113 :妖杜伝奇譚『‡』 ◆NN1orQGDus :2008/10/05(日) 17:49:50 ID:KQ/bF66s
第三話 『飽食/倹約』
憎悪の炎が静かに揺らぐ。
その朧気な光に照らされたカエサル像の顔は苦痛に歪んでいる。
薄い影の中では幾つもの怨嗟の瞳が鈍い光を放っている。
カエサルにはそれが何者なのかわかる。カエサル、否、ローマに対しての憎悪。
清廉なクラックス兄弟の手がカエサルを掴む。
勇猛なハンニバルの刃が突き立てられる。
孤独なネロの猜疑心に満ちた視線に束縛される。
「貴様ら、余をカエサルと知っての狼藉かっ!」
怯え震えたカエサルの言葉に呼応するかの様に、炎が大きく揺らめき人の形となる。
「――当然。カエサルはカエサルであるが故に地獄に墜ちる。血塗られたローマの歴史にまつわる憎悪、その身で受けるんだね」
「き、貴様! 何者だ!」
カエサル像の顔は恐怖で引きつる。全身を絶望に染め、憎悪が作り出した黒く澱んだ闇に包まれた。
「私? 夜の住人の一人。憎悪の代弁者――メストさ」
メストはクスリと微笑み、気だるげに指をパチンと鳴らした。
カエサル像の姿は夜の美術館から消え、校庭に転移された。
◆
大気を鳴動させながらカエサル像は肥大していく。発する妖気の密度は尋常な物ではない。
「なんと、どうした事か!」
金治郎像は禍々しくなったカエサル像に目を見開く。
「まずい、私の力では……!」
全ての薪を放出してオールレンジの攻撃を仕掛けるが、カエサル像は冷静に一基づつ薪を撃ち落としていく。
「……仕方あるまい。我が身に変えても、私は貴様を止める」
身を捨てる必死の覚悟を極めた時、一陣の風が吹いた。季節外れの梅の香りを漂わせた、熱い風だ。
「なんだか良くわからねえが……汚い油だな」
颯爽と現れた菅原倭斗はカエサル像の前に立ちはだかる。
「深都姫っ!」
「OK! 任せて!」
次いで現れた役深都姫は校庭に結界を張り巡らせる。
「おお、かたじけない!」
金治郎像の顔が喜色に染まる。
「質素倹約に努め蓄えた私の力、今こそ此所に解き放つ!」
金治郎像は宙を駆け登り、全身から清澄なオーラを放つ。
その強大さにカエサル像は勿論、倭斗や深都姫、屋上から高みの見物を決め込んでいたメストですら驚愕する。
「質素倹約開墾奨励勤労勉学!カエサルよ、飽食に溺れ贅沢三昧なお前は天保の大飢饉を乗り越えた私には勝てぬ!」
メストの放つ妖気は濃密になり、姿が陽炎の様に揺らぎ、消えた。
「くそ、影だったかっ!」
倭斗はメストが幻影であった事を知ると歯噛みをする。
物質化するまで凝縮、充填した気を空に向かい解放すると、深都姫が駆け寄ってくる。
――質素倹約。
二宮金治郎像の言葉は、広く果てなく響いた。
――To be continued on the next time.
最終更新:2008年10月06日 22:24