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初期の入植者は、比較的アイヌがあまり住んでいない昔の倭人地や札幌周辺に集まった一方で、ほとんどのアイヌの集団は彼らの伝統的生活習慣を維持し、場所制度のもと彼らが所有していた漁場の周りで共同生活を営んだ。
イザベラ=バードの日記は次のように述べている、アイヌ人は伝統的な野蛮人の固定観念の点から倭人によって知覚され続けてきた、と。
アイヌ人はもはや異人というより道人であると言われていたけれども、彼らにたいする地元の態度は依然として非常に否定的であった。
バードは、アイヌ人は倭人と離れて暮らしていて、南部の北海道にいる倭人から大変軽蔑されていた、と書き記している。
若いイギリスの宗教学の生徒と未来の宣教師であるジョン・バッチェラーが1877年、函館に到着したとき、ある日本の友人たちから次のように知らされた。
野蛮で獰猛で凶暴な人たちが山間や北海道の海岸の近くに住んでいる。彼らの父親は共通の犬、母親は女性なので完全には人間ではなく、またそのせいでとても毛深い人間である。
最終更新:2008年11月10日 23:13