人間として   ◆i9ACoDztqc




冷静さ。

それこそが、他でもない戦場で生き残る確率を上げるものである。
緊張から操作を誤る新兵も、奢り高ぶり無根拠に自分が死なないと思いこむエースパイロットも等しく死に近い。
死んでたまるか――そんな気持ちで支え合う仲間と、どんな時でも根拠ある生存の可能性に賭けたからこそ、バニングは生きていられた。
目元を抑え、静かに揉む。軽く眼をこすり、改めて視界を確認する。
もう、戦闘中に時折走るレッドアウト――視界の赤転化は今のところない。
エースと呼ばれるわけではないが、ベテランと呼ばれるまで戦ってきた。だが、その代償がこれだ。
ジム・カスタムでさえ時々加速のGでこうなることはあった。
この機体はジム・カスタムと比べものにならないほどの高性能機。
高性能機――逆を言えば、38歳になったバニングには重すぎる負担を強いる。

「まだ現役のつもりだが……」

今日明日の出来事ではないだろうが、半年後となった時、自分はまだモビルスーツに乗っていられるのか。
いや、それまでこの鋼鉄の棺桶の中で、生き延びることが出来るのか。
モビルスーツパイロットは、ジオンも連邦も関係なくモビルスーツのコクピットを『鋼鉄の棺桶』と言う。
撃墜されれば最後、そのまま自分の墓場になることも多いことから付いた皮肉だ。
実際、ア・バオア・クーではろくに訓練も受けていない、学徒動員の新兵たちの棺桶になってしまった。
それを決戦に参加したバニングも知っている。

渚カヲルの力で粉々になったクロスボーンガンダムの破片を見やる。
コクピットブロックが見つかるようなら、それごとでも埋葬してやりたいと思ったが、見つからなかった。
『棺桶』の一つもまともに用意できない――それすら残らない。
死んでしまってはすべて終わりだ。だが、それでも形だけでも死者へ安らぎを用意できないこの世界。

とことん狂っている。
現実でも同じと分かっていたにも関わらず、『わけのわからない化け物の力で殺された』ことのせいか、なおさら理不尽に思えた。
バニングやコウのような、悪く言えば通常のモビルスーツパイロットがどれだけあのような化け物と戦えるのか。
ベテランなどと言われる戦闘経験も、あくまで対モビルスーツを前提したものだ。
ここでは、ある意味バニングも新兵同然。

息を浅く吸う――ゆっくりと肺腑にたまった空気を吐く。
冷静さを求めて。

せめて、ショウの魂が彼の言っていたバイストン・ウェル(魂の故郷)へ還れたことを祈ろう。
軍人式の敬礼――しかし、ショウは軍人ではなかったのかもしれない。
こんなやり方しか知らない自分に少しだけ嫌悪を覚えながらも、目をつぶり黙祷する。

鎮魂の歌なくとも、派手な弔いはできなくとも、せめて魂の安息を。

ある意味、自分のようなロートルに相応しい見送り方かもしれない。
死者に必要以上に引きずられれば、自分が死者となる。
それは、死を望む心であることもあるが、多くは仲間を死者に変えた相手への怒りなどの激情でもある。


まだ、自分も死ぬわけにはいかない。
若い連中の命を踏み台にしてまで生き残りたいとは思わない。
だが、それでも可能な限り冷静に足掻くこと。
それが行動としてのショウヘの手向け。

「あいつの……シルビアの料理もまた食べたいしな」

バニングのストライクノワールが、波乱万丈の乗るトライダーG7の場所へ飛んでいく。

海岸には、真っ二つになった天使ラーゼフォンと、死神ドクロのガンダムが遺された。







――カシャリ

ラーゼフォンの真理の眼が閉じる。
頭の翼は、再び顔を覆うように閉じる。
眠るように、ラーゼフォンは閉じる。
ラーゼフォンは眠っているだけだ。

渚カヲルがラーゼフォンとの再会を予感していたように。
ラーゼフォンも再び空に飛び立つ瞬間を予感し、今一時眠りに就くのだ。
胴体の断面を結び付ける何かがあれば――同化、再生する力や、生きている金属の力があれば。
直る――いや治るだけの質量があれば。

歌はなく、ラーゼフォンは眠る。
眠っている。

『死』は、遠い。








「う……やれやれ、綺麗なビーチだけどここは天国……ってわけでもなさそうだね。
 生きているってことは、うまくいったってことかな?」

トライダーG7を再起動、万丈はゆっくり立ち上がらせる。
どうしてもしっくりこないのは、やはり自分の相棒ダイターン3ではないせいか。
落ちた衝撃で舞い上がりかぶさった砂を落としながら、トライダーが再び空に舞い上がる。
損傷はあれどなお陽光を浴びて燦然と輝く姿は、不死鳥の如く。

「……悪いが、とどめはさせなかった。俺の落ち度だ」
「……なんだって?」

万丈は、バニングの台詞に眉を寄せた。
結果を出せなかったバニングに対する怒り、ではまったくない。
純粋に、バニングの言葉が信じられなかったからだ。
何故なら、トライダーのカメラには、確かにあの渚カヲルの乗っていた白いロボットが真っ二つになって映っているのだから。
誰がどう見ても、撃墜された状態だ。パイロットもただでは済まないことは明白。
ましてここは開けた海岸。到底、見失うこともなさそうだが。

「渚カヲルの使うバリアの一つは、あの機体の力ではない、渚カヲル本人の力だった」

そう言って、バニングは説明する。
トライダーバードアタックの後、確かに自分はあの通り白いロボットを撃墜したと。
だが、その時バリアを張って空中に浮かびあがり、渚カヲルが現れたと。
そして、あの幾何学的で強固なバリアを再び当然のように生み出し、光の壁に消えたと。

「奴は言ってた。……波乱万丈にもよろしく、だそうだ」
「……こりゃ気にいられたみたいだね。あんまり嬉しくはないんだけど」

最後まで、万丈はあのカヲルの自信を崩すことが出来なかった。
絶対に死なないという自信から来るものだったのか、本当に生と死が同じものと考えていて恐れていないのかも知らない。
だが、万丈はカヲルに対して恐怖を抱いてしまった。背筋の凍るような威圧を、白いロボットと渚カヲルから。
結果として今回は万丈の敗北だ。

(確かに一敗はした。けど、まだこれからさ。次は必ず完璧に、ね。)

――次は勝つ。

人間は、化け物に負けっぱなしですましていられるようなものじゃない。
負けたのなら、そこから思考し、思案し、思索し、勝利を次の機会にはもぎ取る。
勝つまで繰り返し、恐怖を乗り越えるのだ。

万丈は、カヲルを嫌う。
ヒトの姿をした、ヒト在らざるものの存在が気に喰わない。
ヒトの存在をまるで全体から俯瞰するような口ぶりが許せない。
『恐怖』という感情を乗り越えるのではなく、捨て去ったような態度が許せない。
万丈は――渚カヲルの存在を認めない。

身勝手なエゴをさも不変の法則として騙る少年の名前を、万丈は心に刻みつける。

「次の時には、本当に見せてあげるさ。抗いながら生きる人間の強さを。そして―――」

渚カヲルが消えたという光の壁の向こうを睨みながら、万丈は不敵にそう呟いた。
絶対に相容れない存在との結着を必ずつけると誓いながら。


「―――日輪の輝きを、ね」


トライダーG7もまた、万丈に合わせてにやりと笑った気がした。




「それで、これからはどうするつもりなんだ? 光の壁を越えて渚カヲルを追うのか?」
「いや、それはやめておくよ」
「……またどうしてだ?」
「バリアで相手を押しつぶせるなら、むしろ不意打ちするには小さいほうがいい。
 レーダーにかからない今追うのは、逆に危険だと思う。前、ちょっと似たようなことがあってね」

似たようなことがあると飄々と言ってのける万丈に、内心バニングは嘆息する。
生身でバズーカ攻撃などをしてくるゲリラなどと同じと言えばそれまでだが、無手の相手にその発想はすぐ浮かばなかった。
渚カヲルに襲われる前の話を聞くに、万丈は『そういうアクシデント』だらけの世界から来たのだろうか。
自分の常識なんてものは狭いものだと、この年になって思い知らされるとは、考えたこともなかった。
だが、そんな多種多様な常識の広さに慣れていかなければならない。

「なら、これからどこへ向かう?」
「……街へ行って人を集めよう。ああいう存在がいるとしたら、単独行動は危ない。
 非力でも、これをどうにかする知識を持っている人もいるはずだ」

そう言って、万丈は首輪を軽くさすったあと、同一エリア内にある基地を示した。
バニングも、言わんとすることはすぐに分かる。あのシャドウミラーへの反逆を考えるなら、首輪をはずすことは絶対条件だ。
そうでなければ、あの仮面の男のように自分たちも首を飛ばされて終わってしまう。
もちろん、それを連中に悟られても終わり。
だから、万丈は直接『首輪』を『外す』知識ではなく、『これ』を『どうにかする』知識と言ったのだろう。

「この殺し合いに積極的な人間からすれば、そういう人たちはまさに餌だ。補給もしたいしね」
「餌、か……」

温かい青年の口ぶりのどこかに、ほんの僅か冷たいものが混じったように見えたのは、バニングの気のせいか。
バニングは、敢えて聞かなかった。


――もし、知識も持たない非力なものだったら、そんな人々が自分とともに窮地に追い込まれたらどうするのか、と……



【破嵐万丈 搭乗機体:トライダーG7(無敵ロボ トライダーG7)
パイロット状況:健康
機体状況:装甲を損傷、行動に影響なし EN残り30%
現在位置:A-5 海岸
第一行動方針:弱きを助け強きを挫く。ま、悪党がいたら成敗しときますかね。
第二行動方針:渚カヲルを必ず倒す
最終行動方針:ヴィンデル・マウザーの野望を打ち砕く。】
※地上マップのループに気付きました。また異世界からの召喚の可能性について聞かされました。


【サウス・バニング 搭乗機体:ストライクノワール@機動戦士ガンダムSEED C.E.73 STARGAZER
パイロット状況:怒り
 機体状況:良好 EN消費55%
 位置:A-5 海岸
第1行動方針:街に向かい、人を探す
第2行動方針:コウ・ウラキを探す
第3行動方針:アナベル・ガトー、イネス・フレサンジュ、遠見真矢、渚カヲルを警戒
 最終行動方針:シャドウミラーを打倒する】
 ※地上マップのループに気付きました。また異世界からの召喚の可能性について聞かされました。


【一日目 11:00】


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最終更新:2010年04月13日 17:32