372 :普通の日常:2008/09/12(金) 22:25:54 ID:J1t1GIat

休日の朝、松田五郎はいつものように家を出ると散歩先の公園へと向かった、
向かう途中の自販機でコーラを買い、公園内に捨ててあった空き缶を拾いベンチに腰掛ける。
懐から両切り煙草を取り出し火をつけると、一息で肺へと吸い込み、もうもうとした煙を吐き出した。

「うーむ、思考が冴え渡るようだ……」

「松田さん?」

「うぉッ!? と……何だ、竹井さんか」

「何だ、はないでしょう、こんな所で煙草なんて吸って、補導されてしまいますよ?」

背後から現れた少女、竹井芳乃は表情を変えることなく、
煙幕を張る、五郎から距離をとってゆっくりとベンチへと座った。

「松田さん、なんだか物凄く煙でてますけど?」

「こうして吸い込んだニコチンにより、血管を萎縮させることで、
血の気を押さえ冷静かつ深い思索が可能に……」

「珍しいから携帯で写真でも撮っておこうかしら」

脅し文句に押され、五郎はしぶしぶ地面に煙草を押し付け火を消すと、
捨ててあった空き缶の中に吸殻を投げ入れる。
芳乃は僅かに腰を浮かし、離れて座っていた場所から声の届く距離へと座りなおし、
五郎と顔を見合わせるとくすりと笑った。

「最近は値上げで一本辺りの値段も馬鹿にならないんだよね、これ……」

「これを機会にやめられてはどうですか?」

「ときに竹さんは何故ここへ? 散歩?」

「いえ、ちょうどここを通ると図書館への近道なのですけど、
偶然見覚えのある、後姿を見かけたもので」

「俺の唯一の憩いの場が、こうも容易く看破されるとは」

気力を失いうなだれる五郎をうながすように芳乃が立ち上がり、
抱えた本を見せると、休日の暇つぶしにと図書館へと誘う。

「お暇でしたら、これから図書館までご一緒にいかが?」

「うーん、これといって興味もないし……」

「高杜の国立図書館は設備も充実していて、蔵書もかなりの数にのぼりますし、
あ……それに図書カードがあれば無料のドリンクがあるのでコーヒーも……」

「あ、ご一緒させて頂きます」


373 :普通の日常:2008/09/12(金) 22:27:12 ID:J1t1GIat
無料に釣られた五郎は芳乃に連れられ、国立図書館へと足を踏み入れる、
広大な敷地に膨大な蔵書が並び、五郎は物珍しげに周りを見渡すが、
休日というのにひと気はまばらであり、余り利用率が高いとはいえないようだ。
芳乃は受付にカードを手渡すと、持っていた本を返却し、先導して五郎に館内の案内を始めた。

「こちらの棚はいかがです? ホームズにポアロ、エラリークィーンにブラウン神父、
松田さん、推理物お好きでしたよね?」

「まぁ、その辺のものはあらかた読んじゃったんで……、
竹さんは図書委員でしたっけ?」

「はい、学校の図書室で貸し出しカードを管理していると意外な人が本を借り出していて、
ついつい覚えてしまうんですよ」

「なるほど」

意外な人扱いを受けた五郎はドリンクのコーヒーをあつかましく2杯おかわりした後に、
芳乃の後ろをせせこましく着いていきながら館内を後にした。

「どうも天井が高い場所ってのは苦手だなぁ」

「そうですか? 開放感があって落ち着けると思いますけれど……」

「根が貧乏性なもので」

「まぁ……ふふ」

二人でたあいもない話をまじえながら、稀に芳乃が投げ出す五郎に対する質問を、
のらりくらりとかわしつつ帰路へ着く。


「図書室の本も管理する手間もかかるでしょう、
借りる人によっては、結構雑に扱う人も多いのでは?」

「辛いのは本の入れ替え作業ですね、
この間も古書の詰まったダンボールを抱えようとして腰をつってしまいました」

「図書委員も大変ですね」

「今度暇があれば、また学校の図書室に借りにいらしてくださいね」

「これはどうもご丁寧に痛みいります」

お辞儀をした芳乃に五郎がぎこちない動きでお辞儀を返すと、その場で二人は別れ五郎はモールへと向かった、
ショッピングモール前のベンチで腰を下ろし、両切り煙草の一本に手をかける、しばらく思案にふけったのち、
煙草を元に押し込み腰を上げると、とぼとぼと歩きながら五郎はそのまま家路についた。



翌日の午後、昼休みともなると廊下に生徒達がひしめくの廊下をかいくぐるように、
梅子が五郎の教室へと向かう、当の本人がいそいそと教室を出ようとしたところにばったりと出会い。
きょとんとした表情で目を丸くした

「あら? どしたんゴロー?」

「いや、今から図書室に顔を出そうかと」

「タケちゃんとこ? そのご関係はいつ頃からぁ?」

「最初は優しかったんですけどー……」※プライバシー保護のため音声は変えてあります。

五郎の寒いギャグを梅子が再びスルーすると、二人は人通りの激しい廊下のなかを、
図書室を目指して歩き始める、階段を登り図書室の前へと差し掛かった場所で
周囲の談話を引き裂くような悲鳴が、周囲に轟いた。

「わッ、何かあったのかな? ……あっ、ちょっとゴロー!?」

図書室の前に出来た人だかりの中を、ひょいひょいと潜り抜けながら五郎が入っていくと、
信じがたい光景が目に飛び込んできた、床に倒れこむ男性教諭を数人の生徒が看病している。
不意に声をかけられ、視線を横にそらすとそこにはおろおろとした表情で竹井が困惑していた。

「竹井さん――これは?」

「そ、それが何がなんだか、突然あちらの席で本を読んでいた先生が倒れて、
いま、看病されている高野さんが先生が息をしていないって、それで……」

「病院に連絡は?」

「えぇ、先ほどあそこにいる下級生の小金井君が通報をされました」

松田は注意深く周囲を観察し部屋の周りを見渡す、天井・床・窓に異常はない、
教師が座っていたと思われる机の上には本が3冊ほど丁寧に積み上げられ、若干の水滴が零れている。
椅子は全て机の内へとしまわれており、傍らには水の入ったバケツが置かれていた。
看病をしているのは二人の女は確か藤木、もう一人は胸元のネームから、さきほど名前を聞いた高野だと分かる。

他の生徒は回りには近寄っては来ない、五郎は現在の状況を整理し、
目にはいってくる情報を、熱した刻印を脳に焼き付けるように記憶すると
下級生の小金井に声をかけた。

「病院への連絡はすんだかい?」

「はい、すぐにでも来るそうです、先生に何があったんでしょうか」

「先生は本を読んでいて倒れたって聞いたけど、
あの机の上で本を読んでいたのかな?」

「はぁ……そうですけど、何か問題でも?」

「いやね、パッと見、誰かが現場を動かしてるように見えたんで、ちょっとね、
一応こういうことは動かさずにしておくのがいいんだけど、動かした人は警察に事情聴取されるかも」

小金井は五郎の言葉を聞くと焦った表情を浮かべ、手を横に振ると五郎の言葉を否定した。

「ぼ、僕は動かしてませんよ、先生が椅子から倒れて、
看病する為に藤木さんが先生が読んでいた本を片付けて、一緒に運ぶ為に抱えあげただけです」

「先生を抱えあげて、椅子も動かしたの?」

「えぇ、抱えあげる時に邪魔でしたから……調書取られますか?」

「取られるね、警察の事情調書は2回取るから結構終わるのに時間掛かるよ」

「そんなぁ……」

五郎はしばらく考え込んだ様子で鼻をさすると、竹井の元へと歩み寄り、
詳しい当時の状況を聞くために質問を加えた。

「医者と警察はすぐに来るみたいですよ、ときに竹井さん
あの机の足元にあるバケツは一体誰が……?」

「あっ、あれは私が……先生の飲んでいた水が
倒れこんだ際に床に零れていたのを拭くためにと、高野さんに頼まれたので、つい」

「水を飲みながら本を読んでたんですか」

「はい、図書室では飲食禁止なんですけど……」

「先生が読んでいた本は机の上に乗っているあれですか?」

五郎が机に詰まれた3冊の本を指さすと、竹野はしばらく考え込んだ素振りを見せ、
ゆっくりとうなずき答えた。

「確かそうだったと思います、新書のなかで面白そうなものは、前もって読まれることが多くて
今日も水を飲みながら読まれてたんですが、急に顔を押さえながら倒れたんです」

五郎は竹野の手元に置かれた五郎は貸し出し履歴のファイルを覗き見すると、
図書室の本の貸し出し期限は1週間、小金井はこの1週間、本を読んではいない。
高野がライトノベルを3冊、藤木が重版の小説を1冊借りているようだ。


焼きついた記憶と情報を脳の中で攪拌し、目を閉じると全ての状況から統合するように推理する。

(普通に考えれば病気だが、何の前兆もなく唐突に倒れるのは不審な点が多すぎる、
病気であるのなら前もって体調の不良を訴えるはず、発作的に何かが起こったとも考えにくい。)

(教師が倒れこむまで近付いた生徒はおらず、まず最初に近付いたのは
藤木それに続くように小金井、最後に高野)

(状況から考えて毒薬か? これだけ人の多い場所で犯行に及ぶのも考えにくいが……)

学園は騒然となり、病院の診察結果と警察の現場検証により教師が何者かに命を狙われたいう噂が僅かな間に校内を駆け巡った、
早々に臨時休校となり、生徒たちが帰宅するなか、三人は今回の事件の話題を取りざたしながら、
大通りを歩き、いつもの橋で梅子と別れた。

「じゃぁまたに! ゴロー……タケちゃんに変なことしたらダメよ?」

「しねぇよ……」

「またね梅子ちゃん」

梅子と別れ、五郎は芳乃を駅前へと送り届ける、その場を振り向き学校の方へと歩き始めると、
背後から唐突に芳乃に声をかけられた。

「松田さん、どちらに行かれるんですか?」

「ちょっと――忘れ物を」

「私もご一緒して、宜しいですか?」

「まいったな……えぇ、構いませんよ」



すっかり日の落ちた学園の図書室、現場検証を終えた闇の中をライトで照らしながら1人の少女が1冊の本を探していた、
なかば半狂乱になりながら、崩れ落ちた本の山を漁っていると、不意に図書室のライトがともり、
そこに松田五郎と竹井芳乃が現れた。

「ひッ!? だ、誰!」

「2年の松田五郎、こちらは図書委員の竹井さん……」

「な、何か御用ですか?」

「いえね――何かをお探しのようなんでお手伝いしようかと
ときにお伺いしますが、お探しの本はこれじゃありませんか?」

『藤木さん』

五郎がカバンから取り出した本を見るなり、藤木の顔色から血の気が引いてゆくのが分かる、
目線を逸らし冷静さを取り戻すように藤木が答えを返す。

「いえ、それではありません」

「そうですか、まぁそうですよね、なんだかタイトルと内容が噛みあってないですし、
まぁ……カバーを二重にかぶせてあるから当然といえば当然でしょうが」

「あっ、この本のカバーは確か今日、藤木さんが借りていたタイトル!
これ?どういうことなんです、松田さん?」

「あの時、先生が倒れこんだ時、松戸さんが駆け寄って先生が読んでいた本を戻したそうですね?
小金井君から聞きましたよ、そこがずっと引っかかっていたんです……、
何故、そんな一刻を争う状況で、まず最初に本を触れたのかがね」


五郎が語気を強めると天井を仰いでチリチリと音を立てる蛍光灯に目を向けると、
黙殺する藤木を他所に芳乃の受け答えを続けながら更に推理を続けた。


「あの時、犯人は先生をずっと監視していた、何せ毒を仕込んだ本を目の前で読み始めたわけですから、
彼が本を家に持ち帰り、家で読むとばかり思っていた、犯人は内心気が気ではなかった……」

「本に毒を――ですか」

「彼が罠にかかり、床に崩れ落ちた時に飲んでいた水が零れ、本が濡れようとした
そこであなたはとっさに彼のそばに駆け寄り、落ちていた本を拾い上げ
自分が持っていた本のカバーを被せて、机の上ではなく本棚の中へと押し込んだ……
水に触れてしまえば本に仕込んだ毒が水に染み出し、犯行がバレてしまいますから」

「そ、そういえば、あの時先生がお読みになられていた本は4冊、
でも倒れたあと机の上に置かれていた本は3冊になっていたような……」

藤木がキッと五郎の目をにらみつけるとすかさず反論を返した。

「ばかばかしいッ! そんなことあるわけないじゃないの?
仮に先生が毒をなめたとしても、毒は飲んでいた水に入っていたかもしれないじゃない!
その場に居合わせていた他の2人――それに水を用意した竹井にだって犯行は可能よッ!」

「それはないよ、かりに毒が水の中に仕込まれたとしても、
とっさに雑巾で拭いたりバケツの水につけたりはしないさ、そんなことをしても証拠が増えるだけだ、
竹井さん、ちょっとこの本を閉じたまま、背表紙を下にして立ててもらえるかな?」

「……!?」

五郎に言われるがままに芳乃が背表紙を持ち本を立てると、本が自然に開いてゆく。

「これはクセがついてるのかしら?」

「そう、めいっぱい本を開いていると、その本には開いたページのクセがつくんだ、
そしてそのページ数を読んでもらえるかな、竹井さん?」

「はい、132ページに……あら、もう一枚はとんで135ページ……
それにここの紙だけ妙にざらつきます?」

「めいっぱい本を開いて一枚をカッターで切り取ってある、気をつけて竹井さん、そこが毒が塗ってあるページ
――重なったページをめくる為に指をうっかりなめないようにね」

ハッと我に返った芳乃が本を取り落とすと指についた粉末を振り払う。

「水を含ませたハンカチで拭けば落ちるよ、あいにく俺は今もってないけどね、
藤木さんはハンカチ持ってるよね?」

「……」

「――とまぁ、外部から犯人が本が持ち込み、
先生の殺害を企てたってのが事の顛末だってことかな……未遂に終わったみたいだけど」

「!?」

「あ、あら? 松田さん、藤木さんが犯人ではないのですか?
あたしったらてっきり……」

五郎が唐突に推理をそらせると、芳乃は素っ頓狂な声を上げて頭を抱え込んだ。
この発言には藤木も面を食らったのか目を白黒させて狼狽している。

「いやー、藤木さんが犯人にしたって、動機がないでしょ竹さん、
おおかた、あの先生どこかで悪さでもして、痛い目あわされたんじゃないかなぁ?
藤木さんは俺と同じように推理し、この本のことを知って、この決定的な証拠品を犯人の手に渡さないように
カバーで偽装して本棚に隠したのさ」

「あら、そうでしたの? しかし凄いですわ、松田さんの名推理
まるで本物の探偵みたいです」

「ふっ、それほどでもあるぜ……んじゃ、この本は警察に届けておくかぁ
つっても、指紋ベタベタに付いちゃったけど、藤木さんもあんまり遅くならないようにねぇ」

「え……ぁ、はい?」

「ほなら、さいなら」

ぽつねんと1人図書室に取り残される藤木をよそに、2人はすっかり日の落ちた道を歩いていく、
新月の暗闇の中を、星明りのみを頼りに五郎は芳乃を自宅まで送り届けた。

「では、竹さん――またにー」

「ふふっ!」

「ん、俺の顔になにかついてます……?」

「いえ、五郎さんのそういうワルっぽい所も、嫌いじゃないかなって思ったんです
ではまた明日、学校でお会いしましょうね」

「へぇ、それはどうもご丁寧に……」

五郎は一人自宅へと向かいながら、途中星空をあおぎ、大きなあくびをすると、
懐から煙草を取り出し火をつけ、くしゃみをしながら鼻水をすすり、1人ごちた。


「今日も元気だ、煙草がうまい」








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最終更新:2008年09月16日 15:15