430 :ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/14(日) 16:54:34 ID:viyjkht7
#6
暗がりの暑苦しい部屋の中、汗の匂いはきつくむせ返るほど不愉快に漂っている。
しかし、シーツの上で遠矢は胎児のように丸くなり、スヤスヤと寝息を立てている。
どんな夢を見ているのかは解らないが、瞳を閉じて穏やかな笑みを浮かべて、僅かに開いた口端からは涎の糸が垂れている。
隣で肘をついて寝転んでいる由良は、そんな無防備な遠矢の寝顔を見て相好を崩す。
由良があいている指で涎の線を救うように撫で取ると、遠矢はむにゃむにゃとむずがりながらその手を叩く。
そしてうっすらと目を開け、寝ぼけ眼を擦りながら上半身を起こした。
「……汗臭い」
「おはよう、遠矢」
「暑いし、汗臭いから、窓、開けて」
まだ目が覚めきってない遠矢は間延びして片言だ。
由良がカーテンを開けると柔らかい日差しが射し込み、窓を開けると涼しい湿った風が入ってきて、部屋の空気を入れ替える。
「今何時?」
「ちょっと待って……、まだ、10時前ってとこかな」
シンプルな目覚まし時計が指し示した時間を読み上げると、由良はクローゼットから白いコットンシャツを取り出して遠矢に渡した。
「いつまでも裸でいないで服を着な。一応、男物だから」
遠矢は目を細めて怪訝そうに由良を見る。
「男物?」
「そ。このなりだとサイズが合うのが少ないんだよ」
気だるそうに答えて、由良は窓の外を見ながら髪をかきあげる。
「由良ってでかいからな」
「遠矢は大きいのって嫌いだっだ?」
「そうでもない」
遠矢は上体を起こすと渡されたシャツに顔を押し付けて匂いを嗅いだ。
「由良の匂いがする」
遠矢の仕草に、由良は眉を潜めて冷たい視線を送る。
「匂いなんてしないよ。洗濯済みだからね」
「そうか?でも、なんだか良い匂いがする」
遠矢は匂いを嗅ぐのを止めて、シャツに袖を通した。由良はその姿を見てプッと吹き出した。
「ちょっと大きすぎたね、それ」
シャツを着るというよりシャツに着られているといった姿の遠矢は、ダボダボと余った袖を揺らして憮然とした顔だ。
「腕をまくれは関係ないよ、こんなの」
「……そうだね」
身体を震わせて笑いを堪えながら、由良は遠矢の隣に腰を降ろした。シーツは二人の汗で湿っているが、それは不快ではない。
由良はそっと遠矢の手に手を重ねる。
「昨日は元気だったね」
「俺、初めてだったから良く解らない。由良は初めてじゃないんだろ」
由良はフッと笑うと、遠矢の頭を髪をクシャクシャにするほど強く撫でる。
「まあね、初めてじゃない。……ガッカリした?」
「うーん、よくわかんない。ガッカリしたかもしれないけど、由良は綺麗だったし、色々教えてくれたし」
言葉には釈然としない響きがあるが、遠矢は顔に不快感を出してはいない。
「そっか。それなら良い」
由良は撫でる手を放して、立ち上がる。そして、部屋の入口に立ちドアノブを握る。
「なにか飲む? 親が出掛けてるから大した物が出せないけど」
「だったら外で飲もう。今からモールに出ればマクガフィンだって開いてるし、ヘレンさんとこだってやってる」
遠矢はズボンのポケットから安っぽいナイロン地の財布を取り出すと、中を確認する。
「だったらマクガフィンのコーヒー、奢ってくれる?」
由良の言葉に遠矢は、げ、あの泥水、と顔をしかめる。
「美味しいコーヒーは何処でも飲めるけどあの泥水だけは余所じゃ飲めないんだから良いじゃない」
仕方ないな、と諦めて立ち上がと、遠矢は身体の節々が重く痛むのに気付いて閉口した。
「なに、遠矢……筋肉痛? やっぱり昨日は頑張りすぎたね」
「別に良いだろ? 由良の事が好きなんだから」
由良はその言葉を聞くとぺしっと遠矢の額にでこぴんをする。
「好きって言葉、安売りしない方が良い」
「安売りだって良いじゃん。由良にだったらバーゲンセール、大安売りだ」
「……マセガキ」
呆れたように呟く由良は、勢い良くドアを開けた。
「じゃ、行こうか」
「そうだな。早く行けばモーニングに間に合う」
遠矢は部屋を出る前にベッドを見る。昨日は確かに頑張りすぎたな、と一人ごちてドアを名残惜しそうにゆっくりと閉めた。
――To be continued on the next time.
最終更新:2008年09月28日 19:00