『0年目 12月』


「渡したい物があるの。……はい、どうぞ」
 手渡してきた神綺の顔は顔を真っ赤で、手はぷるぷると震えていた。
「て、手編みのマフラーなんてっ、今時流行らないかもしれないけど……

 好きな人が、自分の作ったものを使ってくれてたら、嬉しいじゃない!だから、そのぅ」
 神綺の言葉を待たず、マフラーを取り出して、首へと巻いて見せる。
「……ぁ、ありがとう……って、お礼を言うべきなのは、私じゃなくて」

「でも、ありがとう……マフラーと一緒に、私の事も離さないでね?」


『1年目 1月』


「一年の始まりか。……今年もよろしくね、○○」
 そう言いながら、神綺は肩を寄せると、嬉しそうに笑っている。
「……気に入ってくれてたの?そのマフラー」
 頷くと、彼女は複雑そうな顔をした。
「でも、いつもは着けてないわよ……」
 大事な物だから、神綺と会う時にだけ、身に着ける様にしていたと答えた。
 しかし何故、着けて居ないことを知っているのだろう。
「え?え、ぇへへ……。その、魔界から穴をあけてね。時々、こっそりと」

「だから要らなかったんじゃ無かったって、少し憂鬱だったんだけど。
 ……今年は、いい年になりそう。

 貴方も居るしね……」


『1年目 2月』


「魔界では、この季節にね。想いを寄せる異性に、贈り物をする事になってるの」
 いきなりの挨拶がチンプンカンプンな神綺だったが、黙って聞き入れておく。
「だから。私からは何もないわ」
 そして、こけた。
「……勿論○○の事は大好きなんだけど。
 でも、もっともっと、もっともっともっと、好きになって貰いたいから。
 私を満足させられたら、その時は必ず上げるからね」
 ほっぺたに、優しく唇が触れる。
「ごめんね。だから、今回はこれで我慢――ひゃっ!?い、いきなり何っ」

「だ、だめだってばぁ!
 やんっ、そんな風にしなぃで……なんか、……らしっ…………よぉ♪」


『1年目 3月』

ルイズちゃん」
「はーい」
「夢子ちゃん」」
「はい」
「サラちゃん」
「はい!」
「マイちゃん、ユキちゃん」
「はいはーい!!」「…………はい♪」
「そして、アリスちゃん」
「えっと、はい」

「……おめでとう。
 こうやってまた、今年も祝う事が出来て嬉しいわ」
 蚊帳の外で一人、合わせる様にして取りあえず拍手。
「あ、ごめんね。
 女の子のお祝いみたいなものなんだけどね……
 ルイズちゃんやアリスちゃんとは、顔を合わせる機会が減っちゃったから。
 帰郷させてるって訳じゃないけど、なんかそんな感じ。

 研究やら旅行やら、自分の趣味に没頭しちゃってて、二人揃って帰って来る事なんて、
 最近では稀な事だから。
 こうやってお祝いを口実にでも利用しないと、なかなかね」
 耳打ちするように、神綺がぼそぼそと話していると、夢子とユキがむっと膨れる。
「なにデレデレしてるんですか、もう!」
「なんか分かんないけど、ずるいよー!」

「え、えっと(汗)」


『1年目 4月』


「……貴方には、どう見えるの?」
 神綺と、二人きりだった。

 人里や神社の宴会の席に顔を出してもよかったが、彼女からの『花見』の誘いは珍しく、
 迷わず其方を選んでいた。
 尤も、これを見る為に魔術を覚え、瘴気をどうにか克服しなければならなかったのは、
 大変な苦労だったが。
 そのせいもあってか、目の前の木に咲き誇る銀色の花弁をしたそれが、
 何よりも美しく感じられる。愛おしいまでに。
「桜っていうのをね、真似てみたのよ」

「木の形だけ。でも蕾から咲かせた花は、私の心が現れる様に、思いつきで作ってみたの」

「……貴方の事を考えながら」
 神綺は不安そうな顔をして、自分の服をそっと掴み、体重を預けてくる。

「……私は、自分で創ったものだから。分からなくて、わからなくて。
 あの子達と違う、何かの為じゃない」

「貴方を想ったら……咲いてしまっていた、花なの」

「……醜くない?」
 すぐに首を振って、否定しながら、神綺の頭を撫でた。
「あっ……」
 何度も、何度も、優しく。
 その髪の柔らかさに、酔ってしまいそうになりながら。
「…………○○のにおいがするね」
 神綺は、そのままずっと傍に居た。


『1年目 5月』


「夢子ちゃーん、夢子ちゃぁぁぁん」
 先程から夢子は呼ばれては雑務、呼ばれては雑務を繰り返している。
 魔界に居る時もそう、此方に来た時もまたと、殆どがそういう風になっていた。
 不憫になり、手伝おうとするが。
「○○は此処にいなきゃダメよぉ。だーめー」
 寝転がっていた神綺が自分の足をつかみながら、唸る。
「だーめーよー」
 言う事を聞きそうにはない。その上。
「そんな目でみないでよぉ……。
 腕枕頼めるのなんて、貴方しか居ないんだから……

 それにまだ六時間しか経ってないじゃない。
 半日位いいでしょー……ねぇってば」
 神綺の甘い香りが、色々な意味で鼻をつく。
 先程から夢子の視線が、どんどん凶悪な物になっている上、
 腕の痺れはもはや極限状態だというのに。

 あと六時間、持つだろうか。

「わかったわよ。……それなら今度はふとももを借りるから」

 …………が。


『1年目 6月』


「……はぁぁぁぁ」
 暗い。ものっそい、暗い。
 神綺はこの所、ずっとこんな感じが続いている。
 理由を尋ねても首を振るばかりで、何も答えない。
 一体何を悩んでいるのかは、分からなかったが。

 なので気晴らしになるようにと、デートに誘った先で、小物の指輪をプレゼントする。
 神綺はそれを受け取ると、少し涙目になって喜んでくれていた。

 それからは毎日のように上機嫌で、自分も気分がいい。
 これからもそんな日々が続いていくと良いと思った。


『この月に結婚をすると、幸せになれる。そんな話を聞いて。
 でも、私は。
 魔界の神の癖に、結婚の経験がない。

 指輪の交換なんて、した事ない。
 くちづけだって、それに。
 初めてだって……

 それに○○と以外、そんな事はしたくない。
 ○○とじゃなきゃ、いやだ。

 嫌、嫌、嫌。

 でも○○が私と結婚しようとなんて、思うだろうか。

 今は好き合っていると思える、けど、それだって何時壊れるかわからない。

 あの人は人間だから。

 脆くて、簡単に壊れてしまう。


 ……そんなあの人が、今日、指輪をくれたのは。

 私への、あてつけなのか。

 私は、泣きたいのを必死に我慢して、笑顔をつくる。つくる。つくればいい。


 ……あの人の傍に居たいから。

 ○○の事を、好きだから』


『1年目 7月』


 先月から何回目のデートなのか。
 彼女から誘われた回数はもう直ぐ二十回目を越えようとしている。
 少しでも時間があれば来て、用事が無いと分かれば、
 二人で出掛けるのが当たり前になっていた。

 そして時間が無かったとしても、ぎりぎりまで家に居てくれる。
 彼女なら夜道の心配もないし、本当に有難いと思った。

 七月の中旬を過ぎた暑さの中、そんな事を考えながら湖に浸かりながら。
 日傘の下で手を振っている神綺を眺め、手を振り返して戻る。

「お疲れ様っ。でも態々出掛けなくても、避暑地なら魔界にうってつけのがあるわよ」
 タオルを取り出しながら、そう言う。
「此処じゃ見られない海とか、氷の世界とかね。
 でもそれだけじゃ寂しいから、可愛い生き物や、綺麗な景色だってあるのよ」
 得意げに彼女は喋りながら、タオルを手に取る。
 受け取ろうとするが、その手は宙をきった。
「あ、いいわよ。動かなくて。
 私が拭いてあげるから、ね?」
 それは流石に、と断ろうとするも
「いいの、いいの♪」
 と神綺は頭にタオルをかぶせ、わしゃわしゃと髪の毛を拭く。
 そのまま肩、腕、背中と器用に拭いながら、腹へと。
「……んっ」
 むせる様な声がして、足をさっさっと拭き終える。
 ……そして何故か、そのまま太股の辺りを摩っていた。
「…………えっ?何?」
 どうしたのかと尋ねる。
「あぁ……そういえば枕にしたなって」
 目線を合わそうとしない。何か不味い事を言っただろうか。
 それでも、神綺は摩るのをやめないまま。

「何でもないから。それよりも今度、また、……して欲しいな。腕枕」
 口にすると、タオルを仕舞い、笑顔で笑った。


『1年目 8月』

 猛暑が続いている。
 泳ぎに来た訳ではないが、魔界の避暑地に結局お邪魔する形になっていた。
 辺りは黒白の飛べない鳥やら、液体生物やら、何だかよく分からないものがうろついている。
 可愛くはあるが、どこかセンスのずれの様な物を感じていた。
 だが、
「どうかしら。綺麗な景色だと思わない」
 その海は、暗い空の下にありながら、煌びやかな自然が見え隠れしている。
 海の中の中まで。

 それを眺めながら、神綺といつもの様に会話する。
 何気なく些細な、どうでもいい話を。

「何で創った物を簡単に壊すのかしら、貴方達は。
 魔界みたいに、土地が多くないから置く場所がないとか?
 それとも、単に気に入らないから、捨てるのと一緒?」
 そう聞かれ、悩む。……答えられない。
「難しいかな、○○には。
 じゃあ、もっと簡単な問題にしてあげる」
 神綺は目を少し細めて、優しい顔で言った。

「貴方の子が、多すぎて養えなかったら捨てるのは何故?
 気に入らなかったから、捨てるの?」
 ……そう聞かれ、ぽんと手を打つ。
 人間には限界がある。力が、足りなかったから。
 そう答えた。
「なるほどね」
 神綺は少しだけ寂しそうな表情をする。
 あまり良い答えではなかったか。

「でも力があれば、その子達なんか最初っから要らなかったんじゃないの」

「母親は……力なんか無くたって、欲しかったかも知れないのにね」
 神綺のその顔が、少し胸を締め付けて居た。
 顔を伏せると、その頭を撫ぜる手がある。

 神綺は、何も言わない。

 ただ優しく、その手で撫でていて、くれていた。


『1年目 9月』


 山の登り道の途中で息を切らし、座り込んでいる自分。
 ……というのも、神綺の登るペースが早すぎるのだ。
「ほらっ、○○!あんな所に鳥の巣があるわよ」
 と言いながら絶壁を飛ばずに登り切り、雛を眺め撫でていたり。
「珍しい木の実があるわね。ちょっと取ってくるから、先に行っててくれるかしら」
 と言って木登りを始めたかと思えば、そのてっぺんから軽くジャンプして、
 遥か先にショートカットしてきたり。
 普段の服装は、控えめな物が多く(今もそうだが)、
 まるで想像もつかない姿に驚く他なかった。
 ……まぁ、自分と比べれば仕方の無い事なのだが。

 これでも瘴気を克服する為に、色々と特訓し、少しはマシになったと思っていたが。
 見当違いだったらしい。

「あ、あはは、またやっちゃった……
 夢子ちゃん達と一緒に登った時も、
 ユキちゃんやマイちゃんのペースを考えずに置いて行っちゃった事を思い出したわ。
 サラちゃんも夢子ちゃんも着いてくるのがやっとだったって言ってたんだけど、
 ルイズちゃんが普通に隣を歩いていたから、ねっ……」

 それは恐らくルイズさんが凄すぎるだけだと思う。
 彼女も含めて。

「大丈夫?○○も疲れてるんじゃない?」
 心配そうに覗きこむ彼女は汗一つ掻いていない。
 そう思っていると神綺は背中を向け、荷物を下ろした。
「はい、どうぞ」
 と。

 ……が、男が女に背負って貰うと言うのは、流石に恥ずかしい。
 やんわりと断ると、神綺もそれを察したように慌てる。
「そ、そうよね。○○は男の人だし、まして私の創った子でもないし!
 ごめんね、変な事言っちゃって」


 そんなやり取りを交わしながら、やっとの事で頂上へと辿り着いたが。
「飛ばずに誰かと山を登るのは、やっぱり楽しいわね。
 練習としては、悪くないわ」
 その直後に何か物騒な事を呟いた気がした。
「また一緒に登りましょうね。今度は皆も誘って!」
 それに条件反射で頷いてしまった事に気づき、後悔しながら。


『1年目 10月』


 最近、また神綺の様子がおかしい。
 今まで毎日の様に来ていたのが、まるで顔を見せなくなっていた。

 心配になって魔界を尋ねてみても、その時は普通に会ってくれる。
 そして、理由を聞いたところで。

「魔界の管理が忙しくてちょっと。ごめんね……」

「体調が優れないの。あ、でも貴方が来てくれたから元気に……」

 何処か歯切れの悪い返事しか返ってこない。

 結局今月は、自分から会いに行った時にしか、顔を合わせる事はなく。

 月の終わり、郵便受けに一通の手紙が入れられた事にも、気付いてはいなかった。


『1年目 11月』


 ……ぐしゃぐしゃになった封筒に、一通の手紙が入っていた。
 濡れた後乾かされたのか、文字も時々読み辛くなっている。

 神綺からの、手紙。

『○○、貴方に会いに行かなくなってから。
 貴方の事が気がかりで、頭から離れない。

 毎日の様に貴方の事を考えて。

 貴方を想う、それだけで幸せになれた。

 何もかもがどうでも良くなる位、夢中に。

 貴方が会いに来てくれた時にはそう、私の世界を壊してもいいとさえ 思えた


 だから 私は気付いてしまった


 貴方はまだ 私と同じ位には、私を愛してくれていない事に。

 私から会いに行ったのと同じ位、貴方は 私に会いには来てくれない。

 貴方が誘ってくれた逢引の数も また、半分の数にも満ちていない。

 何より。

 貴方から 私を求めてはくれることはない


 決して。


 貴方が、貴方が、貴方が 貴方が あなたが


 こんなにも好きなのに、めちゃくちゃにしてやりたい

 ううん こんなにも好きだからこそ


 だい好き


 だからもし、わたしがおかしくなって あなたがたえられなくなってしまったら

 どうか これで」

 ……封筒の中に残っていた、重みに気付き覗き込むと。

 抜き身のままの、銀色の短剣が――


『1年目 12月』


 神綺が、
「……どうしたのよ、そんなに暗い顔をして」
 居た。

 11月の初めから、魔界へのゲートは見当たらなくなっていた。
 自分から会いに行く事も出来ず、ただ彼女を待つ日々が続き。
 そして今、彼女は自分の目の前に居る。

「暫く会わなかったから、体でも壊れちゃったの?
 ……私が治して上げましょうか?ふ、ふ」

 特徴的だった髪はより長く下ろされており、髪留めもしていない。
 ケープも身に着けぬまま、この寒空の中で彼女は、ゆっくりと自分へと近付いて来た。

「ねぇ……聞いてるの、○○」
 彼女はにやにやと笑いながら手を伸ばすと、胸へと当ててくる。
「うん、そうだね そうだね」
 そうして何かと話す様にしながら、ゆっくりと手を剥がした。

「貴方の鼓動って、何時聞いても心地良いわ……

 眠ってしまいそうになるもの……永遠に」

 はっと我にかえる。
 妙な様子の彼女を心配し、寒くないかと尋ねた。
「……寒い?……何で?」
 自分の体を一瞥し、興味無さそうに視線を戻す。
 じっと、その目は自分の目を見続けている。

「あぁ、そっか……」
 神綺はそう言うと、何処からか小さな包みを取り出して、自分へと差し出す。
 その包みは、何処か不格好だったが、しかし何重にも巻かれている様で丁寧に包まれている。
 受け取るのを少し躊躇っていると、神綺は気にもせずその包みを思い切り自分で破いた。
「ごめんね、面倒そうだったから。代わりに開けちゃった……。
 まあでも中身に変わりないしいいよね。
 例え破けちゃってても、また作ってあげるから……ね」
 そう言いながら中にあったのは、マフラーだった。
 去年貰ったのと同じ、同じ色の、全く同じデザインの。

「○○は私の大切な人だから貰ってほしいの……

 だから、寒い日は毎日着けていて?」
 神綺の手は、所々痛々しく、真っ赤になっている。
 そうしてまた何処からか小包を取り出してみせると、再度それを破り、中を見せた。
「代わりは幾らでもあるから。

 ち ゃ ん と つ か っ て ね ?」
 ……マフラーが、あった。

分岐

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最終更新:2010年08月30日 20:45