SF研読書会 『沈黙のフライバイ』(野尻抱介) byちゃあしう
1 作者紹介
野尻抱介(リファレンス・マニュアルより)
野尻抱介(のじりほうすけ)はペンネーム、野尻抱影氏とは無関係。1961年生まれ。独身。
文科系大学を出て、計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になる。転職のたびに名古屋、横須賀、横浜と転居し、現在は三重県津市郊外に独居。宇宙作家クラブ会員。日本SF作家クラブ会員。三級アマチュア無線技師、コールサインはJQ2OYC。
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著作
「クレギオン」シリーズ1~7 富士見ファンタジア/早川
「ロケットガール」シリーズ1~3 富士見ファンタジア
「ふわふわの泉」ファミ通
「ピニュエルの振り子」 ソノラマ
「太陽の簒奪者」
2 各話解説
沈黙のフライバイ
【H-IIAロケットで恒星間探査機を打ち上げよう。そんなぶっ飛んだ計画を推進しようとするグループに参加した折、アンドロメダ銀河近傍の宙域から謎の有意信号が送られてくる。その目的はずばり、開発上の最大の問題であった「探査機の位置確認用ビーコン」であった。つまり、彼らは太陽系に同じものを送り込もうとしている・・・??!!】
キーワード
・「スペースガード協会」
地球衝突の危険性がある小惑星を先に一網打尽に発見してしまおうという計画を実行しているおそらく史上初の地球防衛NGO。提唱者、というよりアーサー・C・クラークが「
宇宙のランデヴー」で登場させたことにより有名になった。実は「宇宙のランデヴー」においても宇宙からの訪問者を最初に探知したことになっている。(相手の無視っぷりやフライバイ後なども「ランデヴー」を髣髴とさせる展開。)
・「鮭の卵」 サーモンズ・エッグ,br> 超のつく大型の探査機を一機打ち上げるより超小型の探査機を数万個打ち上げようという数撃てば当たる式計画。これまで恒星探査計画として真面目に計画されたのはイギリス惑星間協会の「ダイダロス計画」だがこちらは5万4千トンの質量を持ち、核融合パルス推進を使用するという大掛かりなもの(それでも片道+減速手段がないので接近観測のみ)。それに対しサーモンズ・エッグは呼んで字の如し。フェーズド・アレイ・レーダーはイージスシステムでもおなじみ。ただ、受信する側もそれだけバカでかいアンテナを広げる(最近はVLBIで衛星を併用する方法もあり、これなら規模はぐんと小さくなる)必要がある。 野田指令によると「写真送信はまだ序の口、一グラムでも後一つはミッションが行えるのでは・・・??」とのこと。そのまま星間種子として使うのも良いかもしれません。
・ライダー衛星 Light Detection And Ranging Satellite(レーダーはRadio)
レーザーを用いたレーダーのことをライダーと呼ぶ。ただし出力をもぉぉぉぉぉぉっと上げれば・・・MD計画に便利な(以下検閲により削除) というわけでどういう相手かわからんのにレーザーを当てるのは危険極まりない行為なんじゃないかともめたわけです。「照準」や距離測定にも使いますし。
轍の先にあるもの
【2001年、NASAの小惑星探査機が一枚の写真を撮影し、そこから全ては始まった。一つの謎はやがて著者を「現場」へといざなうことになる。私小説の形をとった近未来史。】
キーワード
・小惑星探査
小惑星は太陽系誕生時からほとんど変化を受けていないので、その歴史を紐解く上で一番重要な証拠が手に入ると期待されている。NEARはその先陣を切った探査機。あと、最後の着陸は「小惑星着陸一番乗り」を日本に取られないためカミカゼ突撃をかましたというのがもっぱらの噂(ハレー彗星探査のときもヨーロッパに手柄を取られる前に観測衛星を強引に軌道変更して別彗星を観測、「彗星探査一番乗り」の地位を獲得している) その後、日本の技術実証衛星MUSES-C「はやぶさ」が小惑星イトカワにランデヴー後着陸・離陸に成功。その科学的成果は現在ネットで公開されている。機器の異常が相次いでいるものの、現在サンプルを持ち帰るべく地球帰還に向けて旅立った。
ちなみにはやぶさ後継機の案はいくつか出ているが、宇宙科学研究所の打ち上げロケットM-Vはすでに引退しているので、劇中のASTEROID-A打ち上げシーンはおそらく別のロケットになるはず(予算がつけば、だが)。
・軌道エレベータ
ロシアの科学者によるSFマガジン61年2月号に論文が載ったことは一部で有名。 ちなみにロバート・L・フォワードは「竜の卵」で知られる物理学者兼SF作家。残念ながら02年死去なので会社は残念ながら作っていない。
現実に開発を目指していたアメリカLiftPort社は何回かの実験を行ったものの資金繰り悪化からオフィス立ち退きを命じられたとかで、現実はやっぱり厳しい。
片道切符
【有人火星探査は妨害工作が相次いでいた。政治情勢や環境の悪化が続く世界で、歓迎されない旅は何をもたらすのか。】
キーワード
・有人火星探査
火星探査を進める上で有人探査は(ちなみに距離は金星の方が近いのだが、重力井戸を下ることになる+気温と気圧が高いのでハードルはむしろ高い)現在有望視されているのは先に地球帰還用装備・火星滞在用装備を送り込んでおき中の人は最小限の荷物と最短のルートで行って帰る「マーズ・ダイレクト」方式。これに加え燃料を火星で製造すればコストをさらに減らせるのではないか、と期待されている。(映画「ミッション・トゥ・マーズ」や漫画「度胸星」で詳細に描かれている)
・宇宙開発の「意義」
宇宙開発反対といえば昔は「神の冒涜だ!」なんて言葉もありましたが、今ではそれ以上に「お金」(とくに今は国がやっている公共事業なもんで)と「地球上の問題」が大きな要素。おそらく続けられるとして、10年後も同じことを叫んでいることでしょう。日本SFにはなにかと「妨害派」の活躍は多いですね。
ゆりかごから墓場まで
【画期的発明であるC2Gスーツ。太陽光さえあれば中の人間を生存させられるというこの究極の装置は「ゆりかごから墓場まで」という意味の名がつけられた。】
キーワード
・C2Gスーツと生態循環システム
流石に服一式に収まることはないが、一般には閉鎖生態系生命維持システム(CELSS)と呼ばれるものが宇宙ステーションや海底基地のような閉鎖環境での利用を前提に研究されている。生物の二酸化炭素や排泄物・汗などをリサイクルすることになる。まぁ、閉鎖環境における一番の問題点は人間のメンタルケアだったりするそうですが。宇宙仕様はなんとなく「M.A.K」?
・原始的生命と高等生物
無人月探査機をアポロの飛行士が切り取って持ち帰ってみたら混入していた細菌が生きていたという辞令もあるので、単純な生物のほうが地球外環境への適応性が高いという説もある。ということは、生命は実は宇宙空間に適応していて、高等生物とは宇宙漂流をあきらめた種族なのでは・・・という悲観的な見方もある。某ADVでも言われていたことだが、「宇宙は我々に厳しすぎる」のは事実。さて、人類はその宇宙にどうこれから挑むのか?
大風呂敷と蜘蛛の糸
【女子大学生の思いつきはやがて人々を動かし、そしてついに巨大プロジェクトが発動する。目標は高度80キロの中間圏、そして上る手段はなんと「凧」!】
キーワード
・民間宇宙開発
本当ならスペースシャトルの実現が宇宙を身近なものにする予定だったのだが、現実がどうなったかは見てのとおり。しかし、完全に政府の力を借りない宇宙開発の道はある意味でそこから始まったとも言えるだろう。スペースシップ・ワンによる準軌道飛行や民間ロケット・ファルコンによる衛星打ち上げ実験(実はまだ軌道到達はなっていない)のようなものがある一方、相乗りで打ち上げてもらう機能限定の小型衛星開発、さらには宇宙で膨らむモジュールで宇宙ホテルを作る構想まである。
・宇宙開発/高高度利用の「ブレイクスルー」
宇宙開発の主力はいまだにロケットであり、それが宇宙開発が「全ての分野を包括する」ぐらいの規模になる原因である。軌道エレベータはそれを打ち破るための一案。それに対しこちらはずばり大気そのものをより積極的に利用する案である。 高高度に同様の原理でたこを揚げて発電に使う(ソーラーパネルを天候変化のない高度まで上げる・風車を回す)なんて利用法も考えられているとか。うまくいけばどこにでも中間圏到達可能なプラットフォームが立てられるかもしれません
10年ほど前に発見された新事象。航空機パイロットがたびたび目撃してきた発光現象の原因と見られる。 雷雲と電離層の間で発生した電位差が発生させる放電現象の一種。長くても100ミリ秒という現象なので最近まで捉えられなかった。
東北大学は今後打ち上げのH-IIAロケットに自力開発する「スプライト観測衛星」を相乗りさせてもらえることが決定した。現象解明に期待がかかる。
3 全体キーワード
「宇宙を目指せ!」 それ以上何が必要でしょうか??といいたくなる潔さです。それこそが本作品集の魅力でありすべてだと思います。現実はなかなか厳しいですが(涙)、これらにいい刺激を受けた世代の新たな宇宙開発への挑戦を期待したいです。
エレベーターでも風船でも凧でも、はたまた「ふわふわ」でもいいからなにかできませんかなぁ(何)
部会メモ
最終更新:2019年03月21日 22:45