611 名前: 妖杜伝奇譚『‡』 ◆NN1orQGDus [sage] 投稿日: 2008/09/22(月) 22:45:27 ID:aTaAF3kl
第2話 『路地裏の交錯』
◆
「変なのに付き合ったから遅くなったじゃんかー」
深都姫は頬を膨らませる。
折角倭斗と二人っきり――デートらしき物が出来たというのに、二人の闖入者のせいでグダグダになってしまったのでご機嫌ナナメなのだ。
「言うな。俺だって後悔してる」
倭斗は特殊な嗜好の人間が持つ特有の毒気に当てられた頭を振り、ある種の妄想を抱く輩は度し難い、と内心で呟く。
「お前は、あんな風になるなよ」
膨らんだままの深都姫の頬をつついた刹那、大気の鳴動を感じた。
魔の波動が大気を揺るがしたのだ。
それもこれ見よがしに誇示しているのか、隠そうとはしていない。否、隠そうとしていても隠し切れないのか。
深都姫もそれに気づいたのか、眉をひそめている。
「どうするの?」
「此処まで露骨だと……釣りだな。しかも釣り針が見えてやがる」
波動の先を手繰ると、そこは“彼女”を祓ったあの路地裏だ。
「するっとスルーする訳には……行かないよね」
「ああ。アレを放っておいたらまずいな」
倭斗は嘆息し、深都姫を見る。深都姫もまた、倭斗を見る。
二人の視線は絡み合い、お互いの意思を確認して頷いた。
二人は雑踏の人混みを縫うように駆け出す。行き交う人々は闇に紛れた悪の存在を知らずにいる。
倭斗はそれが気にくわないが、それも仕方のないことだとも思う。
人は自分の手の届かない場所については無関心なのだ。
自分は人よりも手が届く場所が広い。放っておければ良いのだが、それが出来ない自分は相当な貧乏性だな、と一人ごちる。
いつの間にやら深都姫が先行している。彼女は仕方なく退魔師をやっている自分よりも正義心が強い。
それは立派なのだが、年相応の幸せを掴んで欲しいと倭斗は思っている。
そんなもどかしい心を持ちつつ深都姫に並ぶと、件の路地裏に勢い良く飛び込んだ。
◆
「がぁぁぁーーーーーっ!!」
路地裏には大小二つの人影があった。双方とも、魔の波動……妖気を発散している。それも、強く濃密に。
つまり、夜の住人である。
小さい影が唸り声を挙げつつ、地を踏みつけている。
その振動は大したことはないのだが、地団駄を踏むたびに熱気を帯びた濃厚な魔の波動を発散している。
「いい加減にしないと呼びもしないお客さんが……って、もう来てるな」
大きい影が溜め息を吐きつつ諦め顔で倭斗と深都姫を一瞥する。
「アンタたち……何者!?」
深都姫の鋭い声が路地裏に広がる。
「ふん……自分の名を名乗らずに他人に強要する、か。なかなかのアティテュードだ」
嘲笑にて返されると、深都姫は気色ばむが倭斗に制止される。
「汚ない油をぶちまけられたら放っておけないタチでね。……つか、煽ってんの、オマエラ」
倭斗は冷笑で応じ、鋭利な刃物のような視線で二人を射る。
「うだうだ五月蝿い! 私は……九蓮宝燈の一人! 世界の果てでこの世を呪う……」
「そんな珍妙な名前を勝手につけるんじゃない! それに仲間は九人もいない!
……連れが失礼したな。俺はジン。こっちはメストだ」
ジンは名乗りながらも地団駄を踏み続けるメストをさえぎり、倭斗と深都姫を圧するように、静かに告げる。
「へえ、そいつは結構。生憎と俺達はお前らみたいな夜の住人に名乗る名を持ち合わせてないんだ……悪いね」
倭斗はそう言い放つと、メストを見て目を丸くする。
「おい、深都姫。向こうにお前と同じスケールのがいるぞ」
「倭斗のバカァッ! 私の方が大きいもん!」
倭斗の軽口に深都姫が反応し、ポカポカと叩き始める。
「ちょい待ち。私が、この私が……そんな毛も生えてなさそうなちびすけと同サイズ? ……訂正を要求する」
「へん! 私はまだ成長途中だもんね!」
「はっ! 夢を見たって無駄よ? 絶壁は絶壁のままが運命なのさ」
「そっちこそえぐれてるくせにっ!」
鬼気を揺らめかせながら、深都姫とメストは対峙する。互いに胸を張り、互いに相手を威嚇するように体を大きく見せようとしている。
ジンは小さな二人のやり取りに苦味の交じった笑みを浮かべると肩を竦める。
「どうする? お互いの連れがこんな風だが……殺り合うかね?」
「残念だけど、殺り合う空気じゃないな。」
倭斗は唇を歪ませると、深都姫の襟首を引く。ジンも同様にメストをたしなめる。
「放せ、ジン! このメストさんは小娘に粉かけられて黙ってるようなチンケな根性してないんだ!」
「なにおぅっ! 私だって!」
未だに言い合う二人を無視し、ジンと倭斗は互いに相好を崩す。
「名前を聞いておこうか。俺は菅原倭斗。……覚えておけ、お前ら夜の住人を狩る者だ」
「顔に似合わず鼻息が荒いな。俺は夜の住人のジン。四暗刻単騎って組織のの一人だ」
◆
倭斗は未だに怒りが収まらない深都姫の手を引き往来の雑踏に紛れる。
「なんで逃げるのよ! あんなヤツらやっつけちゃえばいいのに!」
「彼処で戦ったら被害がでかいだろ。それにアイツらは……特にあのジンって奴は相当やりそうだ」
倭斗の唇が歪に歪むと、深都姫はそれを見咎める。
「倭斗、笑ってるけど……楽しいの?」
「笑ってる? 俺が? 気のせいだろ」
でも、と言いかけて深都姫は慄然とした。倭斗は確かに笑っていた。陰惨な笑みを浮かべ、その瞳は渇望にも似た光を湛えている。
「ねえ、大丈夫だよね? 倭斗、別人みたい……」
「平気さ。俺は……俺のままさ」
倭斗はぼんやりと輝く蒼い月を見上げ、深都姫の手を軽く握った。
◆
路地裏に残る夜の住人は寂寞の闇に紛れている。
「メスト、少しは頭が冷えたか」
「まあね。それにしてもあのちびすけ……」
メストが収まらない怒りの握り拳に力を込めると、青白い炎に似た燐気が立ち上る。
「お前の悪い癖だな。頭に血が昇ると猪突猛進になる」
ジンは溜め息混じりにメストの肩に手を置いた。
「……わかってる。私が怒ってるのはちびっこのせいじゃない」
「じゃあ、なんで怒ってる」
「夜の住人の存在を忘れた人間は腐りきってる。恐れる事を忘れて増長する人間は……嫌い」
「だったら思い出させてやれば良いだけだ。人を喰らう夜の住人の恐ろしさをな」
ジンの乾いた声が路地裏に静かに木霊すると陽炎の様に揺らめくメストの殺気は揺らいで薄くなっていく。
「俺達四暗刻単騎はこの世を呪うために集った。そうだろ」
力強いジンの言葉に、メストは目を閉じて満天の星屑を仰ぐ。
「そうだったね。……憎悪の炎で焼き尽くす為に、ね」
夜の住人達は不穏な妖気の残滓を残しつつ黒檀の闇に溶けるように消えて行った。
――To be continued on the next time.
最終更新:2008年10月06日 22:24