bashoで頻繁にある過酷なアイヌ人の労働搾取は、獣や鬼のような特徴があると強調しながらアイヌ人の人間性を否定する、存在していた野蛮人のイメージによって助長された。倭人は、彼ら自身が契約者や缶督者(請負人、支配人、番人)として経済的役柄に位置していると描写しない時でさえ、古代中国の慣習だと繰り返し、彼ら自身を「野蛮人」(蝦夷、異人)に対して「人間」と言った。日本語は「人間ことば」となった。カタカナや農業を学ぼうと試みたアイヌ人は、「人間の真似」とあざけられた。その土地の倭人は、彼ら独自の「人間性」を強調したが、アイヌ人に動物的な性質や起源があるとすることでアイヌの人間性を否定した。この最も悪名高く、そしてしつこく残っていた例は、アイヌ人は犬の子孫であるという考え方である。この手の伝説は中国にもまた同じようなものがあったけれども、蝦夷が島奇観(蝦夷の奇妙な解釈、1799)のような同時代の記録の中のアイヌ人自身であると考えられている。最上徳内はこの言い伝えの起源についての持論を持っており、それは「アイヌ人が別種の人間であると示すために」松前の人々によって作られた話だと推測していた。その起源がいかなるものであろうと、この神話の普及が、漁場でひどいまめができる残酷な搾取をされる労働者としてアイヌ人を非人間化することに平行し、それをせいとうかしたことには疑いない。19世紀末にこの地域に到達し始めた西洋人旅行者もまた普及していたアイヌの犬起源説を報告した。あるひとは、にやけ顔の日本人仲間に「アイヌ人は著しく犬に似ている」と言われた。大胆なイギリス人旅行者のisabella bird は1878に訪れて、彼女の日本人従者が「アイヌはまさに犬です。彼らは先祖が犬なんです。」という説明を記録した。それは、「彼らの起源の彼ら自身の伝説」ということをほのめかしていた。
最終更新:2008年06月08日 11:53