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inferiority complex ~岩崎みなみの場合~

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tfei

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執筆日 2007年5月24日
備考 inferiority complexシリーズ第4弾。
   放置してたのと悩んだので、ここで少し間が空いている。
   感覚を取り戻すのに苦労しました。



inferiority complex
~岩崎みなみの場合~


彼女は、黙秘していた。

もとより人と関わるのは得意な方ではなかった。
端的に表現するならば無口、寡黙、物静か、といった辺りが適切であろう。
鬼才でこそあれ、その炯々たる眼光に恐れをなす者もいないわけではなかった。

クラスメート達に深く立ち入ることをよしとせず、それゆえ立ち入られることもない。
極めて表面的で浅はかな言い回しを用いるなら、謎めいていてクールで、それでいて孤高の一匹狼という見方が普通だろうか。

そのため今までに深い対人関係を持った経験がほとんどなく、強いて挙げるなら隣人で幼馴染のみゆきに遊んでもらっていたくらいだろう。
それでもみゆきが中学に上がる頃には、その年齢差ゆえに行動をともにする機会は減っていった。

しかし、高良家と岩崎家は、父不在(ともに単身赴任)で母1人娘1人という非常に似通った境遇にあり、そのため長年に渡って手を携えてきたのである。
今でも付き合いは続いているし、みゆきとその母ゆかりには感謝している。2人は、彼女の奥深くまで知悉している数少ない人間なのだ。


岩崎みなみとは、静かな水面[みなも]のような外面と、揺れ動く内面を併せ持つ存在。


陵桜学園はみゆきの母・ゆかりの母校だった。みゆきが陵桜を志望した理由はそれである。
そして彼女は、みなみは、みゆきの後を追うために陵桜を志望した。
しかしそれは表向きの理由に過ぎず、彼女の真意は別のところにあった――有り体に言えば、人間関係の一新を望んだがための選択だったのだ。

中学時代までは友人にも恵まれていたとは言い難い彼女。
自身の社交性の乏しさは重々承知していたのだが、かと言って進んで俗人の間に自らの居場所を探すこともまた彼女にとっては耐え難い屈辱となりえた。

彼女は、何事もそつなくこなす手腕を持っていた。自覚はなかったが、危機回避や緊急時の臨機応変な対応などは常人のそれよりも遥かに効率の良いものであった。要領がいいと言ってもいい。

しかしそれがまた彼女を苦しめた。
自身が没個性的な、凡庸な存在なのではないかと疑うようになったのだ。
実際のところは凡庸どころか万事において平均を上回っていたのだが、飛び抜けた部分が無いために彼女は勘違いから自己嫌悪に陥ったのである。

また、周囲からひがまれる事も多かった。(ひがむ、というのは第三者的表現であり彼女には羨望という自覚はなかった)
何かにつけ彼女に負けるが為に、面白くないと感じたのであろう、男子生徒連中が殴りかかってきたこともある。
普通は女に対して手など出さないのが常、即ち俗物達にとって彼女は、1人の女性たる以前に憎悪と嫉妬の対象でしかなかったのである。
格闘技の経験こそなかれど、持ち前の運動神経と咄嗟の機転を利かせ、彼女は何とか事なきを得た。
自ら手出しはしなかった。振り回される拳をホールドして腕を捻り上げるだけの初歩的な護身術。

睨みを利かせたら尻尾を巻いて逃げて行った。これでいいのだ。後味は悪いが仕方あるまい。そう自らを説き伏せた。

厳格な私立一貫校にもかかわらず、彼女は罰せられなかった。目撃者の証言によって正当防衛が証明されたからである。
しかし彼女は自身を叱咤した。このまま高校に上がるわけには行くまいと。
もうこの学校に残ることは出来ない。内部進学はしたくないと、彼女は担任教師にはっきりと告げた。
彼女は絶望していた。俗たることの愚かさとその弊害、自身が、孤高たる自身であるが故に、他人との間に、はっきりとした不可視の断絶が在ることを。

しかし変わった。自分が助けた少女を、引き金にして。

単なる人助けのつもりだった。他意はない。
見たこともない制服。この近辺の地区の、即ち受験生の大多数が着ているそれとは明らかに違う。(後に埼玉県内の山の手の中学だと判明するのだが)
誰かの親類が紛れ込んでいるだけだと思った。入試そのものに影響もなく、彼女は特待生として陵桜学園に迎え入れられた。

しかし3月下旬、入学前オリエンテーションの場で、事態は一変する。
自分にハンカチを返しに来た少女。以前出会った時と同じ、キャメルブラウンのブレザー姿。
奇面ではなかったため正確な顔立ちは覚えていなかったのだが、異様なほど(という印象を彼女は受けたのだがもちろん口に出してはいない)小柄な体格と、赤味のかかった髪色で結論を得た。
それはおおよそ彼女の予想していたものからはかけ離れていたが、兎にも角にも彼女は、陵桜学園で最初に友人を得ることになったのである。

その新しい友人は正直だった。
少々、自分自身に対してのみアイロニックな言動が見られたのが、彼女にとっては気に入らなかったことは確かだが、自信を得ることによって、その振る舞いも消えていった。

彼女が手に入れたのは、自分を深層から理解してくれる、全力で守り抜くべき真の友。
初めて出会えた“親友”の恩義に報うことを望み、彼女は今日も、ありったけの信頼と親愛の意をこめて、親友の名を呼ぶのである。



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