220 :ThankYou! ◆NN1orQGDus :2008/10/17(金) 21:49:04 ID:YlT+kC+B

“やんきーもえ”

「ああ!? オメーなにガンとばしてんよ?」
「やんのかゴラァ!?」
 ラノベの新刊チェックを終えて萬代書店のドアをくぐった所で人相と頭の悪い二人組に絡まれた。
「い、いえ……そんな事はないんですけど……」
 弁明しようにも小市民な俺はモゴモゴとした煮え切らない返事しかできない。
 兎に角両手を上げて敵意がない事をアピールする。
「あぁ!? 聞こえねーなぁ “ボクゥ” !?」
「言いてー事があんならでっけー声で言わんかい!!」
 二人組は俺を威嚇しながら値踏みするように睨んでくる。
 正直チビりそうだ。
 怖すぎて声が出ない。金魚みたいに口をパクパクさせるのが精一杯だ。
「ンだゴラァッッ!! 死なすぞ、あぁ!?」
 ――ベギィッッッッ!!

 視界が真っ赤に染まる。涙が溢れてくる。どうやら顔面――鼻を殴られたみたいだ。
 その暴力的な痛みに耐えきれずにしゃがみ込む。

 ――ドグシャアッッッッ!!

 耳鳴りがする。と言うよりも、耳の感覚がない。側頭部を蹴られたみたいだ。
 たまらずに背を向け頭を抱え込んで丸くなる。
 そこからはよく判らない。ただ、背中が痛い。
 殴られているのか蹴られているのか。
 それとも両方なのか。
 圧倒的な暴力の渦が俺を包み込んでいる。

「――やめて! あなた達、そんな事して恥ずかしくないの?」

 聞き覚えのある声がした。まだ幼さの残る声。震えてはいるけれど、凛とした意思の強い声。
 見上げると――理恵ちゃんが立っていた。
「へ~ぇ、お嬢ちゃんがこのニーちゃんの代わりに遊んでくれんのか?」
「ボクたち乱暴だからお嬢ちゃん――壊しちまうせェ?」
 理恵ちゃんは泣きそうだけど、勇気振り絞っている。
 俺はどうだろうか。
 ――勇気を振り絞ってない。逃げてるだけの臆病者だ。
「ヤメロぉッッ!! その娘には……その娘には手を出すんじゃないッッッッ!!」
 朦朧とした意識でふらつく身体を無理矢理立ち上がらせる。
「カッコなぁ、ニーちゃん。でもなぁ、オメー “死んだ” ぜ?」
「コッパがイキがってどーすンよ?」
 二人組に俺はサンドバッグみたいに殴られる。
 だけど、倒れる事はできない。守らなければならない大事な物がある。
「ドブルウォゥッ!!」
 口の中は血の味で一杯だ。赤い視界が霞んできた。もうダメかも知れない。
 ――それでも、俺には、守りたいものが、ある。

 コメカミに力強い一撃が入り、意識が手ですくった砂の様にこぼれ落ちていく。
 二三歩後ずさって、倒れそうになった時――誰かに支えられた。

「 “!?” 」

 二人組の表情が凍りついている。
「――お兄ちゃんっ!」
 理恵ちゃんの嬉しそうな声が聞こえる。
「テメーらぁ……俺の弟になにしてんだ…… “ああ” !?」
 視界の端に映るのは――理恵ちゃんのお兄さんの菱戸健作さんだ。
「い、いえ……別に……」
「あ、遊んでただけっすよ」
 二人組の顔は恐怖で歪んでいる。
「テメーらのツラ……覚えたからよぅ……イクとこまでトコトンやンぞ!?」

 ヒィッッッッと奇声を上げて二人組は逃げていく。健作さんはチッと舌打ちをしてその後ろ姿を睨んでいる。
「け、健作さん……すみません……ありがとうございました」
 力が抜けた俺は経たり込む。
「お兄ちゃんっ!?」
 理恵ちゃんが泣きながら俺に抱きついてきた。
「すまねーなぁ、丁。あいつらには“ケジメ”つけさせるからよ……これで勘弁してくれや」
 健作さんは詫びを入れる様に深々と頭を下げてきた。
「“南工”のもんはよぅ……あんなクズみてな奴だけじゃねーんだ。
分数の足し算……いや、九九もできねーバカばっかしだけどよ……
男として“格好わりーこと”は許せねー奴もいるんだ。……それだきゃー覚えといてくれ……」
「は、はい!」
 俺は素直に頷く。健作さんはちょっと乱暴だけど昔から筋の曲がった事が嫌いだということを知っている。
 健作さんがそう言うならそうなんだろう。
「――立てるか?」
 ハイ、と答えて立ち上がろうとするけど、身体に力が入らない。
 健作さんはそんな俺に文句を言わずに背負ってくれた。
 着ていたシャツが鼻血で汚れたけど、何一つ文句を言わずに、俺を背負って歩き出した。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「ああ、大丈夫さ」
「ホント?」
「理恵、“男”が大丈夫って言ってンだ。心配すンじゃねぇ」

 そう言えば、一つ気になる事がある。何故健作さんは俺の事を“弟”と言ったんだろうか。

「しかしよぅ、やっぱしオマエ……根性あるじゃねーか。理恵が選んだだきゃーあるな」

 ――はい?

「そうだよ。お兄ちゃんは理恵を守ってくれたんだよね?――やっぱり理恵のこと……きゃッ(はぁと)」

「丁よぅ……理恵だきゃー“泣かす”なよ!?」
 小さな声で続けたれた「“泣かし”たら“殺す”ゾ!?」という言葉に俺はガクガクと頷く事しかできない。

 ――俺の人生俺には選択肢なしですか?






【キャラ紹介】

菱戸健作【ひしど・けんさく】
理恵の兄。南工の三年で顔役の一人で妹想いの良いお兄さん。






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最終更新:2008年10月28日 22:19