無題
「目覚めよ、選ばれし強者達よ……」
重々しい声が響く。
まどろみの内にあった意識に突き刺さる、巌のような声。
男――複数の瞳を飾る仮面の男、ユーゼス・ゴッツォはその声により覚醒した。
そして、驚愕する。
なんだ、この状況は――
「我が名はヴィンデル――ヴィンデル・マウザー。
地球連邦軍特別任務実行部隊シャドウミラーの隊長を務めている男だ」
軍服に長髪、壮年の男は溢れる覇気を身に纏い、ユーゼスの動揺を切り捨てるかのように続ける。
暗闇に目が慣れてきた。
どうやらここはどこか大きなホールのような場所。そして、ユーゼスの周囲には同じように気絶し倒れ伏す者達がいた。
ぽつぽつと目覚める彼ら彼女ら。
少年もいれば少女もいる。かと思えば軍人らしき青年、堂々たる体躯の男、果ては明らかに人間でないものまで様々だ。
そしてその誰もがユーゼスと同じ思考に行き着いているだろう――あいつは誰だ、自分は何故こんなところにいる?
「諸君の中にはまだ状況を理解できておらぬ者も多いだろう。
だが、私は諸君と語らうためにこの場を開いたのではない。
私が望むことはただ一つ。――戦え! 最後の一人になるまで!」
疑問に答えるようにヴィンデルは朗々と宣言する。
どよめきが漏れる。だが男は気にした風もなく。
「意を尽くし、力を振るい、策謀を巡らし、信義を踏み躙り、ただただ己の全てを賭けて戦うがいい!
最後の一人となった暁には望むもの全てを与えよう」
同じ場に存在しているだけで、圧迫される程に強烈な覇気。
己のしていることに一片の疑いもない狂信者の瞳。
ギラギラと燃えるその眼光に射竦められたか、息を呑む音が聞こえる。
そんな中、事態に戸惑ってはいても恐れてはいない、そんな者も何人かいる。
かく言うユーゼスもその一人。
そして、少しでも情報を引き出し、またこの後予想される状況に備え少しでも自らの優位性を引き上げるために。
「二、三、言いたいことがある」
誰よりも先に、ユーゼスはその存在を主張した。
ヴィンデルが顔を向ける。油断も慢心もない、軍人の鏡といった男の目だ。
「――質問を許可しよう、ユーゼス・ゴッツォ。述べたまえ」
名を知られている。
銀河にその名をとどろかすバルマー帝国、その重鎮たるこのユーゼスの名を。
いよいよ以て尋常ならざる事態――ユーゼスはそれを強く認識し、屈辱を押し殺し問いかける。
「まず、こう言わせてもらおう――ふざけるな。
どうやって我らを拉致したのか知らぬが、貴様の戯言に突き合っているほど私は暇ではない。
即刻解放していただきたい」
「却下だ。帰還したいと言うなら戦い、生き残るがいい。闘争に見合う褒賞は用意している」
「戦え――と言われて素直に従う者がいると思うのか? 見たところ雑多な人種を集めたようだが、私と同じ志の者は少なくあるまい」
ユーゼスの言葉通り、大半の者がヴィンデルに反抗的な視線を向けている。
それを平然と受け止め、ヴィンデルはしかし一切の怯みを見せることなく、自らの首筋を指でトントンと叩いた。
(何のつもり……ッ!?)
思わず自らもその所作を真似たユーゼスは絶句した。
冷たい鉄の感触が首を覆っている。これは、首輪だ。
ユーゼスのみならず皆が一斉に首輪に気づく。俄かにホールは騒がしくなった。
満足げにその光景を眺め、ひとしきり言葉を吐いて騒ぐ彼らを睥睨するヴィンデル。
「その首輪は我らシャドウミラーの技術の粋を集めた特別製でな」
すっと指先を掲げるヴィンデル。
その指が示す先は――他でもない、ユーゼス・ゴッツォだ。
指が踊り、弾かれる。瞬間、ユーゼスの首輪からピッ、ピッと電子音が響きだした。
「な……なんだこれは! 貴様、何のつもりだ!」
「百聞は一見に如かず――良く見ているがいい。これが貴様らを煉獄へとつなぐ鎖だ!」
段々と、音の感覚が速く短くなっていく。
無機質な電子音は聞く者の心に否応なく不安を掻き立てる。イメージするところは皆同じだろう。
すなわち――
「ま……待て! この私の頭脳をこんなところで失って――」
ポン。
軽い音を立て、首輪は弾けた。
上にあった仮面とその中身全てを塵と化して。
一拍遅れてびしゃっと水音。地と肉片が地に落着した音。
悲鳴。そして怒号。
たった今この瞬間、一人の人間の命が奪われた。
その元凶を等しく皆抱えている、それ故に。パニックは瞬く間に伝染した。
「これが争いを拒む者、または愚者に与えられる裁きだ。生き残らねば、他者を全て淘汰しなければ解放されることはない。
理解したか? 貴様らはもはや命を喰らわねば生きること叶わぬ者――煉獄の修羅であるとッ!」
誰も、口を開かない。
この男が本気だと――殺し合い、冗談ではなく殺し合いをさせられるのだと、誰の胸にもこれ以上ないほどに強く刻まれた。
従わなければ死。あまりにも克明なリアルがそこにあった。
「では、詳細なルールの説明をする。
まず諸君らにはある程度の食料と水、地図と名簿を配布する。これは全員平等だ。
そして殺し合いと言ったが、我々が望んでいるのは生身の戦いではない。
諸君らはいずれも腕に覚えがある歴戦の古強兵と認識している――機動兵器を駆る、一流のパイロット達だと。
だからこそ、我々は諸君らにランダムに一機の機動兵器を進呈する。それを使って最後の一人を目指してもらいたい」
沈黙を破るようにヴィンデルの言葉は続く。
「ああ、未知の兵器を操縦できるのか、という疑問はもっともだ。しかしそれは誰にとっても等価のリスク――許容していただきたい。
諸君らのセンスならばすぐに順応できるだろうと私は信じている。
この後我々が用意した舞台に散ってもらう訳だが、そこではおよそ8時間ごとに死亡者の発表をする。
またこのとき立ち入り禁止区域も合わせて発表する。以降その区域に立ち入ればその瞬間に首輪を爆破する。
もちろん移動の時間を考慮し放送後すぐに指定すると言う訳ではないが、一所に留まり争いを避けようとする腑抜けに用はないのでな」
何人かが立ち上がり叫ぼうとするが、隣にいた者に制止され、あるいは恐れからか口を開きはするものの喉を震わせるまでには至らず。
「そして、この放送ごとに一機の追加機体を会場のどこかにランダムで設置する。
場所も告知するので、機体を損傷した者、あるいは更なる力を求める者は急ぎそこに向かうがいい。
まあ……目的を同じくする者との接触は避けられんかもしれんがな」
そんな中――じっと様子を窺っていた一人の男が立ち上がった。
「大まかな規則は以上だ。後は諸君らが戦場にて実際に体験すれば――」
「待ていッ!」
鋭く放たれた叫び。
割りこまれたヴィンデルは眉根を寄せ、声の方向を睨む。
「己が欲望のままに何も知らぬ無知なる者を利用し踏み付ける者……
自らの利益のためだけに独善的な都合を他者に押し付ける者……
人、それを……『邪悪』と言う!」
恐れなく、ただ烈火のごとき怒りと共に放たれる声。
それはこの場で死を突き付けられ怯えに呑まれた者の心に一筋の光明を差し込んだ。
「……一応聞いておいてやる。何者だ」
「クロノス族族長、キライ・ストールの遺子、ロム・ストール!」
「フッ……この状況で大した気勢だ。
だがロム・ストールよ。貴様、先の爆発を見ていなかったのか?
後先を考えず無謀な戦いに挑むほど貴様は愚かな男ではあるまい」
「シャドウミラー隊長、ヴィンデル・マウザーよ。俺は己が許せん……。
事態を把握するが先決と行動せず、貴様の暴挙をただ見ているしかなかった己を!」
歩み出てきたのは一人の男。
形は人。だがヘルメットのようなものを被り、全身に装甲をまとい足音は金属音。
震えるほどに握り締められた拳が示すのは、激甚なる憤怒。
「ユーゼスという男を俺は知らん。だが、彼にも彼の人生があり、貴様らは身勝手にもその人生に終止符を打った。
理不尽なる暴力にて、罪無き命を奪ったのだ!
畜生にも劣るその行い――俺は断じて許さん!」
ヴィンデルの前に立つロムという男。
突き付けた拳から炎のように立ち上る覇気。
「だからこそ……聞け!
この俺、天空宙心拳継承者、ロム・ストールが!
貴様らシャドウミラーの行いを、この下らん殺し合いを否定する!
誰も殺させはせん――貴様ら吐き気を催す『邪悪』に、正義の鉄槌を下すッ!」
拳を引き戻し、深く身を沈めるロム。
瞬間、流星のごとき蹴りがヴィンデルの頭部へと放たれ――
「――――ッ!?」
消えた。
忽然と、ヴィンデルの前から――誰をもの視界から。
仮面の男のように首輪を爆発させられたのではない。そう、まさしく消えたのだ。
ヴィンデルが彼方へと目をやり、苛立ったように呟く。
「余計な事をしてくれる。かの宇宙に名高い天空宙心拳をこの身に刻む好機だったものを」
「――そう言うな。お前を失ったら俺達シャドウミラーは瓦解する」
応えるように、影からゆらりと歩み出てきた男。
ヴィンデルと同じデザインの軍服をまとい。皮肉気な目を煌めかせ楽しげに笑い、見つめる視線を跳ね返す。
「俺の名はアクセル――アクセル・アルマー。ヴィンデルと同じシャドウミラーに属する者だ。
ああ、さっきのロムってやつなら心配ない。殺しちゃいない……一足先に会場へと行ってもらっただけだ。
大事な参加者だ、費用以上に減らす真似はしない。さあ……名残り惜しいが、説明はここまでだ」
アクセルという男が腕を広げ、次いでオーケストラの指揮者のように掲げる。
そして――
「バトル・ロワイアル――争覇の宴を、始めよう」
振り下ろされた手が弧を描いた刹那、固唾を呑んで事態の推移を見守っていた者全ての姿が消えうせた。
残ったのは、ヴィンデルとアクセルただ二人だけ。
「……始まったな」
「ああ。もう後戻りはできん……」
先ほどと違い神妙な顔を見せるヴィンデル。
アクセルもまた、先ほどの陽気さを潜ませ応じる。
「我らが望む永遠の闘争に溢れた世界、その雛型。
命と命がぶつかり合う狭間で人が足掻き、何を手に入れるのか――見せてもらおうではないか」
踵を返す男、二人。
やがて照明も消え、静寂が場を満たし――全てが闇へと消え去った。
【ユーゼス・ゴッツォ 死亡】
【残り 70人】
【バトルロワイアル 開始】
| 登場キャラ |
NEXT |
| ユーゼス・ゴッツォ |
|
| ロム・ストール |
032:意志 |
最終更新:2010年01月16日 01:11