青春劇場  ◆f/BUilcOlo



「おい、どうした、大丈夫か?」

話の途中で頭を抱え込み苦しみだしたカズマに、ユウキは純粋に心配する気持ちから声をかけた。
外面からは分からないだけで実は負傷している可能性は想定していたが、それが頭部とあっては大事に至りかねない。
多少の焦りも含み、うんうん呻るカズマの肩を掴んで真正面からその顔を見据え、さらに強く声をかけた。
ユウキの被った仮面の妙に前方向に突出した鳥の口ばしの様な部分がカズマの眼前に突き出される。

「あー、いや、痛むわけじゃなく……ちょっと嫌なこと思い出して……
 大丈夫、ほんと大丈夫だから……って言うか先っちょ当たってるから……」

微妙にユウキから視線を背けながら、ぐったりとした様子でカズマが言った。
実際には頭ではなく心の中の若気の至り的な部分がずきずき痛んでいるのだが、
まさか『あんたの言動やら被り物やらが原因で古傷が抉られているんだよ』などと言える筈も無い。
カズマの言葉にユウキは釈然としない顔をしていたが、負傷しているわけではないのならと肩を放し、話を続けた。
「それで、だ。幾つかお前に聞きたいことがあるのだが、構わないか?」
「あ、ああ。良いぜ」
カズマにも聞きたいことはあったが、どうにも考えが纏まらない。ならば先に相手の疑問を解消しておくべきか。
「とりあえず、名前を教えてもらえるか」
「ん? ああ、まだ名乗ってなかったか。俺はカズマ・アーディガン。カズマで良いぜ。……で、ええと、あんたは、……J、だっけ?」
「そうだ」
「……そうですか」
恐る恐ると言った調子で訊ねたカズマに、ユウキは力強く肯いてみせた。何でそんなに自信満々なんですかあなた。
「ではカズマ。お前が気を失ってここに流れ着いていた理由を聞かせて欲しい。機体の故障か、それとも誰かに襲われたのか?」
「理由って言ってもな……正直、俺にも何がなんだか……」
はっきりとしない記憶を辿りながら、カズマは『襲われた』という言葉に引っかかるものを感じた。
何か、今すぐやらなければならないことがあった気がする。
そもそも自分は何のためにダン・オブ・サーズデイを呼び出したのか……そこまで考え、はたと思い至った。
「そ、そうだ! 俺こんなことしてる場合じゃねえんだ! 早くあいつを助けに戻らねえと! あれ、でもここ何処だ!?」
開け放たれたダン・オブ・サーズデイのコックピットから外の景色を見て取り、一面に広がる見覚えのない風景に困惑する。
「くそ、どっちに行けばあそこに、っていうか、え? 俺ダンに乗って、あれ? ええ!?」
「落ち着け」
慌てふためくカズマを宥めながらユウキは懐から取り出した地図を広げ、トントン、と一点を指し示した。
「地図で言うところのG-7にあるこの島、今俺たちがいるのはここだ」
愕然とする。カズマが覚えている自分が最後にいた場所はE-2の森の中にある屋敷だ。現在地はそこから三百キロメートルは離れている。
「こんな遠くにっ……いや、ってことは大体あっちの方向に行けば良いんだな! 待ってろよ、すぐに俺が!」
「落ち着けと言っている」
後頭部に一纏めにした伸びた髪をユウキに引っ張られ、
「あべしっ!」
カズマの首が、ぐきっ、と鳴った。
「お前は先程まで気を失っていたんだぞ。状況を把握するまで迂闊に行動させるわけにはいかない。詳しく話せ」
「そんな暇は――」
無いんだ、と返そうとして、そこでまた気付いた。太陽の位置が変わっていることに。
カズマがプルの襲撃を受けたとき、まだ陽は昇ったばかりで低い位置にあった。それが今は天高く昇りきっている。
気を失っていた、という言葉の意味が俄かに実感された。一体あれからどれだけの時間が経ったのか。
慌てて荷物から時計を引っ張り出し確認した。短針は十二時を少し過ぎた辺りを指していた。
プルに襲われたのはこの殺し合いの舞台に放り込まれてそれほど経っていないときのことだった。
カズマがあの場を離れてから五時間は経過している。
結果がどうあれとっくに戦闘は終わっているだろうし、彼らがいつまでも同じ場所に留まっているとは考え難い。
それを理解した途端、カズマの身体から先程までの勢いはすっかり消え去っていた。

「……お前が誰かの救援に向かうつもりだということは分かった。そういう事情なら俺も手を貸したい。
 ……何があったのか、話してもらえないか」

ユウキが幾らか語調を和らげ、肩を落としたカズマにそう言った。
気を遣われていると悟り、カズマは自分の中に堪らない情けなさが込み上げてくるのを感じた。
惨めな気持ちを吐き出したかった。鬱屈したものを他人にぶち撒けたところで現実は変わらないとしても。
そうして、カズマは訥々と語り始めた。自分の身に何が起きたのかを。
言葉の節々から、悔恨の念が滲み出るようだった。

「――――で、それから先はとにかく無我夢中で、気付いたらここに……」
「エルピー・プルに、赤い機体に乗った男か。成程」
大体分かった、と思案げにユウキは言った。
話を終えたカズマは自身の間抜けさ加減を自覚し、心底呆れる思いでいた。
結果的に自分は命の恩人をおいて一人で逃げた。
あのときカズマは生身だったのだから足手纏いにならないためにもそれは仕方の無いことだったかもしれない。
だが、最初からダン・オブ・サーズデイを呼び出せていれば。
そうでなくとも操縦方法をきちんと把握していれば勝手に動き出したりせず、すぐにあの場に戻って援護くらい出来た筈だ。
力が無かったことよりも、力が有ったにも拘らずそれを使いこなせなかった自分自身が、何より腹立たしかった。
話を聞く間、ユウキはこれといって感情を表に出すことはしなかった。
冷静を通り越して非情と思われかねない態度だったが、むしろそれで良かった。
同情にしろ侮蔑にしろ、今のカズマには辛過ぎる。無愛想な優しさが、ありがたかった。
そこで、ふと思い出した。
「そういえば、まだお礼を言って無かったよな」
「礼?」
「あんた、気を失っていた俺を助けてくれたんだろ? ありがとな」
「別に……お前を見つけたのはただの偶然だ。礼などいらん」
そう言って、そっぽを向くユウキ。その仕草がなんだか照れ隠しのようにも見えて、自然とカズマの口に微笑が浮かんでいた。
そんなことよりも、と言いながら向き直ったユウキが、カズマの顔を見て露骨にむっとなる。心外だ、と眼で言っていた。
ユウキが取り繕うように何かを言おうとした、そのとき。

「来ルゾ、ユウ! 敵機接近、敵機接近! 敵ガ来タ!」

今まで黙って周囲に眼を向けていたハロが、けたたましく電子音声を鳴り響かせた。
「な、何だぁ!?」
「ハロ、俺のことはJと呼べ!」
突然のハロの叫びに狼狽えるカズマを他所に、敵という言葉に反応したユウキがグランヴェールへと走った。
カズマはまだ機体の動かし方を把握していない。必然、敵が来たとなれば対応するのはユウキの役目になる。
丁度ユウキがグランヴェールに乗り込むのと同時、海中からその機体は現れた。
二人の機体と比べ、現れた機体の全高は倍近くあった。その巨体からは計り知れないパワーを持つであろう事が容易に想像できる。
手には何も持っておらず、全体を見ても武装のようなものは見当たらない。色取りは派手だが形は酷くあっさりとしている。
反面、そののっぺりとした容姿からは、どこから何が飛び出してくるか分からない不気味さを感じさせられる。
ユウキはグランヴェールを手早く起動させると、機体を動かそうと必死に操縦マニュアルを探すカズマを庇うようにして前に立った。
現れた機体は陸へ上がり、攻撃してくる様子も無く落ち着いた足取りでこちらへ接近して来ている。

「止まれ。それ以上近づくな」

言いながら、グランヴェールの両肩に誂えられた龍の頭部を思わせる部位を稼働させた。
現在グランヴェールの使える中で最大火力の武装である、カロリックスマッシュを放つためのエネルギーが集束していく。
相手の戦力は未知数。動けないカズマを庇いながらでは出し惜しみしている余裕など無い。
と、そこへ相手の機体がユウキの勧告通りに停止する姿が眼に入った。さらに通信が入る。

「驚かせてすまない。こちらに君たちに危害を加えるつもりは無い。一先ず、その物騒なものを下ろして欲しいのだが……」

モニターに表示される、ネクタイにワイシャツ姿のサングラスをかけた男の顔。
モニターの中で男は両手を上げ、それに合わせて男の機体も万歳の姿勢になり、戦闘の意思が無いことを示した。
それでもユウキは警戒を解かない。自分一人だけなら未だしも、動けないカズマがいる以上、選択を誤るわけには行かない。
男は武器を収める気配の無いユウキを見て取り、仕方が無い、と呟いた。
「では、これでどうだろう」
驚くべきことに男は自ら機体を降り、ユウキの眼前にその身を晒した。
あまりにも不用意なその行動に、ユウキはただ唖然となるしかなかった。カズマもあんぐりとした顔でいる。
機体から降りてしまって、もしもこちらにこのまま攻撃を加えられたら、一体この男はどうするつもりなのか。
こうなってしまっては流石に武器を向け続けてはいられない。生身の相手にカロリックスマッシュなど過剰防衛もいいところだ。
「一応、敵でないことは分かってもらえたかな。
 見たところ、君たちもヴィンデル・マウザーの言葉に素直に従うつもりは無いらしいな」
君たちも、という部分を気持ち強調してそう言った。
男は武器を下ろすグランヴェールの姿を見て胸を撫で下ろし、渋みのある笑みを浮かべた。
「……何が、敵が来た、だよ」
探し出した操縦マニュアルを手に持ち、ユウキへ視線を向けたカズマがぼそっと呟いた。
ちょっと睨むような目付きだった。
「む……」
何となく、ユウキの方が憮然としていた。
当のハロはと言えば、ごろごろと転がり知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。
「私のことは静かなる中条と呼んで欲しい。長官でも構わん。とりあえず、少し話をしようか」



「中条さん、あんた俺のために……すまねえ、本当にありがとう!」
カズマが率直な感謝の言葉を述べる。
聞けばこの静かなる中条という男、カズマの乗ったダン・オブ・サーズデイが海に落下するところを偶々目撃していたらしく、
今まで何時間もカズマを捜して海に潜っていたという。それも、目的地であるG-5の施設への到着を目前にして、である。
人命救助が最優先とは言うが、目的を変えてまで自分を助けるために尽力してくれた中条に、カズマはひたすら頭の下がる思いでいた。
「よしてくれ。私が見付けたときには君は既に助け出されていたのだ。礼ならそちらのユウキ君に……」
「Jです」
「失敬。礼ならばJ君にしたまえ。……と、その後君たち二人の話しているところを見付け、
 しばらく様子を見ていたが結局は接触することにし、今に至る、というわけだ。
 たいした情報がなくて申し訳ないが、私の話はこのくらいだ」
「では、次は俺が話そう」
ユウキが名乗り出て、自分がこれまでに辿ってきた道程を語り始めた。
シャドウミラーへ対抗するため同盟を結ぶことを決めた三人は、それぞれの持つ情報の共有化を図っていた。
中でもユウキの持つ情報はシャドウミラーという組織の概要をはじめとし、有益なものばかりだった。

「……どこまで奴らが俺の知るシャドウミラーと同じものかは分からない。
 そもそも俺の知るシャドウミラーは既に壊滅し、ヴィンデル・マウザーも死んだ筈だ。
 殺し合いを強いることが奴らの唱える理想に繋がっているとも思えない。
 これらにカズマの言う未知の敵が関係しているのか、今のところはなんとも言えん」

話を聞いたユウキ以外の二人、特にカズマは怒りを露にしていた。
勝手な理屈で戦争を引き起こし、それを継続させようとする。それだけでも憤慨ものだというのに、そのうえ今回のこれだ。
どんな御託を並べているのか知らないが、それが一切共感し得ないものであることは頭を使わずとも分かる。
そんなものに今自分たちは巻き込まれ、そして命を落とそうとしている。とても許せるものではない。
父の仇である敵と関係があるのかどうかはこの際どちらでも構わない。シャドウミラーの背後にいるというのなら、まとめて叩くだけだ。
中条も顔にこそ出さないが、血の滲まんばかりに固く握られた拳を見ればその怒りの程が窺える。
ユウキの表情は、仮面の下に隠れて見えなかった。

「次に、転移装置についてだ。カズマは既に知っているようだが、よく聞いてくれ。ハロ、頼む」
「アイヨ!」

元気よく応えたハロが、口から泡のようなものを膨らませると、そこに映像が映し出された。
居住区のど真ん中に設置された巨大で異質なモニュメント。ユウキがc-3のコロニーで見た空間転移装置だ。
「これを使うことで地上と宇宙を瞬時に行き来できる。試してみたが間違いない。俺はこれでc-3のコロニーからここへ跳んだ。
 まだ確認はしていないが、恐らくこのG-7エリアや他のところにも同じものがあるのだろう」
自分の持つ空間転移装置の情報の正しさを実証するユウキの言に、カズマは深く頷き……
直後、ん? とユウキの言葉の妙な部分に気付き、思わず質問していた。
「その転移装置って奴、確か最初に設定された場所同士を繋いでるものなんだよな?
 使ったなら、このエリアに同じものがあるのかどうかってのは分かるだろ?」
「ああ、基本的にあれは初期設定された転移装置同士を繋ぐものだが、
 設定を変更することで出口を転移先の装置から若干ずらせることが分かり、それも試してみた。
 範囲は、転移先の装置から半径で十数キロメートル、といったところだ」
「成程。出口が一箇所に限定されてしまうと、待ち伏せを警戒して装置を使い辛くなってしまうからな」
補足するようにして中条が口を出した。
「ええ。その代わり、位置が範囲内で完全にランダムになってしまうのが難点ですが、
 転移先の状態を確認出来ないことを考えればベターな選択ではあります」
「ふむ……しかし、集団で行動する場合には、それでは少々問題がある」
「あくまで単独で動く場合でのベターです。集団ならば初期設定のままでの転移にも対応は可能です。
 複数の機体で同時に転移しそれぞれの死角を補い合えば、早々不意を衝かれはしないでしょう。
 他にシャトルを使うという手もあります。時間は掛かりますが、移動先も限定されません。ただ、」
「シャトルに乗った状態で敵の襲撃を受ければ、ろくに反撃も出来ずにやられかねん。
 なるべく転移装置を使った方が良さそうだな。我々に時間的余裕は殆ど無い」
「そういうことです。それから、UNについてですが――」

淀みなく進む中条とユウキの会話に、カズマは何となく肩身の狭い思いだった。
話を聞きながら、読み終えた手元のダン・オブ・サーズデイの操縦マニュアルに眼を落とす。
正直、機体の仕様については訳の分からない専門用語がやたらと並び、あまり理解できなかった。
とりあえず分かったのは、本来は個人の専用機であるものを誰にでも動かせるようにしてある、ということだ。
操縦方法自体はかなり感覚的なもので小難しい理屈は必要ないため、その辺りはカズマの性分に合っている。
隠された機能でもない限り、動かし方ならば完璧に把握できたと自負する。
これでもう二度と、敵を前にして命の恩人を置いて逃げるような無様な真似はしなくて済む。
心の中に、未だに燻り続けている思いがあった。

「――俺の話は、このくらいだな。カズマ、次はお前だ」
そうしているうちに、ユウキの話は終わっていた。
ユウキに話をするよう促されたカズマは、しかし、なかなか口を開かない。
聞こえなかったのかと思ったユウキは、今度は少し強めに声をかけた。
「カズマ、どうした。次はお前の話す番だ」
「……ん、ああ、そうか」
どこかぼんやりとした様子で返事をするカズマ。
「おい」
「あー、いや、悪い。俺の分は、さっきJに話した分で全部だからさ。お前から中条さんに話してくれよ」 
そう言いながら、つと立ち上がる。
「どこへ行く気だね、カズマ君」
「どこって……立ちションっすよ、立ちション。さっきから我慢してたもんで」
中条に特に気分を損ねた様子は無い。カズマは心の中で中条に謝罪していた。
「あまり遠くへ行くなよ」
歩み去るカズマに、ユウキがそう言った。
手を振って、それに答えた。



切り立った崖の上にカズマはいた。
ただその場に立ち尽くし、海原を見つめ、物思いに耽っていた。
背後から見ればその姿は立ちションそのものだが、立ちションではない。
小便をすると言ったのは二人から離れるための方便だ。
自分がこれからどうするかを、一人で考えたかった。
果たしてこのまま彼らに付いていって良いのか、頭の中はそんな考えで占められていた。
決して二人を疑っているのではない。カズマにとって、ユウキと中条は信頼できる相手だ。どちらも自分を助けるために動いてくれた。
まあ、ユウキの方は何だか変な被り物をしているし自分のことをJとか言っているしでちょっとアレだが、ともかく。
彼らになら背を預けられる。いつどこで誰に襲われるか分からない状況の中で出会えた、目的を同じくする仲間。
だが、カズマが今こうして生きていられるのは、その二人のおかげだけではない。
何よりも、あのとき。エルピー・プルと名乗る少女に殺されそうになったときに助けてくれた人物。
彼がいたからこそ、今のカズマの命はある。
今から彼と別れた場所に戻ったところで、彼もプルもどちらもいないだろう。それはカズマにも分かっている。
それでもだ。何とかして見つけ出し、彼がピンチに陥ったところを救い、こう言うのだ。
『借りは返したぜ』、と。
受けた依頼は必ず果たす、金と恩と恨みは必ず返す。それが宇宙に生きるトレイラーの心得の一つ。
彼に借りを返す。それを為すまでは死んでも死に切れない。
そして、そんなカズマの自分勝手にユウキと中条を付き合わせるわけには行かない。
やはりこれしかない、とカズマは思う。
このまま二人には何も言わず別れて、恩人を捜し出し、借りを返す。彼らのことだ、言えば止めようとするに違いない。
それからまた二人に会えたなら、頭を下げて、改めて仲間にしてもらおう。二人が許してくれなかったら、そのときはそのときだ。
心は決まった。そして、そこから立ち去ろうと振り向き、

「カズマ」

後ろにいたユウキに声をかけられた。
「お、おう、どうしたんだ」
声が上擦ってしまった。いつの間に近づいてきたのか、まるで気付かなかった。それだけ考えに没頭していたらしい。
「お前が遅かったのでな。何をしていた」
「何ってお前、そりゃあれだよ。海が広くて大きいなぁってんで俺も大きい方したくなって、それでつい、ってなもんで……」
「…………」
「……冗談です」
ユウキに思いっきり顔をしかめられ、流石に申し訳なくなった。
「まあ、良い。中条長官と話し合い、目ぼしい施設を一通り調べ上げることになった。
 役に立つものが残っているかは分からんが、まずはやるべきだ。二手に分かれて行う」
「一通りって、全部調べるのかよ」
「そうだ。それと、お前の言っていた光の壁の調査もな」
想像するだに大変な作業だ。地上はおろか宇宙まで駆けずり回ることになる。
だが二手に分かれるというのなら、むしろカズマにとっては都合が良いかもしれない。
ユウキと中条には二人で行動してもらい、カズマは単独で動き恩人探しと施設の探索を同時に行う。
どちらもこなさなければならないのが辛いところだが、贅沢は言っていられない。その旨をユウキに告げようとする。
「俺たち二人は地上、中条長官は宇宙の施設を回る。すぐに始めるぞ。準備しろ」
カズマが口を開く前に、ユウキにそう言われた。
「ちょ、ちょっと待てって、俺は一人で良いぜ。中条さんとJが二人で……」
「俺たち三人の中で最も戦力が高いのは中条長官とダイモスだ。
 個々の生存確率を下げずに全ての施設を調査するには、これが限界だ」
慌てて抗弁するが、まるで取り付く島が無い。だからといって諦めるわけにもいかない。
自分の身に変えても恩人を助けに行く決心をした傍からそれを曲げてしまっては立つ瀬が無い。
しかし頭の切れるユウキに舌戦でカズマが敵う筈もなく、ことごとく反論を潰される。それでもしつこく食い下がった。
何度も何度も一人で行くの一点張りで、カズマの余りのうるささにうんざりした様子だったユウキが、ついに耐え切れなくなり、叫んだ。

「いい加減にしろ! お前のわがままを聞いている暇は無い! こうしている間に、何人死んでいるかも分からないんだぞっ!!」
「俺だってなあ!」

ユウキと中条に自分の勝手な行動で迷惑をかけたくは無い。そう思うからこそ一人で行くと言っているのに、何故分かってくれないのか。
傍から見れば、カズマの言っていることは駄々をこねる子供の主張そのものだった。
カズマとユウキ、どちらも自分が間違っているという考えは持っていない。完全な平行線だった。
「何故俺の言うことが分からないっ!」
「分からねえのはそっちだろっ!」
「地上と宇宙の施設の調査! 戦う者を止めながら仲間を集める! 戦えない者を保護する! お前を助けた人物を探す!
 シャドウミラーへの反撃の糸口を掴む! これら全てを俺たちはやらなければならない!
 お前の身勝手を許す余裕など微塵も無いっ! 自重しろカズマっ!!」
「なんだとこのっ………………ん?」

何か、変な言葉が聞こえた気がする。別に言葉自体が変なわけじゃなく、何でお前がそれを言うの? みたいな……

「あれ……お前今、何て? 俺を助けた奴を探す、って言ったか?」
「それがどうした」
ユウキはなお怒りの収まらない様子だったが、カズマの態度が急に変わったことに不審げでもあった。
「いや、だって俺もそうするつもりで、それで一人で行こうと……」
「……何?」
二人して、きょとんとしていた。
そのまましばらく、見詰め合ったまま突っ立っていた。
「……なぁんだよ、くっそぉ! それならそうと始めっから言ってくれよ!」
「どの口がそれを言う」
確かにユウキが最初にそれを言っていれば口論にはならなかった。
だが、カズマはカズマでひたすら一人で行くとしか言わず、何故そうしたいのかを述べなかったのだから、あまり人のことは言えない。
そもそもカズマが話の途中で抜けたりしたからこうなったわけで、ユウキとしては未だ腹の虫の治まらない心持だった。
「今のところ確実に仲間に出来そうな人物の情報は、俺の顔見知りの他にはあまりない。
 最初の場でヴィンデルに食って掛かったロム・ストールという男と、お前を助けたという男の二人だけだ。
 中条長官の言う衝撃のアルベルトという男は、一筋縄ではいかないらしいからな。
 そんな数少ない仲間の候補を無視するわけが無いだろう」
「あー、まあ、確かにそうかもな」
頭が冷えれば、カズマも相手の言い分の正しさに気付けた。何だかものすごく馬鹿らしいことをしていた気分になって来る。
「それにだ、お前の言う男の人物像に合致する人間が俺の元々の仲間に一人いる。
 お前を助けたのがあいつなのかは定かではないが、探してみる価値はある。
 ……というか、俺は先に言っておいた筈だ。誰かの救援に向かうつもりなら手を貸すと」
「いや、それはちょっとずるいだろ」
「ふむ、どうやら私が手を出す必要は無いようだな」
カズマがいつの間にか隣に立っていた中条に驚き、『うおっ!?』と声を上げた。
「食事も済ませたことだし、そろそろ出発しようと思ってね。挨拶に来た」
「え、食事って……」
「俺も既に済ませた。カズマ、お前も後で腹に詰めておけ」
どうやらカズマが二人から離れている間のことらしい。自分が原因だから仕方ないとはいえ、微妙に疎外感があった。
今更ながら途中で抜けたことを後悔していた。

「カズマ君、J君」

中条が二人の名を呼んだ。頼りがいのある声音だとカズマは感じた。
「本来ならば私は、君たちのような未来ある若者を守るべき立場にある者だ。だから、このようなことを言うのは非常に心苦しいのだが……
 現実として、私一人の力ではこの事件を解決することは難しい。協力し合える仲間が必要だ。
 君たちの力と可能性を、当てにさせて欲しい。……宜しく頼む」
そう言って、中条が二人に頭を下げた。
「任せてくれ!」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
カズマとユウキが、顔を上げた中条に力強く肯いて見せた。
中条の顔に、限りない大人の男の魅力を発散する、渋みを含む笑みが浮かんだ。



カズマとユウキは互いに自分の機体に乗り込み準備を整えていた。
中条は既に出発していた。とりあえずはG-7の施設へ向かい、そこを調査してから転移装置で宇宙へ上がると言った。
地図上からは分からなかったが、この島の地面にはかなり起伏があり、死角が多い。
今二人がいる位置からはG-7の施設は確認できず、中条の乗ったダイモスもまた視界から消えていた。
カズマがいない間にユウキと中条の二人で色々と取り決めがあり、ユウキはその説明を食事中のカズマにしていた。

「情報のやり取りは直接会って行うのが基本になる。UNを使うのは落ち合う場所と時間を連絡したいときのみだ。
 具体的な地名は書き込まず三人の間だけで通じるようにする。それと、なるべく三時間ごとにUNに書き込みを残す。
 これは生存確認のためだ。最後の書き込みから六時間経っても何も書き込まれなかった場合、相手は亡きものと判断する。
 連中が八時間ごとに放送で死亡者の発表を行うらしいが、その内容の信憑性を確かめるためでもある。最初の放送はもうすぐだな。
 どのような形で放送が行われるにしろ、聞き漏らさないようにしなければならない。特に立ち入り禁止区域とやらの情報は必須だ。
 それから、UN上での本人確認のため合言葉を複数決めておいた。内容は……カズマ? 大丈夫か?」
「お、おう、ドンと来い」
カズマは咄嗟にそう返したが、どう見てもいっぱいいっぱいと言った調子だ。食事もあまり進んでいない。
「……仕方が無い。後でもう一度説明してやるから、先に食事を済ませろ」
「悪い」
そう言って、荷物に入っていた非常食を口に運ぶカズマが、一口齧って顔をしかめる。
この非常食、ユウキの荷物にも同じものが入っていたのだが、はっきり言ってかなり不味い。殆ど水で流し込むようにして食べた。
カズマもそうして一口齧っては水を飲みを繰り返していた。
「少し、良いか」
ユウキがカズマに声をかけた。
「なんだよ、説明なら後って」
「説明じゃない。お前に、言っておきたいことがある。食べながらで構わない」
それなら、とカズマは再び食料に手をつける。

「カズマ、お前は単純だ」
「……ムグ?」

いきなりそんなことを言われ、カズマの動きが止まる。
「貶しているのではない。ただ、もっと警戒心を持つべきだと言っている。簡単に他人を信用すれば付け込まれる。
 ここではそれは死に直結する。疑心暗鬼に陥らない程度に他人を疑え。もしくは、不意を衝かれないよう常に気を張れ」
「ング……」
カズマが神妙な顔つきになり、姿勢を正した。ユウキが大事なことを伝えようとしているのだと察した態度だった。
「お前はあまりに隙だらけ過ぎる。少しは中条長官を見習え。あの人は、俺たちと話す間も一切隙を見せなかった。
 一定の信用を置きながら、完全に気を許しはしない。お前に求めているのはそういう適切な距離感だ」
「む、んぐ……そ、そうなのか?」
口の中のものを水で無理やり流し込み、カズマが言った。
カズマの性格からすると、中条が隙を見せないようにしていたことに気付く気付かない以前の問題だった。
そもそも信頼している相手の隙を窺うなどカズマは考えもしない。
「お前のその悪い意味での単純さは弱点になる。他人を信頼すること自体が悪いわけじゃない。
 お前の良心が、お前自身を殺すことになる。……良いか、カズマ」
カズマは、ユウキの言葉に真摯に耳を傾けている。

「決して、良心を踏み躙られるな。お前の良心を、殺されるな」

……話はそれで終わりだった。
カズマは腕を組み、思案する素振りを見せた。
水を飲み、一息つく。やがて、ユウキへ向けて口を開いた。
「なるべく気をつけるようにするけど……難しいだろうな。どうも、俺ってそういうの苦手でさ。
 それに、ほら、『弱点を無理に隠すな、それは弱点を教えるだけだ』、って言葉もあるし」
伝わっているような、いないような言葉だった。
ユウキが盛大な溜息をついた。呆れを隠そうともしなかった。

「でも、ありがとな、J」

そこへカズマの真っ直ぐな感謝の言葉が飛んできた。
なんともむず痒い感触をユウキは感じていた。だが不快感は無かった。
「……まあ良い。だいぶ話が長くなった。そろそろ俺たちも出発するぞ」
「そうだな。今頃中条さんも目的地について……いや、ちょっと待て」
カズマがそう言って、機体から降りようとしている。ユウキが制止の声をかけると、カズマが言った。
「ちょ、ちょっと立ちション! いやマジで! 冗談じゃないから! 本当悪い!」
そそくさと物陰に移動するカズマの姿を認め、また一つ、ユウキは溜息をついた。

「J、イイノカ?」

ハロが言った。カズマのことを言っているのではない。
実はユウキには一つだけカズマと中条には話していない情報があった。
ユウキ自身、そのあまりの胸糞の悪さに記憶から抹消したいと思っているほどのもの……マーダーランキングの存在だった。
ハロがそれをモニターに勝手に表示した。十時までに記録されたデータ。
「やめろ、映すな。……こんなもの、見るのは俺だけで十分だ」
「後悔スルカモ知レナイゾ」
「後悔、だと?」
確かに、と思う。
このマーダーランキングの情報を伝えなかったことで、事前に危険人物と判断できた者に中条やカズマが殺されたなら、後悔するだろう。
だが。逆に、伝えたことで本来手を取り合えるはずの者と疑心暗鬼から殺し合うような事態になれば、そのときもユウキは後悔する。
情報を伝えないことで惨劇を未然に防げないかも知れない。伝えることで惨劇が生まれるかも知れない。
どちらがマシかなど判断がつく筈が無い。結果がどちらに転ぶかなど分からないのだから。
ならば、ユウキは自分の心に従う。シャドウミラーの思惑通りには動かないという意志に。

「ハロ、絶対に俺以外の奴にこれの存在を言うなよ。言えば、俺がお前を壊す」
「オッケー」

理解しているのかいないのか。どこまでも能天気な機械仕掛けの音声だった。



【ユウキ・ジェグナン 搭乗機体:グランヴェール(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)withハロ軍団+ウッソのハロ
 パイロット状態:強い決意。ソルダートJのコスプレ、紅茶セット一式を所持
 機体状態:損傷なし、コクピット内がハロで埋め尽くされている、ハイ・ファミリア使用不可
 現在位置:G-7
 第一行動方針:地上の施設及び光の壁の調査、カズマの恩人探しの手伝い
 第二行動方針:仲間を集める(タスク、ヴィレッタ、ギリアム、ロム優先)、脱出方法を模索
 第三行動方針:己の名に恥じない勇気と強さを得る
 最終行動方針:『ユウキ・ジェグナン』として、打倒主催】

【カズマ・アーディガン 搭乗機体:ダン・オブ・サーズデイ(ガン×ソード)
 パイロット状況:背中に打撲、ヴァンの蛮刀を所持
 機体状態:損傷なし
 現在位置:G-7
 第一行動方針:地上の施設及び光の壁の調査、恩人(タスク)に借りを返す
 第二行動方針:どうにかプルを止めたい
 最終行動方針:殺し合いには乗らずに主催者を打倒する】



(フフフ……私が見ているぞ。カズマ君、J君)

中条はまだ目的地に向かっていなかった。
一旦は向かいはしたが、カズマとユウキのことが気になり途中で引き返した。
わざわざ機体を降りて見つからないように匍匐前進で近づき、二人の様子を見ている。
中条が出発する前、カズマとユウキが些細なことから口論になっていたのが気になっていた。
そのときはすぐに解決したが、あの調子ではまた言い争いになるのでは、と考えた。
(……どうやら心配は要らなかったようだな)
無事に出発する二人を見送り、胸を撫で下ろす。

(カズマ君、くれぐれも無茶はしないようにな。
 J君、いつか、君の本当の名を呼ぶことを許してもらえるときが来るのを待っている。
 二人とも、しばしの別れだ。……また生きて会おう)



【静かなる中条 搭乗機体:ダイモス(闘将ダイモス)
 パイロット状況:良好、シズマの存在しない世界に違和感
 機体状況:良好、マグネットコーティング済み
 現在位置:G-7 
 第一行動方針:G-7地区の施設の調査、その後宇宙の施設の調査
 第二行動方針:信頼できる仲間を作る
 最終行動方針:バトルロワイアルからの脱出】


【一日目 13:00】


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070:ユウキあるチカイ ユウキ・ジェグナン 088:疑心/信心
070:ユウキあるチカイ カズマ・アーディガン 088:疑心/信心
067:エネルギー問題における解決策 静かなる中条 098:拡散する情報――そして惑わすもの

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最終更新:2010年04月13日 16:32