BACK INDEX NEXT


173 :ストレイシープ 1/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/05(金) 01:49:53 ID:3bb4X6N3



電車から降りた私は、改札口を抜け駅の外へと出た。
8月も終わろうとしてはいるが、まだ暑い。
幸いここは屋根つきだから日陰の場所には困らない。
適当な場所へ腰を落ちつけ、私は少し休む事にした。
椅子に腰掛け一息つくと、鞄から地図を取り出し内容を確認する。
地図によれば、叔父の経営している店は駅から近い。
再度場所を反芻し、私は手荷物を抱えて立ち上がった。
街路を進んでいくと、店の看板が目に入った。

《美容院コーラル》 @

あった。
その先の角を左だ。
私は角を曲り、辺りを見回しながら先を急いだ。。
そのまましばらく歩くと、目的の場所へとたどりつく。

《   術美古之漢   》
《   人大態変    》

木製の看板に太墨でそう書いてある。
間違いない、ここだ。
こんな怪しい店が二つとあってはならない。
私はここに来るまでの事を回想した。

―――父親はいつもと変わらない態度で、私に問いかけてきた。
「……ゆり子、いくつになった?」
気だるそうな声で、目の前の本から視線を逸らさずに、話しかけてくる。
知っている癖に、という態度を露に私は答えた。
「160、を過ぎました」
「……ふむ。ではそろそろだな」
「何がですか?」
私の問いに、父親は本を閉じ私の方に向きなおる。
傍らに本を退け、眼鏡を拭きながら話を続けた。
「……高杜に叔父さんがいるのは知ってるね」
「ええ、何度か遊びに行った事がありますから」
「……お前も年頃だ。そろそろ『贄』を連れて来ても悪くはあるまい」
父親の発言に、私は眉をひそめる。
「ニエ、……ですか?」
「ああ」
「お母様ならともかく、まさかお父様が仰られるとは思いませんでした」
はは、と父親は自嘲する。
「まあ出来る事なら避けて欲しいがね、慣習なら仕方があるまい。
可愛い子には旅をさせろという言葉もある」
クスリ、と私は笑った。
「子離れ出来ない?」
「馬鹿を言うな」
憮然とした顔で親の威厳を取り戻そうとする。
懐から一枚の紙を取り出し、私に差し出す。
中には簡単な地図と、連絡先が書かれてあった。
「これは?」
高杜学園と、叔父さんの家の地図だ。そこで贄を捜してきて貰う。
編入の手続きはもう済ましてある」
「ずいぶんと手回しがいいんですね」
「すまんな」
丁寧に紙を折りたたみ仕舞うと、私は尋ねた。
「いつから?」
「九月から編入だ。八月末に叔父さんの家に行くといい」
「わかりました」
「駄目だったら、遠慮なく戻って来い」
「ご期待にそえるよう、努力します」

それから手身近に支度をすませ、私は電車へと乗り込んだのだった。
正直言って、親元を離れるのは初めてだった。
不安がないと言えば嘘になる。
私はうつり変わる車窓の景色を眺めながら呟いた。
「でも、何とかなる、わ―――」

そして高杜駅へと電車に揺られ、叔父の家へと来たのだった。
高杜に住んでいる事は知ってはいたが、自宅兼店舗とは知らなかった。
もっとも名前を知った時は、知らなかった方が良かったとは思ったが。
ノブを捻って店へ入ると、中は薄暗かった。
明かりをケチるようになると、その店の経営は宜しくないと聞くが、
叔父の店はどうなのだろうか。
「こんにちは、叔父様います? 本家から来たゆり子です」
とりあえず、奥にむかって声をかけてみる。
しばらくすると何か動く音がして、それからこちらに来る人影が見えた。
くたびれた着物に、無精髭の顔。
休みの日ならともかく、ここは仮にも店舗だ。
客を応対する格好には見えなかった。
その人物は、私をじろじろと眺めるとしばし考え、大きな声で叫んだ。
「おお、ゆり子ちゃんじゃないか!姉さんは元気かい?」
「ええ、息災です」
間違いない。
認めたくはないが、これが私の叔父、誠司叔父様だ。
名は体をあらわすというが、ちっとも誠実そうには見えない。
内心そんな事を色々考えている私に、叔父がベラベラと喋る。
「話は義兄さんから聞いてるよ、学園で贄を探すんだって?
あそこは人がいっぱいだから、きっと見つかるよ多分。
どうだい、何ならオジサンが練習につき合ってあげるけど―――」
「私が借りる部屋の案内をお願いします」
まくし立てている話を遮り、私は奥へ進んだ。
ああそう、と叔父が後につづく。
どうやら間借りする部屋は二階にあるらしかった。
叔父の言葉に案内され、私はそこにむかう。
扉をあけると、畳と障子が私をむかえた。
「本家じゃ畳だろ? だから畳の部屋がくつろぐかな、と思って」
おそらく物置になってたであろう部屋の中は綺麗に片付けられていた。
窓の桟にも、埃は見られない。
だらしそうな顔をしてはいるが、客人を迎え入れる礼儀は持っていたようだ。
私は少しだけ叔父を見直した。
部屋の角に荷物を置き、中から封筒を取り出す。
「叔父様、これを。お母様が費用の足しにでも、と言ってました」
「姉さんが? 別にいいのになぁ」
叔父は封筒を受け取ると無造作にそれをしまい込んだ。
「ところで、これからどうする? ここら辺の事なら案内できるけど?」
「ええ、今日はこのまま休みます。旅の疲れもありますし。
明日には学園に出向こうかと」
「ああ、そう。僕は下にいるから、何かあったら呼びなよ」
それじゃ、と叔父は下へと降りていった。
私は、はしたなく伸びをし横になる。
窓の外では、どこからか蝉の鳴き声が聞こえる。
夏が終わると、新しい生活を営むわけだが、上手くやっていけるのだろうか。
私は目を閉じて呟いた。
「何とかなる、わ」



―――続く


BACK INDEX NEXT


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月09日 13:43