Invisible Tactics


イングラム、そしてイングラムがリュウセイと呼ぶ少年との出会いから二時間。
セレーナは、G-3エリアの森林地帯を移動していた。
既に日は落ち、森は闇と静寂に覆いつくされている。
こういうとき、アーバレストの暗視機能は頼りになる。
ECSを展開したまま走るアーバレストのコクピットの中で、セレーナは黙り込んでいた。
「……レーナさん」
「…………」
「セレーナさん!」
「え!?……どうしたの、エルマ?」
「どうしたのじゃないですよ、セレーナさん。あれからずっと黙りっぱなしじゃないですか」
エルマの自分を心配する声。なんと答えていいか分からずに、セレーナはまたモニターに視線を戻した。
「やっぱり、さっきの人達の事、考えてたんですか?」
「……違うわよ、エルマ」
自分でもよく分からない。こんなところで迷っている場合ではないというのに。
「あの人達がどんな風に行動しようと、私は私のやるべきことをやるだけよ」
セレーナはぎこちなく微笑んでエルマの方に振り返り、

その時、機体が見えない"なにか"にぶつかった。

「何っ!?」
宗介は自分の失態に内心舌打ちしながら、それでも可能な限り冷静に行動した。
即座にその場から飛び退き、着地と同時に頭部バルカン砲<イーゲルシュルテン>を自分が衝突したはずの"障害物"に向かって放つ。
乾いた射撃音。
だが、それだけだった。見えない障害物を狙った弾丸は空しくその空間を通り抜け、代わりに20メートルほど先に着弾した。
計器類にも、一切の反応は認められない。
つまり、目に見えずレーダーにも映らないその物体は、宗介と接触した直後にその場から移動したという事になる。
そこから導き出される結論はひとつ。
「……機動兵器か!」
ECSか、それに準ずる完全な不可視システムを搭載した機体。
このブリッツガンダムのミラージュコロイドの事も考慮すれば、十分考えられる話だ。
不可視システムの機体同士がお互いを確認できないまま接触する――信じられないが、恐らくそれが今起きた現象の真相だろう。
情報を得るためG-3地区の偵察に出ていたところで、このような相手と出くわすとは。
宗介がそこまで考えを纏め上げたのとほぼ同時に、ブリッツの足元の土が抉れて舞った。
疑う余地は無かった。見えない"敵機"からの攻撃だ。
その場を離れると同時に、今度は違う角度からの射撃が一瞬前まで宗介が立っていた地面を蹂躙する。
(自分の位置を悟らせないように、移動しながら攻撃してきている?)
相手は戦術と言うものを知っている。
間違いない。敵は、戦う気だ。
「……止むを得ん……相手になってやる!」
宗介は精神を集中させ、見えない敵との戦いに身を投じた。

「敵の攻撃です!10時の方向!」
「まいったわね……」
口ではそう言いながら、セレーナは焦りを隠せなかった。
相手と接触し、咄嗟にその場を離れた直後に相手が発砲してきた地点で、なんとなく嫌な予感はしていた。
しかし、あえてセレーナは威嚇射撃を行った。
もし相手が戦う術を持たないような人間なら、迷わず逃げ出すような形で。
しかし。相手はそれに乗ってきた。
それどころか、射線角度からこちらの位置を予測し、なおかつ自分の位置は悟らせないように動いている。
「相手もスペシャリストか。……最悪ね」
ゲームに乗っているかどうかは別として、少なくとも相手はこちらを攻撃する事に躊躇していない。
たとえ乗っていなくても、一歩転べば十分危険な存在になりうる。
(……やるしかないか)
相手には悪いが、ここでノルマの二人目になってもらう。
トロニウムエンジンはすでに安全な場所に隠してある。戦闘に支障は無い。
セレーナは覚悟を決めた。
「アル!ECSを展開したまま戦闘モードへ移行!」
「セレーナさん!?」
<危険です。作戦の変更を推奨します>
「ここで自分だけ姿を現せば、もれなく一方的に蜂の巣よ。姿を消したまま短期決戦で片をつけるしかないわ」
そう。私は、こんな所で死ぬわけには行かない。
生きて、チーム・ジェルバの皆の仇をとって見せる。
「アル、戦闘モードのままだと、ECSはどれくらい持つ?」
<最大でも30秒が限度です。それ以上は、こちらの判断で解除させていただきます>
「……了解。あんまりないわね……エルマ!」
「行動パターン予測、算出済みです! いけますよセレーナさん!」
「さっすがエルマ!」
「敵機、来ます!」
<いけます。ご指示を、ミストレス>
「じゃあ、一気に仕掛けるわよ!」
「ラジャ!」

もしもこの場に居合わせた人がいたら、この30秒間をなんと形容しただろう。
何も無いはずの空間から放たれた銃弾が空気をつんざき、木々の肌を抉る。
木の葉が舞い、草が飛び散り、何者かに踏まれて枝が折れる。
そして銃声、銃声、銃声。
お互いがお互いの動きを予測し、自分の位置を隠し、確実に相手を倒すべく策を練る。
姿の見えない敵機との壮絶な駆け引き。
僅か30秒。
その中には、死力を尽くした戦士達の限界を超えた戦いがあった。

そして、幕切れはあっけない形で訪れる。
アサルトライフルで牽制し、散弾砲で逃げ場を奪う。
そして完璧なタイミングでグレネードを叩き込み――
敗北の土に塗れたのは、セレーナのアーバレストだった。

「はぁ……はぁ……何がどうなったの」
「トラップです。木と木の間にワイヤーが張ってあって……機体に損傷は無いみたいですが」
「……チェックメイトってことね」
大地に倒れ伏したままのアーバレストの中で、セレーナはため息をついた。
散弾砲で逃げ場を奪い、グレネードで止めを刺す。
作戦は完璧のはずだった。
(トラップなんて、いつの間に仕掛けたのよ)
セレーナは知らなかったが、それこそがブリッツガンダムを代表する武装のひとつ「グレイプニール」であった。
ワイヤーつきのクローアンカーを射出する中距離用兵装。
本来使わないはずのワイヤー部分をトラップに転用したのは、宗介の咄嗟の発想だった。
「その機体のパイロット。不可視システムを解除して、コクピットハッチを開け」
いつの間にか目の前に現れていた機体のパイロットから、通信が入る。
思ったより若い、男の声だった。
「……アル」
<ラジャー>
ECSを解除し、言われたとおりにコクピットハッチを開き、手を上げる。
「…………!? 何……!?」
相手がアーバレストを見たとき、動揺しているような気がしたが、気のせいだっただろうか。
セレーナは、改めて相手の機体を観察した。
暗くてよく分からないが、どうやら黒い機体のようだ。右腕のシールドに内装されたライフルを、こちらに向けている。
そして左腕は、見る影も無く破壊されていた。
どうやらシールドではなく、あえて左腕でグレネードを防御したらしい。
「そちらも手ひどくやられたようね」
「ブリッツの武装は元々右腕に集中している。問題無い」
(……そういうこと)
戦闘能力を落とさないために、あえて左腕を犠牲にした。どうやら戦闘のスペシャリストとの判断は、間違っていなかったらしい。
「それで、わたしをどうするの? やっぱり殺す?」
「お前の持っているこのゲームについての情報を、全て話してもらう」
「やっぱりね……悪いけど、貴方が欲しがってるような情報は何一つ持ってないわよ」
「……そうか」
その時、セレーナの中でふとした疑問が生まれた。イングラムとリュウセイに出会ってから、ずっと心の中にあった疑問。
「……あなたは、何のために戦っているの?」
「生き残るためだ」
「何のために?」
「俺には、守らなければならない人がいる。彼女の元に帰る方法が戦う事しかないならば、俺は戦う」
「……そう。わかったわ」
ついさっきまで殺し合いをしていたというのに、
セレーナは自分の中からこの男を殺すという選択肢が消えていくのを感じた。
「もうひとつ、こちらから質問がある。正確には、お前にではないが」
相手の言葉に、セレーナは疑問を抱いた。もっとも、その直後に解消される事となるが。
「アル。聞こえるか」
<なんでしょう>
「俺の事がわかるか、アル。ウルズ7、相良宗介軍曹だ」
<部分的に肯定です。メモリーは存在しますが、外部からロックされています>
「それは"思い出せない"ということか?」
<肯定です>
「そうか。アル、アーバレストの『ラムダ・ドライバ』は使えるのか?」
<本機のシステムは意図的に出力を制限されたレプリカではありますが、戦闘には十分耐えうるレベルと自負します>
セレーナを置いてどんどん話が進んでいく。たまらずセレーナは声を上げた。
「何!? どういうこと!? あなた、アルを――アーバレストを知ってるの!?」
「肯定だ。ここに来る前、俺が乗っていた」
「…………!」
まさか、そんな偶然があるとは。セレーナは息を呑み、そしてその偶然に感謝した。
そして、ひとつの提案を持ちかける。
「サガラ軍曹と言ったわね。もしあたしを殺す気が無いのなら、ひとつ提案があるんだけど」
「……何だ?」
「一時休戦ということにして、これから一緒に行動しない?」
「セレーナさん!? 何を――」
「黙って、エルマ」
驚きの声を上げるエルマを制し、セレーナはまた宗介に向き直った。
「あなたが乗っていたのなら、この機体の性能がかなり高いと言う事は分かるでしょう?
 その機体も決して火力重視の機体ではないようだし、単機では厳しい状況に直面することもあるはずよ。
 悪い話ではないと思うんだけど」
そこまで一気に言い切り、セレーナは相手の返答を待った。
エルマが何を考えているのか分からないと言いたげな視線を送ってくる。今はあえて気付かない振りをして、心の中で謝る。
その時、スピーカー越しに相手の声が聞こえた。
「……いいだろう。戦力不足については俺自身も感じていた事だ。だが」
「もちろん、裏切るようなら遠慮なく撃っていいわ。安心して、あなたとこれ以上事を構えるつもりは無いから」
「……了解だ」
「自己紹介がまだだったわね。私はセレーナ・レシタール。こっちの子はエルマよ。よろしくね、相良宗介さん」
「分かった。よろしく頼む」
相手はまだ完全にはこちらを信用していないようだったが、十分だ。
とりあえず、このアーバレストについての情報を可能な限り聞き出す。
回り道かもしれないが、結果的にはそれがチーム・ジェルバの仇を討つために必要となるはずだ。
十分な情報を得たら、隙を見計らって逃げ出せばいい。
そうすれば、後は――
「……さて、どうしたものかしらね」


【セレーナ・レシタール 搭乗機体:ARX-7 アーバレスト(フルメタル・パニック)
 パイロット状況:健康
 機体状況:ダメージはあるものの、活動に支障はなし。エネルギーを大幅に消費
 現在位置:G-3
 第一行動方針:宗介からアーバレストに関する情報を手に入れる
 第二行動方針:ゲームに乗っている人間をあと二人殺す
 最終行動方針:チーム・ジェルバの仇を討つ
 特機事項:捨てたトロニウムエンジンは回収】

【相良宗介 搭乗機体:ブリッツガンダム(機動戦士ガンダムSEED)
 パイロット状況:健康
 機体状況:左腕大破、グレイプニール使用不能
 現在位置:G-3
 第一行動方針:極力戦闘を避けつつ潜伏(攻撃されたら反撃に躊躇はしない)
 第二行動方針:できればジョシュアの二号機と再度接触したいと考えている
 最終行動方針:生き残る
 特記事項:セレーナを完全に信用しているわけではない】


【時刻:20:30】





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第58話「その手に掲げるは悪魔 相良宗介








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最終更新:2009年02月15日 04:44