320 :ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/09(火) 21:59:57 ID:ffCC2vz8
#5
「おい、安武。なんだその顔は」
昼休みの人の込み合う廊下で、出会い頭に挨拶も疎かにして通泰は吹き出した。
原因は安武の右目に出来ている立派なアザである。
「昨日ハナに迫ったら殴られた」
「まさかグーでか?」
「うんにゃ。パーだけど掌底」
その言葉がが安武の笑いのツボに入って止まらなくなる。
安武はクックックと喉を鳴らす通泰を睨み付けるが、笑い顔で黙殺される。
「流石は葉菜子だな……良いセンスだ」
「笑い事じゃないよ、みっちゃん!」
笑い続ける通泰は込み上げてくる笑いを飲み込む様に耐えると、呼吸を整えるように深呼吸する。
「立派な笑い事だよ。そもそも迫ったお前が悪い」
でもさ、と反論する安武に通泰は声を被せて制する。
「デモもストもないだろ。よし、身を張って笑いを取ったお前になんか飲み物を奢ってやるよ」
通泰がついてこい、と顎で指図すると、安武は苦虫を噛み締めた顔で返えす。
「俺はヨゴレの芸人じゃないっ!」
学食の前の自販機コーナーに着くと、そこは廊下以上の生徒達で賑わっていた。
「そう言えば、みっちゃん弁当は?」
安武は何一つ持たず手ぶらの通泰を見咎める。
「ああ、江藤が俺の分まで弁当を作ってきたそうだ」
「……俺とハナの仲がピンチなのに自分は愛妻弁当ってワケ?」
安武は無駄なオーバーアクションで暑い暑いと騒ぐが、通泰はノーリアクションで返す。
「俺の事情とお前の事情は別物だ」
「へいへい」
安武は首を竦めて溜め息を吐く。
なんで他人のノロケを見せつけられなきゃならないんだ、と一人ごちると悪戯心が鎌首をもたげてくる。
「おい、お前は何を飲むんだ?」
「みっちゃんが買ったやつよりも高いやつ」
「たわけた亊を言うんじゃねえ」
「じぁあ、みっちゃんと同じの」
通泰は自販機に5百円硬貨を投入すると、冷たいお茶を選び三回押す。
そして、出てきた3本のお茶を取ると、そのままスタスタと歩いていく。
「おーい、お釣り!」
「お前にやるから取っとけ!」
ラッキー、とお釣りを取ると安武は通泰の後をついていった。
屋上は昼食を摂る生徒達で溢れかえっていたが、どうにか三人分のスペースがあった。
通泰は無造作に座り込み、安武にも座る様に促した。
暫くすると、小さい体で生徒達の間を縫うように陸海が現れる。
「おーい、ここだ!」
「久我さん、探しましたよ」
ポニーテールを揺らしながら陸海は通泰の隣にちょこんと座り、手にした弁当箱を手渡す。
「おう、悪いな」
「一人分も二人分も同じですから」
「三人分だとどう?」
通泰は買ったお茶を陸海に手渡し、安武には無言で投げ渡す。
「えーと、三人分でもあまりかわらないけど、安武君にはハナちゃんがいるし」
「江藤、安武にはあまり構うな」
「ちょっとそれ酷くない?」
自分の弁当を広げながら安武は口を尖らせる。
「愉快な顔の奴にはちょっと酷いくらいが丁度いい」
「久我さん、食べないんですか?」
「ああ、食べるさ」
陸海の言葉に急かされて、通泰は弁当を広げる。
そんな通泰を見て、安武は目を細める。
「でもさあ、由良も丸くなったけどみっちゃんも丸くなったよね」
「そうか?由良ほどはキツくないと思ってたけどな」
いなり寿司を頬張りながら通泰は答える。
「確かに。久我さんは丸くなりましたよ」
安武と陸海のの言葉に通泰は無言のまま食べる手を止めた。
「だってさ、去年二人が付き合い始めた時……みっちゃんは江藤の作った弁当をなげすてたじゃん」
想定外の言葉に通泰はむせて咳き込み、陸海はお茶を差し出す。
「あれはだな、俺が減量中だったからだ!」
渡されたお茶を飲むと、通泰は安武を睨み付けた。
確かに通泰は陸海が作ってくれた弁当を投げ捨てた事がある。
それは柔道部に所属していた通泰が体重別の試合前の事であり、減量をしていたために気が立っていたからだ。
通泰にしてみれば、減量中でマトモに物を食べてない人間に対して配慮のない、許されざる行為だった。
しかし、その後に葉菜子と由良につるし上げられて土下座して謝った事で決着の付いた過去の話だ。
「あの事はもう良いですよ。どっちもどっちでしたから」
陸海は伏し目がちに答えて、通泰からお茶を返して貰う。
「と、とにかく、お前はとっとと食いきれ! 食いきったら俺と一緒に葉菜子に謝りに行くぞ!」
「俺はみっちゃんみたいに早飯食らいじゃないんだけど!」
確かに安武の言う通りに、通泰は弁当を殆ど食べきっている。対する安武はまだ半分を食べた所だ。
「やかましい! 我が侭言わずに食いきれ!」
「分かったよ……行くよ! すぐ行くよ!」
安武は弁当をしまうと立ち上がり通泰を急かし、陸海に振り返る。
「江藤、悪いけどみっちゃん借りるぜ」
「あー、帰りに何処か寄り道しよう」
「うん。じゃあ、放課後……校門で待ってます」
陸海はにっこりと微笑みながら通泰から弁当を受け取り、手を振る。
「いつまでノロケてるのさ二人とも!」
「悔しかったらノロケてみろ!」
「それじゃあノロケるコツを教えてよ!」
「そんな事は自分で考えろ!」
安武と通泰の二人はドタバタなやり取りをしながら出入り口へと向かう。
陸海は二人の姿が消えるまで手を振っていた。
そして、通泰に手渡されたお茶にそっと口を付けた。
お茶の味しかしないが、通泰との間接キス。
陸海は顔がぽーっと顔が熱く赤くなるのにを耐えきれずに、晴れたいわし雲の広がる空を眺めていた。
「ふーん、間接キスねぇ。陸海もやるじゃん」
頭上から振りかかる声に余韻に浸っていた陸海ははっと現実に引き戻される。
「ゆ、由良ちゃん? ……いつから?」
「『由良ほどはキツくない』って所から」 通泰の口調を真似てお道化てはいるが、由良の眼は笑っていない。
笑ってはいるが薄ら笑いだ。
「ああ、怒ってないから大丈夫だよ。久我先輩よりも丸いからね、私は」
陸海は由良の拗ねた子供っぽい口調が何だか可笑しくて笑いを溢した。
由良も陸海を見て、薄ら笑いではなく本当の笑顔を見せる。
夏も終わりのイワシ雲の空の下、二人の笑い声は飽きるまで続いていた。
――To be continued on the next time.
最終更新:2008年09月14日 22:34