闘鬼が呼んだか、蛇神が呼んだか(前編)


「闘鬼転生!!」
 若き修羅王が拳を振るい、ありったけの覇気とともに大地に叩きつけ、約60の闘神を降臨させた、その時。
 その場に居合わせなかった、このバトルロワイアルを生き残った3人はそれぞれに、その気配を感じ取っていた。



 ミオは、ひたすらにディス・アストラナガンを前に進めていた。ヴィンデルとの約束を果たすために。
(ヴィンデルさん……)
 これで、一体何度目だろうか。このゲームで自分は、いつも誰か男の人に支えられ、守られていた。
 マシュマー、ブンタ、アクセル、ヴィンデル……人数で言えば4人だが、何度救われたかで考えると、想像もつかない。みんな、自分を支えて、守って……死んでいった。
 自分のせいで、自分を庇って、みんな死んでいった……自分なんかに構わなければ、みんな、今も生きていたのではないだろうか? そうだ、きっとそうだ。
 そして、だからこそ、みんな、自分のことを怨んでいる。どうして、お前はまだ生きているんだ、と。
 ミオは知らず知らずの内に、ディス・アストラナガン――正確には、その中枢であるディス・レヴから発せられる負の波動によって、ずるずると暗い思考に引き擦り込まれていった。
 無理も無い。今まで彼女が気丈に振舞えていたのは、傍にいつも仲間がいたからだ。だが、もう彼女の傍には誰もいない。ブンタはいない、マシュマーはいない、アクセルはいない……ヴィンデルもいない。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)
 ミオはまるで何かの呪詛のように、死者に許しを請うた。だが、死人に口無し。誰も彼女を許さない。彼女が顔を涙で腫らしていても、何も言わない――言えないのだ……そう、本来ならば。
 泣きじゃくり、集中力を欠いたミオの操縦は覚束ない。そのため、真っ直ぐ前進していた機体がふらふらと方向を変えてしまった。
 そして、やはり先刻の戦闘の影響だろう。推進機器に異常が発生した。コクピットにはそのことを告げる警告音が鳴り響いたが……ミオは虚ろな瞳で、ぼう、っとしていた。
(このまま墜ちれば……)
 死ねるかな――そう続こうとしていた思考は、途中で止まった。いや、思いそうになった瞬間に、思い止まったのだ。
 慌てて体勢を立て直し、なんとか出来る限りの軟着陸をした。それでも、地面にうつ伏せに倒れてしまった。しかしミオは、そのことをあまり気にしていなかった。とても、大事なことを思い出したのだ。
 以前にも、こんなことがあった。デビルガンダムに取り込まれた時だ。あの時自分は、とんでもない質と量の負の感情に染め上げられて、死にたい、殺して欲しい、死んじゃえ、殺してやる……そんな感情に、確かに支配されていた。
 だが、あの時、自分が正気を取り戻せたのは? 今、こうして、ここにいられるのは?
 ゲッター線を通じて呼び掛けてくれた、死者の魂達。その中にはブンタやアクセル、プレシア、シュウでさえもいた。
 彼らは自分に託してくれた、教えてくれた。彼らの、負の感情ではない想いを。
『お前には、まだやるべきことが残っているはずだ。この戦いを終わらせるために、為すべきことが』
『忘れるな。お前の命は、もはやお前一人のものではない。お前がここで死ねば、アクセルやマシュマーたちは、何の為に命を賭けた!?』
『最後まで、諦めるな。希望を捨てず、絶望に抗い続けろ』
 別れ際の、ヴィンデルの言葉。まるで、今の自分に対して言ったかのようだ。……そうだ、彼の言ったとおりだ。
(今、ここで諦めたら……それこそ、みんなに叱られちゃうか)
 ミオは取り敢えず、無理にでも笑った。ここで挫けたらいけない、泣いてちゃいけない。だから今は……笑っておこう。
 涙がなかなか止まらないけど、笑っておこう。ヴィンデルのことを想うと、ディス・レヴを通じて感じられる確信めいたものに胸が締め付けられるけど、笑っておこう。
 なんとかミオは、心の平静を取り戻した。結局、また彼らに助けられたようなものだが……
 だからこそ、自分は彼らにはもうできない、自分にはまだ出来ることをやろう。そう強く決心した。その時だった。
「な、なに!? この、凄いプラーナ……!?」
 ミオは突如として発生した、今まで感じたことも無い強大なプラーナに驚愕し、その方向を見た。そちらは紛れも無く、自分が目覚め、デビルガンダムが消滅したE-4だった。
 現在位置を確認すると、ミオは現在、E-4から離れたG-4の南西端にいた。
 ともかく、ミオはプラーナが感じられる方角を見た。はっきりとは分からないが、自分の目覚めた場所の近くで何かが起こっていることは間違いなかった。
 この時、ミオ自身も気づいていなかったが、つい先程まで流れていた涙が、ぴたりと止まっていた。まるで、必要が無くなったかのように。
 ミオは迷った。これ程の距離でここまで圧倒的なプラーナを感じさせる存在、只者ではない。だが、果たしてその人物がどのような存在なのか、自分には……
(心配は無用だ、ミオ)
「え?」
 声が、聞こえた。聞き慣れた……そして、二度と聞こえるはずの無い声。あの声は間違いなく、マシュマーの声だ。
「マシュマーさん!? 嘘、どこにいるの!?」
 だが、彼は死んだ。それに、周囲には何も無い……いや、彼女は今、ディス・アストラナガンに乗っている。
 この機体はこのゲームを終わらせる可能性を持つ物であると同時に、マシュマーがミオを救うべく奮戦し、命を散らした機体でもあった。
 その力の源は、ディス・レヴ。負の魂を力とし根源とする心臓。死者の魂と、強く結びついている機体。
(ディストラちゃんのことを考えると……やっぱり今のは、幻聴なんかじゃない!!)
 確信すると、ミオは早速ディス・アストラナガンを……
(……待ってくれ)
「ええ、また!?」
 ミオはほぼ反射的に、今度は聞き覚えの無い声ではあったが、その言葉に応じて、飛び立たせたばかりのディス・アストラナガンを静止させた。

「な、なんだ!? このプレッシャーは!?」
 シロッコは機体の制御と並行させつつ、首輪の解除を行っていた。
 技術者としての自分の知識と照らし合わせて、この装置が信用に足る物だと確信したのは、ほんの数分前のこと。
 周囲の気配を探って、敵に襲われる危険性が少ないと判断すると、彼は見失ってしまった黒い機体の捜索と首輪の解除を同時に行っていた。
 木原マサキの残虐な性格を考えると不安は残るが、このままずるずると、首輪の解除を先延ばしにするわけにもいかなかった。
 首輪が解除されるかもしれいという高揚感と、失敗して死ぬかもしれないと言う緊張感は、突如として感じられた、嘗て感じたことのないプレッシャーに掻き消された。
 その方向は、自分の目指す先――ゲームを終わらせる確信があるらしい少女が去って行った方向だ。
 エステバリスを一先ず停止させ、目を瞑り、更に詳しく気配を探った。
 優れたニュータイプ能力の持ち主であるシロッコには、この程度の距離で相手の存在を探ることは容易い事だ。
 しかも、あのプレッシャーの主、闘志とも言うべき思念を剥き出しにしている。
(さて、鬼が出るか、蛇が出るか)
 その言葉の皮肉に気付かず、シロッコは気配を探った。
 そして、驚いた。
 圧倒的な巨大さを誇ったプレッシャーが小さくなったと思うと、突然、60を超える剥き出しの思念を感じたのだ。
(な!? なんなのだ、これは!?)
 さしものシロッコも狼狽した。しかし、生来の冷静な思考はすぐに彼をとるべき行動へと引き戻した。
(先程のプレッシャーを感じられなくなってしまったが、この意識の群れ、混然としているようだが、それでいて、まるで統一されているかのようだ。
 敵意、憎悪、憤怒、闘志、勇気……その向かう先は、唯一つ)
 考える。入り乱れた感情と言えど、その矛先は一つ。では、その矛の先に居るものは?
 この場で、これだけの数から“敵”として共通に認識される存在とは? 答えは、1つ。
「よくよく探ってみれば……数に覆われてしまってはいるが、このどす黒く不愉快な感触……ユーゼス・ゴッツォのものではないか」
 つまり、あそこではユーゼスがいる。この殺人ゲームの主催者が、自ら盤上に現れたのだ!
 これは明らかな異常事態だ。頭上で自分達を見下ろしていた忌々しい存在が、今、正しく自分達と同じ土俵に居る。
「何事が起こっているのか、この目で確かめなければなるまい」
 今まで死んだ振りと茶飲みばかりをしていた彼も、この事態に遂に行動を決意した。
 ふと気付くと、首から不快感が消えている。首に手を当て、自分の足元を見て漸く気付く。この首輪の解析機、本物だ。
 一先ず安心すると、シロッコは止めていた機体を再び動かし、加速させた。
 黒い機体の追跡と捜索は、一旦打ち切ることにした。あの少女との接触も急務だが、あの場に行くのも急がねばならない。
 彼女と現場で居合わせるか、途中で合流できるのが最上なのだが。




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最終更新:2008年06月02日 19:51