後の事
もう彼も四児の父親になるらしい。
もう今年は、一人が高校を出て、一人が大学院を出るらしい。
しかし、残りの二人は歳が離れているらしく、まだ一人は小学校だという話だ。
そんな彼と会ったのだが、思いもしない話を聞いた。
「この前さあ、子供と一緒にテレビ見てたんだよな。そしたらさあ、ある歌が聞こえてきたんだよな。それがどうも頭から離れなくてな」
そういって、彼は口笛を吹いて見せた。わりと有名な曲で、
彼が言うには、兄が戦死した弟のために作曲したらしい。
「これの歌詞でさ、『♪何のために生まれて、何のために生きるのか』ってのがあるんだよ。それでさあ、子供に聞かれたわけだ。『お父さんは何のために?』ってな。そん時は適当に答えたけど、どうも気になってな」
君は昔からそういうところに拘り過ぎる。せっかく良い家庭を築いたのだから、その癖は封印すべきだな。
「いや、そうもいかないさ。もう上は出て行くのもいるけど、いずれかは全員いなくなる。当たり前だが、あいつらはたぶん、戻ってこない。妻は妻で友人と楽しくやってるらしいし、親は人に任せてある。俺はどこへ行けばいいんだろうなって思うと、さ。俺が生きてる意味はそこで消えるわけだからな、どうすればいいんだろうって思うんだ。家には俺だけだ。俺には趣味も何にもない。大きい金もない。人生でやった事って言えば、子供を育てた。そんだけだ。何とかにして天命を知る、なんてような大げさな事もなかった。もう俺は役目を終えるんだなって。なんかさびしくないか」
生きていくのには困らない程度のお金と幸運とは恵まれたが、何か穴が開いたような物寂しい気分もあるのじゃないか?
「それもある。でも、もう俺も終わったのかなって。もう不要なのかなって思うんだよ。歳を取ってから、『はい、もうあなたはおしまいです。お疲れ様でした。あんたは用無し』って言われてるような気がするんだ。『第二の人生』なんて巷じゃ言うけど、人生の佳境はとっくに過ぎてるんだ。もう下るしかない。下り坂。動けなくなって、邪魔者扱いされて、記憶も壊れて、施設送り。俺もそんな人生なのかなって思うともうね」
彼からこんな話を聞くとは全くかけらも思っていなかった。
「それに、自分が親に、親が満足できるような事をやれるかもわからないし、自分は子供にそういう事をやってもらう予定も―まあやってくれるって言うかも確信はないし―ないからな。」
とても、あんな家庭を築いた人間の言う台詞とは思えないな。私よりも君の方がよほど、と傍からは見えるのだが。今は順風満帆、老後は何も心配のない、というようなある意味で理想的な状況だと思っていたよ。
「俺はこう思うんだ。重要なのは他人からどう見えるかじゃなくて、自分がどう思うかだってな。傍から見た幸福とそこから見た幸福じゃ意味も質も量も違いすぎる、って。何かが欠けているんだ」
無意識に、自分の定規で自分の秤で、自分の
物差しで全てをはかってしまっていたのだろうか。
見ているようで、何も、彼の、いや、人の事は見ていなかったのだろうか。
後日の余談
外国へ行ってみな。退職を早めろって争議があったらしいぞ。
「はは、俺とは正反対だ。だから、俺たちは労働の奴隷だ、なんて見えるんだろうな」
宗教的に、労働は懲罰なんだ。だから、一刻も早く終わらせて、さっさと趣味に移る準備をしているそうだよ。
「まあ、俺にもあればいいんだけど。これをやりたい、とか、これをしていれば絶対に楽しい、ってものがないんだよな」
でも、人生の佳境はまだ過ぎたとはいえないかもしれない。探してみろよ。人生を費やすに値するものを。
「はは、浪費して終わりじゃ、確かに有意義じゃないし、つまらないな」
ここでの価値が全てじゃないのは、君もわかっているはずだろう?
「ま、高校卒業までに身についた偏見はなかなか払拭できないけどね」
最終更新:2010年04月08日 18:15