259 :ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/07(日) 20:31:53 ID:KgZpq8q2

#4

 時計の針はまだ四時を過ぎたばかりであり、バス停にいる生徒はまばらだ。
 部活動に励む生徒、寄り道をする生徒は少なくない。
 蝉はまだ秋の終わりを告げずにいて、まだ高い太陽の光と一緒にアスファルトを溶かそうとしている。
 そんなバス停で、遠矢は苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
「由良、猫背になってる」
「ん、そうかな?」
 由良と付き合い始めてから遠矢には気になる事が出来た。
 凛とした真っ直ぐな姿勢だった由良の姿勢が悪くなっているのだ。
 姿勢が悪いのはみっともない、と由良が猫背になる度に背中を指でつつくのだが、なおる気配がない。
 校門からバス停までの僅かな道のりで三回。
 由良は意図的にやっているのかな、と遠矢は勘繰ってしまう。
 由良が意図的にやっているとすれば、自分の背が低いのが原因だという結論に辿り着いてしまう遠矢は、自然と気が重くなってしまうのだ。
 大きく嘆息して由良を見上げる。
 遠矢の身長は由良の肩程度。背伸びをしてもまだ由良の顔は遠い。でも、由良が猫背をすれば少しは距離が縮む。
 それは嬉しくもあるけど、やっぱり由良は背筋を伸ばしてツンとすましている方が由良らしい。
 遠矢はそんな由良が好きなのだ。
 それに、あまり気を使わせたくない。
 歩くスピードにしたってそうだ。コンパスが長い由良よりもどうしたって遠矢は遅くなる。
 なるべく速く歩いても、由良が合わせてくれているという事は遠矢にだって分かるのだ。
 身体は小さくても心だけはでっかく広く、と思ってきたが、今は自分の小ささが恨めしい。
 複雑な男心は遠矢を掴んで放さない。
「遠矢、悩み事でもあるの? 浮かない顔してる」
「え、別に……悩みなんてない」
 いくら口で誤魔化しても、察しの良い由良には自分の小さくて大きい悩み事はわかるだろう。
 そう考えると遠矢はますます小さくなっていった。
「……悩む事なんてないよ、遠矢」
 由良は遠矢の亊を見ずに言葉を繋ぐ。
「遠矢は遠矢で私は私。遠矢が届かないなら私が合わせる。私が届かないなら遠矢が合わせる。なんの問題もないよ」
 遠矢もまた、由良に視線を合わさずに言い返す。
「由良はそう言うけど、俺は猫背の由良なんて見たくない。それに、上から見られるのは良いけど、上から目線は嫌だ」
「……そっか、そうだよね」
 由良は遠矢の方に向き直ると、ポンっと遠矢の頭に手を乗せる。


「由良に届かなかったら背伸びだってなんだってする。だから、由良は由良のままでいてくれよ」
 遠矢は頭に乗せられた由良の手を引っ張って強引に由良の顔を近づけると頬に軽く唇を当てた。
 一瞬何をされたのか分からなかった由良は、何をされたのか気付くと手を振り払い凛とした姿勢に戻る。
「……このマセガキ」
「ふん、油断してる方が悪い」

 周囲の生徒は囃し立てようとするが、由良の冷たい視線の前に押し黙る。
「……噂になるよ」
「噂になっても良いじゃん。気にする事ないよ、だ」
 由良の口調を真似た遠矢の物言いに、由良は苦笑する。
「どうせだったら腕でも組む?」
「それじゃあ順番逆だろ」
「そうかな。遠矢は順番なんて気にする?」
「……ちょっとするかも」
「そこは、しないって言おうよ」

 他愛のない言い合いを止めるように、バスが到着した。
「乗ろうぜ」
 遠矢は由良よりも半歩前に出て、手を差し伸べる。由良は無言のままその手を握りしめた。
「遠矢、顔がちょっと赤いよ」
「……バカ」
 遠矢は火照る顔を由良に見せないようにエスコートしながら急いでバスへと乗り込んだ。

――To be continued on the next time.






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最終更新:2008年09月09日 22:28