闘鬼が呼んだか、蛇神が呼んだか(後編)






 クォヴレーがD-6で先ず見つけたのは、直径5kmはある巨大なクレーター。それを見つけた時、クォヴレーの脳裏に最悪の事態が過ぎった。
 しかし、そんなことがあるはずないと頭を振り、クレーターから目を逸らし、必死に仲間の姿を探した。クレーター内には特に何も見当たらなかったので、周囲の山岳地帯の影や谷間を、懸命に探す。
(いったい、ここで何があったんだ!? クレーターの中心部で大爆発……周囲の土も蒸発してしまうほどの……)
 考えて、またも嫌な予感が脳裏を過ぎり、クォヴレーは頭を振った。振り払った。
 或いは、彼がクレーターに近付こうとしなかったのは、その予感の裏付けとなるような物を見つけてしまうかもしれないと、恐れていたのかもしれない。……実際に、そうなのだろう。
 突如、微かに頭痛がした。同時に、今まで感じたことのない何か……大きな、圧力を伴う気配のようなものを感じた。
「なんだ!?」
 血眼でイキマを探していたクォヴレーにも、異変を察知することができた。クォヴレーは機体を着陸させると、気配がした方向を見た。
 あの方角は、確か、ディス・アストラ……いや、デビルガンダムが向かった先だ。
「まさか、やつが何かを始めたのか!?」
 そうだ、そうに違いない。微かではあるが、あの時と同じような頭痛もする。やはりあの場で、殺しておくべきだったのだ。
 クォヴレーは強引な理論で、そう結論付けた。それが殆ど言い訳のようで、客観的な事実ではなく主観的な願望であることに、彼は気付けなかった。
「早く、イキマと合流して、あの悪魔をなんとかしなければ……!!」
 クォヴレーは態々着陸してしまったことを悔やみながらも、ブライガーを急いで再度発進させ、デビルガンダムが居るであろう方角に背を向けた。
 未だ見つからない、仲間を探して。……もう見つからないのでは、という不安から、彼は目を逸らし続けていた。そのために、イキマの捜索に没頭していった。
「無事でいてくれ、イキマ……!!」
 木原マサキ、ラミア・ラヴレス、パプテマス・シロッコ、デビルガンダム。貴様らに、もうこれ以上、決して、絶対に、仲間を殺させはしない!
『だが……頼む。あの子の話を……聞いてやって……くれ……』
『……少女一人、泣かせたまま死ぬというのも……まずかろう。……これが、な』
 不意に、本当に突然に、あの魔神のパイロット、悪魔の手先――ヴィンデル・マウザーの最期の言葉が、鮮明に甦った。
 その声は、とても穏やかだった。とても、死に掛けの人間が残したとは思えないほどに。だが……
「ウルサイ!煩い!五月蠅い!五月蝿い!うるさい! 死して尚、俺を惑わすと言うのか! 黙れ!ダマレ!だまれぇぇぇぇぇ!!」
 クォヴレーはそれすらも、叫んでいるのか、喚いているのか、泣いているのか区別のつかない声で掻き消した。

【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:錯乱状態。極度の疑心暗鬼。精神崩壊寸前。全てに対する重度の迷い。
         これ以上の仲間喪失に対する恐怖。不安、焦燥。正常な判断能力の喪失?
         記憶に混乱が。更に、記憶を取り戻すことに対し恐怖。
 機体状況:右手首損失。ブライカノン装着。コズモワインダー損失。オイルで血塗れ。EN中消費。
 現在位置: D―6を彷徨っている。
 第一行動方針:イキマを見付ける。彼を絶対に死なせない(けど、もしかしたら……)
 第二行動指針:デビルガンダム(ディス・アストラナガン)の抹殺
 第三行動方針:マサキ、ラミアの抹殺
 第四行動方針:マーダーの全滅(イキマ以外、全員がマーダーに見えている?)
 第五行動方針:なんとか記憶を……しかし……?
 最終行動方針:ユーゼス、及び生存中のマーダーの全滅。これ以上、仲間を絶対に失わせない。
 備考:本来4人乗りのブライガーを単独で操縦するため、性能を100%引き出すのは困難。
   主に攻撃面に支障。ブライシンクロンのタイムリミット、あと7時間前後
   トロニウムエンジン所持。
   ディス・アストラナガンと接触することにより、失われた記憶に影響が……?
   マサキ、ラミアを敵視。シロッコは死亡したと誤認。
   ディス・アストラナガンをデビルガンダム(または同質の存在)だと思い込んでいる
   空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
   C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
   ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識】





 ミオは突如として聞こえてきた声に従い、E-5の縦軸中央の北方にいた。
 此処にいれば、自分を探しているゲームに乗っていない人物に会えると教えられたのだ。
(……ということだ。あの場はフォルカ・アルバーグや、闘鬼転生で降臨した者達に任せて大丈夫だろう)
 声――“ディス”の付かないアストラナガンのパイロットだという、イングラム・プリスケンの説明が終わると、ミオは少々無理矢理ではあったが、それでも嬉しくて笑顔になった。
「驚いたな~。死んだみんなが力を合わせて、あの変態仮面を倒そうなんて!」
 自分がデビルガンダムに取り込まれた時、闇に飲まれそうになった自分を、死んでいったみんなが励ましてくれた、支えてくれた、助けてくれた。
 そして今もまた、フォルカという男の『死者の魂を愛機と共に一時的に呼び寄せる』という反則的な能力によって、力を貸してくれているという。
 死んでしまったのに、それでも戦っている、諦めないでいる。ミオにはそれが頼もしく、そして嬉しく思えた。
(……成る程、聞いたとおりの少女だ。大地の魔装機神、ザムジードの操者は伊達ではないか)
 イングラムはそう言って、笑っているようだった。顔が見えるわけではないので、何となくそう思えただけだが。
「え? 誰に聞いたの?」
 ミオは自分のことを誰から聞いたのか気になった。自分と合流して一度でも離れた人はマシュマーしかいない。
 だが、狂乱状態にあったという彼が他人と話しをするとは思えない。もしかして、プレシアと一緒に行動していたのだろうか? 
 そう思って聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。
(死後にハヤミ・ブンタやアクセル・アルマー、マシュマー・セロから聞いた)
「……そっか、みんなが……」
 正直、自分と関わってしまったがために死んでしまったと、彼らに怨まれていたらどうしようと、未だに不安だった。
 だが、そんなことはなかった。デビルガンダムの中で聞いたとおりだ。ミオはこんなゲームの中に出会えた仲間達を改めて思い出し、心の中でお礼を言った。勿論、ヴィンデルにも。

 イングラムは暫くの間黙っていたが、ミオの心が落ち着いたのを見計らって本題を切り出してきた。
(それで、ミオ・サスガ。クォヴレー・ゴードンがディス・アストラナガンを拒絶し……あまつさえ、破壊しようとした。これは、事実なんだな?)
「……うん。やっぱり貴方も、彼のこと、知ってたの?」
 ディス・アストラナガンの真の操者である、クォヴレー・ゴードン。だが、このイングラム・プリスケンの魂を、ディス・アストラナガンは同様に歓迎しているように感じられた。
 それに、イングラムは先程“並行宇宙の番人”と名乗った。これは、クォヴレーの称号と同じだ。関係があると見ていいだろう。
(いや、正確には違う。確かにクォヴレー・ゴードンとイングラム・プリスケンは魂を融合させていたようだが……それは別の時間軸での話しだ。
 クォヴレーから切り離されたイングラム・プリスケンの魂はディス・アストラナガンに封じられ、お前や主君の魂を助けようと死力を尽くしたマシュマー・セロに手を貸し、その力の殆どを失った。
 そして今、その魂の残滓は俺という同一でありながら別の存在に吸収された)
「……ようするに、合体して、クォヴレーさんのことが分かったってこと?」
(そういうことだ)
 イングラムが簡単に答えた直後、前方に機影が見えた。
「誰か来る?」
 ミオが呟いたのと同時に、イングラムは離れた場所で戦っている同志達の異変を感じ取り、舌を打った。
(ユーゼスめ。やはり、闘鬼転生によって集った魂を刈り集める計画だったか。……だが、そんなことは先刻承知だ。死して尚、反逆の牙を剥く人間を侮るなよ、ユーゼス)
「イングラムさん、聞いてる?」
(ああ。先程話したとおり、あれは対主催の立場の、男が……乗っている。あの機体と接触……するべき、だろう……)
「どうしたの? だんだん声が小さくなってるけど……」
 ミオが不安げに尋ねた。まさか、このまま消えてしまうのでは……。
 しかし、それは杞憂だと、イングラムは言ってくれた。
(闘鬼転生の力が……失われた。……あの場に1人……イキマ……仲間にすべき男が、残って……いる。
 ……俺は暫く眠りにつき……クォヴレーとの、接触、まで……力を、蓄える。
 ……それから、俺が感じ取ったことは、お前にも、少しは分かるように……しておく。頼んだ、ぞ……)
「ああ、ちょっと!?」
 イングラムはミオからの呼びかけに応えることなく、深い眠りに就いた。
 ある決意を秘めて、それを実行するために、彼には今、眠りが必要だったのだ。
「聞こえているか? 黒い機体のパイロット。話がしたい。こちらに戦意は無い、信じて欲しい」
「……うん。いいよ」
 ミオは短く、男からの申し出を受けた。不安は無かった。みんなが見守っているという、安心感があったから。それでも、油断は大敵だ。
 先刻の、クォヴレーの時のようなことにならないためにも。

 シロッコは、まるで自分を待っているかのように進路上に佇んでいた黒い機体と、接触を図ることにした。
 恐らくはユーゼスがいるであろうE-4に向かいたかったが、このゲームを破壊できる可能性を持つ少女と折角出会えたのだ。これを無碍にするほど、シロッコの気も逸っていなかった。
 シロッコが先ず自分から降りようかと尋ねると、彼女は同時に降りようと言ってきた。どうやら、自分を信じてくれたようだが……何故? 
 仮にも今まで生き抜いてきたのだ。底抜けの善人、というわけでもないだろうに。
 言葉通りに、自分と同じタイミングで機体から降りた少女を見て、シロッコは驚愕した。なんと彼女には、首輪がついていなかったのだ! 
 まさか、木原マサキの首輪の解析装置以外の方法で首輪を外している者がいるとは、思ってもみなかった。これでは、あれを交渉材料には使えないな。
 シロッコの驚愕を余所に、青い髪をツインテールに纏めている少女はメモを取り出し、何かを書くと自分に渡してきた。お互いに首輪が外れているというのに、用心深いことだ。
『はじめまして。私はサスガ・ミオ。さっきの放送ではミオ・サスガって呼ばれてたけどね』
(さっきの放送?)
 ミオという少女の差し出してきた文面を読み、シロッコは何かが引っ掛かった。聞き覚えのある名だ。……そう、主催者が行った放送で呼ばれた名前だ……!?
『どういうことかな? 君は、ミオ・サスガは死んだのではないのか?』
『どうやら、あの変態仮面が死んだと誤解しているみたいなの。首輪が無いからかな? あ、でも、あなたもないか……って、どうやって外したの!?』
 少女も自分の首を見て、首輪がないことに驚いていた。だが、今はそれどころではない。
『私は、ある男が作った首輪の解析・解除装置を使ったのだ。その男は先刻の放送よりも前に首輪を外したが、名前は呼ばれなかった。
 君こそ、どうやって首輪を外したのだ? その違いに、答えがあるのかも知れん』
『う~ん……話せば、っていうか、書くと長くなるんだけど……』
 少女の書いたとおり、話は長かった。それだけではなく、その内容は自分の理解や常識を超越していた。
 デビルガンダムについての顛末、ゲッター線なるものとの接触による死者の魂との邂逅、そしてゲームの全容の把握、死者の魂と無念を用いた“超神”と称される器、ユーゼスの野望、それを阻止する手立て。
 ……自分のいた宇宙世紀の世界からは、想像も出来ないようなことばかりだった。
 だが……と、シロッコは視線を少女に向ける。元々、シロッコには人を――特に女性を見る目には自信があった。この少女の瞳から感じられるのは、俗物の浅ましい感情でも、女性特有の母性的なものでもない――強い決意だ。
 こんな瞳をしている女性が、下らない上に無意味な嘘を吐くはずが無い。シロッコは自分の直感を信じ、ミオの言っていることも大筋で信じた。
 デビルガンダムに関しては、クォヴレーがあそこまで恐れていたのも納得できるような力だった。それに、自己修復どころか自己増殖、自己進化まで備わっていたとは。
 ……本当に、これはガンダムなのか?……いや、“悪魔の名を冠するガンダム”ではなく“ガンダムの名を持つ悪魔”ということだろう。それに、これなら木原マサキの名が呼ばれず、彼女の名が呼ばれた点について合点がいくのだ。
 彼女の首輪は、デビルガンダムに取り込まれた拍子に無くなったという。“DG細胞なる物によって変質した首輪が、正常な機能を発揮しなくなってから外れた”のだ。
 対して、自分やマサキは正常な機能のまま首輪を外している。そして、彼女は自分の名が呼ばれ、マサキの名が呼ばれなかった放送を、機体の中で聞いていたという。つまり。
『ありあわせの物で解析装置を作り、首輪を解除することは、ユーゼスの予想の範囲内だった。だが、DG細胞とやらの影響で首輪が変質し、外れ、君が生還することは全くの予想外だったのだろう。
 となると、“正常な機能のまま首輪が外されると、他の何かがその機能を引き継ぐ”ことが確定的になる。そこで考えられるのは、機体に代替の監視装置が備え付けられていることだ。
 恐らく、“正常な機能のまま首輪を外すと、機体の監視装置が発動する”のだろう。君が機体に乗っていながら、ユーゼスに生存を知られなかったのがその証拠だ』
『な、なるほど……!』
 自分の推論をさらさらと書き上げて彼女に示すと、彼女は驚愕の表情そのままの文面を返してきた。恐らく、声に出していても同じことを言ったのだろう。おかしな少女だ。
『通信をしていても大丈夫だったようだが、万一ということもある。会話が私の機体の外部マイクで拾われる可能性も考慮し、筆談を続行しよう』
『うん』
 シロッコは再び、彼女から渡されたメモを読み直した。そこには、これっぽっちも予想していなかった……考えられるはずも無いことが書いてあった。
『つまり……このゲームを破壊し、主催者を打倒するには……』
『うん。このディストラちゃんに、真の操者のクォヴレーさんが必要だったんだけど……』
(ええい、なんということだ! まさか、私が勝利の可能性を自ら蹂躙していたとは!!)
 シロッコは改めて、己の間抜けさを悔いた。自分が先刻、我が身を守るために陥れた3人。
 まさかその3人全員が、このゲームを破壊しうる可能性を持った、数少ない存在だったとは。己の迂闊さ、間抜けさに、どうしようもなく腹が立つ!
 しかしそのような激情は己の内に隠し、シロッコは思考を続けた。取り敢えず、彼女の語ったことは信じられるだろう。
 最初に名乗る時、放送で名前が呼ばれたのを承知の上でその名を名乗ったのだから、偽名と言うこともあるまい。
 彼女の示したゲーム破壊の手法は、それを知るに至った経緯を含めてあまりにもオカルティックだが、そもそもこのバトルロワイアルからして異常なのだから、とやかく言うまい。
 だが、それが外れと言う可能性もある。外れでなかったとしても、結局最後までクォヴレーがディス・アストラナガンを拒絶してしまっては無意味だ。
 今後の方策を様々に張り巡らし……結論、シロッコは彼女に協力することにした。彼女の有する情報は、最大の強みだ。自分とて、このような少女を手にかけてまで優勝することは忍びない。
 それに……『最後の勝者はユーゼスだけ』と言う言葉。これはシロッコに、今まで感じてきた子のゲームに対する嫌悪感と疑念を踏み台に、このゲームとその主催者であるユーゼスへの強く明確な反意を作り上げさせるのに充分だった。
 我々は奴の訳の分からぬ野望のために捧げられた生贄であり、同時に、その間隙の暇を潰す為の座興をさせられていたわけだ。このような理不尽に、憤慨しない者は滅多にいないだろう。
 シロッコはすっかり忘れていた自己紹介を簡単に済ませると、更に、彼女の仲間がクォヴレーに倒されたことを伝えようとしたが……やめた。
 シロッコは、自分にある奇妙な、正直願い下げの縁を忘れていなかった。
 何故か自分は、他者の精神崩壊の場面に居合わせることが多い。もしも、仲間の死を突きつけられたら……今までの様子を見るにそうは思えないが、万に一つも彼女がそうならないとは言い切れない。
 遅かれ早かれ分かることだが、今は伏せておこう。
 その代わりとばかりに、シロッコも自分の持っている参加者の情報を提供した。
 ラミアについて、イキマについて、マサキについて、クォヴレーについて、マイについて、自分の知っている情報は殆ど提供した。
 クォヴレーと彼女の仲間の戦いを脇から見物していたことも伏せておくことにした。そして、話は今後のことに推移した。

『クォヴレーの最後の仲間……イキマ。彼と合流し、事情を説明しなければなるまい。クォヴレーとて、仲間の言葉なら聞いてくれるだろう』
『あ、それだったら、居所は分かってるよ。この先に居るんだって』
『先程の……死者の声、というもの、だったかな?』
『うん。さっきまで変態仮面をフルボッコじゃあ!って状況だったみたいだけど、今はそれも終わって……半分は変態仮面の思惑通りで、もう半分は、死んだみんなの予想通りだったみたい』
『つまり、まだ終わってはいない、ということか。……それにしても、死者が生者に力を貸すとは、ナンセンスな』
『も~、そういう堅いことは言わないの! じゃあ、それは信じなくてもいいから、この先にクォヴレーさんの仲間がいることは信じてくれる?』
『ああ。少なくとも、君がそう感じていることは信じられる。ここで嘘を吐いても、何の意味も無いからね』
『よ~し。それじゃあ、しゅっぱ~つ!』
 シロッコはミオの立ち居振る舞いを見て、強い娘だと思った。恐らくはクォヴレーに仲間が殺されていることも薄々察しているだろうが、それでも立ち止まろうとせず、前を向いて進み続けている。
 その姿は、気高い戦士とでも言うべきか。
(仮にもここまで生き抜いてきただけのことはある……ということか。これならゼオラのようになる心配は無いだろうが……やはり、問題はクォヴレーの方か)
 今のクォヴレーは、たった1人の仲間という危うい存在によって、何とか精神崩壊寸前で踏み止まっている状態だ。
 もしもイキマに何かあれば、その時点でクォヴレーはもう終わりだ。それに、自分達とイキマが上手く合流できても、クォヴレーがそれを見て何を言い出すか分かったものではない。
 最悪、イキマに対して『洗脳されている』『偽者だ』などとのたまい、錯乱して、イキマを自分の手で殺してしまうことも考えられるだろう。
(ミオ……だったな。彼女には悪いが、クォヴレーが使えないようであれば……)
 険しい表情で、シロッコは自らの乗る機体を見上げた。
 正攻法で無理ならば策を弄す。策によって隙を、チャンスを作り出し、それを逃がさず確実に衝き――勝利する。
 クォヴレーの説得。どちらに転ぶにしても、それだけは変わるまい。このボロボロの機体では心許ないが、やれないことは無いはずだ。
 しかも運のいいことに、彼女はブライガーのマニュアルに目を通しており、その武装やコクピットの位置も把握していると言う。
 こちらの手札がボロボロであるからには、やはり最大の武器は情報だ。シロッコは改めて、自分が必要とする情報の殆ど全てを持っていた少女との合流を、幸運に思った。
 シロッコは思考を終えると、エステバリスのコクピットに乗り込んだ。そして、ミオのディス・アストラナガンと共に、目的の人物を求めて移動を開始した。





 若き修羅王と強念の少女、そしてこの殺人ゲームの主催者は、消えた。あの状況では、ユーゼスも、あの勇気ある2人の人間も、生きてはいないだろう。
 だが……これで、終わったのだ。この馬鹿げた、下らない……殺人ゲームが。そう、イキマは確信していた。
(ジョシュア、トウマ、リュウセイ、セレーナ、エルマ、リョウト、ガルド、
 イングラム・プリスケン、バラン・ドバン、東方不敗、そして……アルマナ嬢。終わった……終わったぞ)
 イキマは空を見上げ、志半ばで倒れた、今は亡き反逆の同志達にそう報告した。
 尤も、この決着の一因は紛れも無く、つい先程まで此処にいた“彼ら”なのだから、報告の必要は無かったかもしれないが。
 この場に居合わせたのがミオでも、シロッコでも、クォヴレーでも、そう思ったことだろう。
 あの修羅王の強さ、その極大の拳を振るった際の覇気――あれでも倒せなかった、という考えは到底思いつかないことだろう。
 だが……イキマの視線に、巨大な飛行物体――ヘルモーズが目に入ると、彼は違和感を覚えた。
 何故、あれは主を失っても尚、今までと同じように動いているのだろうか? 主催者であるユーゼスが死亡したのであれば、何らかの動きがあるはずだ。
 まさか、あれだけ巨大な戦艦に誰も居ない筈が無い。スパイのラミアとかいう女がいい例だ。だが、何も起きない。起きる様子も無い。
(……まさか、まだ、なのか? まだ、なにかあるというのか?)
 邪馬大王国の最高幹部であり、歴戦の勇士でもある彼の直感が、そう告げていた。
 まだ、この戦は終わってなどいない、と。
 そうだ、考えてみろ。自分達ハニワ原人と人間達の戦いの中でも、こういうことはあった。王が死んで尚、抵抗をやめずに最期まで戦い続ける人間の悪足掻き。それと同様のことが有り得るのではないか?
(ユーゼスの命が終わっても、奴が仕組んだこのゲームが終わる事はないということか!!)
 イキマはそう結論を下した。そして、忌々しげに歯を食い縛り、悠々と飛んでいく戦艦をにらみつけた。
 あの戦艦と、この会場内のどこかにあるという空間操作装置。これらを破壊しなければ、主催者であるユーゼスが消えても、どうにもならないのだ。
(……クォヴレー、無事でいてくれよ)
 イキマは地図と機体のGPSに表示されたデータを元に、此処がG-6基地から北西に3ブロック離れたE-4と確認した。
 此処にはデビルガンダムとかいうものが居座っていたらしいが……ユーゼスが回収したのか、それとも、あの赤い髪の青年が倒したのか。恐らく、後者だろう。
 あの強さだ、充分に有り得る。そして、その不測の事態に慌てたユーゼスが、止む無く動いた……といったところだろう。
 それはさておき、あれから大分時間も経っているが、まだD-6周辺で、クォヴレーが自分を探している可能性もある。彼を迎えに行こう。
 そう決めた直後、イキマの人間を超越した視覚が、何かを見つけた。
 参加者の機体、だろうか。2機見える。こちらに向かって来ているのか?

【ミオ・サスガ 搭乗機体:ディス・アストラナガン(第3次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状況:悲しみ。強い決意。首輪なし。ディス・レヴから伝わる負の波動に嫌悪感(イングラムの魂によってかなり軽減された)
 機体状況:両腕、および左足大腿部以下消滅 少しずつ再生中。故障した推進機器も、移動に支障が無い程度に回復。
      イングラムの魂が融合。現在は休眠状態。
 現在位置:E-4
 第一行動方針:イキマと合流し、クォヴレーの説得を頼む
 第二行動方針:対主催のために動く(クォヴレー説得・空間操作装置破壊など)
 第三行動方針:戦力を結集する
 最終行動方針:ユーゼスの打倒
 備考:ヴィンデルから自分がDGに取り込まれた後の一連のあらましを聞きました。
    ディス・アストラナガンの意思(らしきもの?)を、ある程度知覚できます
    イングラムが知覚したことを、ミオもある程度知覚できる(霊魂特有の感覚など)
    シロッコとの情報交換メモを所持
    クォヴレーがシロッコを目の敵にしていると認識
    ラミアに関する情報をシロッコから入手(ヴィンデルの言葉と合わせて疑念)
    マサキの危険性を認識、また生存を確認。マイも警戒
    ディス・レヴを通じて、ヴィンデルの死を薄々感じています】

補足:イングラムの魂について
  • これ以降の会話は、基本的に不可能。短く、用件を一方的に伝えるのが、精々1回
  • ディス・レヴの負の波動を吸収して力を蓄えると共に、ミオへの負担を軽減している
  • クォヴレーとの接触(会話)のためには、クォヴレーをディス・アストラナガンに乗せる必要がある(気絶していても可能)
  • ミオから聞いた話により、クォヴレーに対して不信感と失望。最悪の場合、彼の肉体を乗っ取る可能性も?
  • 彼の魂が融合していても、ディス・アストラナガンの性能に殆ど変化は無い(現時点では)


【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:エステバリス・C(劇場版ナデシコ)
 パイロット状況:軽度の打ち身(行動に支障はなし)、首輪無し、やや混乱
 機体状況:エネルギー消費(中) 駆動系に磨り減り。左腕欠損
 現在位置:E-4
 基本行動方針:ミオと行動を共にする
 第1行動方針:イキマとの合流
 第2行動方針:クォヴレーの説得(不可能な場合は……?)
 最終行動方針:ユーゼスの打倒(ゲームには乗らない)
 補足行動方針:十分な時間と余裕が取れた時、最高級紅茶を味わいたい(もう気は緩めない)
 備考:首輪は解除済み。首輪を1つと、首輪の解析装置を所持。
    ラミアに疑念。
    マサキ、マイを危険視。
    リュウセイのメモを入手。反逆の牙共通思考の情報を知っています。
    ミオとの情報交換メモを所持。人知を超えた事態に少々混乱気味
    ユーゼスの目的、その打倒の方法を知りました
    ユウキ・ジェグナン厳選最高級紅茶葉(1回分)を所持】

【イキマ 搭乗機体:ウイングガスト(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:ユーゼスの死を確信。戦闘でのダメージあり(応急手当済み)
         マサキを警戒。ゲームが終わっていないと判断
 機体状況:装甲に大程度のダメージ、メインカメラ破損。
      殆ど碌に動けませんが、移動は問題なく可能。詳細は次の人にお任せします。
      コックピットの血は宗介のものです。
 現在位置:E-4
 第一行動方針:他者にユーゼスの死亡を伝える。
 第二行動方針:トウマに代わり、クォヴレーを支える
 最終行動方針:ゲームをどうにかして終わらせる
 備考:ディス・アストラナガンを特に警戒
    ガイキングの持つ力(DG細胞)が空間操作と関係があると推測
    ディス・アストラナガンがガイキングの力(DG細胞)と同種のものと推測
    剣鉄也らの背後の力(デビルガンダム)が空間操作装置と関係があると推測
    デビルガンダムがフォルカによって破壊されたと推測
    空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
    C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測 】


【三日目 8:50】





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第247話「草は枯れ、花は散る ミオ・サスガ 第252話「命あるもの、命なきもの
第247話「草は枯れ、花は散る パプテマス・シロッコ 第252話「命あるもの、命なきもの
第248話「限りある永遠の中で イキマ 第252話「命あるもの、命なきもの


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最終更新:2025年02月27日 02:09