アットウィキロゴ
幕府による蝦夷地の併合と統治を推し進めていた人々や、1799年以降にそれを実行した幕府の役人たちにとってみれば、アイヌ人は子供のような、知恵のない未開人であった。事実的にも文化的にも劣っているため、彼ら(アイヌ人)は、幕府による好意的な手引きのもと、文明化の中に折り込まれる必要があった。未開人たちは、「儀式と高潔」の文化を取り入れることで文明を開化することができた。この文化は、日本の文化として解されるが、実際は、事実上有益なものとみなしている思想家もいる。林子平(1738~1793)は以下のことに気がついた。”蝦夷の人々に教養を身につけさせ、人間性を身につけさせ、土地を耕作するのを手助けすることは、神々の願いである”と。本多利明(1744~1821)は1798年に次のように主張した。
 原住民の人々を助け、彼らが望む全てのものを与えることで、まるで子供たちが自分たちの親を敬愛するように、原住民の人々は彼ら(幕府の人々)に対して、献身と服従の念を抱くことであろう。これは本当のことだ。なぜなら、彼ら(原住民)は、未開人とみなされているかもしれないが、他の世界に行き渡っている同じ感情によって動かされているからだ。
最終更新:2008年06月08日 21:32