大雨に奪われた。回避したはずの尻尾が川を打ち、大量の水を
巻き上げたのだ。
「ドッゴーラにはこういう使い方もあるんですよ!」
 水のカーテンに隠れた一瞬に、無傷の胴体ユニットを多数パージしてバラ撒く。狙って当たらないのなら
数撃ちゃ当たると言いたげな攻撃だった。並みのパイロットならば当たっただろうが、相手が悪かった。
「この程度の子供だまし! そう簡単に当たると思っているのか!」
 子供だましとはいうが、視界の効かない中、飛来する質量攻撃を回避するのは普通困難だ。
「ミオさん、生き延びてくださいよ」
 ブンタは祈る。アムロに気付かれない事を。今の攻撃でバラ巻いたユニットの一部と共にボスボロットを
地上へ打ち出したのだ。地上に多数のユニットが落ちていれば、そこの影に隠れることは容易だろう。
(ブンちゃん……)
 破棄されたユニットの影からボスボロットが二機の戦闘を見守っていた。ボスボロットは飛べず、武器も
なく、サザビーと比べて勝っている所といえば単純な腕力くらいだろう。役に立てないのならば、せめて
ブンタの心意気に答えられるように、ミオは隠れる事にした。ふと思いついた、ちょっとした小細工をして。
(マシュマーさん助けて。ブライガーでも良いからブンちゃんを助けて)
 現れるはずもないヒーローの登場を願って、狼マークのマニュアルをギュッと握り締めた。

(後は上手くボスボロットから引き離してから、上空へ逃げれれば良いんですが……)
 執拗にサザビーは牽制してくる為、ドッゴーラが容易に上空へ逃れる事は出来なかった。胴体を盾にして
逃げ回るのもそろそろ限界だ。牽制にビームを撃ち返すが事前に分かっているかの様に回避されてしまう。
(そろそろ頃合だな。これで決める!)
 しばらく攻撃に参加してなかったファンネルが上空から襲い掛かった。それはサザビーの執拗な牽制に
注意を奪われていたブンタの虚を突いた。
「うわぁぁぁぁ!!」
 ファンネルに背面から強襲されてパニックを起こしたブンタの眼前を次の瞬間、ビームが捉えた。

「ブンちゃんっ!!」
 上空で四散したドッゴーラにミオが思わず声を上げる。爆発は思いのほか小さく、まるで花火のように
散って、跡には何も残らなかった。今にも叫びそうになる心をミオは無理矢理に落ち着かせる。
(マシュマーさん。ブンちゃん。私、守られてばっかりだね。泣いていないで生きなきゃ駄目だよね。
やれる事やらなきゃ、やって生きなきゃ。私、泣かないからね。生きるから、見ててよブンちゃん)
 自分に必死で言い聞かせる。一応、有段である合気道の心得が多少は役に立ったのだろうか。それとも
精霊の声を聞く修行の賜物か。数秒の内にミオは心を落ち着かせ、大地と同化するかのように気配を消して
いた。軽薄そうに見えて、芯はドッシリと構える大地の精霊に選ばれし者である。その目は怯える小動物の
ものではなく、確固たる意思を宿していた。


 ドッゴーラを撃墜したアムロはパージされた無数のコンテナユニットの残骸の間を捜索していた。
すぐに移動するつもりだったが、何かが引っかかった。油断して背中から撃たれては堪らない。
(変だな…戦闘中もう一つ、気配を感じたような気がしたんだが…)
 追跡中に感じた微妙な気配は戦闘中にも感じ取れた。おそらく、あの場には二人の参加者がいたはずだ。
しかし元々小さかった気配は戦闘の途中からフッと消えてしまったのだ。
(二人乗りの機体だったのか? それとももう一機いたのか?)
 とりあえず近くに気配は感じられなかった。サザビーのセンサーは戦闘の影響で、何も捉える事が
出来ていない。残骸に残った熱反応などを拾うだけだ。ブンタの残した最後の抵抗だった。
(気配は感じられない。もう一機がいたと仮定して、姿を見られた上で戦線を離脱されたと考えておく方が
良さそうだな。考えすぎだとは思うが…)
 ようやくサザビーは構えた銃を降ろし、ファンネルを戻した。大型MAを想定通りに短時間に撃破したと
いうのに釈然としない。東方不敗に出会ってから、どれだけ用心しても安心できないのだ。
(見つからないのなら長居は無用だ。戦闘を嗅ぎつけて別の参加者が来ないとも限らない……ん?)
 立ち去ろうとするアムロが感じた違和感。警戒態勢を取ると、センサーを最大にして周囲の音を拾う。
―――…ザ…ザザ…れもわ…ザザ…しだ…ザザ……ザ――
「なんだ。声、いや通信機か?! ……そこだ!!」
 飛び退きつつサザビーの放ったビームで残骸の一部が吹き飛ぶ。何も出てこない事を確認しつつ、警戒し
ながら残骸を調べに接近する。そこにはユニットの残骸と壊れたダイヤル式TVが転がっていた。
「……なんだ、さっきのMAの残骸、通信機か何かか。そうだよな、考えすぎだな」
 緊張が和らぎ、ホッと一息吐く。自分が気配を感じないのだから敵はいない。ここで信じられるものは
自分の感覚しかないんだと、再度自分へ言い聞かせる。
(とにかく結構エネルギーを消費した。早急に補給して次に備えよう……)
 警戒を解いて立ち去ろうとした瞬間、背後の残骸が音もなく動き、サザビーを背後から捕らえた。


 このゲームが始まって以来、アムロはニュータイプとしての感覚に頼りすぎたのだろうか。破棄された
ユニットに隠れて残骸のふりをするボスボロットを一度は視界に入れながらも、ミオの気配を捉えられ
なかったからか、通り過ぎてしまったのだ。元々ガラクタから作られたボスボロットを予備知識無しで
残骸の中から見つけろ、というのは例えニュータイプでも少々酷かもしれない。
(なんだ?! 残骸に引っかかった?! いや違う、これは!!)
 アムロを襲った突然の混乱。ファンネルを出すが狙いを定めるよりも早く、サザビーの巨体は軽々と宙に
浮き、天地が逆転した。サザビーは綺麗な弧を描き、高速で頭部から背後の残骸へと叩きつけられたのだ。
人呼んで明日へ架ける人間橋、レスリング界の芸術品、ジャーマン・スープレックスである。
 ボスボロットはサザビーと比べて小さく、半分程の大きさしかない。
しかしこれでも直接殴り合う闘いを想定したスーパーロボットの端くれであり、単純なパワーだけを見ればマジンガーZと同等である。
出力の大半をスラスターや武装に割き、マニュピレーターとしての腕しか持たないMSとは根本的に造りが違う。
(な、何が起こった…んだ?! まさか…まだMAが生きていたのか)
 逆さまに突き刺さったサザビー。頭部は完全に潰されていたが、その下の球形コクピットは健在だった。
しかし一瞬にして上下を返し襲ったかつてない攻撃は、アムロの意識を数秒混濁させるのに十分だった。
(ララァ?! まだ僕はキミの所へは……)
 コントロールを失った巨体がドサリと仰向けに倒れこむ。カメラとセンサーを失い、ファンネルを動かそうと
しても意識が定まらない。右手がライフルを求め彷徨うが投げ叩きつけられた衝撃で取り落としたようだ。
「ボロットパンーチ!!!!」
 ボスボロットの腰の入った下突きが、サザビーの球形コクピットを一撃の下に叩き潰した。
「スペシャルボロットパンチ! スペシャルDXボロットパンチ! パンチ! パンチ! パンチ!」 
 感情を抑えきれなくなったのか、ミオはサザビーのコクピットが完全に平たくなるまで殴り続けた。
その隙間から流れ出る赤い液体を目にして、やっと拳を止め、その場にへたり込んだ。

(ブンちゃん、ごめんね。私、隠れてられなかったよ。でも生きるから。絶対、生きる残るから)
 しばらく後、涙を堪えて立ち上がるとサザビーのライフルを拾い上げる。使えるかどうかは分からないが、
その大きさから殴打武器としても使えると思ったのだ。それは理不尽な殺戮者に対する徹底抗戦への
意思表示でもあった。
(ブンちゃんとの約束どおり、お昼までマシュマーさんを待とう。それからは………)
 ふと足元を見ると主を失ったファンネルが転がっていた。それをボスボロットは無造作に踏み砕いた。
「私、約束破ってばかりだね……」
 泣かないと約束したばかりなのに、涙が溢れて止まらなかった。



【アムロ・レイ 搭乗機体:サザビー(機動戦士ガンダム 逆襲のシャア)
 機体状態:頭部完全破損、コクピット粉砕、ファンネル全滅、ヒートホークあり
 パイロット状態:死亡 】

【ハヤミブンタ 支給機体:ドッゴーラ(Vガンダム)
 機体状況:本体部大破(粉々)、無数のコンテナユニットがB-5に散らばっている。
 パイロット状態:死亡】

【ミオ・サスガ 支給機体:ボスボロット(マジンガーZ)
 機体状況:良好
 パイロット状態:良好
 現在位置:B-5
 第一行動方針:正午まで仲間を待つ
 第二行動方針:仲間を捜しに移動する
 最終行動方針:主催者を打倒する
 備考1:ブライガーのマニュアルを所持(軽く目を通した)
 備考2:サザビーのビームショットライフルを入手(エネルギー残少)
 備考3:居住空間のTVを失った】

【二日目 11:15】





前回 第160話「戦う力VS闘う力」 次回
第159話「そして狩人は息を潜める 投下順 第161話「誓い
第171話「涙、枯れ果てた後に 時系列順 第161話「誓い

前回 登場人物追跡 次回
第151話「アニメじゃない ミオ・サスガ 第180話「ハロと愉快な仲間達
第159話「そして狩人は息を潜める アムロ・レイ
第151話「アニメじゃない ハヤミ・ブンタ


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最終更新:2008年05月30日 16:38