472 :『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:06:58 ID:wy1+BZwq

 明け方から降り出した雨のせいで、早々に運動会の予行演習は中止になった。

「…ちくしょー ぶっちぎりで一位の筈が…」

クラス対抗リレーの早朝練習を強引に決め、夜明け前に登校した将也が 、教室の窓から濡れたグラウンドを見て言う。

招集にいやいや応じたのは、いつもの三人だけ。誰も、登校してくる気配すらなかった。

「…まだ予行演習だし、多分この雨止まないよ。 帰ろ。」

「日曜日だし、グラウンドぬかるんでるから、もう練習無理だしね。」

未沙と柚季の、至極最もな意見。

「…じゃあ今から、『面白い話をして、雨が止むのを待つ大会』を始める。」

教室の後ろに張られた、写生会の作品を、ボーッと見つめていた了が、『大会』と聞きつけて飛んできた。

「将也テメェ、『大会』というからには、よっぽど面白い話するんだろーな!!」

「ちょっと!! 私達誰も、そんな大会…」

「いいからいいから!!」
将也は慌ててガチャガチャと、椅子を四つ、車座に並べ、『大会』会場のを設営を始めた。

不承そうに座りながらも、柚季は内心うきうきする。帰っても退屈が待っていそうだ。どんな面白い話が聴けるのだろう。

「…さあ、言い出しっぺからだ。」

了が期待にみちた、挑戦的な視線を正面の将也に向け、そして両脇の未沙と柚季に言った。

「公正にな。」

「…私達、審査員な訳!?」

未沙が膝で華奢な指を組み、ため息をつく。彼女の笑いのツボを突ける者はクラスにはいないはずだった。

「よぉし。あのな…」

自信たっぷりな将也は、固唾を呑む三人の顔を見渡し、声を潜めて語り始めた。

「…モールにある、『コーラル』って床屋知ってるか?」

「床屋!!」

柚季と未沙が、唸るように唱和した。まだ、『髪結い』とまで言わないだけ、彼としてはましだったかも知れない。

「…続けて。」

柚季が、自分の事のように顔を赤らめ、先を促す。

「その床屋の裏手に、薄暗い、不気味な店がある…」

「…知ってる。大きな木の、中国語みたいな汚い看板があるところね。」
「そーだ。おまえら、あの店の名前知ってるか?」

三人は首を横に振って、将也の言葉を待った。あのいかがわしい建物が、店舗であることさえ初耳だった。
魔法の薬、あるいは毒虫や呪文書が似合うあの建物…

「…あの店の名は…」

将也が更に声を落とし囁く。
「…ヘンタイオトナ。」

「ぶははははははは!!」
了が爆笑した。

「マ、マジか!? 変態で…大人!? は、腹いてぇ!?」

なおも身をよじって笑い続ける了を、柚季と未沙は気味悪げに眺め、得意満面の将也に冷たい一瞥をくれる。

「ほ、本当だぞ!! ウソだと思ったら…」

あたふたと釈明する彼を無視し、柚季は腹立たしげに腕を組む。もう少し、ロマンティックな話が出来ないのかこの男は…。

「…笑ってないで、了も反撃したら? どうせおんなじ位くだらない話だろうけど…」

未沙が椅子から落ちた了に言った。この二人が、同じ日に同じ病院で産まれ、今日までずっと一緒のクラスで過ごしているのが、柚季には信じられない。

「…お、おぅ…、凄ぇのいくぞ!! 」

了はまだヒイヒイ言いながら、椅子に座り直し、苦労して真顔に戻る。

「…言っとくが、国家機密レベルの話だ。 むやみに余所で喋るなよ…」
三人は、これ以上ないくらい、疑わしげな瞳を了に向けた。

「…高見山頂から、遥かに見える煙突岩。そして、そこからまだまだ遠く…」

流れるような了の弁説。柚季は、少し期待して、了の名調子に耳を傾ける。

「…ひっそりと浮かぶ謎の島、そこに建つのは…」

「建つのは!?」

将也が身を乗り出した。

「私立伸縮学園!!」

唖然とする三人を代表して、未沙が尋ねる。

「…何、それ?…」

「…全寮制の秘密学校だ。この学校は校則で生徒全員が…」

「全員が!?」

声をさらに低くした了の口元に、三人の頭が集まる。

「…フリチンなんだ…」

「ぶはははははは!」

将也が卒倒した。

「いやぁ!! 馬鹿!! 了の馬鹿!!」

耳まで赤くなって、柚季が立ち上がり、未沙が蛇のような視線を了に向け、怒りを込めて冷ややかに促した。

「で!?」

「…う、上はちゃんと着てるんだぞ!! 間違いなく着てるんだ。」

「…余計不気味でしょ。…どこで、そんな下らないネタ仕込んで来たの!?」

詰め寄る未沙の足元で、笑い過ぎて息も絶え絶えの将也が、這いつくばったまま苦しげに顔を上げ、この期に及んで火に油を注ぐ問いを発する。

「…じょ、じょ、女子は…」

「…そりゃもちろん、フリ…」

パコーン!!と軽快な金属音が響き、了はガチャンと椅子を倒して親友の横に崩れ落ちる。未沙の手にはいつの間にかアルミ製のリレーバトンが握られていた。

「…帰ろ。柚季。」

「…うん…」

身支度を始めた未沙と柚季の耳に、哀れな二人の囁きが聞こえる。


「…気を付けろ…うかつに喋ると家族ごとどっかへ…」

ますます軽蔑と羞恥を露わにして、足早に立ち去ろうとする未沙と柚季に、二人の大会参加者は、公正なジャッジを求めてよろよろと追いすがった。
「ど、どっちの勝ちだ!! それだけ、聞かせてくれ!! 頼む!!」

「いやあああ!!」

もはや勝負への妄執だけで動く将也と了は、逃げ惑う二人を羽交い締めにして審判を迫る。
そして彼らの手は、審判達の、まだ発育途上の柔らかく敏感な二つの膨らみを、躊躇なく鷲掴みにした。

「ひゃああああ!!」


…色とりどりのバトンによる容赦ない乱打を平等に受けた将也と了は、定まらぬ焦点を写生会の絵に向けて座り込み、とりとめのない会話を交わしていた。

「…了。なんで『伸縮学園』なんだ?…」

「そりゃ、フリチンだぜ 伸縮するだろ… 普通。」


END






477 :『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:13:43 ID:wy1+BZwq
投下終了
設定拝借、毎度感謝です。


『杜を駆けて』登場人物
和泉柚季(いずみ ゆずき)♀12歳
高杜市立第二小学校六年一組

日高将也 (ひだか しょうや)♂12歳
高杜市立第二小学校六年一組

戸田山了 (とだやま りょう)♂12歳
高杜市立第二小学校六年一組

佐伯未沙 (さえき みさ)♀12歳
高杜市立第二小学校六年一組

岸谷絵莉 (きしたに えり)♀12歳
高杜市立第二小学校六年一組

坂田剛 (さかた つよし) ♂12歳
高杜市立第一小学校六年二組










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最終更新:2008年09月16日 15:10