永遠の森 博物館惑星

著者:菅浩江

  京都府京都市生まれ。菅原道真の血を引いている。
  夫はガイナックス統括本部長の武田康廣。
  着物大好き。

主な著作

  『ゆらぎの森のシエラ』 朝日ソノラマ文庫(1989)
  『<柊の僧兵>記』 朝日ソノラマ文庫(1989)、徳間デュアル文庫(2000)
  『歌の降る惑星 センチメンタル・センシティヴ・シリーズ』 角川スニーカー文庫(1990)
  『うたかたの楽園 センチメンタル・センシティヴ・シリーズ』 角川スニーカー文庫(1991)
  『鷺娘 -京の闇舞-』 朝日ソノラマ文庫(1991)
  『メルサスの少年 「螺旋の町」の物語』 新潮文庫ファンタジーノベル(1991)、徳間デュアル文庫(2001)
1992年 第23回星雲賞日本長編部門受賞作
  『オルディコスの三使徒1 妖魔の爪』 角川スニーカー文庫(1992)
  『雨の檻』 ハヤカワ文庫JA(1993)
1993年 第24回星雲賞日本短編部門受賞作『そばかすのフィギュア』を収録
  『暁のビザンティラ(上・下)』 ログアウト冒険文庫(1993)
  『氷結の魂(上・下)』 トクマノベルズ(1994)
  『オルディコスの三使徒2 紅蓮の絆』 角川スニーカー文庫(1994)
  『オルディコスの三使徒3 巨神の春』 角川スニーカー文庫(1995)
  『不屈の女神 ゲッツェンディーナー』 角川スニーカー文庫(1995)
  『鬼女の都 The Spirit of Kyoto』 祥伝社(1996)、ノン・ノベル(2001)
  『末枯れの花守り』 角川スニーカーブックス(1997)、角川文庫(2002)
  『永遠の森 博物館惑星』 早川書房(2000)、ハヤカワ文庫JA(2004)
  『夜陰譚』 光文社(2001)
  『アイ・アム I am. 』 祥伝社400円文庫(2001)
  『五人姉妹』 早川書房(2002)、ハヤカワ文庫JA(2005)
  『歌の翼に ピアノ教室は謎だらけ』 祥伝社ノン・ノベル(2003)
  『ブレシャス・ライアー』 光文社カッパノベルス(2003)
  『おまかせハウスの人々』 講談社(2005)



用語解説

愛と美の女神<アフロディーテ>
 地球と月の重力均衡点のひとつラグランジュ3にぽっかりと浮かんだ、既知の宇宙でもっとも大きな博物館。重力はマイクロ・ブラックホール方式で制御されているらしい。
美の男神<アポロン>
総合管轄部署。芸術を、分野を超越した高い分野から分析検討するための部門。
記憶の女神<ムネーモシュネー>
  直接接続対応データベース・コンピュータ。<カリテス>システムを束ねる。<アポロン>の人間は彼女と直結しており、好きなことを好きなように検索できる。
 三美神たち<カリテス>
  優秀なデータベース。輝き<アグライア>、喜び<エウプロシュネー>、開花<タレイア>の三人。
 詩と音楽の女神<ミューズ>
  音楽や舞台、文芸全般を担当する部門。<アグライア>によって支援されている。
 知恵と技術の女神<アテナ>
  絵画や工芸を担当する部門。<エウプロシュネー>が支援する。
 農業の女神<デメテル>
  動植物園を扱う部門。<タレイア>によって支援される。

 以上はすべてギリシャ神話から。


主要な登場人物

田代孝弘

 <アポロン>所属のエリート学芸員。または体のいい調停役。主人公。

エイブラハム・コリンズ

 田代の上役。所長。

ネネ・サンダース

 男物の黒いオール・イン・ワンを着ている中年の黒人女性。<アテナ>に所属するベテラン学芸員。

カール・オッフェンバッハ

  分析室室長。二メートルを超える長身。

マシュー・キンバリー

  最新型のインターフェイスを持った新人。行動が子供じみているが、著者曰く、純粋、らしい。

田代美和子

  孝弘の妻。


Ⅰ 天上の調べ聞きうる者

 脳に腫瘍ができて入院した売れない音楽家が書いた一枚の絵。ただの落書きにしか見えないこの絵を、ある著名な美術評論家と脳神経科の患者たちは『究極美』だとして絶賛した。果たして、この絵は本当に究極の美なのか、それとも脳の障害が見せた幻覚に過ぎないのだろうか。
シリーズを一貫したテーマである「芸術とは、在るがままに感じとるべきなのか、それとも様々な理論を持って示されるべきものなのか」という問題を提起する話。


Ⅱ この子はだぁれ

 人形を愛する夫婦が手に入れた一体の人形。その表情が気になった夫婦は人形の名前を知りたいと考え、<アフロディーテ>を訪れる。いくつかの矛盾を内包するこの人形に込められた想いとはいったい何なのか、その答えを追い求めることで人形の名前が明らかになっていく。
<ムネーモシュネー>の実力を示すための話。<ムネーモシュネー>は決して万能などではなく人間を補助するものでしかないが、同時にその処理能力のおかげでかなりの補助ができますよ、という内容。


Ⅲ 夏衣の雪

 笛方・十五代目鳳舎霓生は自らの家元襲名披露の場において『夏に雪を降らせる』という奇跡を行う。
だが、この奇跡に必要と言われている一枚の着物が見当たらない。十五代目鳳舎霓生の兄が怪しいと考えた田代は、彼が着物をどこに隠したのかを見つけ出そうとする。
SFよりもミステリーの要素が大きい話。というより、SFらしい描写がほとんどなく、田代には探偵のような役割が振られている。


Ⅳ 享ける形の手

 14歳で世界的舞踊家としての頂点を極めたシーター・サダウィは30歳になっていた。周りとの軋轢と加齢により既に落ち目として認識されていた彼女は、初めて自らの踊りの演出をすべて自分で決定する機会を手に入れる。<アフロディーテ>の全面的なバックアップを受けるこの公演で彼女は自らの踊りとどのような決着をつけるのか。
 なんというか、SFの要素などどこにもないような気がする…。強いて言えば、科学技術による人の想いの歪曲、とかだろうか。よくわからん。


Ⅴ 抱擁

 既に引退した元学芸員。彼が<アフロディーテ>に戻ってきた理由は、かつて得ることができた学芸員の至福をもう一度味わうためだった。最新型を扱う新人に蔑まれながらも、同時に過ぎ去った幻を追う先輩を哀れんでしまうネネ。彼女は先輩である元学芸員に危険なまねはしないように懇願するが、それでも彼の覚悟を止めることはできなかった。
人の世代交代よりも遥かに早い技術革新。わずかな年月で時代遅れといわれてしまう人々の苦悩を描いた話、かな。ま、アップデート位できるようにしておいて欲しいものだ。


Ⅵ 永遠の森

 遺伝子を組みかえられた植物の移り変わりを持って時間を計るバイオ・クロック。その傑作である『エターニティ』は、とある人形『期待』の盗作として訴えられていた。かつて恋人同士だったそれぞれの作者が死んだ後、二つの作品は比較検討されることになる。その人形作家から様々な盗作を行ったと訴えられている『エターニティ』の作者。彼がバイオ・クロックに込めた想いは本当に人形作家に対する嘲笑だったのだろうか。
 表題作。マシューが大人の階段を上り始める話でもある。技術の発展によって未来に託せる様になった想い、とかを描きたかったのではないかと。


Ⅶ 嘘つきな人魚

 <アフロディーテ>の海の底にあった人魚の象。かつてそれを見た少年は、人魚に謝りたいのだ、と田代に告げる。少年の謝罪はいったい何に対しているのだろうか。
 事故などによって強制された機械仕掛けの体。そうなったとき果たしてどこまでが人間と言えるのか。機械を介して行われる行動は人間の行動と言えるのか、といった話。ちなみに、美和子が予告家出した話でもある。


Ⅷ きらきら星

 小惑星イダルゴから異星人が置いたと思われる植物の種子と五角形の彩色片数百が見つかった。種子の解明は順調に進んだが、色彩片数百の組み立て方が分からない。そんななか、ある図形学者は図形の中の隙間を楽しむ、という発想を得る。その結果として人類が得たメッセージとは黄金率そのものであった。
 異星人の出てこないファースト・コンタクトもの。隙間を楽しむと言う発想は個人的には結構好み。完璧なだけでは何事もつまらないものなのだ。


Ⅸ ラヴ・ソング

 皇帝と呼ばれる老ピアニスト。幾つもの無理難題を言い続けた我が侭な彼女の本当の狙いは…。と言う話なんだが、まとめづらいな、この章は。
 一話目から出てきていた『九十七鍵の黒天使』と呼ばれるピアノと田代の妻の美和子が初登場するなど、様々な伏線が回収される。その上で、愛は理屈を超越するというロマンチックなテーマによってシリーズで締めくくる。ただ、綺麗な話だとは思うのだが、マシューとユリウスが田代に喧嘩を売っているとしか思えない言動を取りまくってくれるので、その余波で美和子にたいする印象も下がること下がること。なにかしら意図があってやったのかもしれないが、なんだかなぁ。


総評

 『ベストSF2000 国内篇一位』や『第32回 星雲賞』を受賞していながらどちらかといえばSF色の薄い作品…、というか設定だけ。また、『第54回日本推理作家協会賞』を受賞もしているが別にミステリーでもない。実は『美』というものの扱いを全面に押し出したラヴ・ストーリー。個人的には好みで、一冊の本としてのできは素晴らしいと思うが、一方で本当のSF好きには物足りないだろう。
せっかく用意した様々なSFのギミックを巧く話しに絡めることなく、設定としてだけ使っているのは勿体無い。ミステリーとしての技法を用いるのならば、SFの要素をもっと慎重に扱ってSFミステリーにすればもっと面白くなったのに、という意見があった。
まぁ、SFの初心者辺りに進めるには良い作品だと思う。


追記

 上記の『五人姉妹』という作品に、この本には未収録の話『お代は見てのお帰り』が入っている。

2019.02.24 Yahoo!ジオシティーズより移行
http://www.geocities.jp/tohoku_sf/dokushokai/aphrodite.html
なお、内容は執筆当時を反映し古い情報・元執筆者の偏見に基づいていることがあります by ちゃあしう
最終更新:2019年03月26日 00:22