247 :『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/07(日) 07:06:42 ID:nkTUiGEV

「どーだ すげぇだろ!!五百席を誇る自由席、脚も伸ばせるぞ!! 豪華リクライニング…」

チケットを求め並ぶ人の列のなか、将也は得意げに柚季達に『シネマ・パラダイム』の解説を続けた。

「…静かにしないと、迷惑だよ。」

後ろの柚季が注意する。しかし、将也が浮かれるのも無理もない、素晴らしく立派な映画館だった。
いままでは、私鉄駅前の狭い『トリオ座』か、電車賃を使って創発まで出なければ観ることができなかったロードショーが、配給会社を問わずいつでも観られるのは、近郊の住民にとってはまさに夢の大型シネコンだ。

そして、彼らのはしゃぎっぷりにはまだ幾つかの理由がある。

まず上映作、『リベット』。
少年誌に連載されている、将也達が夢中のスチームパンク活劇、待望の実写映画化作品だ

「ジョン・スミス役がアンドリュー・カーだろ!? それから、テツヤの役が…」

将也に負けじとまくし立てる了に、柚季と未沙が声を合わせて叫ぶ。

「J→Dの純クン!!」

ローティーンに絶大な人気のアイドルグループの一員だ。



これまで、四人で映画に来ることは常に口論の原因だった。
恋愛物は将也と了が退屈で騒ぎ出し、アクション物は柚季と未沙がそっぽを向く。初めて四人の嗜好が一致した作品。それが、この『リベット』だ。四人がはしゃぐのも無理はなかった。

「…でも私はパク・インスの悪役も楽しみ…」

人混みと、少年漫画が大嫌いな未沙までがそわそわと落ち付かず、忙しなく時計を見ている。

「…駐車券がありゃ、10%オフなんだが…」

ようやく順番が巡り、ぶつぶつ言いながら将也がチケットを買った。

「馬鹿。俺達徒歩だ。
ええと。ポップコーンはどこだ?」

了はせっかちにチケットを受け取ると、広く明るいロビーをキョロキョロ見渡して将也に尋ねる。
「…毛布なら借りられるぞ。 無料だ。」

「…テメー、またチラシか何か丸暗記して、知ったかぶりしてるだろ!!」

四人はあたふたとスナックを買い、上映開始のベルと共に、うきうきと柔らかいカーペットを踏んで分厚いドアをくぐった。



やがて上映時間が終わり、先刻の彼らのように目を輝かせて上映を待つ観客を間を縫って、将也たち四人は肩を落とし、すごすごと『シネマ・パラダイム』を後にした。

「…あれじゃ、ジョン・スミス、ただの運転手じゃねーか!!」
「オチも酷い。コミックの三巻じゃ、落とせねぇって…」
「パク・インス、不精髭似合わない…」
「純クン、大根…」

悲しげに高杜モールを歩く四人の最後尾で、振り返りつつしょんぼりと将也が呟いた。

「『どんな方でも、必ず楽しめる』筈なんだがなぁ…」




END






250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 07:11:30 ID:nkTUiGEV
投下終了。227GJです!!
今回から鳥つけます。
あと、これまでの作品タイトルは、適当すぎてアレなので、今後『杜を駆けて』(連作短篇集)に改題したいと思います。




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最終更新:2008年09月28日 18:11