408 :高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/14(日) 09:22:40 ID:KZRYqk6V
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出た。信じるとか信じないとかそういうのを超越して、"彼女"は、ハッキリと俺達の
目の前に現れた。西京極先輩の言っていた"競泳水着を着た幽霊"……なんだよな。
「人が泳いでる前で何をイチャイチャしてるんですか。不潔ですよ」
ん? イチャイチャって何のことですか? もしかして俺たちがそんな風に見えるのか?
「ふっふっふ。ようやく姿を現したわね。取材に応じてもらうわよっ」
あ、雨宮さん? さっきまで俺の腕に抱きついてた女の子はドコ行ったんですか?
「いつまでくっついてんのよメガネザルっ。離れなさいっ」
「あっ、すいません。」
あれ? そっちからくっついて来たんじゃ……
「私は水泳部の3年、氷川雹子です。明日は競泳の競技会だから残って練習してただけなの
ですが。あなたたち、一体何者なんですか?」
このプールに未練を残して亡くなったんだな……おそらく。
「私達は新聞部なの。で、私は部長の雨宮つばき。こんな時間まで練習ってのは熱心でいい
心がけだけど、おかげで変な噂話が立っちゃったみたいね。今日のところはまっすぐ家に帰り
なさい」
ん? 何を言ってるんだ雨宮さん。
「ご忠告どうも。でも最近タイムが落ちてきてるのです。もし明日の競技会で優勝できなかっ
たら……いっそ明日なんて来なければ、などと思うくらい不安になってしまうんです。泳いでる
時だけはそういう事を忘れられるんですが……」
「何言ってるの? 水泳の大会で優勝できなかったくらいで何がどうなるっていうのよ」
「……私には競泳しかないのです。競泳で結果を出したときだけ周りが私の存在を認めてくれる。
あなたたちには理解できないかもしれないですけれど」
随分思いつめていたんだな……それで成仏できないってところか。
「はぁ? 意味わかんないんだけど」
「あ、雨宮さん……あんまり刺激しないほうがいいんじゃ……いえ、何でもないです」
まさか雨宮さんに除霊の心得があるとも思えないけど、何? って顔をされたので黙っておく。
「わかりました。騒動になるといけないから夜中に練習するのはもうやめます」
「人生は一度きりなんだから、一つの事に固執するのはもったいないわ。もっと楽しい事を
見つけなきゃ」
雨宮さん。あなたは楽しいかもしれませんが、周りのことも……ちょっとでいいから考えて下さい。
「あなた、曇りの無いまっすぐな眼をしていますね。私は泳ぐのが楽しいからから泳ぐ……その事を
忘れていたのかもしれないですね。」
氷川先輩は優しい微笑みを浮かべてプールの出口のほうへと足音も無く進んでいった。
「こういうの、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』っていうのかしら」
「え? 何言ってんですか雨宮さん。氷川先輩は本物の幽霊でしょ?」
「はぁっ? だって普通に立ってたじゃん」
「あ、雨宮さん、こ、怖くないんですかっ。わ、わたしなんか震えが止まらなかったんですよ~」
「ひかるちゃんまでおかしな事言うわね。なんで幽霊扱いなのよ」
おい、まさか本当に水泳部員がこんな時間まで残って練習してたなんて言うんじゃないだろうな。
まあ、いいや。今日のところは眠いので帰って寝よう。明日にでも水泳部を訪ねてみればわかることだ。
「氷川……雹子……だと?」
水泳部の顧問、水本先生の表情が強張る。
氷川先輩との出会いから一日経って、水泳部が練習する室内プールにやってきた俺と雨宮さんの二人。
「そ、そんな部員は……ウチにはいない。よ、用はそれだけか?」
うーむ。何かを知ってるなこの人。しかしこれ以上の詮索は……
「新聞部の尋問に対して黙秘権は認められないの。知ってる事は全て吐き出しなさい」
じ、尋問!? 取材じゃなかったんですか??? それに、そんな権限はウチの部には無いですよ、
雨宮さん……
「と、とにかく、氷川なんて生徒はいないんだっ。もう済んだ事……いや、何でもない」
済んだ事? 何だろう。でも確かに練習中の部員の中に昨日会った氷川先輩の姿は見えないようだが。
「どうします? 雨宮さん……」
「あー、ひかるちゃんからメールだ。ちょっと待って」
関係ないが、雨宮さんに会ったあの日に俺のメアドを教えようと思ったら「いらない」って即答され
た事をふと思い出す。
「ん? 新聞部の部室に誰か来てるみたい。行こっ」
「あれ? 取材はもういいんですか? あ、待ってくださいよ……えっと、水本先生。失礼します。」
俺は取材(?)に応じてくれた水本先生に軽く挨拶し、雨宮さんを追った。
新聞部の部室に着くと、扉の前に雷堂寺先輩がちょこんと立っていた。
「あ、部長さん。メガネ君。……ええと、あの……中に、中にいます。」
雷堂寺先輩のこのうろたえ様は……また、出ましたか。
ガラガラガラ。部室の扉を開いた雨宮さんの背後から部屋の中を覗き見る。雷堂寺先輩は遠くから
様子を見ている。
「あっ。部長さん。ええと、後ろの……」
「東雲っす」
「どうも。東雲君ね。昨日は見せつけてもらったわ」
昨日の夜中にプールで会った氷川先輩が椅子に座っている。格好は競泳水着で無くこの学校の制服
を着ている。昨日会ったときは暗かったのでよくわからなかったが、肌の色は透き通るように白く、幽霊
っぽさをグッと増している。ていうか昨日のアレは……俺たちそういう関係じゃないですから。
俺と雨宮さんは椅子に座って話を聞くことにした。
「私はつばきでいいわ。えっと、昨日はあの後ちゃんと家に戻ったのね」
「はい……」
「あなた水泳部でしょ? 他の部員と一緒に練習しなくていいの?」
「雨宮さん。だから氷川先輩は……」
「ていうか今日競技会だって言ってなかったっけ?」
雨宮さんは氷川先輩がまだ普通の水泳部員だと思っているのか。
「自分の部屋に戻ったら、すごく綺麗に整頓してあって、机の上には写真が飾ってあったんです。そこへ
お母さんが入ってきました。写真に向かって手を合わせその日の出来事を話しかけていました」
それって……どう考えても。やっぱり、そういう事なんだな。ご愁傷様です。
「その姿を見て、私……わかったんです。もう帰る場所は無いんだなって」
後で雷堂寺先輩が調べたところによると、氷川先輩は今から十数年前に競技会を翌日に
控えた晩に交通事故で亡くなっている我が校の水泳部の生徒である事は間違い無かった。
その事故に関しては既に処理が済んでおり、加害者のトラック運転手はもう賠償も刑期も
終えている。
「それで私……どこに行ったらいいのかわからなくて」
「ふーん。そうなんだ」
返事をしているが、ちゃんと理解してるのかな雨宮さん。雰囲気で言ってないか、ん?
「そこで提案なんだが」
「いたんですか部長……じゃなかった、部長代行」
ここで紹介をしておこう。新聞部の俺以外のもう一人の男子部員、3年生の雪村冬慈先輩である。
4月、雨宮さんに部長の座を譲った……いや奪われた後も部長としての雑務はほとんどこの人が
こなしている。いい人なんだろうけど自己主張に欠ける(俺も他人のことは言えないが)、というのが
俺の人物評である。
「あ。ちょっと待って」
いきなりさえぎりやがった。せっかく台詞をもらえたのに不憫過ぎる。
「で、ひょこたんは何したいわけ?」
雹子=ひょこたんです。念のため。
「私……水泳ばっかりしてきたので、本当は何をしたいのかわからないんです」
いいねえ。青春っぽいよ。うん。
「じゃあさ、ウチの部に入ったらいいんじゃない?」
そう言いながら雨宮さんの表情がちょっと変わった。面白い事をおもいついた顔だ。嫌な予感がするが。
「この部って……新聞部ですよね。取材とかするんですか」
「正確に言うと、取材と称して学園の内外をただただ歩き回ってるだけの……ゴフッ」
雨宮さんの右ヒジが俺のみぞおちにクリーンヒットした。昼食べたカレーが逆流しそうになる。うぷっ。
「そんなことないでしょ。我々はジャーナリスト精神にのっとって活動してるんだからね」
「ふふっ。仲良いんですね、お二人さん。うらやましいです」
いや、俺が一方的にボコられてるだけですが……でも、氷川先輩の笑顔は初めて見たな。
「ふうん。コイツでよかったら貸すけど?」
おい。誰がいつあんたの所有物になったんだ? それに貸すってどういう意味だよ。
「じゃあメガネ。そういうわけだから」
「え……そういうわけって何?」という俺の質問は無視し話を続ける。
「ひょこたん。デートってしたことある?」
「デートですか……? 私、恋愛というものに縁がなくて……泳いでばかりでしたので」
「ちょうどいいわ。初々しい画がとれそうね」
雨宮さん。何でちょっと楽しそうなんですか? ちょうどいいってどういう事だろ。
「よくわからないですけど、私も仲間に入れてくれるってことですね。よろしくお願いします」
というわけで、新しい部員を加えた我らが高杜学園高校新聞部は、世界を大きく揺るがすことも
なく、フツーの日常をほんのちょっとだけ刺激的にするきっかけを日々追い続ける。
――多分つづく。
411 :高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/14(日) 09:31:10 ID:KZRYqk6V
投下終了。一応ここまで第1話です。
キャラクター紹介
高等部3年。新聞部。幽霊部員。
高等部3年。新聞部部長代行。影薄い。
最終更新:2008年09月28日 19:48