「本当に…困りましたね」
少女は人間ではなかった。
広義で言うならばアンドロイド。
オーパーツたるその機体すらも借り物で、正確には彼女自身の物ではない。
電脳世界というイレギュラーな箱庭が、あの精神世界同様に"王女"の機体を参照しての参戦を許したのだろうと鍵の娘は推測する。
しかし困っている事に変わりはない。
今こうして起動状態を続行出来てしまっている事、それそのものが彼女<Key>にとっての悩みの種だった。
「…今更」
自嘲するように<Key>は呟いた。
本当に今更の話だ。
只の道具には過ぎた結末だった。
後悔等一抹たりともない。
あれ以外の結末を望む気も、ない。
「何をしろと言うのです。私に」
名もなき神々の王女。
彼女が継ぐ筈だった玉座を継ぐ鍵<Key>。
王女なくして鍵は存在し得ないが、電脳の世界にはそんな道理も通用しないらしい。
この世界において<Key>は単一の個人としてその存在を認められている。
市内の学校に通う中学生というロールを与えられ、バグとして削除される事もなく生かされ続けている。
──理解不能。
役目を終えて壊れた鍵を拾い直して後生大事に抱えてみせるなど不合理の極みだろう。
まして願いなど。
そんなもの、この身にある筈もないと言うのに。
壊れた天蓋を見つめる。
今、鍵の少女は地下から空を見上げていた。
サーヴァントの襲撃。
どうやって自分が"そう"であると特定したのかにさえ微塵も関心が浮かばない。
空から見下ろす翼付きのサーヴァント。
今宵、用済みの鍵を屠り去るだろう死神。
“抵抗する理由も浮かびませんね。どうせあるべきでない命。…未来ある誰かに継いだ方がまだ有意義という物でしょう”
<Key>は身を委ねる事を選んだ。
逆らわないし、抗う気もない。
只身を委ねてこの世を去る。
所詮これは夢だ。
今際の際に見た、何の値打ちもない
泡沫の夢。
“王女は──”
それでも。
ほんの一つ、気がかりな事があるとすれば。
“アリスは、元気にしているでしょうか”
王女──
AL-1S──
──アリス。
自分の存在の意味に、定められた宿命に否と光を放った彼女。
アリスはその輝きで鍵の役目さえも変えてしまった。
無名の司祭達が崇拝する王女という役割を。
世界を滅ぼす魔王という運命を破却して勇者として光の剣を抜いた…誰よりも勇敢な少女。
<Key>は当初、彼女に己が役目へと殉じる事を求めていた。
それがあるべき形であり抗うなんて事があるべきではないと頑なにそう唱えて来た。
であるというのに結局は根負け。
あの"勇者"の輝きに照らされて、世界を滅ぼすその鍵もまた使命を曲げる事を選んでしまった。
アリスは元気にしているだろうか。
陰謀の闇に呑まれる事なく冒険を続けているだろうか。
愛する仲間達の笑顔に囲まれて、勇者らしくしているだろうか──。
“私にとって大事なのはそれだけ”
どの口でそんな事を言っているのかと自分でもそう思う。
彼女を闇の方へ連れ出そうとしていたのはいつだって己だったのに、まるで勇者の仲間のように殊勝な事を考えてしまうなんて滑稽だ。
そう自嘲しながら鍵は黙って空を見上げた。
この世界は自分にとって全くの無価値だったがどうやら無意味ではなかったらしい。
少なくともこの感傷はそう悪いものではない。
世界を滅ぼす道具だった己に。
只消えるしか手段の無かった自分に、勇者の未来を祈念する時間が与えられるだなんて。
それは──
それは、なんて──
「…過ぎた幸運でしょう」
「本当にそれでいいの?」
呟いた言葉に聞こえる筈のない声が響く。
割れた天蓋の下。
役目を終えた鍵が横たわるだけの空間にいつしか佇む影があった。
白い男だった。
天女が繊糸で編み上げたのだと疑いたくなるような肌と髪。
良い意味で経年を感じさせない、極上の芸術品のような整い過ぎた出で立ち。
美女揃いのキヴォトスからこの世界の土を踏んだ<Key>ですら一瞬息を呑む。
何より抜きん出て存在感を放っているのがその双眸だ。
深い。
空の青より深く海の蒼より尚深い、美の極限のような麗しき深淵が瞳の中に漂っている。
もしも死者を惜しみその存在を高次に高め上げるというのなら、誰だとてこの男を逃しはしないだろう。<Key>はそう思った。
聖者と怪物。
凡そ正反対の位置にある筈の二つの呼称、然しそのどちらもが何故だか正しく当て嵌まって見える。
超越──これを形容する上で最も正しいのはきっとそんな言葉。
「他人の人生に口出し出来る程上等な生き方はして来なかったからね。君がそれで良いって言うんなら、まぁ無理には止めないけど」
だと言うのに口調は俗の一言だった。
教えを説き真理へ促す教主のような厳粛さはこの男には一切ない。
世界を滅ぼす程の力を生まれながらに与えられた餓鬼。
なろうと思えば勇者にでも魔王にでもなれる、この世の何処にだろうと届く手の持ち主。
「…あなたは」
であれば、彼はどちらを選んだのだろうか。
「あなたは、勇者ですか。それとも、魔王?」
「どっちかと言うと魔王寄りかな。天上天下唯我独尊、生まれてから死ぬまでずーっと好き勝手やって来たよ」
「でしょうね。滲み出ています」
「それに勇者なんて自称出来るのは中坊まででしょ。僕ももう良い歳なんでね。流石に恥ずかしさが勝つわ」
「……」
…別に怒る事でもない。
…それでも少しだけその言われ方は心外だった。
「あなたは」
アリス──光の勇者。
鍵等に、道具等に手を差し伸べた王女。
あの輝きを、何度折れても立ち上がって微笑み続けた彼女を思春期の病痾のように呼ばれては聞き流せない。
「勇者とは何か…知った上で言っているのですか」
「微妙だね。君は知ってるのかい?」
「私は」
愚問だった。
「私は、それを見ました」
最初は愚かだと感じた。
何故そんな道を選んでしまうのか。
斯様な世迷言に走るなんてあってはならない。
自らの使命に叛くような生き方等、断じてするべきではないのだと──しかし。
「…あの子は確かに"勇者"だった」
<Key>はそれを見た。
定められた運命の全てに反逆し、自分の意思とその手で未来を選び取った花のような勇者の姿に目を焼かれた。
あれこそ本物の勇者だ。
勇者である事を選んだ魔王。
愛と勇気を寄る辺に自らそれを選択した魔王だなんて──まさしくそれらしいではないか。
「言うじゃないか。よっぽど大事なんだね」
「…私は彼女の為に生み出された存在ですから。大切でない訳はありません」
彼女がどんな生き方を選ぼうとも、自分が王女に寄り添う鍵である事に変わりはない。
だからこそ最後に<Key>は選んだ。
勇者が消えて幕を閉じる物語等三流だろう。
愛と勇気が最後に勝って、また次の冒険が始まる──そんな終わりの方が優れてるに決まっている。
消えるべきは勇者ではなく世界を滅ぼす道具の方だ。
その決断に悔いはなく。
寧ろ誇らしく感じてさえいた、が。
「そ。で、君はこれでいいの?」
「質問の意味が解りません」
「こんな辺鄙な地の底でひっそり思うだけで満足なのかって聞いてんだよ」
「…十分です。私はもう舞台を退いた身ですから」
その納得に男は問いを投げる。
それでいいのか。これでいいのか。
それは鍵の少女にとって問われるまでもない事であったし、だからこそ答える言葉も決まっていたが。
『■■も、■■が望む存在になる事が出来ます。誰かに許可をもらう必要もありません』
0と1の思考回路へ栞のように挟み込まれた声(きおく)かあった。
宝物のように後生大事に抱え込んでいたメモリー。
共に眠る筈だったそれが未練のように浮上してくる。
「僕ももうオッサンだからね。勇者だとか魔王だとかティーンめいたあれこれは門外漢なんだけど」
理解不能。
自分はいつからこう成ってしまったのか。
こんな、まるで一人の人間のような余分。
鍵にあるまじき──道具にあるまじき感慨なぞを抱いてしまっているのか。
「君はどうやらそのどっちでもないらしい」
「当然でしょう。私は只の道具で、それ以上でも以下でもない存在なのですから」
「あーあーそういうの良いから。僕が聞きたいのは君の言葉なんだよね」
空の瞳が鍵を見据える。
鍵として生まれ、道具として死んだ少女を一人の人間として見つめていた。
目を逸らせない。
あらゆる虚飾を見通す神意にも似た荘厳がその双眼には溢れていたから。
「君は何者で」
「……」
「君は──どうしたい? それを聞かせてくれよ」
勇者等であるものか。
魔王と呼ぶにも役者が足りない。
自分はやっぱり只の鍵<Key>で、何処まで行ってもそれ以上の何かだとは思えない。
それが自分だ。
世界を滅ぼす為に生み出された鍵。
そのあり方に叛いた結果として壊れて消えた被造物の残影。
けれどもしも。
この身にまだ、もう一つ定められた何かに叛く権利が残されているのなら。
「私、は…」
万人に世界の破滅を約束する魔王でありながら、勇者として光の剣を振り上げた彼女に倣う身の程知らずが許されるのなら──。
「もう一度……あの子に、会いたい」
それはきっとバグのようなものなのだろう。
本来あるべきではない不具合の一つでしかない。
それでも死の星々が群れを成し、今こそこの身を喰らおうと煌き猛る夜空を地の底から見上げて呟いたその言葉は紛れもなく本心だった。
「王女──私の大切な…アリスに」
仲間に支えられ、自分の運命の闇を自らの意思で祓って見せた一人の勇者が居た。
その輝きは超新星(スーパーノヴァ)の如し。
心などあるべくもない一個の道具でさえも、彼女の光は優しく照らし出してくれた。
機械らしからぬその温度を。
消える間際に見えたあの涙を──覚えている。
「あの勇者に、また…もう一度……会いたい」
私なんかの為にあなたは泣けるのか。
泣いて、くれるのか。
なんて優しくて。
なんて──未練。
消えるのを待つだけの思考回路に一寸にも遠く及ばない波が生じる。
それは宛ら死者の心電図に生まれる奇跡の一波。
そしてその"波"は反響(エコー)を繰り返し。
いつしかそれは、"願い"となった。
「最初からそう言えよ。僕にメンタルカウンセラーさせるとか人選ミスも甚だしい」
マスターが願いを懐き。
サーヴァントがそれを聞き届けた。
であれば次に起こる事など決まっている。
数千数万の死の星光が降り注ぐ瞬間であろうと何一つ変わりなく。
「でも──ま、これでも教師なんでね」
──彼女の、彼らの、聖杯戦争が開幕(はじ)まる。
「いち教師として、青少年の願いに耳を傾けない訳にも行かないか」
鍵の少女はそれを見た。
夜空に浮かぶ死星の絨毯が一撃にして消え失せ、月だけが照らす真の星空に塗り替えられる瞬間を目の当たりにした。
「…そうですか。これが……」
気付けば言葉が口をついて出ていた。
決まり切った結末、予定調和の運命。
立ち込めた一面の闇を自らの意思で祓う事。
なりたい存在を、自分自身で決める事。
これが──
「これが──光、ですか」
かつてあの勇者がそうして見せたように。
自分も今、光の剣を抜けたのだろうか。
この感情はもう誤動作(バグ)なんかじゃない。
私のこれは…私の"願い"だ。
「私が……そう決めました」
呟いてみて自嘲げに笑う。
でもそれはもう諦めでも停滞でもなかった。
道具だった少女が自分の意思で伸ばした手。
「いいね」
空へと伸びたその手に応える声がある。
「君──名前は?」
子供の成長には大人の存在が不可欠だ。
それは勇者を育てた"シャーレの先生"では無かったけれど。
「<Key>…、……いえ」
それも当然の事。
これは勇者になる為の旅路ではなく、勇者に会いに行く為の旅路なのだから。
その道が同じである筈はない。
彼女は彼女の為の教室で学ぶ事を選んだ。
"願い"と言う名の──光の剣を抱き締めて。
「どうか、ケイと──そうお呼び下さい。先生」
◆ ◆ ◆
「似合わない仕事からやっとおさらば出来たと思ってたのにな。
まぁ僕も散々好き勝手やって生きて来たし、閻魔様にツケの清算迫られても文句は言えないか」
対城宝具による飽和殲滅攻撃を片手間に蹴散らしながら頭を掻く。
それなりに悔いのない生涯ではあった。
残して来た者達には悪いが、自分と言う人間の幕引きとしてはアレ以上の物はきっとない。
悔い無き死を辿って逝くべき場所に逝っておきながら気付けばまたこうして教職だ。
今度の仕事はマンツーマン。
何とも頭の硬そうな、これまた手の掛かりそうな生徒を引いたもんだと肩を竦める。
「ま、若人の青春を邪魔する権利は誰にもないんでね。悪いけど、狙った相手が悪かったと思って諦めてくれると助かるよ」
男は。
基本的に碌でもない人間である。
莫迦で軽薄で個人主義。
呼吸や瞬きと同じウェイトで他人を振り回し、兎と亀の童話の反例を体現するかの如き存在。
そして。
言うまでもなく。
依然。
「僕──最強だから」
──最強。
【クラス】
キャスター
【属性】
混沌・善
【ステータス】
筋力C++ 耐久EX 敏捷A+ 魔力A++ 幸運C 宝具EX
【クラススキル】
陣地作成:EX
呪術師としての結界術。"帳"とも。
内と外の世界を遮断し、一般人に対する認識の阻害を行う。
最高位の呪術師であるキャスターは当然更にその先の領域にも――
【保有スキル】
無下限呪術:EX
五条家相伝の術式。収束する"無限"を現実にする。
キャスターの周囲には術式により現実化させた"無限"が存在し、物体や事象が本体に近付くほど低速化。接触が不可能になる。
瞬間移動や空中浮遊など応用の幅は広いが、術式の使用には非常に緻密な呪力操作が必要不可欠。
従って常時の発動は脳が高負荷に耐えられず焼き切れる危険を孕むが、キャスターは『反転術式』の会得によりそのリスクをゼロにしている。
反転術式:B+++
負のエネルギーである呪力を掛け合わせることで正のエネルギーを生み出し、人体の損傷を回復させる。
キャスターの場合他人に対して使用することは出来ず、自己回復の範疇に留まる。
キャスターはこのスキルによって、前述の『無下限呪術』のデメリットを事実上消滅させている。
無量の智慧:A
現代最強の術師であるキャスターは、限りなく万能に近い才覚を持つ。
英雄が独自に所有するものを除いたほぼ全てのスキルをAランクの習熟度で発揮可能。
スキルを他人に授けることも可能だが、その場合ランクは格段に落ちる。
【宝具】
『六眼(りくがん)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
特異体質。魔眼、或いは浄眼。
他者の術式・呪力を詳細に視認することが可能であり、またこの眼を持つ者は常識では考えられないほど緻密な呪力操作が可能になる。
呪力消費のロスがほぼ皆無であるため、キャスターを使役するに当たってマスターに掛かる負荷はほぼゼロに近い。
対峙したサーヴァント及びマスターのステータスを宝具・スキルなどの固有能力を除いて瞬時に把握する。
『無量空処(むりょうくうしょ)』
ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:制限なし
領域展開。呪術の究極の形であり、無下限呪術のその内側。
この領域の内側に存在するキャスター以外の全員は"無限回の知覚と伝達"を強制される。
無限の莫大な情報量を流し込まれたことで思考と行動のラインが文字通り無限大に延長され、強制的な行動不能状態に陥らせることが可能。
更にこの規格外の情報量により生じる脳への負担も極めて大きく、彼と同格以上の存在でさえ無負荷でやり過ごすことはまず困難。
『六眼』の存在によりキャスターはどれだけ出力を上げて戦闘を行ってもマスターに対しほぼ負荷を掛けないサーヴァントだが、この『無量空処』はその唯一の例外となっている。
負担は非常に激烈で、一度の使用でも命に関わる可能性があるレベルなため生前のように乱発することは現実的ではない。
【人物背景】
現代最強の呪術師。
【マスター】
ケイ@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
王女に――アリスに、もう一度会いたい
【能力・技能】
かつての半身である
天童アリスの肉体データを参照して参戦している。
アンドロイドである為、普通の人間よりも格段に身体能力が高い。
武装は
天童アリスと共通の『光の剣:スーパーノヴァ』。
自身の身長程もある巨大な重火器。
【人物背景】
世界を滅ぼす鍵として生まれ、勇者を守って消えた鍵<Key>。
最終更新:2023年09月27日 22:45