601 名前: 普通の日常 [sage] 投稿日: 2008/09/22(月) 07:13:39 ID:yBEn7v7D

夜の帳に閉ざされた市街地から離れたビル建設現場、土を抉られた縦穴の中を走る少女、藤木の姿があった。
乱れた呼吸を整えるように深呼吸すると、その場で座り込み爪を噛む、
どこからともなく砂利を踏む音が聞こえ、次第にその歩みが近付いてくるのがわかる。

「――藤木さん、これ以上の抵抗は無意味です」

「偉そうなこと言わないで、私はあんたなんかとは違うのよ」

「被害に遭った先生との話し合いで起訴を取り下げる用意も出来ています、
まだ間に合います!」

「今更なことッ!」

少女の体から細かな燐粉が発生すると周囲の大気に漂い始める、平地では効果の薄いこの能力も
室内や低い場所などの空間の中においては、その能力を最大限に発揮できる。
慣れぬ内は体に馴染まず、少量しか精製できなかったこの力も、今では際限なく増大しつつあった。
藤木を追う少年、小金井 守が彼女の前に姿を現すと、担いだ刀を利き腕に持ち直す。

(峰打ちで間に合うか……いや、やるしかない)

「私は――生まれ変わったんだから」

窪地に吹き込む風にあわせ、少女が腕を振るうと巻き上げられた燐粉が小金井の体を襲う。
上着を脱ぎ藤木の前に投げ出すと、小金井は体を僅かに沈め、その場から伸び上がるように跳躍する。
降下と共に繰り出される一瞬の剣閃、藤木が防御の為に腕をかざすと、刀の軌道を瞬間的に逸らし
峰を使い腹部に軽い一撃を入れた。

「かはッ!」

「すいません、手加減はしたつもりなんですが……」

「うぅ……う……」

「いきましょう、藤木さんご両親も待ってますよ」


小金井が彼女の肩に手をかけようとしたその時、周囲から乾いた拍手の音が聞こえてくる、
音を放つ者に目を凝らし闇の中を凝視すると、そこにはいつもの表情をたたえた、松田五郎の姿があった。
彼もまたあの事件のあと、入院していた病院から抜け出し何処かへと姿を消していた。

「強いなぁ、小金井君、今の直角斬りってやつ?」

「――松田さん、自首退学されたそうですね」

「バレてるしぃ、よその高校か通信制に通うつもりだけどさぁ、
俺ってやれば出来る子な気がするんだよね――」

「悪いですけど……僕はそんな小細工に引っかかるほど、甘くは無いですよ」

瞬間、両名がその場を動き出した、小金井が側面に回りこむように横へと移動すると、
それに合わせるように松田が円軌道を描き、上着を跳ね上げ、懐からマカロフPMを取り出す。
小金井の動きに合わせ数度拳銃の引き金を引くと、空に乾いた銃声が響き渡る。

「!?……一体何のつもりなんですかッ! 松田さん」

「いちいち、君に説明するのも面倒だからね」

「正気ですかッ!」

「俺はいつだって冷静だよ……」

小金井が近くに積んであった鉄骨の資材の後ろに身を隠すと、
弾倉の弾が尽きたのか、松田が煙草を口に咥え火をつける。

「しばらく、そこでじっとしておくといい、君に用は無いんだ」

「長岡さんに竹井さんだって、松田さんのことを心配されてたんですよ……」

「――だからなに?」

「!?」

小金井が意を決して向き合うと、松田は肩に藤木を抱えその場から立ち去ろうとしていた。
足を踏み出した小金井は、向けられる銃口に意に介さず近付くと、松田は気を失った藤木の頭に銃口を押し付ける。
向けられる殺気の質が、その行為が脅しではないことを明確に示していた。

「小金井君、人は悪事を働こうとすると誰でも思い浮かぶんだよ、両親や恩師、それに友人の顔がね、
だからみな、良心の呵責を感じてそこから一歩踏み出せない、思いとどまるんだ。
いわば良心というものは、周囲の人達との絆そのものだといえるな――」

「松田さんだってそうでしょう?」

「――彼女の顔がな、思い出せないんだ」

「……?」

「つい、この前まで覚えていた筈の彼女の顔が思い出せないんだよ、
こう、写真の顔の部分黒くを塗り潰したみたいにね」

小金井と間合いを離しながら、その場から松田が姿を消すと、暗闇の中から彼の言葉だけが聞こえてくる。

「藤木さんに、二三聞きたいことがあってね、少しばかり借りていくよ」

後を追うように道路へと飛び出すと、松田が立ち去った後を追う、周囲を見渡し闇の中に目を凝らすが、
二人は何処かへと消え、吹きすさぶ風の音だけが辺りには満ちていた。






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最終更新:2008年09月28日 19:51