妖精を見るには
妖精の目がいる


読書会レジュメ by ちゃあしう
「戦闘妖精・雪風」 神林長平


1・あらすじ

 南極に突如「超空間通路」を作り、地球へと侵略してきた異星体「ジャム」。人類はジャムのそれ以上の侵攻を防ぐために「通路」の向こう側、謎の惑星フェアリイに地球防衛組織・フェアリイ空軍を設置する。その中において戦術偵察を任務とし、ただ生還することのみを目的とする戦術偵察部隊、特殊戦。奇妙な軍の奇妙な部隊に所属する孤独な男、深井零と戦術戦闘電子偵察機「雪風」の物語。


2・作者紹介

神林長平(かんばやし ちょうへい)
1953年新潟生まれ。79年のハヤカワSFコンテスト佳作「狐と踊れ」でデビュー。雪風の最初の話「妖精の舞う空」の前身、「妖精が舞う」は2作目である。これ以後、「機械」「言葉」のモチーフを重視した数多くの小説を執筆。星雲賞受賞回数は9回で筒井康隆と同じく一位。
主な著作:「あなたの魂に安らぎあれ」「帝王の殻」「膚の下」の3部作 「敵は海賊」シリーズ
「完璧な涙」「七胴落とし」「言葉使い師」「言壷」「魂の駆動体」など

  • 第一話 「妖精の舞う空」(旧:「妖精が舞う」)
初出:SFマガジン 1979年11月号  挿絵:中島靖侃
  • 第二話 「騎士の価値を問うな」
初出:SFマガジン 1980年10月号  挿絵:依光隆
  • 第三話 「不可知戦域」
初出:SFマガジン 1981年2月号  挿絵・横山宏
  • 第四話 「インディアン・サマー」
初出:SFマガジン 1981年9月号  挿絵・横山宏
  • 第五話 「フェアリイ・冬」
初出:SFマガジン  1982年4月号 挿絵・横山宏
  • 第六話 「全系統異常なし」
初出:SFマガジン 1983年4月号  挿絵・横山宏
  • 第七話「戦闘妖精」
初出:SFマガジン 1983年5月号  挿絵・横山宏
  • 最終話「スーパーフェニックス」 
星雲賞短編部門受賞 初出:SFマガジン 1983年6月号  挿絵・横山宏

  • 戦闘妖精・雪風
表紙: 横山宏(旧)
  • 戦闘妖精・雪風(改)
表紙: 長谷川正治

3・考察

この小説、もともと著者が人間より機械に関心が深かった頃、さらに、人間である自分が嫌だったという時期に航空関連のムックと、アメリカ海軍のフライトマニュアル(実物)を読んでいて書いたというだけあって無味乾燥に見えるメカニック描写の占めるウエイトが非常に大きい。そのムック・マニュアルにあるシークエンス(過程)をまあ全て文字に出来ればいいやと考えていたようで、ストーリーは後についてきた本人は言うが、その多重構造的ストーリーが「自然に入ってしまった」というならなかなかのものである。
 神林とフィリップ・K・ディックは似ていると言うが、雪風はまず「異常」な世界がまずあり、その中での人間の動きがメインである。そしてその「異常な」現実を、著者は新たなる触媒を投入してさらに改変し、その中での人物たちの変化を冷静に読み取る。工学系作家は数多くあれど、文章、そして人間を解釈するのに工学的アプローチを使うヒトは彼を置いて無いと言ってもいい。

侵略SFとしての「ゆきかぜ」

   地球に時空を超える「通路」を通じてやって来た異星体ジャム。しかし、このジャムとの戦いはかつて描かれた侵略SFの「侵略」の範疇からは大きく外れる。宇宙人が地球を狙ってくるとなれば、人類は共通の敵を迎え撃つため、各国で協調が図られて一大反抗作戦が開始される…というのがすっかりおなじみになってしまっている。「地球防衛軍」「インデペンデンス・デイ」なんかその一例だろう。中には、人類を核戦争の危機から救い、結束を図るために偽の宇宙人を作って侵略をでっち上げる(「アウターリミッツ」の「ゆがめられた世界統一」)なんてものまである。

 しかし「雪風」世界では、人類はわずかに自分たちの力が上回っていると知ると、地球を守るという任務をあっさりと纏め上げた組織に一任してしまっている。また、ジャムとの戦いには多くのものが欠けている。「勝利の不在」。FAFは負けられない、しかし完全な勝利というものがない。ジャムは叩いても叩いても出てくるくせに、遊んでいるようにFAFの戦術にペースをあわせていて、自ら大攻勢へと打って出てくることは無い。歯がゆい戦いである。そして次に「守るものの不在」。深井零自身が地球を守るという心情に欠けているし、地球に住んでいる人間は侵略されていることすら感じない。ヒトによってはかの国を守る「軍隊にあらざる軍隊」のように見ることもできるだろう。それを批判する人物)も出てくるが、結局のところFAFには守るものがない、といっても過言ではない。そしてこの戦いは、最終的に「ヒトの不在」という恐るべきものへと変化してゆく。リン・ジャクスンのいうとおり、これは直接的侵略ではなく「意識への侵略」なのかもしれないし、ひょもするとジャムなどではなく「機械の」人間に対する侵略とも言えるだろう。

「存在するかもわからない侵略者」というモチーフはホールドマン「終わりなき戦い」のトーランにも一種似ている。JAMの正体を機械生命体と取るのはたやすいが、あくまで謎のままである。


機械とヒトと「雪風」

   たいていの作家だの批評家だのが人間と機械を対比する作品を書こうとするなら、機械というものを完全な人間の反対側と置いてこれを文明批評だのバッドエンドにもって行って「こーだから機械を信用するとしっぺ返しが来るよー」と警告とするところである。

しかし、神林作品に機械文明批判という面もないことはないがそれがメインディッシュではない。上では「侵略」と書いたがあくまで「雪風」や戦術コンピューターは「敵」ではない。著者は常々「人間一人ひとり、そして機械それぞれに固有の世界があり、時間が流れている」と言っている。雪風は自分のやり方でジャムを排除し、生き延びることを実践しているに過ぎないし、それは人間も同じことである。ただ、人間は自分が常に上位にあると思い込んでいるゆえ、雪風の振る舞いに戸惑いを覚え、それの中に人間への敵意を感じる。それは人間が自己の「アイデンティティ」を守りたいがためである。零が無人機至上主義者に反抗したのはそれが「仲を否定されたから」だけではないだろう。トマホーク・ジョンは自己の「存在」を機械化つまりサイボーグ化で失いかけていたおりにジャムに機械と思われて死亡。アマダ少尉、じゃなかった天田少尉は真の意味で機械にいいように利用されて死に、オンドネル大尉は雪風指示の無茶な機動で死亡した。そんな人間たちのつまらぬ考えなどにかまうことなく、雪風はその無敵の翼を広げ、FAFの中枢は思考を続ける。

 最後にブッカーの言う「「機械に人間の価値を認めさせなければならない」というのは、そう考えると少々むなしく響くかもしれない。でも、機械が機械のレベルでしかこの戦いを「解釈」できない(ジャムが人間を感知しているという直接的証拠はない)ように、人間もまた、自分たちのレベルで考えることしかできないとも言える。
 「妖精を見るには、妖精の目がいる」 この言葉を機械と人間の関係に持ってくるのは言いすぎだろうか?


ラブストーリーとしてのYUKIKAZE

 他の何者も愛せなかった、いや、愛し得なかった男が唯一信頼するものが絶対的力を持つマシン。フェチシズム(ヘンな意味でなく元の「物心的」)奇妙なラブストーリーともとれよう。(海外ではどんな機械でもほぼ3人称は”She”である)

自ら「雪風が俺を放したがらない」と言い、どんなピンチに陥っても見捨てず、なかなか思うようには動かないつもりの雪風を何とかなだめようとし、そして最後にははかなく敗れる。シンプルといえばシンプルな片思いの失恋である。でも、本当にそうだろうか? 雪風の最後の射出をどうとるか?これは読者の自由なのだろう。

もちろん、雪風の思考パターン(?) が深井零そのもののコピーであることは否定できないわけで、そうするとこの物語、ナルシストの話、そして中のもう一人の自分が自分の制御を超えて暴走する話となるのだが・・・こりゃテーマから外れるか。一方で「不可知戦域」での「自爆させたほうがよかったのかもしれない」は少し謎。あの時点の零でホントにできるのか? 

誰ですか、零も雪風もツンデレとか言う人は。そんな人は20ミリガトリング砲の高速射撃を受けて以下略。



ひとつだけ「雪風」に疑問を呈するとすれば、雪風の「ソフトウェア」に関する描写が少し薄い気がすることである。書き出しと時代(そりゃ、ニューロだのファジー理論だの第5世代だのと「大きく」騒がれる前である)、また最終話で言及されているとおりハードウェア+AI+人間で始めて真価が発揮されるとあるからだろうが、各戦闘中そして終了後における学習プロセスというのがどうなっているかはちょっと気になる。ハードと切り離せないという点から「非ノイマン型光コンピューター」が使用されていると書かれている雪風関連本もあるし、ファーンIIでも高級光回路の搭載が行われているが詳細は不明である。うーむ。トマホーク・ジョンに聞ければ一番いいのだが。

4・こらむ


関連作品


「被書空間」

神林長平 SFマガジン84年11月号
「SFマガジン・セレクション1981~1985」&「戦闘妖精・雪風 解析マニュアル」掲載
「スーパーフェニックス」と「敵は海賊・海賊版」が星雲賞をダブル受賞したそのお礼として書かれた両作品のリンク話。宇宙警察海賊課のドタバタトリオが海賊の陰謀で異世界に閉じ込められてしまい、惑星フェアリイに到着する。そこで一人と一匹と一隻が、人類とジャムを第三者の立場から分析する話。対コンピューターフリゲート・ラジェンドラVS戦術戦闘電子偵察機「雪風」の夢の対決も描かれるが、本気だったら余裕で雪風は消滅させられるだろう。

OVA「戦闘妖精雪風」

バンダイビジュアル
「早川周年+エモーション20周年記念作品。5巻完結。『グッドラック』を中心に描かれる日本ハードSFの巨編、完全映像化」
ということにしておいてください(ぉ)。 
5巻を見ましたが、やはりこれは多田由美作品だったということでいいんじゃないでしょうか。エスコンを思わせる仲間との共闘演出・閉所潜り抜けや「完璧な涙」、スタニスワフ・レム作品を思わせるシーンは圧巻なのだが、わざわざ雪風でやる必要はあったのかというとノーコメント。で、「グッドラック」はどこいった

「戦闘妖精 YUKIKAZE 1」

2002年3月~03年3月 一部例外ありの隔月連載、全9回 単行本あり(現在絶版)
OVA「戦闘妖精雪風」でキャラクターデザインを担当した多田由美によるコミック版。これはおもに登場人物たちの(当然原作では描かれていない)過去をたどりながら原作の話が進む構成になっている。ただし、一章完結と出た後は音沙汰がない。
まあ、トマホーク・ジョンが○○○人○でなかっただけよかった。

「今宵銀河を杯にして」

神林長平 書き下ろし
(なぜ表紙を小林源文から変えてしまうのかと小一時間) (なお単行本は横山宏の模型ジオラマ)
SF版キャッチ・22を目指したという神林長平のギャグ戦争SFオムニバス短編集。雪風と形式も同じだがテーマもよく似ており、こちらは終わり方もしっかりしている。人類がかつて入植したが、今では彼らの作ったアンドロイド「オーソロイド」しか残っていない惑星ドーピアに、侵略者「バシアン」が出現した。人類はバシアンの人類への侵攻を恐れて軍を派遣し、戦線を維持していた。そんな中でひたすら戦闘を回避し続けようとサボタージュを繰り返す人間の飲兵衛戦車兵、アムジとミンゴ。そして彼らの乗るイカれた人工知能搭載戦車「マヘルシャラルハシバズ」。そこに、馬鹿真面目な自称天才士官、シャーマン少尉が戦車長として配属されてきたことから事態は変わり始める。生殖までするアンドロイドがさらにロボットを作って戦わせる戦場、「野生化」する戦略コンピューターとこれぞ神林ワールドな展開をしながら「機械と人間、そして異星体の関係」を別の角度で描いている。

ネタ元?元ネタ?


「妖精の舞う空」の被弾後の帰還の話は日本のゼロ戦乗り坂井三郎(64機撃墜)の生還が元ネタ。(本人の自伝「大空のサムライ」参照)また、戦闘のデータを取るだけで積極的に戦闘に参加しない戦闘機も大戦中実際に存在したらしく、坂井三郎は「卑怯なりぃ」と狙って攻撃を仕掛けたという。

「雪風」は帝国海軍陽炎型駆逐艦8番艦。「不可知戦域」でランダーに解説しているとおり15の海戦で傷つかず生き延びた。そのうちの一回は戦艦大和の沖縄特攻作戦「菊一号作戦」である。また、戦後は復員船として活躍。のちに賠償として台湾に売却されなんと艦隊旗艦に採用、「丹陽」と命名された。台湾で除籍後に台風で損壊、のちに解体。ちなみに、雪風が幸運なのに対して敗戦間近の味方の艦の損害は当然大きく一部では「死神」「疫病神」とも言われて忌み嫌われたんだそうだが、これは戦後に他のフネの乗員が語ったことが広まったためらしい。

  また雪風が複数の作品のネタ元であるとの説が存在するが、詳細は不明である
  • ゲームアーツの3Dポリゴンシューティング「シルフィード」(PC-88/98・メガCD・PS2)ポリゴン使用・音声合成・ワイヤフレームのデモなどで話題となった、技術力のゲームアーツを代表する作品。マニュアルのイラストはSFマガジン連載時と同じく横山宏、パッケージは末弘純。 機体名称はまぁ、時期が時期だったからかな。

  • 「新世紀エヴァンゲリオン」の「綾波レイ」 各サブタイトルがSF小説なのは有名。名前はもちろん、「他に何もない」点も。

(部会後追記)
某氏に指摘されましたが、
「国連直属の地球防衛特務機関」が「謎の敵」に対して「地下都市構造の基地」から「時折制御不能になる謎めいた戦闘兵器」に「特別に選ばれた」もしくは「人間性というものがまったくない」人間を乗せて発進させる
んですな。
おわあああ、何故気がつかなかった!
エヴァ放送直後(つまりドロドロとした議論が始まったころ)すでに「雪風」を読んでいた人は「ケッ、こんな展開は
俺にはお見通しだったぜ!!」といった感じだったとか。

  • 「蒼き流星SPTレイズナー」の「V-MAX」 主人公の乗る「レイズナー」は通常、AI「レイ」で活動しているが、V-MAX発動に伴い専用AI「フォロン」が起動、全リミッターを解除して高機動戦闘を行う。自機の危険状態が改善されない限り解除されない。80年代リアルロボットアニメ唯一の「必殺技」。一応補足しておくと現在の戦闘機にもリミッターを解除する「V-MAXスイッチ」は存在する。でも、制御が人間の手を離れるわけではないのであしからず。

  • 「エースコンバット4」(ナムコ)の隠し機体 エルジア空軍の試作戦闘機・X-02。スタッフは否定しているが、角度を速度によって変える水平尾翼、そして前進翼をたたんだ高速航行形態が「グッドラック」表紙の長谷川正治版FRXに似る
(部会後追記)
全体としての元ネタはX-29前進翼実験機の発展型「スイッチブレード」で、これは「アイ・スパイ」「ステルス」といった
ハリウッド映画の中にも見ることが出来るが、実際作ろうと思うとどうやって翼が捥げないようにするかが大変だろう。

「エースコンバット3」も設定全体や虚無感が雪風と似ている(実際、かなり参考にしているらしい)
でも、結局思考操縦システムは雪風には出なかったなぁ(「グッドラック」には匂わせるものが出ます)

  • 「蒼い海のトリスティア」(工画堂)に「妖精を見るには妖精の目がいる」との台詞があるらしい 未確認。

  • 「MACROSS PLUS」 まあ、言及不要。無人機の「人間には耐えられない機動」の映像化といえばコレ。


GHOST IN THE MIRROR 光学異性体


ジャムのコピー人間がD型ポリペプチドでできているというのは、もちろん「鏡像」であることの象徴。それ以前にもジャムはたびたび雪風のコピーを送り込んでいるし、ジャムの本質は相手への「擬態」だろうか。「リターナー」でハリアー・ジャンボ偽装宇宙船が搭乗したときはちょっと燃えたのだが、本編に対しての感想は省略させていただく。

A・C・クラークの短編「エラー」(「明日にとどく」掲載)では発電機で作業をしていた男が4次元空間で反転されて体・視界が左右逆になったどころかアミノ酸の配列も逆になり、L型で出来ている通常の食事を消化できなくなって餓死のピンチ、という話があったがもしかすると下敷きになっているのかもしれない。ネットでこういうネタを調べると雪風と「ベターマン」が多く出てくる。

実は人間の細胞のごく一部もD型で、年をとると増えるらしい。またいくつかのダイエットシュガーはD型の糖を採用しているため、体に吸収されずに流れ出る。しかし健康に対する問題は定かでない。また、かのサリドマイドはL型が催眠作用、D型が催奇作用をもつ。通常化学物質を合成すると各型は半々に出来るのだが、人工的にL/D型を分別して生産できるようにしたのが、かの野依教授の功績である。(彼の場合はメントール合成)

果たしてD型で生命は生まれるか?という点についてはいまだに何故地球上の生物はすべからくL型なのかという疑問がまだ解決されていないため、まだまだ解決は先のことになるだろう

2018.12.01 Yahoo!ジオシティーズより移行
http://www.geocities.jp/tohoku_sf/dokushokai/yukikaze.html
なお、内容は執筆当時を反映し古い情報に基づいていることがあります by ちゃあしう
最終更新:2019年03月26日 00:04