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467 :妖杜伝奇譚『‡』 ◆rCcpj6XBC. :2008/09/15(月) 16:30:20 ID:D3P9IbH0

第1話『“彼女”の空葬』


 誰が彼とも解らない黄昏の時が終わると夜の帳が高杜市を包み込む。
 街はネオンに彩られて昼とは別の貌となり、蒼い月の玲粛な光を浴びて艶やかな姿となる。
 月光は、闇に満ち溢れた街灯の作り出す人工の灯りが届かない路地裏を、嘲笑うかのように降り注ぐ。
 風は無軌道に吹き荒れ、風圧は鞭となり袋小路に追い詰められた男を打ち付け、皮膚を切り裂いて肉を穿っている。

「た、助けてくれっ! 許してくれっ! 悪気はなかったんだっ! 遊びだったんだよぉっ!」

 歪な響きのある悲鳴が木霊するが、街頭の喧騒はそれを拒絶するかのように、路地裏に押し込める。
 悲鳴を上げた若者は、這いずりながら“何か”から逃げようと藻掻く。
 何か――漆黒の闇に舞い漂う、白磁にも似た病的な白さの光は、人の形となり、若者を冷たい慈悲すら感じられる視線で射る。

「貴方達は、私がどんなに頼んでも、懇願しても、決して、許しては……解放してはくれなかった。……私にした仕打ちを遊びだと、戯れだと……言うんですね」

 悲しみを帯びた言葉は、乾いた旋律となって吹き荒ぶ風を一層強くする。
「誰なんだよ、オマエ! 俺はオマエなんか知らねぇッ! ……まさかあん時のメスガキか!? お前だって楽しんでたろ? 腰振って喜んでたじゃねーかよっ!」

 全身を鮮血で朱に染め、流れる血を滴らせ乍、若者は宙に浮かぶ“彼女”を睨み付ける。が、“彼女”はその言葉で、能面のように無貌だった貌に憎しみを浮かび上がらせた。

「……貴方には生きる価値がないんですね。その生命、刈り取らせて貰います……」
 ゆらゆらと揺らぎ揺らめく“彼女”の悲しみ、憎しみ、怒りが、明確な意思を伴った殺気へと変化し、風が鞭から槍へと形を変えて、その切っ先を男に向ける。

「オマエ、オマエェッ! いい加減にしねえと仲間呼んでボコるぞ! ナニ訳ワカンねー事をォォォォォォォォォォ!?」

 ――腕が貫かれ、肘から先が地面に落ちる。 
 ――足が穿たれ、皮膚一枚で繋がっているだけになる。
 ――腹を切り裂かれ、中身が零れ落ちる
「ヒャッ! 痛え、いでえヨォォォッ! 俺の身体! 身体がァァ! アヒャッ……ハハハハハァッ!」

 壊れていく身体を見て、精神を砕かれた男の狂気混じりの悲鳴は、荒ぶる風の前に屈服し、途絶える。

「……これで、終わり……何もかも……」

 動かぬ肉片と化した男を見て、“彼女”は満足そうに唇を歪め、血塗れの路地裏に降りる。そして、血を指で掬い取ると表情のない貌に戻る。
 同様に吹き荒れていた風も穏やかなそよ風となり、澱んだ生臭い匂いを乗せて往来に運び出そうとする。

 ――刹那。

「――つか、煽ってんの、オマエ?」

 無機質な響きを含んだ、少年の声が“彼女”を振り向かせる。

「察するに、其処に転がっている奴には存在価値がないみたいだけど……アンタにも同じ事が言えるな」

「……何者?」

「ただの通りすがりの闇を狩る者さ。……自らを縛るだけならば無視をしても良かっが、……祟るのなら放ってはおけない」

 学生服を来た少年は、路地裏の惨状を見て呆れ果てた表情になる。

「誰なんですか、貴方。私の気持ちを知らずに、私を否定して、踏み荒らす貴方……」

「名乗るだけならタダだから名乗ってやる……菅原倭斗だ」

 “彼女”は倭斗の言葉を否定するように再び冷たい殺気を纏う。そして、風を操るように手を中空に浮かぶ月に掲げる。

「……貴方の存在……不愉快だわ」

「へえ、意外と気が合うな。俺もアンタみたいに悪霊の存在が……気に食わない」

 うねる風が鋭い刃となり、虚空に現れる。のたうつ風が鞭となり虚空かにをのさばる。

「東風なら梅の香を想い起こすだけですんだのにな。死臭の漂う風ならば、一切合切を無に帰す!」

 無言のまま“彼女”か腕を降り下ろすと、無数の刃と鞭が倭斗の生命を抹消せんと襲いかかる。

 ドッヒュゥゥゥゥゥゥッ!

 倭斗は地を蹴り宙を駆けるように跳ねて紙一重で避ける。その勢いに乗って“彼女”に右拳を叩きつける。

 スガッ!

 しかし、“彼女”が作り出した風圧の檻によって妨げられる。

「なんて、出鱈目な人なんでしょう……」

「死人風情が良く言う!」

「私は、好きでこんな風になったんじゃない! あの人達が、彼等が、私を蹂躙したからっ!」

 倭斗はその言葉を聞くと、慈悲深い笑みを浮かべる。

「同情はする。だけど、怨霊となったアンタにはその価値はないっ!」

「私はっ! 私はっ!」

 一瞬の交差。そして沈黙。月が陰り路地裏は深淵の闇に包まれた。
 音をたてることもなく、彼女は地に伏せ、倭斗はその傍らに立つ。

「1つ聞きたい。……復讐をして、アンタの気は晴れたか?」

「……解らない。初めは愉しかったけれど、今は良く解らない」

 “彼女”は力ない口調で答えると全身から澱んだぼんやりとした光を放ち始める。

「歪みに呑まれれば、行き着く果てには何もない。……何もかも忘れて、成仏しろ」

「……私には忘れるほどの物はないわ。……夢を見ていたのかもしれない」


「なら、それは悪夢だ。新しい夢を見ろ」

 “彼女”が目を綴じると、つうっと涙が糸を引くように流れる。

「……これ以上は未練ね。最後にお願いがあるの。……貴方の手で、私を葬って……」

 パシィィィィィィィィッ

 倭斗が合掌すると、乾いた破裂音が路地裏を支配する。

 そして、印を結ぶ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

冷たいが柔らかい声が響き、倭斗の右手に弾ける様に鋭い光が宿る。手刀を作ると、“彼女”の胸に突き立て、そのまま押し込んだ。

「……散れ。せめて色鮮やかに。アンタが流した涙は無駄じゃない……」

 “彼女”の光は儚くなり、闇に溶けるように霧散した。

 倭斗は立ち上がると、着ていた学生服についた埃を念入りに叩き落とした。そして、不快感を露にした顔で虚空を一瞥する。

「……いるんだろ? 覗き見は趣味とは悪いな、深都姫」

「出歯亀って訳じゃないんですけど。約束の時間になっても来ないから……心配で」
 月が姿を顕すと、深都姫と呼ばれた少女――役深都姫が現れる。
 倭斗よりも背が小さく、肩にすら頭が届いていない。顔にはあどけなさが残り、身体の凹凸が少ない。

「見てるだけなら手伝っても罰は当たらないと思うぞ?」

「私の手伝いなんて必要ないと思ったけどね」

 倭斗はフウッと溜め息を吐くと、闇に浮かぶ満月は暖かい光で路地裏を照らした。風は凪ぎ、闇は静けさを取り戻している。
「ねぇ、遅刻したんだからさ、罰として今日は奢りだからね?」

「……マクガフィンの泥水で良ければ、な」

 深都姫は唇を尖らせて不満を口にすると倭斗の手を引いて路地裏から街の喧騒に消えて行った。


――To be continued.







470 :妖杜伝奇譚『‡』 ◆rCcpj6XBC. :2008/09/15(月) 16:37:56 ID:D3P9IbH0
というわけで第一話、投下終了です。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

キャラ設定

菅原 倭斗(すがわら やまと)
高杜学園高等部の生徒。
天神様の末裔の退魔師。
雷を操る事が出きる。
背が高いイケメン。
理屈っぽくて持論を展開するのが好き。
梅干しが好き。
マクガフィンの泥水コーヒーの愛好家。

役深都姫(えんの みつき)
高杜学園中等部の生徒。
役行者の血を受け継ぐ退魔師。
背が小さくて凹凸のない体型。ツルペタ。
電車を子供料金で乗れる。
結界を展開する事が出きる。
怒ると怖い。
甘党。



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最終更新:2008年09月23日 14:04