287 :ストレイシープ 1/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/08(月) 23:03:52 ID:f97VNbnP

「ゆり子、贄は誰でも良いという訳ではありません」
静かな和室に、母親の声が凛と響く。
私は正座でかしこまり、その言葉を受け止めていた。
「贄に必要とされるのは、肉体の強さなどではなく、精神面。外面の良さなどは些細な事です。
大切なのは、内面。わかりますね?」
「はい、お母様」
よろしい、と母親はうなずく。
「お前がこれから行く学園には、様々な人間がいます。候補もそれなりに見つかるでしょう。
ですが―――」
話を切り、まっすぐと指を一本立てる。
「一人で良いのです、まずは一人、卒業までに贄を選びここに連れて来なさい。
それすら出来ないのならば、帰ってこなくてよろしい」
それはつまり、それくらいも出来ないようならば勘当、という事なのだろう。
私は静かにその言葉を受け止め、うなずいた。
「はい、お母様」

頬にあたる日差しを感じながら私は目を覚ました。
どうやら夢をみていたらしい。
身体を起こすと、いつもの私の部屋ではないことに気づく。
……ああ、そうか。
私は高杜学園編入のために、叔父の家に間借りしているんだった。
鞄の中にある懐中時計を確認すると、時刻は七時をさそうとしていた。
階段を降りると、叔父が朝食の支度をしていた。
足音で私が起きてきたのに気づいた叔父が、私に振り向く。
「やあおはよう、もうすぐご飯できるからね」
「ありがとうございます。風呂場お借りしますね」
一礼して私は風呂場へとむかった。
寝巻きを解き、中に入って栓をひねる。
本当は風呂に入りたいのだが、居候の身ではそうもいかない。
シャワーというのは非常に便利だ。文明の機器にはおそれいる。
ぬるいというより、冷たい水を浴びながら、私は顔を洗う。
身体が目をさましていくのを感じ、私は風呂場を出た。
濡れた身体をふき、洗面器に垂らした椿油を髪に馴染ませる。
窓から入ってくる残暑の風を全身で感じながら、私は丁寧に髪を櫛で梳かした。
人からほめられた事もある自慢の黒髪だ。手入れは欠かした事は無い。
髪を一旦首の後ろで結び、長髪を腰までたらす。
鏡で調子を確かめて満足すると、私は台所へむかった。

台所では叔父がすでに一人で食事を取っていた。
あらかた平らげた叔父は、すでにカップに口をつけ一服している。
私は遅れた事を謝りながら椅子に座った。
食卓にはハムエッグとトースト、……そしてコーヒーがならんでいる。
「叔父様?」
「なんだい?」
「叔父様は、いつも朝食はトーストと……コーヒーなのですか?」
「ああごめんね、ご飯が良かったかい?でもこっちのが方がすぐ支度できるんでね」
新聞を読みながら叔父はのほほんと答えた。
ご飯やトースト、そういう類は気にしてはいない。……問題は、コーヒーだ。
何故にこういった物を人は飲みたがるのだろうか? 苦くってとても飲めた物ではない。
砂糖をいれればいいと言うかもしれないが、後から入れるなら最初から入れておけばいい、
そう思えて仕方がない。クリープを入れてかき混ぜた後などは、まるで子供が好き勝手に
絵具を混ぜたかのような稚拙さだ。
おなじ飲み物なら御茶があるというのに、なぜに泥水を選ぶのか理解に苦しむ。
ともあれ、居候の身だ。とやかくはいえない。
私は目の前の食事に手をつける。
本家跡継ぎたるとも、居候の身で食事を残す事は恥である。
全てをいただき、私は黙ってコーヒーを飲み干した。
叔父に聞こえない様にちいさく呟く。
「……やはり不味い」

朝食をすませた私は、駅から出ている「高見山」行きのバスへ乗り込んだ。
二学期が始まるまでに学園へ行かなければならない。
書類上の手続きはもう済んではいるが、やはり一度赴いた方がいいだろう。
私はバスに揺られながら道中の景色をぼんやりと眺めた。
この街は緑が多い。
田舎暮らしの私でも理解できるぐらいに、不必要に植林されている。
所々にある木洩れ日が、私の住んでいた所を思いださせていた。
ぼんやりと考え事をしていると、次々とバスに人が乗り込んでくる。
おそらく部活かなにかだろう、私と同じ制服を着た生徒が中に入ってきた。
ちらりと私の顔を一瞥するが、顔見知りではない事を知るとすぐに座席へと座る。
そして、知った顔が乗り込んでくると手を上げて迎え入れる。
まったく、私もいつかは同類となるのだろうか。
贄を確保すれば学園に用は無い。
できるだけ目立たないように心がけよう。
「次は高杜学園前」
バスに案内の声が聞こえると、誰かがベルを押した。

学園の前についた私はその大きさにまず驚いた。
小学から大学までとは聞いてはいたが、これほどまでとは。
門を抜けると大通りがあり、左右に校舎が建ち、さらに奥にも施設や木々が立ち並んでいる。
その整理された区画は、まるでいにしえの平安京のようだ。
いや、都会ではこれが普通なのかもしれない。
しかし、このままではどこにいけば良いのかわかりはしない。
とりあえず私は、門前の守衛に道を尋ねることにした。
学園長がいる棟の場所を確かめ、私はそこにむかった。
これから通う学び舎だ。挨拶はするべきだろう。
むかった先で事務員に用件を伝え、私は後についていった。

案内された先の扉を事務員がノックして開けた。
一礼して私も続き中へと入る。
簡素な一室の両脇に、本棚があるのが目に入った。
大きな窓の前に、年季の入った机が置いてある。
その机にこの場所の空気とは場違いな少女が、鎮座していた。
「高杜学園へようこそ、私がここの学園長です。これからここの生徒になられるようで、
よろしくお願いしますね」
少女は私の姿を見て微笑む。
…………学……園…長?
目の前の少女は、とてもそのようには見えなかった。
どうみても小学校高学年だ。長い髪を可愛らしいリボンで結んでいる。
そして、その身体には不釣合いのスーツを着込んでいる。
いったい、どこであつらえたというのだろう。
きっと本物の学園長は何か大事があって、目の前の少女は、娘かお孫さんなのに違いない。
私の心中を知ってか知らずか、少女は目の前の書類を目にする。
「土見 ゆり子さん、ね。通っていた学校が廃校になり転校、都会の学校を希望して
うちの学園を受験した。あらあら、大変ね」
「ええ、何しろ人がいない田舎でしたもので」
正しくは、人を寄せ付けない、だが。
「色々と環境が変わって大変だと思うけど、うちの生徒はいい子ばかりだから、すぐに
馴染めると思うわ」
「ええ、はやくここに馴染めるように頑張ります」

学園長からくる質問に模範的回答を返し、私は学長室を後にした。
これから通う高等棟の場所もわかった。
後は目立たぬよう焦らぬよう、じっくりと贄を探すだけだ。
外にでると日はすでに頭上高くあがっていた。
私は早々にバスに乗り込み、帰路につくことにした。

ゆり子が去った学長室。
その学長室で、学園長はアイスを食べていた。
部屋には他に、数人の男が立っていた。
学園長は手に持っていたスプーンを一人の男にさしむける。
スプーンの絵には兎のイラストがプリントしてあった。
その可愛らしさとは裏腹に、学園長から発する声は静かだった。
「赤井」
「はっ」
「編入生、土見 ゆり子を監視しなさい。彼女が我が学園に危害を加えないならば良し、
もし加えようと画策しているのなら―――」
「つまり、教育的指導の下にあんな事やこんな事をしてもまったくの合法。
そういうわけですね?」
学園長は答えず、無言で備え付けの電話機のダイヤルを数回プッシュする。
瞬間、赤井と呼ばれる男の足元の床が抜け、奈落へと落とされる。
学園長は顔色を変えず、スプーンを別の男へとむけた。
「高杜学園に下品な輩は必要無い、青田」
「はっ」
「編入生、土見 ゆり子を監視しなさい。彼女が我が学園に危害を加えないならば良し、
もし加えようと画策しているのなら―――」
「はっ! 事実を確認し、縛につかせます!」
「よろしい、何かあったら至急報告する事、ではさがりなさい」
男達は直立不動のまま敬礼し、片手を高々とあげる
「我等、学園長の為に!」
すでに興味を失ったのか、学園長は三個目のアイスへ手を伸ばした。
スプーンの手を動かしながら書類に目をむける。
土見 ゆり子。
学校や場所も、実在する物だ。
「私じゃないと見逃しちゃうわね」
だてに長生きはしていない。
彼女は何かを隠している。
長年つちかってきた経験が、齟齬をはっきりと感じさせた。
「この味は……嘘をついてる味だぜ、なんてね」
一口アイスを口に入れ、学園長は窓の外を眺めた。



―――続く





286 :ストレイシープ  ◆WtRerEDlHI :2008/09/08(月) 23:02:30 ID:f97VNbnP
登場人物の簡単な紹介

  • 土見 ゆり子(つちみ ゆりこ)
とある目的の為、高杜学園に編入してきた。高校二年生。
やや時代遅れの感あり。

  • 沼田 誠司(ぬまた せいじ)
ゆり子の叔父。高杜モールの中にある骨董品屋「変態大人」の店主。
少し間が抜けている。






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最終更新:2008年09月16日 14:56