屍を越えてゆけ ◆i9ACoDztqc




コロニー落とし――それは一朝一夕でできる業ではない。
通常のコロニーを様々な物資をモって改造する手間暇と、それだけのものを集める費用。
さらに、それを敵である連邦にも見つからずにやり遂げる。
あっさりとできるのであれば、ガトーたちはガンダム試作二号機の奪取などやってはない。
ガンダム試作二号機強奪は、その核の力でア・バオア・クーに駐留する艦隊を薙ぎ払う役目に加えてもうひとつ、
自分たちのガンダムに意識を集中させ、コロニー落としを意識の外に追い出す役目も持っていた。
コロニー落としとは、そうやって確実に邪魔の入らない環境を整え、ようやく準備が出来るものなのだ。
それを、単身で成し遂げようと言い放った男がいるという。自分の力を過信する、自惚れ以外なにものでもない。
軍人であるガトーには測りかねるが、この規格も何も合わない機動兵器が混在する世界でそれを成そうというのなら、
常人ならざる知恵と、そして実際に改造などを行える技術の両方が必要となる。

「いや、まて……これはあくまで私の発想だ。もしかすれば、別の世界には……?」

モビルスーツが20m前後であることは、もちろん理由がある。
重力や推力などのバランスから、その大きさははじき出されている。だが、この世界を見渡せばそれ以上の機体などいくらでもあるではないか。
ならば。
自分の知らない、超高性能なパルスエンジンや、推進剤が存在する可能性は、十分にある。
コロニー落としが難業である己の常識にある世界と違い、コロニー落としが容易に行える物品がある世界も存在するということ。
ならば――無論、それでもコロニー落としを娯楽のように行おうとしたことは許し難いが――そのジ・エーデルの常識では、
コロニー落としは特別難しいことでもないのかもしれない。
ただの世迷言だと切って捨てるは容易い。事実、元いた宇宙世紀の世界ならば、ガトーはそうしていただろう。
だが、この世界に来て知った異なる常識というものが、判断を鈍らせる。
行動するか、しないか二つに一つ。しかし、判断するための材料は無数にあり、そのどれもに確固たるものはない。
さらにもう一つの懸念が、ガトーにはある。それは、行動を決定したその後に関してだ。
仮に、実際にジ・エーデルがコロニー落としをやってのける人物であったとしよう。
そして、ガトーもまたそれを正確に読みきり、先回りするようにコロニーに到達できたとしよう。

――勝てるのか?

モビルアーマー以上とはいえ、60m級マシンにも苦戦するこの機体が、200mという圧倒的巨体に。
無駄死には絶対に許されない。命をかけてでも無謀を通さねばならぬ場所ものはあるが、それは無謀を肯定するものではない。
無謀なればこそ、可能な限り生き残る確率を上げられるように足掻かなければならない。
命をあっさりとかけられるのは、かけられる瞬間まで、命の重みをかみしめ耐えてきたからこそなのだ。

今必要なことはそういった強力な機体の確保だ。
放送で機体を配置すると言っていたか。それを考慮に入れるのも悪くない。

ギリ、と奥歯を噛みしめる。
先程の放送で流れた一人の男の名前が、僅かに思考へ引っかかった。
コウ・ウラキ。何度か戦場であいまみれただけの男だ。
だが、大義を背負わずとも、一人の戦士として確かに成長し、矜持を持って自分の前に立ちはだかろうとした男。
自分もまた、その意気に答え切り結んだことは記憶に新しい。
少なくとも、こんなわけのわからない望まぬ戦場で果てていい男ではなかった。

「……コウ・ウラキ。お前の名は、忘れん」

仇を討つつもりなどない。だが、一介の戦士として自分に立ちはだかったこと、戦ったことは忘れない。
それが、敵である戦士にとって、最大の賛辞であるはずだ。
名も知らぬ戦士を撃ち、名も知られぬまま名も知らぬ戦士に撃たれ、死ぬ。
それが戦場の掟だからこそ、ただ覚えているだけでいい。それが、全ての戦士にとって救いなのだから。

ガトーの乗るガンダムアシュタロンが水底から上がり、再び飛行を始めた。




日が空高く登り、木立の影を長くする森の中。光を水面が反射する、海の近く。
背の高い針葉樹林の森ながら、隠しきれない巨体が一機腰をおろしている。
巨体の中、黙々と水着にも似たパイロットスーツを着込んだ女性は作業を続けていた。
名簿に記された、放送で呼ばれた名前に黒く横線を入れていく。
一人一本、線を入れるだけの作業でありながら、その行為は何よりも重かった。それもそうだろう。
呼ばれたものは、全てこの地で死んだ者たちの名なのだ。脱落したものを黒線で抹消することは、嫌が応にも死を実感させた。
タスク・シングウジ。その名前に横線を入れるときだけは、さしもの彼女も一瞬手が止まる。
死んでしまったという事実。そして、現実。それらを飲み下し、ヴィレッタはゆっくりとタスクの名前にも横線を入れる。
それら全てを終え、一度瞳を伏してから名簿を再びディバックに押し込む。自然とため息が漏れた。
不幸中の幸いと言うべきだろうか。
彼女にとって有効的な人間の名は、タスク以外誰一人として呼ばれなった。ギリアムも、ユウキたちも、まだ存命のようだ。
逆を、言えば、タスクだけは死んでしまった。原因が、自分だけにあるとは言わない。
だが、自分の立ち回り次第でどうにかなる可能性もまた、確かにあった。
もしかしたらの仮定の話。自分が最初からタスクに全てを話し協力を青いでいた場合。
知人全員が生存していた。第一放送だけではない。その後も、うまく生き残り続け――全員で脱出する。
どう考えても夢物語だ。ヴィレッタとて、特殊工作員として生きてきた身。どれだけそれが困難で無謀な夢物語かは知ってる。
だが、人間は夢を見るものだ。たとえ、それが人造人間であっても変わらない。
自分のミスで死なせてしまったという思いが、割り切れずヴィレッタの心の中に淀んでいた。

「けど……過去のケース……?」

アクセル・アルマーの言葉を一語一句とて逃すことなく全てメモした彼女は、情報を整理するためにそれを読み返す。
その中にある、異色を放つ言葉。

「以上、27名。過去のケースから考えても素晴らしいスタートだ」

さらりとまるで流すように言われた言葉。
事実、多くのものの関心はその前にある死者の具体的な発表と、その後の新しい機体の配置向けられるだろう。
だからおそらく聞き流されてしまい記憶に残りにくいが、その言葉はあまりに重い。
過去のケースがある。つまり、シャドウミラーはこの殺し合いを複数回、少なくとも過去のケースから数値をはじき出せるだけ行っているということ。
この、過去のケースには誰が放り込まれたのか。そして、何のためにこんな殺し合いを繰り返すのか。
それらも不可解だし、知っていかねばならないことだが、そんな抽象的なことよりも大切なことがある。
それは、おそらくこの殺し合いに穴はほとんどないということ。

どんな実験も、何度も何度も実験を繰り返し、穴を埋めていくものだ。
一度だけの、初めてのことならミスなども多くあり、穴を突くこともできたかもしれない。
だが、回数を重ねれば重ねるほど、その穴はなくなっていく。
元々これだけの大規模な行動を起こすとなれば、あらゆる演算や予測を使って問題点を潰しているはず。
それに、計算では測りきれない部分まで閉じた可能性が高いとなっては、かなり厳しい。

「なにか、前の殺し合いで残った手がかり……という線も難しいそうね」

ヴィレッタはあまりこの世界をまわったわけでもない。
だが知る限り、この世界になにかしらの古い争いの跡はなかった。
実験する場所をリセットするか、完全に痕跡を抹消しているか。
どちらにしろ、過去の被験者たちの遺したものに頼ることはできそうにもない。

「こうなると、どこまでできることやら……ね」

首輪の解除。その発想に、今までの参加者も思い至っているはずだ。
むしろ、考えていないと思うことが不自然なくらい。首輪は、誰もが真っ先に思い当たる殺し合いを打破するための鍵だ。
そもそも、首輪を解除できるような知識のある人材をいれないことが手っ取り早いが、
もしそれでもなおそういう知恵者を殺し合いに入れているとするなら。

首輪が、絶対に外れないという自信があるか、外されたところでなんの支障もないということの裏返しだ。

殺し合いを打破するには、発想を変えなければならない。
だが、自分にできるのか。過去のケースで積み重ねられた死体の中には、同じような答えを求めた人間も複数いるはずなのだから。

ともかく、ひとまずこの加速しすぎた殺し合いをどうにかしなければならない。
そうでなければ、おそらくまごまごしているうちにこの殺し合いは終了を迎えるだろう。

ガルムレイドのシステムを再び立ち上げる。幸い、機体に損傷はない。戦闘にも十分耐えられる。
そう思い、周囲を索敵した時だった。タスクにも攻撃を仕掛けた、見覚えある機体が視界に入ったのは。
ヴィレッタは咄嗟に機体を海に投げ込んだ。
センサーなどの類はこちらが上だったのだろう。どうやら、むこうはこちらに気付かず、上空を通りすぎようとしてる。
その姿を、マジマジとヴィレッタは見つめる。少なからず損傷は少ない。

いっそ、背後から仕留めるか。

相手は、殺し合いに乗っていることは明白。他でもない、タスクに仕掛けたことで理解した。
ならば、もうあの相手に対しては躊躇は要らない。
こちらも最低二名を殺害しなければ、八時間後には首が飛ぶ。殺せるときに殺すのは、戦闘員として必須の事項だ。
桿を握りなおす。距離が離れていくが、まだ十分有効射程だ。あの損傷なら一撃で沈められる。
そう思い、方向と距離を測り―――ふと、あることにヴィレッタは気付き、攻撃を中断した。

この方向は、追加機体が発表された方向だ。そちらにまっすぐと飛んでいる。
なるほど、あの機体の損傷では交換を考えるのも無理ないことだろう。
そうしなければ、特機でもないただのパーソナルトルーパーはこの先生き残ることはできない。

なら、チャンスだ。
相手は、機体を変えるため、必ず機体から降りる。
そうなれば、さらに仕留めることは容易になる。それだけではない。
うまくいけば、他にもいる機体を交換するため集まってきた殺人者を横からまとめて打ち抜くことさえも。
シャドウミラーは、新しい機体を持って殺し合いを促進させるつもりだろう。
だが、それは単純な戦力アップだけに留まらず、一種参加者をおびき寄せる撒き餌としての役目も持たせているはず。
ならば、それを最大限利用させてもらうことにしよう。
自分は何故なら――ジョーカーなのだから。




【一日目 14:50】


【アナベル・ガトー 搭乗機体:ガンダムアシュタロンHC(機動新世紀ガンダムX)
 パイロット状況:疲労ほとんどなし
 機体状況:右腕欠落、全身の装甲と特に背部にダメージ 補充完了
 現在位置:C-3 空中
 第1行動方針:新しい機体の確保
 第2行動方針:カナードとはいずれ決着をつける
 最終行動目標:優勝し、一刻も早くデラーズの元に帰還する】


【ヴィレッタ・バディム 搭乗機体:ガルムレイド・ブレイズ(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:強い後悔と自己不信。DFCスーツ着用、ちょっと恥ずかしい
 機体状況:EN30% 右腕損失。胸部、左腕損傷
 現在位置:C-3 海中
 第一行動方針:ガトーを追い、機体交換時に狙う
 第二行動方針:ギリアムを探し、シャドウミラーについての情報を得る。
 第三行動方針:出来る限り戦闘は避け、情報を集める。戦いが不可避であれば容赦はしない。
 第四行動方針:ノルマのために誰かを殺害することも考えておく。
 最終行動目標:生き残って元の世界へ帰還する】



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最終更新:2010年05月16日 02:36