無題


イングラム・プリスケンが駆るアストラナガンと、ユーゼス・ゴッツォが駆るジュデッカの戦いの結末は、
アストラナガンの勝利という形で幕を閉じた。
ユーゼス・ゴッツォは、確かにあの時死んだはずだ。
この薄暗い部屋の中、じっと佇む男―――イングラム・プリスケンの手によって。
そして、イングラムはその結末を見届け、爆発の中消えて行った。
次に彼が意識を取り戻したのは、広い大きな部屋の中だった。
周りには、多くの人が皆同じようにして、辺りを見回して戸惑いの声を上げている。
自分の身に何が起きたのか。その答えを知るより早く、彼はそこに存在しえる筈の無い人物を見ることになる。
ユーゼス・ゴッツォ。
死んだはずの仮面の男は、状況を掴めずに呆然とするイングラムに構うことなく、
まるで舞台に立つ役者のように言い放った。
「これから、諸君らには殺し合いをしてもらう」




「久しいな、イングラム・プリスケン」
「…ユーゼス・ゴッツォ」
通された部屋の中、イングラムはユーゼスと対峙する。
たった今、自らの手で殺したはずの男を目の前にし、イングラムは自らの拳を血が滲まんばかりに握り締めた。
思わず殴りかかりたくなる衝動を抑え、代わりに敵意を宿した視線で睨み付けると、憎悪を孕んだ声を絞り出す。
「一体何をした。ここは何処だ。何故、貴様は生きている」
「応える義務は無いな」
仮面の男が答える。だが、その答えは事実上の黙秘となんら変わりは無い。
けして表情の変わることの無い仮面の下で嘲笑を浮かべているであろうユーゼスに、イングラムはぎり、奥歯を噛み締めた。
「…また、偽りに満ちた下らない世界を作り上げるつもりか」
「―――答える義務は無い」
返答は変わらない。
答える必要は無いということか。それとも、答えられない何かがあるというのか。
「貴様の目的は、なんだ」
「先程言ったはずだ。殺し合いをしてもらう、とな。昔のよしみだ、君の為にわざわざ用意した人物もいる。存分に楽しんでくれ」
返答が変わった。
だが、それも求めていた答えではない。
既に示された目標を再度提示しただけ、最早、まともに会話をするつもりが無いのだろう。
特別ゲスト、というのが気にかかるが、現状では誰のことか判断出来かねない。問いかけたとしても、答えは返ってこないだろう。
しばしの静寂が、部屋を支配する。
「―――良いだろう。今はもう一度、貴様の掌で踊ってやる」
沈黙の後、イングラムが言った。
最早、ここでの問答に意味は無い。
なにより、これ以上ここに居ては自分を抑えきれる自信が無い。
ユーゼスと目を合わせようともせず、その隣をすれ違う。
「だが―――」
そのまま数歩歩き、不意に立ち止まる。
ユーゼスの目的も、何故ヤツが生きているかもわからない。だが、ヤツが存在するというなら、取るべき道はただ一つ。
背中を合わせたまま、振り返らずに言い放つ。
「―――もし、私がこのゲームに生き残った時。…その時が、貴様の命が潰える時だ」
「…楽しみにしているよ、イングラム」
ユーゼスの言葉を背中に受けながら、イングラムは再度足を踏み出した。
悲しみと敵意が渦巻く、狂気が彩る戦場へ。

支給された機体のコクピットに両の目を閉じて座ったまま、イングラムは先ほどまでの出来事の回想を終えた。
このような殺し合いなど、望んでいない。
だが、今この身はヤツに命を握られている。ヤツのいいなりになるのは癪だが、今はただ、戦うほかは無い。
この殺し合いを勝ち残り、再びヤツと対峙する。
その為ならば、例え両の指では到底足りぬ命を糧とすることも惜しむつもりは無い。
イングラムに迷いは無かった。
今、この世界にユーゼス・ゴッツォが存在する。ならば、迷うはずも無い。
この身が為すべきことは、たった一つ。

(どの世界でも…貴様を倒すのは、私の役目だ。ユーゼス・ゴッツォ…!!)

決意を固め、イングラムは両の目を開くと腕を交差させる。
その動きに呼応するかのように、操縦桿の乗ったレールが彼を包むように降りてきた。
次いで、円形のモニターが、文字を映し出す。

CAST IN THE NAME OF GOD.
“我、神の名においてこれを鋳造する。”

―――YE NOT GUILTY.
“―――汝ら 罪なし。”

その文字を見た瞬間、自嘲に唇が歪むのをイングラムは自覚した。
これから人を殺そうとするものを捕まえて、汝に罪は無いなどと如何なる皮肉のつもりだろうか。
既に数え切れぬ罪を犯し、その上また罪を背負う。
それは、終わることの無い運命の十字架。
その血塗られた運命こそが、私に歩くことの許されたたった一つの道ならば。
ただ、振り返らずに往くがのみ。

交差した腕を伸ばし、操縦桿を掴む。
決意を秘めて憎悪を燃やし、覚悟を胸に、イングラムは叫ぶ。
「ビッグオー!!アァァクション!!」




【イングラム・プリスケン 搭乗機体:メガデウス(ビッグオー)(登場作品 THE BIG・O)
 パイロット状態:良好
 機体状態:良好
 現在位置:G-2
 第1行動方針: 最後まで勝ち残る
 最終行動方針:ユーゼスを殺す】





前回 第42話「無題」 次回
第41話「狂気の男 投下順 第43話「川の辺で
第41話「狂気の男 時系列順 第43話「川の辺で

前回 登場人物追跡 次回
イングラム・プリスケン 第78話「無題
第33話「水面下の状景 ユーゼス・ゴッツォ 第47話「ミーのカー・ユーのカー


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年05月29日 03:05