204 :『プリズン』:2008/09/06(土) 17:47:24 ID:CW0rGtU8
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高杜市立第二小学校校則12-2
『児童はアクセサリーをつけて、登校してはならない。』
放課後、音楽室の掃除を終えた柚季は、目を丸くして絵莉の耳元を凝視した。
「わ… ピアス…」
「内緒だよ。だから学校じゃ髪上げられないの。」
絵莉は得意げに髪を下ろし耳元を隠す。
「駅前の『プリズン』で買ったんだ。穴はお姉ちゃんに開けてもらった。」
ティーンエイジャー向けの雑貨店『プリズン』は市内の小学生の間では、畏怖と憧憬の場所だ。
柚季も一度、早熟な友人達と訪れたことがあったが、地下の古着売り場から響く大音量のハードコアパンクに仰天し、早々に退散した覚えがある。
「…ほんとは彼氏がね、買ってくれたんだ。 きゃっ、言っちゃった。」
夏休みが終わって変貌を遂げた同級生は少なからず柚季のクラスにいたが、絵莉の大胆さに柚季は大きなため息をついた。
「柚季も開けてみたら?…ほら、将也といい感じなんでしょ?」
「そ、そんな事ないよっ!!」
新学期早々の事故もあり、将也はまだ短くなった柚季の髪型になんのコメントも発していない。
今日も彼氏と約束があるという絵莉が帰り、柚季が一人音楽室に佇んでいると、中庭の掃除を終えた未沙が音もなく現れた。
「帰ろう、柚季。」
落ち着いた声。
細い脚が、黒い二ーソックスのせいで余計ひょろ長く見える。
「あ、うん…」
市の南端に位置する新興住宅地『フラウ高杜』のなかにある二人の家はわりあい近い。二人は駆け抜ける下級生に追い越されながら、ゆっくりと家路につく。
「ピアス?」
訝しそうに未沙は切れ長な目を柚季に向ける。
「うん… 開けてみようかな…って。」
「最後まで真面目に通学帽被ってたあんたが?」
未沙はトンボを追いかける下級生達の黄色い通学帽を眺めながら言った。
「附属中もピアス禁止だよ? 面接でバレたら…」
柚季の友達は全員高杜高校附属中を志望していた。来年に迫った中学受験は彼らにとって人生初めての試練だ。
「…最初に通学帽、被ってこなくなったの、未沙だったよね…」
柚季がポツリと言う。
「黄色は似合わないから。」
はっきりとそう主張できる未沙に比べ、にこやかな童顔で体の小さい柚季は六年生になっても通学帽がよく似合ったのは事実だった。
「…創発市まで電車に乗って遊びに行くのも、私が一番遅かった。だから、勇気だして…」
「そういうのは勇気じゃないと思うけど…」
柚季の言葉を遮った未沙は、間をあけて続けた。
「…開けたげようか?
ピアスの穴。」
「え!!」
驚いて、柚季は未沙を見上げた。」
「お姉ちゃんの得体の知れない友達が、しょっちゅう家でやってたからね。家にアルコールあるからすぐにできるよ。」
柚季の心臓がバクバクと鳴る。どうしよう。いつも踏み出せない一歩…
「開ける!!」
柚季は決然と再び未沙を見上げた。
「…オッケー。じゃ、このまま私の家いこ。」
すたすたと歩き続ける未沙の後を、柚季は短い髪が耳朶を隠せるか、手をやって調べながらあわてて追ってゆく。
「でやああああ!!」
『フラウ高杜』の外れ、分譲中の看板の立つ空き地から、聞き覚えのある声が響いた。
二人が立ち止まると、乱れ舞うトンボの群れのなか、ダイセーのレジ袋を持った将也がトンボと同じく乱れ舞っていた。
汗だくで跳ねている将也の持った袋には、かなりの数のトンボが入っている。
「…なに、やってんの…」
柚季が怪訝そうに声をかけると、これまた汗だくの了が現れた。
「『四時までにトンボを百匹捕まえなければ伊丹書店のブサイクな方の店員に抱きつかなければならない大会』だ。お前らもやるか?」
「バカ!! 『五十匹』だろ!!」
ゼエゼエと将也が訂正する。
入学式で小さな四人が出逢って以来、将也と了の名誉を賭けた『大会』は、六年生になっても延々と続いていた。
「…行こ。」
柚季と未沙が立ち去ろうとすると、将也があわてて二人の前に立ちはだかった。
「待てまて!! 久しぶりに四人で、ダイセーへアイス食いに行かないか?」
女子二人を巻き込んで、今回の『大会』の勝敗をうやむやにしようとする将也の企みは明らかだ。
「テメー!! 前回の『セミ百匹とらなきゃ池田ん家のジョンに土下座する大会』の時も…」
騒ぎ続ける了と将也に、柚季がおずおずと、小さな声で尋ねた。
「…あの…ね、私、ピアス付けたら、似合わないかな…」
一瞬の静寂の後、将也の大声が分譲地に響いた。
「駄目だ駄目だ!! ピアスったら、その、耳輪だろ!! 絶対却下だ!!」
未沙がニヤニヤと言う。
「…あんた『耳輪』って… それに、なんであんたが反対すんの?」
将也の思わぬ態度に、柚季は戸惑いながらも口を開いた。
「…将也は、ピアスしてない私のほうが、…いいと思う?」
「当たり前だ!! そんな、小学生の癖に、イヤリングなんかしてる女は、その、全然駄目だ!!」
「イヤリング!!」
了と未沙が声を揃える。
「オメー、『イヤリング』はないだろ。 ま、ノートのこと、『帳面』だもんなぁ、将也は。」
「帳面は帳面だろうがぁ!!」
再び罵りあう二人を尻目に、未沙が柚季を振り返える。
「で、どうすんの?」
「…やっぱり、やめとく。ほんとは、普段どうやって隠すか、そればっかり考えてたし…痛いのも、怖い。」
「よおし、偉いぞ、くりくり頭!! 今日は口紅もつけてないしな。」
将也は上機嫌に微笑んだ。
柚季は驚きを笑顔で隠した。
新学期から毎日薄い色付きのリップをつけていたのだが、誰も気付かないので今朝から塗るのをやめていたのだ。
『…気付いてたんだ…』
柚季の頬が赤らむのに構わず、再び将也は了とのじゃれ合いに戻る。
彼らの『大会』はまだ当分、終わりそうになかった。
END
最終更新:2008年09月12日 02:37