11 :普通の日常:2008/09/26(金) 18:49:05 ID:l62AVi1X
『学長室』
「……という訳で、退魔師、正方院 将之から連絡があった、
双方誤解が解け一件落着というわけじゃな、何か質問はあるかの?」
「確かに藤木さんに対する監視は解くべきだと僕も思いますが……
松田さんの監視まで解いてしまうのは何故なんですか!?」
「まぁまぁ、小金井、落ち着けよ」
高杜学園の学長室にて、小金井と牧田が学園長の前に立つと一部通達を告げられると、
小金井が納得のいかない様子で学園長に詰め寄り、牧田がその場をいさめる。
「松田五郎か、彼奴は既に学園から身を退いておるし、何を考えて行動しておるかも皆目検討つかぬ、
それに小金井……そなたらはあくまで学園の監視役の一員。
ある程度は見咎め無しで済まされるが、捜査権限など無いのを努々忘れるな」
「それでも、彼が危険なことに変わりはありません……」
「ほう、ではどのように危険であるのか示して見せよ」
学園長に切り返され、小金井の言葉が鈍った、彼が五郎を危ぶむ理由は彼が時折放つ殺気の質である、
小金井道場で密に行われる修練の一つ、人体を使った試し斬り。死亡した検体を使い非合法によって行われる
この修練では、殺気の質が成否を分ける。明確な殺意を持ち敵に向かって刃を振り下ろし、人という生き物を両断することで
晴れて実戦の行える剣客として認められるのである。
あえて口に出さずとも、生きた人を斬る実績は無いとは言え。殺人者と半ば同類である小金井の勘が、
五郎から放たれる殺気と血の臭いを鋭敏に感じ取っていた。
「――それは、僕の口からは」
「ふむ、まぁよいだろう、暫くは松田五郎の監視を続けるとよい
ただし、何か問題があれば直にこちらへ報告を入れるのを怠るでないぞ」
「はい、では失礼します……おい、小金井行くぞ」
二人は学長室から姿をみせると歩み寄る一人の少女の姿があった、小金井が顔を上げるとその少女、
竹井芳乃は心配そうな表情を浮かべ小金井の顔を覗き込む。
「小金井君、何かあったんですか?」
「竹井先輩? いえ何でもありません、松田さんのことに関しては
僕の方から学園長に伝えておきましたので、すぐに行方はわかるかと……」
「いえ、松田さんのことはもう……それより長岡さんと牧田さんを誘って
御一緒にどこかへ遊びにいきませんか?」
「は、はぁ?」
芳乃は和やかな表情で小金井に微笑みかけると、手元に持っていたお弁当箱を
ついと小金井に差し出し頬を赤らめながら言葉を続けた。
「あと、それと! よければお弁当御一緒にいかがですか、
朝から少し作りすぎてしまって、二人分作ってきてあるんです」
「すいません、これから少し用があるもので
でもせっかくですから、お弁当は頂いていきますね」
「は、はい!」
芳乃の表情がひときわ輝くように笑顔を見せると、小金井は弁当を片手に持ち、
一人道場へと向かう、その思考は弁当を貰ったことなどついぞ忘れ、ある一つの思考のみに囚われていた。
誰も『彼』のことを気にかけようとはしない、誰も『彼』のことを省みない。
小刻みに手が震え、小金井は心に沸き起こる不安感を抑えるように顔に手を当てた。
山奥の離れも昼を向かえ、表で将之が義明に対し技を教授している横で
蝶を追いかける凛を横目に見ながら志鶴が共に遊んでいる、その時不意に太陽に曇が差し込み、
辺りにはポツポツと小雨が降り始めると、三人は家の中へと避難し、空を見上げる。
「振ってきちゃいましたね、雨」
「あい」
「急に降り始めて松田君、大丈夫スかね?」
「今頃は駅についているだろう、心配は要らないよ」
薄暗い暗闇の中で一筋のライトだけが周囲を照らし出している、人工的に作られたと思しき洞窟の中を
五郎は一人歩み続け、空洞部分に差し掛かり、ライトで手元のファイル『a-33』を照らす。
「ファイルによればここで合ってる筈なんだが」
資料を確認しながら耳鳴りを抑えるように五郎は耳を押さえ、その場に立ち尽くしていると、
次第に耳鳴りの振れる音が高まり頭をもたげる、次に顔を上げた瞬間、五郎は周囲に起きた変異に戸惑った。
先ほどまで何もなかったはずの岩壁に黒い血の塊のようなものがボロボロとわきでるように剥がれ落ち、
周囲には人の油を焼いたかのような不快な臭気が立ち込めている。
「――あなたはだぁれ?」
「?」
五郎が声をした方を振り向くと、いつからそこに居たのか、少女はその場に佇んでいた
銃を抜くと少女へと銃口を向ける、その少女の姿は、今まで見たどれよりも異質な存在であった。
落ち窪んだ目にくすんだように輝きを失った眼球、灰色がかった肌に青紫の血管が浮き出ており。
少女が動くたびにボロボロと何かが崩れ落ちる音が洞窟内に響いた。
「松田五郎、君は?」
「わたし、わたし、わたし」
「で……わたしさん、いくつか質問があるけど良いかな?」
「わたしもころすの?」
少女の問いかけに五郎は若干動揺を見せると銃を降ろし顔を横に振った、
それを見た少女は頭を捻り、いぶかしそうに五郎と目を見合わせると手を伸ばす。
五郎はそれがどういう類のものであるのかを察知したのか、ただ彼女の問いかけに答え続けた。
「あかいのはきれい、すき」
「――あぁ」
「ちはあたたかい」
「――あぁ」
「ころすのがすき」
「――そうだ」
「わたしもころすの?」
「――殺すよ」
「おとうさんとおかあさんみたいに?」
五郎は一度下げた銃を上げ、彼女の頭に近づけると二回引き金を引いた、
その瞬間、耳鳴りと洞窟内の銃声は消え、少女はその場で地面に倒れ込むと動かなくなる。
五郎はその場でたまらず噴き出し笑い出すと、うつ伏せに倒れこんだ少女を足で蹴り、仰向けに返し、その顔をよく眺めた。
「よくよく見れば知った顔だったな」
続けて引き金を引き、彼女の胴へと三発の銃弾を撃ち込む。
「これが俗界の妖の一つ……」
「わたし、わた……し」
「相手の望む姿を真似、相手の望む言葉をかけ、媚びへつらうしか能が無いのか?
竹井が彼女のことを知っていて、竹井が望む姿として投影してもおかしくはない……か、
カラクリが解ければどうということはないな」
銃口を再び彼女の顔へと移し、五郎は思い出に別れを告げる。
「――さようなら、姉さん」
最後に撃ち込んだ鉛の一撃が血を撒き散らすと五郎の体を返り血で染めた。
次第に夜が更け、高杜駅の最終電車が駅の構内から姿を消すと、正面口から五郎が姿を現す、
小雨の止まぬ空の中を無視するようにその場から歩き出すと、目の前に現れた男に行く手を遮られる。
「小金井?」
「松田さん、少しいいですか」
小金井は松田に持っていた傘の1本を差し出すと、二人で肩を並べ高杜学園へと歩き出す。
終始、両者無言のまま雨の降り止まぬ学園の運動場の中央で睨み合う形になると小金井が先に口を開いた。
「ここなら、誰も邪魔は入らないでしょう」
「そう言われてもな、あの銃はもう捨ててしまったんで、丸腰だよ」
「生憎、妖の気配は隠しても、隠し切れませんよ」
小金井が傘を投げ捨て刀を担ぐと、五郎も傘をその場に置き口元に薄く笑いを浮かべる。
「最後に残ったのは君だけか……そういえば話したっけ、小金井君?
俺には腹違いの姉がいてね、意外と姉弟で仲がよかったんだよ」
「何の話です?」
「ここから先は最近になって知った話だが、この姉がまた引っ込み思案でね、
親から虐待を受けても、何も言えないほど気が弱かったのさ、怪我をする度に入院と退院を繰り返してたのさ、笑えるだろう?」
「……」
「そんなある日、親の行き過ぎた暴力が元で、結局は死んでしまった、
警察はろくに調べもせずに自殺ってことにしてそれでおしまい、お役所仕事なんてものは、えてしてそんなもんだろうがね。
葬式には誰も来なかったらしいよ、焼いて灰にして骨壷に入れて終わりさ、誰も姉の死を気にかけちゃいなかったんだ――この俺ですらもな」
五郎の体から湯気が立ち昇り、雨粒を弾き始めると、小金井は刀を峰から刃へと手元を返し、
正眼に構えると、ゆっくりと構えを崩し八相へと変化させる。
「君はそんなことが許せるか?」
「……いいえ」
「許すも許さないも知ればこその話、今となっては姉も親ももういない――
何より許せないのはそんなことすら知らなかった俺自身、『無知は無罪にあらず有罪である』とはよく言ったもんだな」
「復讐ですか?」
「結構役に立ったよ――あの銃」
小金井の放つ大上段の一撃を横から腕で振り払うように五郎が捌くと、開いた脇腹に回し蹴りが綺麗に入り、
横転しながら、小金井の体が泥水の上を跳ねる。空いた腕を軸に身を翻し五郎の追撃を避けると
すれ違いざまに腹部を斬りつける……が、鈍い手応えに違和感を感じ、小金井は五郎の体を注視した。
「松田さん、まさかッ!?」
「なかなかいける味だったよ、斬れた服も直ってくれりゃ助かるんだがな」
煙を噴き上げながら五郎の体の傷がみるみる内に塞がっていくと、手元を合わせ素早く九字を切る。
「ついでと言っちゃあなんだが、こんなことも覚えた」
(術まで操るのか!?)
「五行相剋――」
五郎が印を切ると中空にセーマン(五芒星)が浮かび上がり、渦を巻きながら中央へと収束していく。
『虚空』
その刹那、五芒星の中央から五郎が放った白糸のように細い光条が小金井の腹部を貫通すると、
そのまま後方のコンクリートの壁をも穿ち、1cmほどの小さな穴を開けた。
「がぁッ……!?」
「さっき山でも試しに使ってみたが、中々の貫通力だろう?
範囲が狭いのが難点だが――」
「やはり……あなたは危険だッ!」
地面を滑り込むように逆袈裟に刀を振るい小金井が突進すると、五郎は攻撃とは逆方向へと身を捻り攻撃を避ける。
小金井は瞬時に手元を返し、斬りかかる腕を止め間合いを伸ばすと、飛び退く五郎に対し、突きへと技を変化させる。
鈍い音を立てて五郎の体に刃先が食い込み、五郎は小金井を力づくで跳ね飛ばしその場で膝をつく。
「ッ!……痛みはどうにもならんかッ、クソッ!!」
「ははッ、松田さんから、そんな言葉聞くなんて意外ですね」
(一旦間合いを離して『虚空』でしとめる……
さっきは上手い具合に急所を外したようだが今度は外さんッ!!)
(おそらくさっきの技で間合いを離し、攻撃してくる筈……
術が完了する前に叩くッ!!)
「五行相剋――」
再び五郎が九字を切ると五芒星が浮かび上がり収束するのを待たずして、小金井が間合いを詰める。
(駄目だ、間に合わないッ!? こんな状況でここまで正確に九字を切るとは……)
勝利を確信した五郎が照準を小金井の胸元へと合わせ、口元に笑みを浮かべる。
その時、雨音が消え、どこからともなく悲しげなピアノの旋律が五郎の耳元へ届くと――
五郎は姉の笑顔を不意に思い出し、その場で繋ぐ動きを止めた。
小金井の放つ剣閃が五郎の体を切り裂き、五郎はその場にぐらりと崩れ落ちる。
両者はその場で力尽き地面に臥せると、意識は闇の中へと消えていった。
―― 一ヵ月後 ――
深夜の
高見山 表参道登り口付近、学園の裏手から体を引きずるように一人の男が姿を現す。
青白い皮膚の皮一枚を隔て、何かが這い回るようにうぞうぞと蠢いている。恐怖に怯えた目をいっそう見開きながらも
高見山の結界内へと侵入し足を踏み出す。がくがくと体を揺らし、皮膚下の異物がのたうつように暴れまわる。
「――ガッ……ゲ……」
一歩また一歩と足を踏み出す男の前に幾人かの人影が立ちはだかる、
男は細かく痙攣し、眼球が蠕動運動を繰り返すと、口から松の枝のようにささくれだった黒い足がぬらりと飛び出した。
「大蜘蛛ね、どうするの義明?」
「そりゃ退治するっきゃねぇスよ……はぁ、こんな時に師匠がいてくれたら」
「僕が先行しますので、藤木さんは後方、田亀さんは彼女のサポートをお願いします」
巨大な蜘蛛が寄生した繭の内部から這い出すと、先陣を切る少年が刀を翻し、
蜘蛛の脚をすれ違いざまに1本斬り飛ばす、小金井が冷酷な殺意を持った両の眼で、大蜘蛛の目を見据えると、
本能的に危険を察知したのか、他の二人を相手取るように大蜘蛛が突進していく。
「逃げる気か?」
「志鶴さん、ち、ちょっと急いでッ!?」
「うっさいわね、印組むのって案外難しいのよ!!」
「――五行相生」
志鶴の周囲の燐粉が次第に燕の形へと型を成し『式神・三十六禽』の一つへと姿を変える、
風を切り裂くように大蜘蛛の顔へと燕が体当たりを加えると、怯んだ隙を見逃さず義明が飛び蹴りで追い討ちをかける。
バランスを崩し山道から滑落する大蜘蛛を見て気の緩んだ、義明の体に蜘蛛の糸が絡むと、
近くの岩肌へと叩きつけられた。
「義明ッ……大丈夫!?」
「今のは結構効いたぁ」
「あ、あんたって本当、馬鹿みたいに丈夫よね」
小金井が山の斜面を滑走しながら繰り出される脚を避け、必殺の間合いをはかる。
「あと二寸先、一寸半――ここだッ!!」
「キォァァッ!!」
小金井の振るう八相の大上段が大蜘蛛の頭部を寸分の互いもなく捉えると、厚い皮を水飴の如く真一文字に切り裂いた。
大蜘蛛は悲鳴を上げ、かたかたと脚を揺らしその場に胴体を沈めると、体を持ち上げながら不意をついた最後の一撃を、
怯んだ小金井に向かい振り下ろす。
(まだ動くのかッ?)
小金井が不意を突かれ体勢を崩した刹那、一条の光が大蜘蛛の胴体を貫通すると、巨大な蜘蛛の体を軽々と吹き飛ばす。
(今のは――『虚空』)
「おーい小金井、無事かぁ?」
「流石は小金井君ね、これってボーナス級の大手柄よ!
凛に何買ってあげようかしら」
二人が小金井に走りよる中、数百m離れた丘の上から見下ろすように二つの人影が佇んでいた、一人の少女が双眼鏡を覗き込み、
大蜘蛛が息絶え動かなくなったのを確認すると、男の方を振り返る。
「どう、当たったかな?」
「うん」
「それじゃあ長居は無用だな、いくぞ山姫」
男は煙草の煙をくゆらせ、木の枝にかけてあった上着を肩にかけると、背を向けて歩き出す。
山姫と呼ばれた洞窟の少女は男の後を追うように小走りで駆けると、男に素朴な疑問を投げかけた。
「なんでたすけるの?」
「――友達いないんだよね、俺」
男は自嘲するように山姫に笑いかけると、山頂を照らし出す月明かりから逃げ出すように再び闇に紛れ姿を消した。
19 :普通の日常:2008/09/26(金) 18:56:09 ID:l62AVi1X
人物設定追加です
小金井守
高杜学園一年 身長163㎝ 体重52㎏ 剣道部
性格は実直 非常に大人しく奥手な性格 時折残忍で無情な面も垣間見せる
愛刀は 打刀二尺三寸 「興亞一心刀」
藤木志鶴
高杜学園三年 身長170㎝ 体重46㎏ 軽音楽部
性格は傲慢 高飛車な性格で現在男性不信中 凛を実の娘のように可愛がる
正法院将之の師事のもと陰陽道を学び始めた
田亀義明
高杜学園二年 身長177㎝ 体重76㎏ 帰宅部
性格は熱血 努力と筋肉があれば物事どうにかなると思っている 志鶴の専属パシリ
正法院将之の師事のもと陰陽道を学ぶ 眉毛が太い
正法院将之
高杜学園OB 身長174㎝ 体重61㎏
性格は仁慈 郊外の山林に住居を構え 退魔師として活動している 近視
「陰陽五行論考」 著者・正法院将之 はるか書房より出版中
最終更新:2008年10月04日 21:27