疾-hayate-
疾風が吹く。
鱗のようにも見えるその長髪がゆるやかにたなびく。
草原の只中で、ベターマン・ラミアは静かに立っていた。
その双眸は漆黒のサングラスに隠され、その表情を読むことは出来ない。
しかし、彼は静かに思考していた。
<リミピッドチャンネル……やはり弱まっているか>
リミピッドチャンネル。場に存在する意識の波を集める能力。
そこにいるモノ、そこにいたモノの情報を感知する第六感。
その力の有効範囲が狭まっている事にラミアは気付いていた。
リミピッドチャンネルだけではない。ベターマン・ネブラのサイコ・ヴォイスも、
目標の分子振動数を正確に捉えたのにもかかわらず相手を一撃粉砕するには至らなかった。
ラミアは顔を上げる。
蒼穹の彼方に、あたかもあの飛行戦艦を見ているかのように。
その首には、今もなお他の参加者達の行動を制限している首輪は無い。
しかし彼には分かっていた。
ルール違反のペナルティ。彼にとってのそれは首輪の爆発ではなく、恐らく全身の細胞の一斉死。
あの仮面をつけた人間が遺伝子に細工をしたのだろう。
つまり、首輪を外しさえすればゲームから開放される他の参加者とは違い、彼にはユーゼスのルールから逃れる術は無い。
あくまで普通の方法では、だが。
<……オルトスならば、可能か>
三つのフォルテの実をリンカージェルで精製することによって完成する、オルトスの実。
ベターマン・オルトスのあらゆる死を超越する無限再生の能力なら。
あえてルールを破り滅びを受け入れ、そしてその死を超越することで、ラミアは呪縛から開放される。
<この世界にカンケルがいないとしても……オルトスは必要か>
ベターマンは思考する。
弱体化したリミピッドチャンネルでは、このフィールド全体の意識を集める事などどのみち不可能だ。
ならば自ら動く必要がある。
まずは情報を集める事。そしてリンカージェルを探し出し、オルトスの実を精製する事。
確かにルールから逃れても元の世界に帰れるとは限らないし、そもそもこの世界にリンカージェルがある保証は無い。
それでも、一縷の希望があるのならば。
<我らの希望……潰えさせる訳にはいかない>
自ら動くと同時に、他の参加者に接触してリミピッドチャンネルで情報を集める。
そしてこのゲームから脱出し、カンケルと元凶なりし力によって滅びに向かう我らが世界を救わなければ。
彼は走り出す。あたかも一陣の疾風のように。
音も無く、なおかつ人の領域を遥かに凌駕した速さで、ベターマンは駆ける。
「ええい! なぜ上手くいかないのだ」
ヘルモーズのブリッジで、ユーゼスは苛立った声を上げた。
カーペンターズの技術を手に入れるついでに入手した情報を元に開発した、『リミピッドチャンネル受信装置Ver.Yu』――
このフィールド全体の意識の波を受信できたらゲーム運行もよりスムーズに行くかと考えたのだが、
「やはり、失敗作でございますですか?」
「そんな事はない。リミピッドチャンネルで意識の波を収束し、テレパシーとして送信したものならば
全く問題なく受信できるようだからな。これはこれで成功だ」
「……それではただのラミ――ベターマン専用の盗聴器という事ではないですか」
「何か言ったかっ!?」
「なんにも」
「それならいいが」
ユーゼスは忌々しげに受信装置Ver.Yuを空いている座席に放り投げた。
ラミア・ラヴレスは、そこでふとした疑問をぶつけてみる。
「そういえばユーゼス様。あれはよろしかったのでございますですか?」
「あれとはどのあれだ」
「リンカージェル」
「ああ。あれが無ければオルトスのデータを集める事は出来ないのでな」
「しかし、もしベターマンがそれでユーゼス様の遺伝子操作を無効化したら――」
「オルトスのもたらすデータは、そんなリスクなど何ほどのものでもないほど貴重なものなのだよ。
それに仮にベターマンがペナルティから逃れたとして、どのみちこの"光の壁"を突破できる機体など存在しない。
ふふふ、二重三重に策を巡らす、それこそが私だ」
機嫌を直してご満悦のユーゼス。
ラミアは、依然として残るもう一つの疑問を解消すべく、ユーゼスに尋ねた。
「ユーゼス様」
「今度は何だ」
「やっぱりあの装置って失敗作なのでは」
「言うな!」
【ベターマン・ラミア 搭乗機体:無し
パイロット状況:良好
機体状況:無し
現在位置:B-3から移動開始
第1行動方針:他の参加者と接触し、リミピッドチャンネルで心を読んで情報を集める
第2行動方針:リンカージェルを探し、オルトスの実を精製する
最終行動方針:元の世界に戻ってカンケルを滅ぼす
備考:フォルテの実 残り2個 アクアの実 残り1個 ネブラの実 残り2個】
【ラミア・ラヴレス 搭乗機体:???
パイロット状況:健康(言語回路が不調)
現在位置:ヘルモーズ
第1行動方針:ユーゼスの命令に従う
備考:ちゃんと他の参加者と同じ首輪を着けているらしい】
備考1:フィールド上の何処かにリンカージェル入りのタンクがあります
備考2:ユーゼスはフォルカが光の壁を突破できる事を現時点では知りません
フォルカが能力の事を誰かに話した場合、盗聴器を通じて気付かれる恐れがあります
【二日目 9:30】
最終更新:2025年01月19日 21:57