102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:42:52 ID:3EA6ZctZ
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行き当たりばったりに入った美容院『コーラル』には、先客が一人いるだけだった。
ぎょっとする位、背の高い、高校生位の綺麗な人。
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ちょっと格好いい、これまた一人だけの美容師さんが、希望のヘアスタイルを尋ねている。
「ショートに。」
お姉さんはキッパリと答えた。
私は自分が、どうカットしてもらうか、全然考えないでこの店に入ったのに、いまさら気付いた。
小学校最後の夏休みは今日でおわる。
棘のような後悔を捨てたくて、髪を切ろうと決めた。明日、将也と会った時、話すきっかけ位にはなるだろう。
あの日まで、私たちは、なんの屈託もなく、長い休みを満喫していた。
リョウやミサ、それに将也と一緒に宿題をして、昼からプールに行き、帰りは『ダイセー高杜店』のフードコートでアイスを食べる。ずっとそうしてきた夏休みの日々。
夏祭りもやっぱりこの四人で、花火を見上げると、あの時は思っていた。
リョウが帰省し、ミサが夏風邪で寝こんだあの日、私は宿題を将也の家に持ち込んで、結局二人で午前中はゲームをしてごろごろ過ごした。
『昼からプール、行くだろ?』
最近急に低くなった声で将也が尋ねた。
『うん、水着取って来る。』
私は答えて、耳をつんざく蝉の声の中、家に戻って物干しからスクール水着と着替えをひったくり、将也と一緒にプールに行った。
四人だと、くたくたになるまで大騒ぎするのに、その日、将也と私はなぜか黙々と、行儀よくクロールで、プールを往復し続けて、将也の家に帰った。
リョウとミサのいない所で、将也とゆっくり話したい。六年生になってから、ふと、そう思うことがよくあるのに、二人は別に話もせず、夕方まで向かい合って宿題をして、バイバイした。
水着を将也の家に忘れたことに気付いたのは、家に着いてすぐだった。
なぜかすごく恥ずかしくてオロオロした挙げ句、私は将也に電話した。
『あ!! 将也? 私、水着忘れてたでしょ!?』
『…あ、ああ…』
『絶対触わんないでよ!! 触ったら許さない!!』
『すぐ行くから!! もし触ったら…』
突然将也の怒号が響いた。
『…触んねぇって言ってるだろーが!!』
電話は切れていた。
私は、将也を怒らせた事に悄然として、トボトボと水着を取りに行った。
誰にでも優しい将也。また同じクラスになれた桜舞う春、私の事を『少し好きかも』と言ってくれた将也。
浴衣を作るとき、私は確かに、将也と歩いている自分を想像して紺色に決めたと思う。
謝る言葉も思いつかぬまま、彼の家の玄関をくぐり小さな声を掛けたが、返事はなく、覗き込むと、ポツリと三和土の真ん中に、私の水着袋が置かれてあった。
そっと手に取り、逃げるように家に帰った。
やがてリョウとミサも戻ってきて、いつもの夏休みが戻ってきたけど、私と将也はあまり目を合わさなくなっていた。
そして夏祭りの日、結局現れなかった将也。
仲良く花火を見上げるリョウとミサから、少し離れて私は花火を見た。
花火も、賑やかな屋台の明かりも、すべて滲んで見えたあの暑い夜。
小学校最後の夏休みを、私は将也を大好きな自分に気付いて終えた。
「ありがと!!」
長い髪をさっぱりと切り捨てたお姉さんの声に、私は我に返る。
別人のような颯爽としたその姿に私は少し元気を貰った気がした。
美容師さんが私を振り返て尋ねる。
「…今日は、どうします?」
帰ってゆくお姉さんの後ろ姿を見送りながら、大きな声で答えた。
「私も、ショートに。」
明日は将也に笑顔で会える、と思った。
END
最終更新:2008年09月12日 02:34