『 』~くうはく~ ◆i9ACoDztqc
――俺は、覚えている。
何もできなくて……ただ無力で……ただ、その光景を見上げるしかできなかったんだ。
そう、確かに首を上に向け、空を見ていた。青い空でそれが爆ぜたとき、俺は泣くことすらできなくて……
頭の中で、今まで真っ白に消えてた記憶。なんで忘れていたのかも分からない。
鮮明に、目の前でまた行われているかのようなフラッシュバックに、無意識に虚空へ俺は手を伸ばした。
けど、それは記憶だ。過去だ。
だって今、俺は――見下ろしているんだから。
朽ちて、ボロボロになった機体。
背中に飛ぶための翼のようなフライトユニットをつけた、白い機体。
本当なら、天使のような純白に彩られているはずの機体。
俺の乗るバルゴラの足元に、そんな機体があった。
それが、同型機のシリーズを全てまとめてなんと呼ぶか知っている。
そう、これは――ファフナーだ。
けど、俺が乗っていたマークフィアーじゃない。
一騎の乗っていたマークエルフでもなければ、咲良のマークドライとも違う。
けど、俺は知っている。これを――マークゼクスを。
俺はいつの間にかバルゴラを降ろしていた。
危ないとか、そういうことも考えられなくて、バルゴラから下りてマークゼクスの装甲の上に飛び乗った。
なんでそんな事をしたのか、俺にも分からなかった。
けど、そうしなくちゃっていう義務感じゃない。そうしたいって欲求でもない。
そうしないと、自分が保てないような、頭のぐらつきが、頭の奥であったんだ。
もう、熱源の反応はなかった。これは多分、この殺し合いが始まってすぐに壊れてしまったのだろう。
ファフナーに乗っていたパイロットと一緒に。
パイロットと、一緒に。
それはつまり。
乗っていたパイロットも死んだ。
そういう、ことだ。
この世界じゃ、人が死ぬのもおかしなことじゃない。
いや、俺たちの世界も同じだった。護りたくても、手を伸ばしても、お構いなしに死んでしまう。
俺だって、もう人を一人殺してしまった。あの赤い大きな機体のパイロット。
半球状のガラスレンズのようなコクピットの向こうに映っていた、バンダナと黒い髪。
俺より少し年上くらいだった気がする。
それを殺した。
「う……ぐぅ……あっっ……!」
死なせた――殺した――護りたかったのに。
違う――俺が守りたかったのは、あの赤い機体のパイロットじゃない――じゃあ、誰?
誰を、護りたかった――誰を護るために俺は人を殺した。
その場に突っ伏して、俺は吐いた。
あのときは我慢できた。あの時は、我慢できたのに、何かが壊れたみたいに止められなかった。
ここに来てから何も食べる気が起こらなくて、異の中は空っぽだった。
それでも、胃酸が、身体の中から溢れたものが、マークゼクスの上に広がった。
「あ……あ、俺は……!?」
マークゼクスにかかったそれを見て、俺は足がすくんだ。
単に、ファフナーに、俺たちが使う兵器の上で吐いてしまっただけだ。
大人たちは重要な道具と言い、俺たちの命より大切なみたいだが、俺からすればそんなことはない。
頭では、そう思っている。
なのに、どうしようもない恐ろしさが俺の身体を包んだ。
どうしても汚したくなかった何かを汚してしまった気がした。
ディバックから引っ張り出したタオルで、何度も何度も。金属の装甲に染み一つなくなっても、手は止まらなかった。
いくら拭いても、染み付いたものが取れない気がして。
人殺し。
人殺し。
人殺し。
誰もが――そう罵っているような。
誰かがいなくなることの意味を知っていたはずなのに。
それに、遺されたものがどれだけつらいか知っていたのに。
ディバックを、バルゴラに再び運ぶ。その時、ふと今度は自分の乗っていたバルゴラを見上げた。
こいつがあれば、本当は護れたんじゃないか。
あの男も、『 』も。それだけの力を、こいつは俺にくれた。
いつも、俺は遅いんだ。やらなきゃいけなかったことはできないのに、要らないことばかり。
このファフナーに乗っていたのは、誰なんだ。
もしかして、一騎、遠見、総士の三人の一人なのか。
あの時、とった集合写真。そこに写っていたパイロット候補の俺たち。
一騎、遠見、衛、咲良、剣司、総士、『 』の姿が、頭の中の写真ので色あせ、燃えて消えていく。
総士ですら、あれほど憎んでいた総士ですら、殺せるほど憎めるかわからなかった。
いくら憎んでも、死ぬってことを考えれば考えるほど分からなくなっていく。
自分の手で撃つことを改めて考えたとき、どちらを選択するのだろう。
―――「うちは春日井なんて名前の通り、息子もカスってね……」
どうしようもないくらい嫌っていた――けど、確かに親だった連中の言葉を今になってなんで思い出すんだろう。
待て。
待てよ。
『 』ってなんだ?
…………………『 』?
「なんで……分からないんだよ……?」
ここに来る前、護れたんだ、誰かを。その誰かか? 違う、遠見じゃない。
もっと前に、あったはずの、それ。救えなかったはずの、そう、
――マークゼクスに乗っていた…………
「なんで……なんでだよ……」
あの赤髪の女は言っていた。
戦えば戦うほど、悲しめば悲しむほど、自分は自分でいられると。
そして、自分のそんな姿を見たいとも。
自分に与えられた役目――二人の殺害。
何故、自分が選ばれた。自分が、パイロットとしてぱっとしていたわけじゃない。
この場にいる一騎のほうが、よっぽど強いし向いている。
もしかしたら、俺が殺し合う言い訳をくれたのかもしれない――。
馬鹿馬鹿しい考えだとも分かってる。けれど、今の俺にはそうにも思えた。
思いだしたい。
思いだせないと、俺は俺でいられなくなる。
そのために、また戦うのか。また死なすのか。
自分と、他人の命の天秤――本当に? 他人の反対の位置に、本当に自分が乗っているのか?
そもそも、そんなことをしていいのか?
「嫌だ……捨てたくない……!」
けど、それでも俺は思いだしたい。
大切なナニカを取り戻したい。生きていたい。
護りたいナニカを、抱いていたいんだ。護りたいんだ。
気付けば、俺は誰もいない、真っ白で空っぽなマークゼクスにすがるように泣いていた。
■
静かにバルゴラが起動する。
少年も、あんな心で戦っていては勝てないと言うことは知っている。
だから悩む心も、今は忘れよう。理由は分からない。けど、ここに置いていこう。
またあの三人組と戦ったように、赤いロボットと戦った時と同じように考えて、戦おうと決意して。
バルゴラがマークゼクスに背を向けて飛び去っていく。
残ったのは、朽ちたマークゼクスだけ。
けれど、その白い装甲はほんの一部だけでも――磨かれ、白い輝きを取り戻していた。
【春日井甲洋 搭乗機体:バルゴラ・グローリー(バンプレストオリジナル)
パイロット状況:同化により記憶及び思考能力低下&スフィアと同調することで思考能力の一部回復
機体状況:EN80%
現在位置:D-2
第一行動方針:見敵必殺
最終行動目標:守るんだ………………誰を?
※フェストゥムに同化された直後から参戦です。
※具体的にどのくらい思考能力や記憶を取り戻しているか、どの程度安定しているかはその場に合わせて一任します。
好きなように書いてもらって構いません。
【1:55】
最終更新:2010年04月03日 05:12