紅ノ墓標  ◆rfP3FMl5Rc



紅と黒が激突し火花を散らす。
一度といわず二度、二度といわず三度、三度といわず何度でも。
何度も何度も何度も何度も交錯を繰り返している。
空を天に、海上を地に、橋の欄干を背に。
場所を選ばず、上も下も右も左もなく地形など飾りだとでも言わんばかりに縦横無尽に駆け抜ける。
止まらない、止まらない、止まれない。
素人からすれば破茶滅茶に暴れまわっているようにも見えるがこの瞬間瞬間の立ち位置の変化は互いに間合いを測っているからこそ。
一刀で切り伏せれる距離を。
凶刃が届かぬ空を。
カウンターをいなし切れる足場を。
銃弾を届けうる射線を。
二人は求め常に動く。
今この戦場において無策の静止とは即ち終焉。
止まれば死ぬ。
それはそんな些細なことで揺れ動くほど彼らの戦いが拮抗していることを意味していた。

ギリアム・イェーガーとゼンガー・ゾンボルト。
両者凄腕のパイロットであるこの二人のどちらがより強いのかという問いには簡単に答えることはできない。
片や悪を断つ剣を称するに相応しい一撃必殺の武人。
片や経験と予知能力を駆使し必中の精度と抜群の回避率を誇る堕天使。
異なる領域の極地にいる二人をデータから比べようにも単純に並べることなど不可能だ。
かといって直接矛先を交えようものならこのように泥沼になりうる。
共に同じ部隊の出身な為相手の手を熟知しているからだ。
それはゼンガーのクローンであるウォーダンとギリアムの場合であっても同じことだった。

互角である二人の拮抗状態を崩してしかるべき機体の差も幸か不幸か戦局を動かすには至らなかった。
性能に違いが無いわけではない。
機体の能力だけ見ればブラックサレナの方がレッドフレームを幾つかの点で上回っている。
既存の機動兵器離れした外見は伊達ではない。
全身を覆う重装甲とブースターにより黒百合の名を冠した機体はサイズに見合わない頑丈さと圧倒的な機動力を誇っているのだ。
フェイズシフト装甲を搭載できず耐弾性に問題があるアストレイとは物が違う。
その上アストレイが防御力と引返に得た運動性でさえ、各部姿勢用制御ノズルをこれでもかと装備したブラックサレナを引き離すには至らない。
テンカワ・アキトが復讐を達成するために血反吐を吐いて鍛え上げた機体がたかだかプロトタイプに敗れるわけが無かった。

――相手がただのM1アストレイなら

「チェエエエッスットォォォオオオオオ!」


ブラックサレナが人の執念により鍛え上げられた鎧なら、レッドフレームが掲げる剣は遥か古代より研鑽されてきた刀匠達の技術の結晶。
ガーベラ・ストレート。
モビルスーツの装甲はおろか高エネルギーのビームすらも容易く両断する実体剣。
アストレイ独自のフレームが可能とする限りなく人間に近い動きによりウォーダンの思うがままに振るわれるその剣はまさに必殺。
空間をも湾曲させる障壁も一文字の名を冠する名刀を曲げるには役不足だった。

「くっ!」

フィールドが破られたと判断するや否やギリアムはバレルロールを決行。
左スラスターバインダーに刃筋を立てんとしていた刀は装甲にその身を食い込ませるよりも早く振り払われる。
ウォーダンも武器を巻き取られることを嫌い無理に抗わず刀ごと回転の勢いに身をまかせ地上へと流れゆく。
ただでは逃すまいとバレルロールの動作の中黒き竜尾、テールバインダーをレッドフレームに叩きつけたが浅い。
そしてこの威力の無さはブラックサレナの装備全般にも言えていた。
スペックで劣るレッドフレームとは逆に、ブラックサレナは決め手に欠けているのだ。
どころか欠点を埋められる程の手数も無い。
そもそも小型なサイズに似つかわしくない頑強さと速度を手にした代償にその四肢を半場固定している機体だ。
強力な武器があったとしても満足に振るうことも敵わない。
唯一決定打を与えうる強固なフィールドを纏っての体当たりも、相手がウォーダンなら最悪切り払われ得る。

(これは……一度退くことも考えるべきか?)

ギリアムの中で撤退の二文字が鎌首をもたげるも、即座にねじ伏せる。
確かにそれも一つの手ではある。
このままウォーダンと戦い続けても千日手となる可能性の方が大きいのも理解している。
次に備える為、消耗を避けて退くという考えは常日頃なら肯定できるものだったろう。
だが今は駄目だ。
存分に時間を稼げたとも言えない以上、ウォーダンがクロガネに追いつく可能性は決して小さくはない。
一騎達だけではない。
ウォーダンをここで取り逃がしたことでどこかの誰かの未来が暗雲に閉ざされてしまうかもしれない。
それだけは何としても阻止したい。

(いよいよ突撃するしかないか)

覚悟を決めたそんな時だった。
ギリアムの脳裏に一つのビジョンが浮かんだのは。


空中で体勢を立て直しつつ危なげなく着地したウォーダンもまた苦虫を噛み潰していた。
一撃必殺を至上とする示現流の刃だが当たらなければ意味が無い。
開戦以来斬撃が敵を捉えられたことの方が少なく、今も紙一重で回避され反撃の弾丸をもらう歯目になった。
あのようなぎりぎりの避け方はこちらの射程を正確に把握していなければ不可能だ。
クロガネ近海で数度手合わせしただけでガーベラストレートの長さを読み取った慧眼には恐れ入る。
それでもウォーダンもまた退くわけにはいかなかった。
殺し合いへの参加通達が来た時、彼の創造主たるレモン・ブロウニングは言ったのだ。
これはウォーダンに課せられた最終試練なのだと。
この殺し合いを生き抜いた時、ウォーダンは真なるメイガスの剣足り得ると。

――あなたは得られるのかしら? 生と死と人間が入り乱れるこの地で
  あなたをゼンガー・ゾンボルトのクローンではなくあなた足らしめるものを

今のウォーダンにはまだその問いの答えを得ていない。
分からないが故に、分からぬまま終るわけにはいかない。

「不退転……それが我が流儀! そしてお前も進むことを選んだか、ギリアム・イェーガー!」




降り注ぐ無数の弾丸を叩き落したウォーダンの頭上に銃弾など比べるべくもない巨大な影が落ちる。
仰ぎ見れば空にもまた黒い影が揺らめいていた。
ブラックサレナだ。
これまでことあるごとにガーベラストレートの届かぬ位置を取り続けることを第一としていたギリアムが自ら死線へと飛び込んできたのだ。
その意気やよし。
虎穴に入らずんば、虎子を得ず。
死中に活を求めず勝てるほどこのウォーダン・ユミルは甘くは無い。

それはウォーダンからギリアムへの認識にしても同じだった。

ウォーダンは剣を大上段へと構える。
示現流の基礎にして奥義である蜻蛉の構え。
防御など不要。一の太刀で必殺の剣を相手よりも先に打ち込むことのみを念じ我が身を刃と化す。
より強く、より速く。
只それだけを求めて精神を集中させる。
一の太刀を疑わず全力で剣を振り下すことだけを念じる。
届かせろ!雲燿の速さまでッ!

ウォーダンの意図を読み取ったのだろう。
ブラックサレナが一旦大きく後退し地上に降り立つ。
逃げようとしてのことではない。
あえて誘いに乗ることでがら空きとなった胴を狙わんとしてのことだ。
加速できるだけの距離を取りブラックサレナがレッドフレームと正対する位置で動きを止める。
奇しくもそこは先刻ウォーダンがエイジを葬った地。
亡霊と剣豪の激突にはこれほども相応しい場所はあるまい。
因縁じみたものを仮面の下で感じてたウォーダンの前でブラックサレナの竜尾が蠢く。
隆起した大地の断層へとテールバインダーより伸ばしたアンカークローを突き刺したのだ。
突撃には明らかに邪魔になる行為だが、ブラックサレナはにも関わらず固定されたまま全ブースターとスラスターノズルをイグニッション。
無理やり地に射止められた状態で進むはずが無い。進めれるはずが無い。
行き場を無くした運動エネルギーは全てが全てブラックサレナへと跳ね返りその身へと蓄積されていく。

(否、それが狙いか!)

このままでは遠からないうちに過負荷に耐えかねたテールバインダーが悲鳴を上げブラックサレナは撃ち出されるだろう。
最大を超えた推力で加速する亡霊は瞬時にトップスピードに至るに違いない。
その姿を捉えることなぞできようか?
銃弾を超えたレーザー光線に対し後の先なぞ狙えようか?
今なら、動くこと叶わぬ今なら楽に葬れるのではないか?

――無粋

常人なら陥りかねない弱さなどウォーダン・ユミルは持ち合わせていなかった。
敵がより力を得んとしているのであれば、自らもその時間を己を高めることに費やすのみ!




「ゆくぞ、ウォーダン・ユミル!」
「来い、ギリアム・イェーガー!」

遂にテールバインダーが千切れ、ブラックサレナが貯めに貯めたエネルギーを開放する。
まさに爆発。
限界まで引き絞られた弓から放たれた漆黒の矢は音も光も置き去りにして此方から彼方までを秒針が動く間もなく走破する。
目前に迫るレッドフレーム。
振り下ろされる雲燿の刃。
その後の先の更に先を。
ブラックサレナは突き進む!
されどその眼前に立ち塞がるものあり。
置き去りにしたはずの光だ。
破壊の力を持った光だ!
それは電光、それは雷鳴。
実体剣にビームサーベル用のエネルギーを送り込むことで発生させる光雷球。
あろうことかウォーダン・ユミルはその電撃をブラックサレナにぶつけるのではなくそのまま纏わせ、ガーベラストレートを光の剣へと変える。
これぞ雷光を超えた稲妻の刃、

「ガーベラストレート・稲妻重力落としいいいいいっっっ!」

帯電した電気の分射程の伸びた刃がブラックサレナの速度を凌駕する。
全体重を乗せた渾身の運足による必滅の刃の前にディストーションフィールドは有って無き物。
雷雲の稲妻の耀く間すら阻めずに重力障壁は守るべき黒き百合の花ごと断ち切られた。

散花。
幾百もの鋼の飛沫が宙に舞う。

だがウォーダンの仮面に隠された顔には強敵を葬ったことの満足感ではなく、ひたすらに驚愕のみが浮かんでいた。
僅かに、ほんの僅かにだが。
ガーベラストレートがブラックサレナを両断しきるよりも早く、装甲の方から弾けとんだのだ!
ぬかった。
振り切った刃に空蝉を絶ったような空虚な感覚を覚える中、撒き散らされた鋼の黒百合の花弁に視界を奪われる。
一秒にも満たない刹那の隙。
その一瞬は世界に新たな色を与えるのに十分な時間だった。

「ブラックサレナの真の姿を見るがいい……!」

陽の光を反射して煌めく色はワインレッド。
色の主の名はエステバリス。
言葉通りかの機体こそが追加装甲をパージさせたブラックサレナの本体。

そしてその両手に宿るのは、ゲシュペンストの魂!
脳裏に鮮明に思い浮かべるのはウォーダンも、特殊戦技教導隊の他の誰もが知らない、一人のゲシュペンストのパイロット。
模倣するは一途で自分が正しいと思ったことをどこまでも貫いた少女のありようそのものの真っ直ぐな拳。
IFSがギリアムの想像を忠実にフィードバック。
エステバリスのナックルバンカーがマウンドし右拳を包み込む。
プラズマステークに比べれば頼りないが構わない。
パトリシア・ハックマンが編み出したこの技は元よりジェットマグナムにあらず!




「必殺……!」

ウォーダンも返す刃で迎撃しようとするも、無茶な使い方をしたせいか右腕の動きが鈍い。
ならばと左腕でビームサーベルを抜き放つも、所詮は死んだ剣。
示現流に二の太刀は、無い。
リーチの差を活かして繰り出した斬撃は、簡単に受け止められた。
ブラックサレナの左腕が手にしたネオ・プラズマカッターによって。
紅エイジがついぞ抜くことの叶わなかった剣はギリアムが主の二の舞になることを防いだのだ。

「ゲシュペンスト……ッ」

ギリアムが予知した光景。
そこにはメガ・プラズマカッターを振るう自分がいた。
使ってくれ。
こんなふざけた殺し合いなんか台無しにしてやれ。
そんな声が聞こえた気がして。
アンカークローを大地に穿ったあの時、マニュピュレーターを伸ばしゲシュペンストの残骸から密かに回収していたのだ。

その短剣は確かにギリアムの力になってくれた。
ならば今度はギリアムが故郷に帰ることなく散った名も知らぬゲシュペンスト乗りに応える番だ。
だから、貫け、エステバリス。
悲しき思い出を名に冠する機体よ。
過去の罪に潰されず、絶望の未来にも悲観にくれず

「パァァァアアアアアンチッ!!」

明日を――切り開け!


「フッ……まさかあんな形で意趣返しをされてしまうとはな」

ゲシュペンストパンチはレッドフレームを穿つことはなかった。
ウォーダンが咄嗟にフライトユニットをパージしてぶつけてきたからだ。
もっとも精密操作は不可能だったようだが。
最大出力でのフライトユニットの特攻はでたらめな軌道でエステバリスを海まで押し飛ばし文字通り決着はお流れになってしまった。
それはウォーダンもギリアムも望べくではなかったがなってしまったものは仕方がない。

「追撃は来ない、か」

やはりフライトユニットを使い捨てたことで機動力が大幅に減じたからか。
仕留めることはできなかったが飛行能力を奪えたのは収穫だ。
少なくとも順調に逃げていてくれればクロガネが追いつかれることはなくなった。
ただその代償は決して安くは無かった。
追加装甲をパージしたことでスピードを始め各種性能が落ちてしまっている。
特に装甲内蔵型の外付けバッテリーを失ったのは痛い。
エステバリスは母艦からエネルギーを供給してもらうことを前提にしている為、内部ジェネレーターがオミットされているのだ。
幸いイネス曰くこの機体は彼女のいた時代のエステバリスと違ってフレーム自体が巨大な蓄電池になっているそうだが。
油断はできない。
ギリアムが空を飛ぶことなく落とされた海の中を進んでいるのも少しでもエネルギーの浪費を抑えようとしてのことだ。
スクリューモジュールを搭載したエステバリスは陸地を走るのと同等の速さで海底を移動できる。

「海か……。こうして見ると一面空のようだな」

ふと足を止めてしまったのは故郷の話をしたことやゲシュペンストの残骸を見たことでセンチメンタルにでもなっていたからか。
悲しげに苦笑すると蒼穹を写した蒼い海の中ギリアムは再び歩き出した。


【ギリアム・イェーガー エステバリスカスタム・アキト機(機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-)
 パイロット状況:良好
 機体状況:損傷軽微、EN消費(小) スクリューモジュール、メガ・プラズマカッター装備
 現在位置:E-4 水中
 第1行動方針:G-7施設で合流する
 第2行動方針:仲間を探す
 第3行動方針:首輪、ボソンジャンプについて調べる
 最終行動方針:バトルロワイアルの破壊、シャドウミラーの壊滅】







右腕部の機能麻痺は一時的なものだったようだ。
握っては開き、握っては開きを繰り返しているうちに右マニピュレーターは反応を取り戻していた。
何度か剣を振るってみたが握りの強さも剣速にも衰えはない。
とはいえこれからも光雷球の扱いに関しては気を抜けない。
今回は一時的な不調で済んだから良かったものの、下手すれば補給ポイントの世話になる羽目になりかねない。

「……いや、飛行できぬままも厳しいか。一度向かっておくべきかもしれんな」

ギリアムを追うにも既にレーダーの範囲外なこともある。
ドリルブーストナックルの要領で撃ち出したが流石にサポートコンピューター無しでは制御しきれなかったようだ。
失敗だった。

「ギリアム・イェーガー、この決着いつかつけさせてもらうぞ」

納刀し黒と紅がぶつかった戦場を後にする。

そこに残されたのは黒き花を供物として供えられた亡霊の骸のみだった。

【ウォーダン・ユミル 搭乗機体:アストレイレッドフレーム(機動戦士ガンダムSEED ASTRAY)
 パイロット状況:良好
 現在位置:E-5
 機体状況:ビームコート装備、損傷軽微、EN消費(中)
 第一行動方針:ヴィンデルの命令に従う
 第二行動方針:手頃な補給ポイントを目指しつつ次の戦闘相手を求める
 最終行動方針:ヴィンデルの命令に従い、真なるメイガスの剣になる為にも優勝を目指す
 備考:ヴィンデルを主人と認識しています。】

【一日目 11:30】


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最終更新:2014年04月20日 05:11