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「社会復帰」とはどういうことだろう。
どういう状況になれば「社会に復帰した」といえるのだろう。
 
明確な答えは無いように思う。
それ故に、このサイトで言う「社会復帰」について明確に決めたいと思う。
私一個人の考えに過ぎないので抵抗を覚える人もいるだろう。
気分を害する人もいるかもしれない。
そういった方にはこのサイトは閲覧しない事をお勧めする。
 
私は該当者が職を持ち給与を得、それによる生活を営んだ時が
「社会復帰」に値すると思っている。
 
 この場合の「職」とは正社員に限定しない。
 契約社員や臨時社員、派遣社員・嘱託社員・パート・アルバイトでも
立派な「職」に該当すると思う。
世間的には正社員こそが目指すべきものというような風潮があるが
病気を抱えながらの職業生活の場合、正社員以外の方が好都合な場合も多い。
(それについてはいつか別に書きたいと思う。)
 
日雇いや単発・短期のアルバイトをしている人もいるだろう。
そういう人も私は応援したい。
症状の波がある場合、症状が安定している時にある程度仕事をして
不安定な時には療養に専念する生活はもっと社会に認められるべきだろう。
ただ、「その日になって行く気がしなければ休めばいいや」という
無責任な姿勢で仕事をしている人は「職を持っている」とはいえないと思う。
体調を整える努力を十分にしたのにも関わらず不調になってしまったり
本当にやむを得ない理由のある場合は仕事を休むのは仕方が無い。
故に日雇いや単発・短期のアルバイトでも「これが私の働き方だ」と
責任感を持って働き収入を得ている人については
「社会復帰できている」と私は思う。
 
 
よく「社会復帰」=「単身生活が出来る事」としている人がいる。
この考えに私は賛成しない。
 
人間は必ずしも単身生活をしなければならないものでもない。
単身生活が営めるほどの収入を得られたとして、
必ず独立した居を構えなければならないのか?
それは違うと思う。
また、自分で部屋を借り、光熱費や食費を全て賄うには
それなりにまとまった収入が必要となるが
給与ないしは給与+障害年金の額がそういった「自活」に耐えうる額にならないと
自立とはいえないというような事をいう人がいるが、
そういう人は現実を理解していないと思う。
健康になんら問題の無い人でさえ
そういった収入を得る事が困難な人もいる時代である。
病気を抱えながら働こうとする人にとって
そういった収入を得る事を目的として働く事はかなりの困難を伴う事が多い。
特別な技術を持っていたり、発病前に獲得した社会的地位を
発症後も活かせる場合は、そういった額を超える収入を得る事も可能だが
それを目指さなければいけないという風潮は
病気を抱えながら仕事をする人にとって励みとはならず負担になる一方だろう。
 
よくクドクドと「これぐらい稼げないと一人前とはいえない」などと
精神疾患を抱える人に説教をたれる親がいるが、これは害になる親である。
また支援者にもこの様な杓子定規を振り回す人がいる。
とても恥ずかしい事だ。
そういう害になる親や害になる支援者とは距離を置き
そういった偏見じみた考えにどうか翻弄されないで欲しい。
 
いろんな生き方があってよいと思う。
家がある人はそもそも家賃など自分で用立てる必要は無い。
家族と生活できるのなら、家族と助け合っても良いだろう。
部屋を借りる必要があっても、ルームシェアをしたり寮に入ったりすれば
家賃を安価に抑えられる。
自活する必要があるが収入が届かない場合は生活保護を利用すればよい。
生活保護を利用する場合でも、「保護があるから働かなくてもよい」とは
どうか思わないで欲しい。
自分に稼げる範疇の収入を得る努力は、生活保護受給者にもされるべきである。
 
労働の対価として得た収入は自分の為に使われるのは当然だが
家族の為にも喜んで遣えるようになればいいなと思う。
家を維持していくにはいろんなお金がかかる。
持ち家なら補修などが必要になるし、家電製品も永久には使えず買い替えが必要だ。
また、固定資産税などを支払う必要もある。
家族と暮らすのであれば、家族の一員として自分の収入の一部をそれらにまわす事が
当然だと思えることが大事なのではないだろうか。
若い頃にはその辺の意識を持つ事がなかなか難しいように思う。
だからそういう意識を「必ず持て」とは言わない。
しかし、家族の中での役割を少しでも果たしてこそ
「社会復帰」であると言えると思う。
最終更新:2010年03月27日 22:10