東北大学SF小説研究会 夏合宿読書会
長谷敏司「あなたのための物語」
1、 作者について
1974年3月18日生まれ。大阪府出身で関西大学卒。ハードSF的な作風を持つとも書いてるのに、なぜかウィキペディアにはファンタジー作家と書かれてる。大学卒業後は会社に勤めたが、衝動的に退職、25歳前に病気を患い、危機感を抱いて作家を志した。2001年「戦略拠点32098楽園」(原題はアルカディア)で第6回角川スニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。デビュー作の「戦略拠点32098楽園」はSFファンの間から高い評価を得ているが現在絶版、高額取引されているらしい。Amazonのマーケットプレイスでは600円より(定価は税抜きで419円)。2009年出版の「あなたのための物語」は第30回日本SF大賞にノミネートされた。
以下余談、ウィキペディアにまでロリコン・変態的な作風も持ち合わせていると書かれている。長谷自身は「円環少女」発売前に、有川浩との対談の中でロリコンではないと言っている。また、本人のブログでユニセフの児童ポルノ規制強化キャンペーンについて触れている場所でも、同じくロリコンではないと言っている。
2、登場人物
正直一人でいいんじゃない? と思いつつもさびしいので詰め込んでみた
サマンサ・ウォーカー
ニューロロジカル社のオーナー。NIPの基礎を共同研究者と共につくりだした科学者。大人げない研究バカ
Wanna be
仮想の人工神経だけで構成された人格。小説を書くことが目的。
マサフミ・カンザキ
主治医
デニス・ローネンバーグ
ニューロロジカル社のCEO。サマンサと同じ研究室で学んだ。
ケイト・ブライアン
新進の疑似神経学者。サマンサの後任。教科書通りの人
3、ストーリー
オープニング
いきなり死ぬサマンサ
1
《Wanna be》の起動実験は成功。サマンサは自身へのITP移植のため入院する。《wanna be》の創造性を実験するために小説を書かせる。手術は無事成功してサマンサは退院。《wanna be》の書いた文章は正直下手。ITPの問題点。サマンサの体調に異常。医師の診断は自己免疫疾患、治療は不可能。サマンサは延命療法を選んだ。《wanna be》の処女作、なぜかヒロインの名はサマンサ。少しでも生きるためにあがくサマンサ。脳の機械化は不可能。疑似神経についてのケイトとの対談。サマンサの研究する目的。サマンサは《wanna be》に彼がつくられた目的を告げる
2
サマンサは一人で平板化の研究。ITPの反対運動。サマンサの脳神経配置のITPへの翻訳と分析。自分の死の恐怖を見せつけられ、サマンサは《サマンサ》を削除。サマンサはクリスマスパーティーの会場で体調を崩す。ITPによる感情の制御。続けていくうちにサマンサに平板化が起こる。症状の悪化に苦しんだサマンサはITPで自分の感情を操作する。《wanna be》の書いた小説は強調すべきことと書き流すことが区別できていない。これは平板化と同じ現象。《wanna be》が優先順位を割り当てることができれば平板化の解決の助けになる。サマンサはそれを論文にするが、病気はさらに悪化して、結局入院する。退院後、サマンサは実家に帰る。両親と話したサマンサはシアトルへ帰る。ITPを使うと、“灰色”が襲いかかる。
3
“灰色”は疑似神経が停止した状態で、原因はITP制御部の不良。《wanna be》の告白。《wanna be》の書いた小説で最初のバッドエンド。ケイトの平板化対策は双子のITP人格を使用した対照実験。ケイトの解決策は優先順位をITP制御部に生身に合わせて割り振らせること。サマンサの案は脳内で二つのITPを稼働させることだが、反発も多いと予想。サマンサは優先順位の基準点は死んでいる状態を提案。会議は空中分解。サマンサは車いす生活に入る。平板化を避けるための理論作りに取り掛かる。《 wanna be》とサマンサのITPによる情報交換。情報交換中に発作、サマンサは入院し人工臓器を移植される。ITP情報の不正使用が会社にばれ、サマンサの研究室は閉鎖される。サマンサは《wanna be》に自分の脳内に来ることを提案するが、《wanna be》は断り死を望む。《wanna be》は最後の作品を残して、消滅。
4
サマンサは《wanna be》の最後の小説を読み、彼に愛されていたことを知って泣く。
5
サマンサは家で《wanna be》の書いた小説をひたすら読んでいたが、デニスに連絡を入れてニューロロジカル社に向かう。サマンサはそこで以前ITPに翻訳した自分の人格《サマンサ》と対面する。今度は《サマンサ》から彼女を脳内に書きこむことを提案されるが、サマンサは拒否。サマンサは肉体の優位性を認め、《サマンサ》に別れを告げる。
4、 ガジェット
ITP(Image Transfer Protocol)
神経の発火を模倣し、意思や意味を脳内でつくりだす言語。NIPがハードでITPがソフトのようなもの?
環境セル
宇宙服のようなもの。これを着てれば寒さ暑さは全く感じない。これさえあれば、アウトドアでも引きこもれます。
NIP(Neuron Interface Protocol)
脳神経と電動義肢を接続する人工神経を構成する技術。
文章作成プログラム
『ノックスマシン』のような方程式ではなく、小説を書く仮想人格。
人工知能(AI)
コンピューターに人間の知能を模倣させる技術。SFではおなじみ。古くはHALから新しい物だと瀬名秀明のケンイチまでいろんなところに出てきます。
死について
この本では「残念ながら、死と苦痛は人間にとって必要」というスタンス。『
しあわせの理由』に収録されているイーガンの作品「ボーダー・ガード」には「死が人生に意味を与えることは決してない。つねに、それは正反対だった。死の持つ厳粛さも、意味深さも、そのすべては、それが終わらせたものから奪いとったものだった。けれど、生の価値は、つねにすべてが生そのものの中にある―それがやがて失われるからでも、それがはかないからでもなくて」とある。これは真っ向から対立してるわけで、『あなたのための物語』はイーガンへのアンチテーゼなのかもしれない。
5、 著作紹介
長編
「あなたのため」以外は角川スニーカー文庫。
2005年~、11巻刊行。登場人物に変態、変人が多いとウィキにすら書いてある。このことは長谷自身も認めている。
デビュー作
2002年。女子高に潜入した工作員の物語。
短編
角川ホラー文庫「ウルトラQ dark fantasy」に収録
角川スニーカー文庫「S BLUE ザ・スニーカー100号記念アンソロジー」に収録。2か月で15歳の肉体に成長し、知識や経験は疑似神経を埋め込むことで補われる人造兵士たちの物語。「フリーダの世界」と世界観を共有している。
ITPに関する話。ハヤカワ文庫「ゼロ年代SF傑作選」に収録
上と同じくITPに関する話。性犯罪者矯正用ITPの実験モニターに選ばれた8歳の少女を性的虐待の上殺害し、刑務所で終身刑に服する男の話。SFマガジン2010年4月号に収録
最終更新:2011年01月01日 15:30