―――ウルトラマン。

赤の代わりにドス黒く、捻じれた紋様を体に刻まれたウルトラマンだった。

試作型のゼスト。
実験段階で、以前のゼストを模して作られた、できそこないのゼスト。
数多の打ち捨てられたユーゼスの妄執だけが容となったもの。

ウルトラマンを超えるウルトラマン、帰ってきたゼスト。





第252話   命あるもの、命なきもの


偽神    ゼスト・ザ・リターン    登場



 ◆   ◆   ◆


「LUA■DYEWT■■―――!」
人にあらざる言葉でゼストが咆哮する。
モニターには、それを無理に人語に翻訳した結果できたでたらめな言葉の羅列が表示される。
それもところどころ認識されず、黒く塗りつぶされていた。会話など、できそうにもない。
「―――速いッ!?」
軽く500mは離れていた距離を、残像だけを残しゼストがつめる。
背中の黒い羽が可変翼のように自在に動き回り、加速力を高める。まるで悪魔の翼だった。
組んだ両腕がギリギリで間に合う。そこに、ゼストの正拳が撃ち込まれた。
「しかも―――重い!」
不死鳥相手も一歩も引かなかったソウルゲインが後ろにたたらを踏む。
両腕を組んだためできた死角をかいくぐり、ショートフックがソウルゲインに叩きこまれる。
セオリー通りともいえるが、正確にインパクトの瞬間に拳をひねり、ダメージを倍増させるゼスト。
当たった瞬間、金属をこすれあわせるような不快な音が、ソウルゲインの集音マイクから聞こえてきた。
体が倒れるよりも早く、足を踏み出し軸とする。地面を蹴るようにアッパーカット。
ブレードの部分も合わせて、かなりの射程を持つこの一撃を、背面ぞりでゼストはかわすと、
そのまま両足を空に浮かせ、逆にソウルゲインの顎に1発喰らわせて見せた。
後ろに一回転すると同時に、地面に着く衝撃を、足のバネを使い前へ跳躍する力にソウルゲインは変える。
だがゼストも、縦回転蹴りの勢いをまったく同じ方法で前進する力に変える。
お互いの額がぶつかり、腕が組み合わされ、正面から力比べとなった。
「く……おおおッ!」
「■AAZYI■WWAER――!」
旺盛な修羅の生体エネルギーを吸い、フルポテンシャルを発揮するソウルゲインが、あろうことか押し負けていた。
組み合わされたソウルゲインの手には、ひびが入り始めている。
無理に手を返すと、磁石同士が反発するように距離をとる。すかさず、拳の雨が繰り出された。
腰を低くし、重心を下げていたゼストは、背杉を伸ばし、高速回転。
回転の力でそのラッシュを左右にそらし―――さらに紫の輪が帯のように体からにじみ出る。
それでも連打を続行していたソウルゲインの腕に光がぶつかると、それは拘束具へと変貌。
腕をつたってソウルゲインの体へと巻きついてきた。さらに収縮し、ソウルゲインをがんじがらめにする。
黒光のリングが、ソウルゲインに身動きを許さない。それを見届けて初めて回転を停止するゼスト。
もがくソウルゲインを、逆に暴れれば暴れるほどリングは、ソウルゲインを締め上げる。
ゼストが後ろに手をゆっくりと引く。
その腕が、光の粒子にほどけていく。そして、先ほどグルンガストとアンジェルグを引き裂いた輪へ。
腕全体を一本の刃へと変換する、ウルトラスラッシュ。
それはオリジナルの八つ裂き光輪や、3人目のウルトラスラッシュのように手のひらサイズではない。
断頭台のギロチンのように巨大なそれが、もう一度放たれようとしている。

(―――ジュデッカより強い!)

ソウルゲインを尻目に、腕を鋭く尖らせていくゼスト。それは徐々に弧を描くように曲がり、円を作る。
はやり金属音を打ち鳴らし、地面を奔るウルトラスラッシュが―――

空を切った。

黄色い光がソウルゲインにあたり、ウルトラスラッシュの進路からはじき出した。
「まさかとは思ったが……こんなものまであるとはな。神になるというのはあながち嘘ではないようだな」
紅茶を飲み下し、男が呟いた。もうこのアクションで誰かわかる。
シロッコである。
乗っているのは、エステバリスカスタムにではない。なんと、ジ・Oに乗っていた。
「まだ設計すら終わっていない段階のこれがすでに完成品として存在する。なるほど、時空を超える証明だな」
ジ・Oのビームサーベルが、・キャッチリングを溶かす。
どうやら、内から外れずとも、外からなら外すことは可能のようだ。
実はこの男、最初の段階……ミオが人質に取られた段階で、すでにエステバリスカスタムのコクピットにいなかった。
こっそり倒れこんだ隙に脱出し、乗り換える機体をラミアがフォルカに気を向けていた間に物色していたのだった。
そして、比較的多かったMSの中で、ジ・Oを発見し、乗り込んだというわけだ。
ちなみに……
「ちょっとシロッコさん、私も機体を選ばなきゃ……」
「今出て行っては吹き飛ばされるだけだろうが、かまわんかね? 
 それに奥に換装用のパーツもあった。工具型のマシンがやってもらってきたほうがいい、今のままでは足手まといだ」
突き放すようにシロッコが言い放つ。
ミオは、シロッコの乗っていたエステバリスのコクピットにいた。グルンガストもアンジェルグも、コクピットは胸にある。
つまり、誘爆さえしなければ、腰をぶった切られようがパイロットはなんでもない。流石は特機ということだ。
もっとも、これがまともなマシンのエネルギー攻撃なら爆破して臨終だろう。
フォトンをぶつける、ウルトラ一族特有の力をゼストも持っていたからこそ助かった。
きれい過ぎる切断面。何の抵抗もなく2機を切り裂いたが、切れすぎるためきった周囲を傷つけることはなかった。
シロッコはジ・Oを手に入れたが、ミオはすぐに操縦方法の分かるロボットが見つからなかった。
なにしろ、あまり量産期やらバリエーションの面で劣るあの世界のマシンは、ここには用意されていなかったのだ。
だから、とりあえず側のマシンのコクピットに押し込んで……という調子だ。マシン同士の戦いの最中、生身というのは危険極まりない。
ラミアも、実はジ・Oの影になる場所にさっきまでいた。
フォルカとの会話の調子から、引き込むことはできると思ったのも半分、シロッコの嗜好の問題からも半分。
そういった理由でミオのついでに助けたわけだ。
この男の快進撃はさらに続く。
やたら捨て鉢なラミアの態度(もっともこれはラミアの心理状況のせいであり、見当ハズレだが)から、なにかあると推測し、
ジ・Oに乗るついでに端末からヘルモーズにアクセス。自爆があることまで掘り当てて見せた。

とにかく、この男はもっともおいしいところをかっさらっていた。

「フォルカ・アルバーグ、と呼べばいいかな? とにかくこの戦艦は残念ながらあと10分少々で爆発するようだ」
「何……!?」
「残念だが、事実だ。急いで脱出せねばならん。だがそのためには………」
ゼストの、いったいどれだけマッハを超えているか分からぬ飛行能力を生かした飛び蹴り。2機とも、バーニアを吹かせそれをよける。
「……あれを倒さねばならん……お互い素性を説明する時間もないが、協力してくれるな?」
「分かった、後ろは任せる!」
フォルカも、時間を惜しみ即答。
シロッコと、フォルカ。
奇妙な共同戦線がここに張られた。


 ◆   ◆   ◆


私は……どうすればいいだろう?

なにも守るものなく、生身のままラミアは目の前の戦いを眺めていた。

あれが、ゼストの試作型。……ユーゼスさまの最終目標、そのできそこないの人形。
ゼストは、自爆に巻き込まれれば自分も滅びるというのに、何の迷いもなく戦っている。
その神にもなれる力を、ただ単一の目的のために暴力的に振るうことを許されている。
迷いもしない。悩みもしない。目の前のものを抹消する……完璧な戦闘人形。

あれが、私の目指したものだったのか?

ジ・Oとソウルゲイン、2体の軌道兵器を前に互角以上の戦いを繰り広げる黒い神。
いったん開放すれば、破壊しつくすまで止まらないため封印された。
意志を持たぬ力、それはユーゼスが最も忌み嫌ったであった。それをラミアは知らない。
だからこそ、意思を持たぬことはユーゼスに使える時では美徳と思っていた。

ヘルモーズへのダメージを気にすることなく、加速していく黒と黄と青の閃光。
ゼストに、機神拳が叩き込まれる。しかし痛みを感じることなくゼストは応戦する。
当然だ、 い た い と認識する心すらゼストにはないのだから。

あれが、私の目指したものだったのか?

ゼストに自分を重ねようとして……どうしてもそれができなかった。
自分の鏡写しのそれは、酷く醜かった。
やはり、顔をそむけてしまう。
それどころか、ラミアは自分がああなることを「いやだな」と思ってしまった。

何も疑わず、なにも選ぶこともせず、なにも感じずに生きて行ける世界。
それは、きっと楽園だろう。
だけど、一度知恵の実を口にした人間は、もう二度と楽園に変えることはできなかった。

いや、きっとそれは違う。

知恵の実を食べたからこそ、人間は人間になれたのだ。
人形のような生を否定し、荒野を歩き傷つくことを選択した。
そう、選択したのだ。誰からか強要されたのではなく、自分の意思で自分の自由を。

「―――自分の意思で選べ、か」

大きな衝撃で、格納庫の瓦礫が右へ左へと動く。それは、天井からも降り注いだ。
ラミアの上に、落ちてくる鉄塊。ラミアはそれを見つめて、これで終わるのか、と漠然と思い目を瞑った。
その時、一体の無事だったマシンが倒れ、彼女を守るようにそれを阻んだ。
いつまでたっても落ちぬ飛礫に、ゆっくりと眼を開ける。
そして自分を守ったものを見上げ、ラミアは目を見開いた。
今から楽園を捨て、荒野を歩こうとする『人間』を、楽園の使いである天使が守った。
先ほどまで、人形であろうとした自分の乗っていたものが、自分を守ったのだ。
穢れを知らぬ純白も、黒くくすんでいた。荘厳だった天使を模した神像だったころの見る影もなかった。

―――神の卵より生まれし雛鳥だ

最初に乗る際、ユーゼスが言った(・・・・・・・・)言葉だ。
「そうか……お前もまだ生まれてなかったのだな」
そっと手伸ばし、手でくすみを払う。もっとも、大きすぎる体の前に、その行為にまったく意味はない。
単純に、感傷だ。人間のみが取りうる、意味のない『遊び』という概念に当たる行動。
不意に、神像から一条の光が放たれた。
最初の時と違う感情を抱き、最初の時のように腕を広げて光を迎え入れる。

ここからだ。ここからもう一度始めるのだ。そうだろう?
自分なりに、自分を探してみよう。そのためには、もう一度ユーゼスに合わなければ始まらない。

「謳おう―――ラーゼフォン!」

歌を歌う。生を謳う。

羊水に広がっていく細波。ゆっくりとラミアが眼を開く。
ラーゼフォンの真の眼が即座に解放された。どこからか流れ出す聖歌。
今までの死を運ぶ陰気な歌ではない。命の輝く様をありったけの方法で表現した生命讃歌。
「歌……?」
フォルカと、シロッコは、この戦場に流れる歌を耳にして、動きを止めた。
ゼストは、動きを止めない。心がないから戦場に歌が響くおかしさが分からない。
「受けろ、幻影の印を……!」
ラーゼフォンの光の剣が、ゼストに振り下ろされる。
そのまま、右斜め上に。次いで横に。今度は左下に。フィニッシュに、右上方に切り上げる。
「ミラージュ・サイン!」
機体の軌跡が、五芒星を描くのではない。剣の軌跡が、相手の体に五芒星を刻み込む。
最後に、すれ違い様に胸に剣を付き立てた。
紛うことなき、『A』の世界……彼女がもといた世界のアンジェルグに設定されていた本当のミラージュサインのモーション。
だが、ゼストの肉体に傷を付けることはかなわない。盛大に吹き飛びはしたが、外見上なんの変化もなかった。
ゼストが、またも高速回転。リングが、今度はラーゼフォンに。
しかし、当たる直前に音障壁が展開される。波動をあやつり物質を共鳴させる能力が、自由の拘束を一時阻んだ。
その一時の間に、環からラーゼフォンは脱出する。
天に掲げる腕から光が迸り、それは輝く弓を形作る。逆の手には光の矢が生まれる。
それらを一つに合わせ、一気に引き絞った。もちろん呼ぶ名は――

「標準セット……イリュージョン・アロー!」

――彼女の愛機のそれだ。
ゼストはそれが直撃することを平然と許し、真っ直ぐにラーゼフォンへ。
矢から、盾に。赤い盾が、ゼストのカカト落としを受け止める。ビッグオーの渾身の鉄拳より重かった。
だが、中身がない。破壊衝動はあっても、心の重心を定め相手を打ち倒そうという覇気がない。

イングラム・プリスケンのほうが、よっぽど強い。
腕が軋む。足裏が虚空を踏みしめ、体が沈んだ。更に槍のように真っ直ぐ捻り込まれる拳。
だが、ラミアからすればかわすのはたやすい。ユーゼスから、幾億の世界から集めた戦闘モーションを最適化して作るその動き。
それはラミアもそれは持っているのだ。だからこそ、分かる。
愚直なまでに、一片の揺らぎもないプログラミングの攻撃。そこからまったく変化や緩急がない。
誰かの繰り糸に従うままの戦闘人形。

ラミアが意図的に、大振りにラーゼフォンの腕とそこから伸びる光の剣を振るう。ゼストが姿勢を低くしたため、頭上を通り過ぎる。
それはゼストへの攻撃ではなく、その頭上にたれる糸を断ち切るような動きだった。
伸ばしきった腕が、体を前に倒し、バランスが崩れた。その状態においてAIから選ばれる最適の行動をゼストは実行。
すかさず足元をすくう屈み蹴り。
相手の動きを考え、それがくると予見し、自分の判断に従って、ラミアは事前にステップを踏むように飛翔。
蹴りは届くことはなかった。ラーゼフォンの腕からあふれる光が、ゼストを焼く。

相手がこちらの行動パターンを認識しているともゼストは考えない。
だから、それに合わせて戦い方を変えようとも思わない。当然だ、ゼストにはそう認識する心がないのだから。
ラミアは、正確に相手の定まった動きを認識し、自分独自の動きを加え、戦い方を微細に変える。

横槍から、腰を軸に振りぬかれる拳がゼストを追撃した。
ソウルゲインの機神拳がゼストの腹に拳のあざを作った。初めてゼストにダメージらしきものが見える。
ダメージがあっても痛みがないため、動きが鈍ることはない。相変わらず機敏な動きを、ジ・Oのビームライフルが妨害した。

仲間と信じて疑わぬように、2機ともラーゼフォンに動きを合わせてゼストを攻め立てる。

ゼストが、初めて後退して距離をとる。
腕を胸の前で組むと、そこから波紋のようにウルトラ念力が攪拌しながら撒き散らされた。
「こちらの後ろに下がれ!」
ラミアが、前に立つシロッコとフォルカに呼びかけた。
2人とも、その言葉の意味にある二重の意味を即座に理解した。
彼女が今仲間であること、そして何より自分たちの信じて賭けた可能性は、間違っていなかったと。
ソウルゲインと、ジ・Oが、ラーゼフォンの側にすっくと立った。昔から気心知れた戦友のように。
それを守るように同じく波紋を広げ、音障壁を展開。ウルトラ念力と音障壁がぶつかり合い、相殺されていく。
動くたびに金属音を鳴らすゼスト。それを退ける完全調和〈パーフェクトハーモニー〉。

ゼストの体から放たれる熱量が、増大した。
メキメキと音を立て、体の細部が太く、長く変化していく。
ウルトラマンに近かった姿が、元来あったゼストにより近くなる。

「……これからが本番ということか」
残り時間はあと、8分。最後の攻防が、始まった。

桁外れの光波が、うねり狂う。
ゼストの体を、衣のように包み込んだ。
上半身をねじる。腕をねじる。
人型の限界まで全身のバネをねじりあげ、3機までの数百mあるにもかかわらず、ゼストが、その場で拳を繰り出した。
低く、サイドスローの投球の要領で、光波が天井に投げつけられる。
最も硬い、ズフィルートクリスタルでできた結晶隔壁が、36枚すべて貫通し、電灯の光を反射しながら膨大な水晶が降り注ぐ――!
「何だと!?」
フォルカの、驚嘆の声。いくらソウルゲインでもこれほどの現象を、単純な腕力で起こすことはできない。
常軌を逸したパワーだった。
機械でも、まして生物では絶対に再現できない剛力。神にのみ、許された力。
受ければ、圧殺確定の量が、隙間なく落ちる。
にも関わらず、その状態を前に一瞬硬直したラーゼフォンへとゼストが転移する。
速すぎて、コマ落ちした映画か何かのように、一瞬で掻き消え、そしてまた現れる。
本能的な恐怖で、音障壁と、盾を限界の出力で張った直後。
光が、目の前で瞬いた。強烈な速力で伸びる腕が、空気と擦れあい、摩擦で熱だけでなく光まで放った。
光の巨人の拳が、盾に当たる。音障壁は、風船がはじけるような音と共に爆ぜ、盾は鏡のように散った。
神の力を前に、内部の無数の歯車やワイヤが振動し、デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)の腕が震えた。
ラーゼフォンの姿勢制御をすべて放棄。結果、その状態を維持しようという反発をゼロに変え、後ろのラーゼフォンは回転しながら落ちる。
もし、まともに踏ん張って受けていれば、腕だけでなく胸まで貫かれていただろう。そうなればひとたまりもない。
そう確信できるほどの圧倒的な衝撃が伝わってくる。
ラーゼフォンを、先に離脱していたソウルゲインが何とか受け止めた。
そして、時は動き出す。一瞬の攻防ゆえに、落ちてこなかった水晶が、ゼストに降り注いだ。
小山より大きく積もったそれに、ゼストが埋まる。無数の青白い稲妻が、水晶の隙間から空中へ走った。
ゼストは、無傷。黒い翼を広げ、腕を組み光波をまとい空から彼らを眺めている。
「クッ!」
ジ・Oの大口径ビームライフル。牽制にすらなりはしない。片手をかざし、それを平然と受け止める。焦げ一つない。
全身を包んでいた光が、小さな塊になって収束していく。その数、500以上。蛍の光に近いそれが、引き伸ばされて槍に変わる。
今度は、ソウルゲインが前に出る。フォルカ以外に、アレを打ち落とせるものはいない。
指を2,3回振り、握る。まず、40本。フォルカは、後ろにそらすことなく正確に打ち落とす。
80本。これもフォルカは打ち落とした。だが、槍の一本一本があまりにも重い。ソウルゲインの手の動きが、鈍っていく。
160本。
「うおおぉおオォォオオッ!!」
機神拳のラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。息を告ぐ暇なく拳が解けぬように力を込める。
一本打ち落とすのに、50発。最低でもそれほどこめなければ、そらすことも難しい。そして一本でもこちらに届けば致命傷になる。
最後、320本。
「どけッ!」
ひびが入った拳が、ほぼ限界。そこで膝を突きかけたソウルゲインの前にラーゼフォンが割り込んだ。
ラーゼフォンが、禁断の歌を、歌う。その波紋で、ほんの15度ばかり進路をそらされた光の槍は、3機の周囲を円を描くように着弾。
機体と着弾点は、腕一本分程度しか開いていない。あと少し遅れたり、出力が足らなければ、容赦なく自分たちに到達していただろう。
ラーゼフォンの指先が、光を宿す。あふれる光が剣の形に収斂された。
だが、光の神の操る光に比べれば、微々たる物だ。
距離を詰めなければ、大火力の爆撃で確実に押し切られるとラミアは判断した。
神を見上げ、天使が舞う。ジ・Oが、効かないと分かりながらも眼くらましにビームライフルを連射。
人間の作った機械にまったく目を向けない。だというのに、完璧にラーゼフォンとジ・Oの攻撃を防いでいる。
当たったとして損害は軽微にもかかわらず、一発たりとも当たることを許さない。
灰キックが近くにいたラーゼフォンに叩き込まれ、金属隔壁にラーゼフォンがめり込んだ。
ゼストはまた前で腕を組む。ウルトラ念力の構えだ。

先ほどまでとは段違いに強力な、頭が割れるほどの禍々しさ。

振りかざされる、鉄槌。
彼らの視界を閃光が染めた。全身が産毛立ち、圧力と痛みとなって押し寄せる。
質量を持つに至った念力が、機体を透過し叩きつけられた。
「あぐッ……ぅ……」
振動する衝撃波が耳朶を叩き、音を受容しない。
ゼストの瞳が、彼らを睥睨してニヤリと笑った気がした。
しかし、それはありえない。ゼストには、感情を持つという心がないのだから。
ゼストは、鏡。巨大な壁として立ちふさがり、見るものの心理状況を跳ね返す。人間だけが持つ、想像力が恐怖の幻影を作り出す。
勝てる気が、まったくしない。絶望の化身……いや神か。
その心理が、そのようにゼストを認識させる。それほどの戦力の差だった。
湖畔に立つように、ゼストが着地。更に腕を振り上げ、刃を作ろうとする。大きすぎる力が、天井を貫く。
ラーゼフォンを、どうにか起こす。
ようやく立ち直りかけた鼓膜を、轟音がつんざいた。
銃声。
ゼストの体が僅かに傾いた。再び、銃声。今度ははっきりと体が傾いた。
「……グランゾン並とはまた驚かされた。これはいったいどれだけ未来の、私の世界の兵器だ?」
ジ・Oが、両手で巨大なランチャーを抱えていた。側には、ヒュッケバインが転がっている。緑色の009タイプだ。
……なるほど、ヒュッケバインはガンダム――つまりは宇宙世紀の兵器にも見えなくもない。
グランビトン・ランチャーをさらにゼストにシロッコは打ち込んだ。
ブラックホールキャノンと違い、グラビトンランチャーは出力機関を内部に搭載している。ジ・Oにも扱うことはできた。
それでも不意打ちで驚かす程度だったためか、体を立て直そうとするゼスト。
「ええい……ユーゼスの科学力はバケモノか!? 足止めしている間にそちらで手をうて!」
ラーゼフォンの横を、ソウルゲインが通り過ぎる。
重力芯の中、動きを鈍らせているこの瞬間なら、全力で近接戦闘を仕掛けられる。
「これなら……行けッ!」
狙うは、変身前のゼストに残っていたあざの場所。
ソウルゲインの拳が砕けるのが早いか、ゼストが砕けるのが早いかの勝負。
最初は、ソウルゲインの破片のみが撒き散らされていた。だが回数を増すごとに、少しずつ銀色の粉が混ざっていく。

ピシィ―――!

ついに、大きく横に走る黒い筋。血こそ非生物なので流れないが、それは間違いなく裂傷だ。
重力の中、耐えかねたように膝を突くゼスト。ついに、ゼストがひるみを見せる。
しかし、それもすぐに収まり、反撃を仕掛けてくるだろう。
即座に、次の一手を任せるためにソウルゲインが離脱する。

「謳えラーゼフォン! お前の禁じられた歌を!」

何処からともなく聞こえるかすかな響きが、大きくなっていく。
護る歌から戦いの歌へ。声の質が移ろっていく。
ラーゼフォンが歌う。ラーゼフォンのみに歌うことの許された、調律の歌を。

3体に増えた外敵をまとめて消滅させるため、ゼストは躊躇なく切り札を切った。
それを使えば、エネルギー消費で自分の存在が危なくなるとか、そんなことは考えない。考える心がない。
カオス・ウルトラスラッシュと違い、両腕が発光する。形だけを真似られたカラータイマーから、両腕に力が流れていく。

黒い神の、究極の力………ゼストファイナルビーム。

「GR■EEZZZUI■OWW■!!」

ゆっくりと腕を交差させ、前に突き出す。漏れ出す力が、コントロールを失い暴れるが、それを強引にまとめあげる。
あるべきでない力を、暴れる力を一つにすることで、強烈な不協和音が、ゼストのいた場所から放たれる。
次の瞬間、収束と拡散を繰り返し切れ切れの光が巨大な柱となりラーゼフォン達に直進する!

『ラァァァァ―――――――――――――――――!!』

旋律が、カタチある歌となりラーゼフォンから放たれる。
今までのラミアでは引き出せなかった力をラーゼフォンは汲み上げた。
グランゾンの時のように、拮抗状態が作り出される。神の炎と天使の歌。押し合い、中心をゆがめていく。
だが、あの時のようにはならない。
なぜなら、今は共にある人間がいるのだから。
何も言っていないにも関わらず、重ね合わせるように闘気が歌に混ざっていく。
ソウルゲインの手から、青龍鱗に混じって放出される力で、より荒々しく、より激しい歌に変化する。
戦いしか知らぬ修羅の奏でる歌が、完璧の調和が作り出す。
一気に膨れ上がる凄まじい反動に吹き飛ばされないように、後ろからジ・Oが2機を支えた。
隠し腕が展開されライフルを掴む。ジ・Oのビームライフルをゼストのカラータイマーを打ち抜いた。
ほとんどダメージにならないそれは、ゼストの放つ力に間隙を作る。

極限の虚無の力を押し返していく。
重力に引き込まれるように、後ろの壁が落ち窪み、陥没していた。
すり鉢状にえぐれていく壁とラーゼフォンたちの間に立つゼストは、吹き飛ばされまいと足を踏ん張っていた。
だが、徐々にめくれ上がるように体がのけぞっていく。

光すら捻じ曲げるほどの『破壊』。

歌が一気に押し切った。
「UUUUUUU■■Lt―――」
逆に、ゼストが光に飲み込まれていく。光を拒否する神の断末魔が、最後に格納庫へ木霊した。

ヘルモーズを完全に貫通し、青空の向こうまで光が伸びていく中、解け崩れていくゼスト。

そして―――爆発。


「終わったの……?」
奥からブラックサレナが姿を見せる。ミオは呟いた。
どうやらカーペンターズによる装着は、成功しているようだ。
あとは、IFS――イメージ伝達系の操作システム。いったん起動させれば十分ミオにも動かせた。
それにラミアが答える。
「終わったさ。……ひとまずはな」
シロッコが、時間を確認する。
「あと、5分弱。どうにか間に合ったか。……残念だが、話している暇はない。下でまた合流しよう」
シロッコが、安堵の空気を漂わせる全員に言った。やはり指導者というのだろうか、その姿は実に似合っている。
「……ああ、そうだな」
流石に修羅王にもこのときばかりは弛緩があった。
先ほどの戦闘で壁面は穴だらけだ。すっかり荒れ果て、瓦礫の山となっている上を、4機が飛ぶ。
あとは、脱出するだけ。
フォルカが、まず飛び降りた。ソウルゲインはジ・Oをぶら下げている。
何しろ、ジ・Oだけは単独で飛行ができない。この高さから落下すれば死あるのみだ。
「……落とさないように頼む」
「分かっている」
簡単なやり取りをしながら、落ちていく2機を、ラミアは見ていた。
「んー? どしたの、ラミアちゃん」
ラミアちゃん、という言葉に眉をひそめながら、ラミアは初めて自分の心情を吐露した。
「結局、自分のやったことは背信行為だ。自分のやったことは……正しかったのか? これでよかったのか?」
息を吐きながら、ラミアが言った。ミオは頬を指で書きながら、苦笑いで答えた。
「それは、私にもわかんない。けどね……」
指をびっと立てて、笑ったままミオは、
「自分が正しいことをしてるって、わかってやってる人なんてだれもいないよ。
 だから失敗して頭えたりすることもある。あの時こうしてれば、って思うことだってあるよ。
 でも、私たちは頑張って動かなきゃいけない。だって、私らは生きてるだから」
生きてるんだから、というところには強いアクセントがあった。
マシュマーたちの魂と触れ合ったからこそ、言える言葉だった。死んだ人たちだって、あれだけ頑張っている。
生きてる自分たちが、サボってる暇なんてない。
おそらく、そういうものだろうと、今のラミアは理解できた。
ポンポンと、ブラックサレナがラーゼフォンの肩を叩く。
「………そういうものなのか?」
「そういうもの」
うんうんと頷くミオ。あと時間は、2分もないが、脱出するには十分すぎる時間だ。

最後に落下していく白と黒。

ついに、戦艦が轟音と共に燃え落ちる。



――戦いは、新たな局面へ。




【ミオ・サスガ 搭乗機体:ブラックサレナ(劇場版機動戦艦ナデシコ)
 パイロット状況:悲しみ。強い決意。首輪なし。
 機体状況:ほぼ良好。中のエステバリスカスタムのモーターが磨り減っているため、なにか影響があるかも
 現在位置:E-5
 第一行動方針:とりあえずおりて合流
 第二行動方針:対主催のために動く(クォヴレー説得・空間操作装置破壊など)
 第三行動方針:戦力を結集する
 最終行動方針:ユーゼスの打倒
 備考:ヴィンデルから自分がDGに取り込まれた後の一連のあらましを聞きました。
    ディス・アストラナガンの意思(らしきもの?)を、ある程度知覚できます
    イングラムが知覚したことを、ミオもある程度知覚できる(霊魂特有の感覚など)
    シロッコとの情報交換メモを所持
    クォヴレーがシロッコを目の敵にしていると認識
    ラミアに関する情報をシロッコから入手(ヴィンデルの言葉と合わせて疑念)
    マサキの危険性を認識、また生存を確認。マイも警戒
    ディス・レヴを通じて、ヴィンデルの死を薄々感じています】




【ラミア・ラヴレス 搭乗機体:ラーゼフォン(ラーゼフォン)
 パイロット状態:良好
 機体状態:EN 2/3ほど消費、装甲表面にひび。
 現在位置:E-5
 第1行動方針:ユーゼスと会ってみる
 最終行動方針:自分の確立】


【フォルカ・アルバーク 搭乗機体:ソウルゲイン(バンプレストオリジナル) 
 パイロット状況:完治 、全快、首輪なし
 機体状況: 損傷(小) ソウルゲインで再生中 EN1/2ほど消費
 現在位置:E-5
 第一行動方針:ユーゼスと会う
 最終行動方針:殺し合いを止める
 備考1:フォルカは念動力を会得しました。
 備考2:ゾフィーの力により機体の神化が可能となりました
備考3:ユーゼスの目的を知りました】


【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:ジ・O (機動戦士Zガンダム)
 パイロット状況:軽度の打ち身(行動に支障はなし)
 機体状況:良好 グラビトンランチャー所持。ビームライフルをいくつか所持。もしかしたら他にもガメてるかも。
 現在位置: E-5
 第1行動方針:脱出を目指す。
 最終行動方針:主催者の持つ力を得る。
 補足行動方針:十分な時間と余裕が取れた時、最高級紅茶を試したい(ただしもう気は緩めない)。
 備考: ラミアを完全に彼は信用していません。マサキ危険視。
    リュウセイのメモを入手。反逆の牙共通思考の情報を知っています。
    ユウキ・ジェグナン厳選最高級紅茶葉(1回分)を所持】





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第251話「闘鬼が呼んだか、蛇神が呼んだか 投下順 第253話「冥宮のプリズナー
第253話「冥宮のプリズナー 時系列順 第255話「辿り着けばすでにそこは終わりの始まり

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第251話「闘鬼が呼んだか、蛇神が呼んだか イキマ 第255話「辿り着けばすでにそこは終わりの始まり
第251話「闘鬼が呼んだか、蛇神が呼んだか ミオ・サスガ 第254話「それぞれの『意思』
第250話「糸の切れた人形 ラミア・ラヴレス 第254話「それぞれの『意思』
第248話「限りある永遠の中で フォルカ・アルバーグ 第254話「それぞれの『意思』
第251話「闘鬼が呼んだか、蛇神が呼んだか パプテマス・シロッコ 第254話「それぞれの『意思』
第248話「限りある永遠の中で ユーゼス・ゴッツォ 第253話「冥宮のプリズナー


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最終更新:2025年02月28日 00:59