この種の住民の強制移動は、アイヌの大多数が最も生産的な土地から隔離され除
外されたということを確かなものにした。20世紀の最後の数年間は、ますます多くの移民
が新たに分割された地域に移動し始めた。初期の移民の中には、実際は厳しい冬を乗り越
えるため助けと知識をアイヌに頼っていたのだが、友好的にアイヌと暮らしてきたものも
いる一方で、後の移民は、散らばったアイヌの協同体を制圧した。村は移民がもたらした
病気で荒らされ、移民と、オーストラリアと北アメリカにいた先住民を滅ぼした土着民と
の接触の側面であった。(?) 伝染病自体は新しい現象ではなかったが、1858年に幕府
によって天然痘の予防接種運動が行われたにもかかわらず、前世紀にアイヌの人口が大き
く減少した原因となった。病気は開拓史の時期に漁業地ではやった。たとえば、1873年に
は幌別で90人前後のアイヌがコレラによって死んだ。世紀の変わり目には、梅毒、トラコ
マ、そして結核がアイヌの協同体でますます流行した。信頼できる統計は、後まで手に入
れることができなかったが。
最終更新:2008年12月22日 00:14