『たったひとつの冴えたやりかた』(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著 浅倉久志訳・ハヤカワ文庫 発行:1987年10月15日)

1 著者について


経歴著作はリンク先参照。むしろもう知ってますよね

補足。筆名の由来はジャムの瓶(ウィルキン&サンズ社のTIPTREEというブランド)から適当にとったとティプトリー自身が明かしておりますが、小谷真理「帝国の娘たち」(現代思想1995/11)によるとティプトリーが少女時代アフリカに行った際案内役をしたカール・エイクリーが飼っていたサルの名前(J・T・jr)の洒落にもなっているそうです。

  • ティプトリーが女性だと判明したときの驚きは相当のものだったようです。舞城王太郎が女性だったりしたらびっくりしますもんね。

  • 最後に、小谷真理「もうひとつのティプトリー・ショック」(SFマガジン1997/12)によるとティプトリーは同性愛者であった可能性があり、作品に影響しているのではないか、との指摘があります。このへんの検証は僕には荷が重いので誰かやってください。

2 本の売り込み


  • 原題は一連の作品をひっくるめて『 The Starry Rift 』でしたが日本では作中の一篇「たったひとつの冴えたやりかた」を表題に。このタイトルが好きな人は多いようであちこちで引用されています*1

  • 表紙、挿絵に川原由美子、帯句は「星空に愛と勇気を!」と少女をターゲットにしたつくり。(当時はそういう売り方もあったんですね)

  • 不思議なことに本来のSFファンにも大受けしたらしく、表題作が88年星雲賞受賞、SFマガジンの89年12月号と98年1月号オールタイムベスト海外短編部門1位を受賞。(ちなみに98年の2位は「冷たい方程式」。 気持ち悪いですね。)(さらに蛇足:不思議なことに2001年12月発行の『SF入門』のオールタイムベストにはかすりもしてません。女の子が出てくる話はラノベにわんさかあるからでしょうか。要するにSFなんて読む価値んmlkm)

  • 超光速航行が普及する以前の時代、<リフト>と呼ばれる宙域周辺を舞台にしたファクト/フィクションをコメノのカップルが閲覧するという構成ですが上記のとうり売り出し方の影響もあってか表題作の印象が強すぎて他の2作はおまけみたいな扱いをされがちです。

3 各話解説


「たったひとつの冴えたやりかた」

“The Only Neat Thing To Do”(F&SF 1985/10,SFマガジン1987/1 )

あらすじ

ヒント:裏表紙

あと原題のNeatってのは最近話題のいわゆるアレではないので働かないことが冴えたやりかただとかティプトリーが言ってるわけではないので勘違いしないほうがいいと思います。



  この話を泣ける小説として成功させている要素のひとつにラスト30ページ強を基地に舞台を移し、コーティが発したレコーダーの内容を基地の大人たちが聞くという構成をとっていることが挙げられます。死への恐怖や葛藤といったコーティの主観をあえて書かないことで、彼女がとった行動がまさに「たったひとつの冴えたやりかた」として輝きます。

泣き言をいわずに自分ひとりで苦境を引き受けるコーティのキャラクターは、川原泉等にも通じるように思われます。 このへんにSFファンの性的嗜好が読み取れるかもしれません。

というわけで、この話はとにかく泣ける、泣かないと人間じゃない、と評判ですが(了見の狭い人もいますね)単なる泣ける話というだけではなくSF的設定もうまく機能しています。

イーアの性質についてまとめます

 ・シロベーンは人間で言えば少年、あるいは少女くらいの若さ。好奇心にかられ、こっそり宇宙に出てみた、とコーティそっくりの境遇です。

 ・脳寄生体イーアは宿主に対して性的刺激を与えることでコントロールを取ります。 コーティに対するシロベーンの最初のアプローチがそうですし、ボーニイとコーに対しても

 ・脳寄生体のため姿が見えない、コーティの声帯を通じ発声することでコーティと「会話する」。

 ・若いイーアは先輩のイーアに宿主を傷つけないでうまくコントロールする方法を学びます。逆に言えば指導者のいないイーアは宿主を食い尽くしてしまいます。

  ・イーアがひとりのときに交尾期がくると胞子をつくり、宿主を食いつぶします。

こうしてみてみると、シロベーンはコーティの身体の奥にある、自分ではどうしようもないもの、いうなれば本能の象徴であるように思われます。そのように考えるとシロベーンの性的な目覚めによってコーティは食いつぶされてしまうというストーリーは女になることで少女性が失われてしまう(あるいは、作品そのまま人として死んでしまう?)という暗喩なのではないでしょうか。つまらないですか。

後の話で扱われてますけど冷凍睡眠で宇宙旅行って相当時間かかりますよね。 シロベーンに寄生されなくても十分親不孝なのではないでしょうか



「グッドナイト、スイートハーツ」

Good Night, Sweethearts(F&SF 1986/03 、SFマガジン1987/6)

あらすじ


回収救難官のレイヴンは肉体的には30歳だが冷凍睡眠時間を加えると100歳。偶然救助した宇宙船に数十年前に自分を捨てた女性が当時の姿のまま乗っていた…

ティプトリーなのにバッドエンドじゃない話。スペオペ的展開が長く、美容整形で若さを保ち続ける女性と、そのクローンが同時存在するというアイデアが生かせてないように思われます。また。そのせいか、「たったひとつの冴えたやりかた」に比べ、語られることが少ない作品です。

この話の主人公は2度選択を迫られます。1度目はどちらの女性を助けるか。(しかし、この選択というのが問題で、そもそも助けた女性が主人公のものになるというのは主人公の思い込みです。)ここでは精力旺盛な主人公は両方とも助けることに成功します。

2度目の選択は女をとるか自由をとるか、というものですが上にも挙げたとおり2人の女性は主人公のものになるわけではありません。では、主人公が選んだように自由を選び、宝の山へ進むのが正しかったのでしょうか。違います。ここで主人公が選ぶべきなのは当然、遭難しかかっている2人の女性を助けることです。 作品内の宙域で彼女らを確実に助けるスキルをもっているのが回収救難官の主人公だけだからです。当然、助けたからといって2人の女性が主人公のものになるわけではありません。しかし道義上、主人公に助ける義務があるということです。ここで助けないのはJR西日本職員くらいです。

では、この話はみるべき価値のない駄作なのでしょうか。そんな気がしないでもないですが興味深い点があります。第一話との比較です。この話も第一話もテーマは選択であると読めます。

自分本位の男にはどちらをとっても幸せになれる選択(少なくとも主人公は選択と思っている)があたえられ、一方聡明な少女コーティがせまられるのは「たったひとつの冴えたやりかた」という自己犠牲のみという対比にティプトリーの作為を読み取る道があるのではないでしょうか。

 こじつけ?わかってるよこの馬鹿!

「衝突」

“Collision”(Asimov SF 1986/05)

あらすじ


連邦基地900に奇妙な報告が届いた。最初に <リフト>対岸に向かった探索船リフト・ランナーからのもので、内容はある宙域を越えてから乗組員がまるで別の生物のような身体感覚を持つようになったというものだ。

一方<リフト>対岸<調和圏>ではジーロという種族が独自の文化圏を形成していた。 ジーロの目下の懸念はジューマンとよばれるエイリアンの侵略だった。

両者の思惑をよそにリフト・ランナーは<調和圏>へ近づいていく…

タイトルの意味はエイリアンの意識との衝突ということでしょうか

主な登場人物


連邦基地900

 ヨーン     指令    ほとんど傍観者だが

 フレッド    副官    途中でクローンと交代

 ポーナ     通信係士官→通信部長



リフト・ランナー

 アッシュ    船長

 トーラン    航法士

 シャーラ    言語学者  クリムヒーンに締め上げられた際奥歯に仕込んだ毒薬をかんで死亡

 キャシー・クー 感応者   幻覚にかられ自ら溺死

 ディンガー   エンジニア 

調和圏

ジラノイ(ジル)  外務局員 通訳だったはずなのにみんな話せるようになって役立たず

カナックリー         子作り大好き

クリムヒーン    艦長

前半はヒューマン側とジーロ側と交互に視点を変えてヒューマンたちが往路で感じた幻覚症状やジーロの生態の秘密を徐々に解き明かし、後半はリフト・ランナー乗組員の視点からジーロとのファースト・コンタクトを描くという構成をとっています。

興味深かった点は、

  • エイリアンが一枚岩ではなく、上層部はほぼ無能で人類と意思疎通しようとするのはジルのみ

  • 時間経過のダイナミックさ

ジーロとヒューマンの宇宙船の接触の前にジルだけでなくクリムヒーン、また知性が低いと思われるムルヌーのトムロですら銀河共通語を覚えてしまっているため、さまざまな分野の専門家が知力を結集して意思疎通を図る、とはいかず片言の銀河共通語をまくしたてる、という展開になったのは残念

SF的設定が後半あまり生きてこなくて作者が何を書きたかったのかよくわからない作品ですが、この話の主題をあえて挙げるとするなら終盤の片言での艦長の説得の場面の分量や最終的にジーロとヒューマンの戦争は回避できた展開を鑑み、ラストでヨーン指令が言っていたように信頼関係を築くことだと思われます。

ただ、完全なハッピーエンドとするには引っかかる点があります。

説得の場面では信頼を得ようと必死で単語を並べ説得しますが、クリムヒーンが納得する前に連邦の救援が先に着いてしまい、なし崩し的にジーロは連邦にいってしまうのです。ここではアッシュ船長の誠意が通じたわけでなく、単に力関係でヒューマン側が有利になったため、クリムヒーンは屈したふうに読めるのです。 コミュニケーションの断絶が埋められないまま、表面上は平和裏に交流することになった、微妙に苦いエンディングだと思われたのですがどうでしょう。

2018.11.22 Yahoo!ジオシティーズより移行
http://www.geocities.jp/tohoku_sf/dokushokai/thestarryrift.html
なお、内容は執筆当時を反映し古い情報に基づいていることがあります by ちゃあしう
最終更新:2019年03月26日 00:08

*1 リンク切れにつきInternetArchiveで代用 内容的に「?」ではあるものの、執筆者の意向を尊重し?リンクは維持。by移行者