「武装島田倉庫」椎名誠

作品紹介

椎名誠による終末SF作品。『アド・バード』、『水域』とともに「椎名SF3部作」に数えられる。「小説新潮」に連載した後、1990年12月に新潮社から刊行される。
椎名誠がライフワーク的に執筆する「北政府もの」(後述)の第一作であり主要な作品。

作者紹介

1944年東京都生まれ。作家、エッセイスト、写真家。79年、エッセイ『さらば国分寺書店のオババ』でデビュー。口語的にカタカナ混じりで書かれた昭和軽薄体という文体(例「小説」→「ショーセツ」)で書かれたスーパーエッセイが人気を博す。短編「中国の鳥人」は本木雅弘主演で映画化されている。担当者と同じ年代だと小学校の国語の教科書に掲載されていた「アイスプラネット」の作者をイメージする人も多いかもしれないが、『武装島田倉庫』、『アド・バード』、『水域』などSF小説も多数執筆している。

作品概要

北政府との戦争が終わった世界を舞台にした連作短編集である。
武装島田倉庫
不安定な社会情勢の中で、可児才蔵は何とか島田倉庫に就職する。倉庫には、政府の認可が下りた物から、怪しげな品や違法なものまでが運ばれて来てはまたどこかへ運ばれていく。倉庫側もうしろめたい依頼者を利用して、品物の中身を掠め取るなどして余分な利益を得ていた。そんな島田倉庫に最初は驚く可児だったが、仕事をしていくうちに順応していく。順風満帆とまではいかないまでも、生きていくだけの利益を上げてはいた島田倉庫であったが、束の間の平穏は唐突に幕を下ろす。

泥濘湾連絡船
北政府との戦争が終わりしばらく経った頃、社会が上向きになってきて売り上げが落ち込んだことを理由に、漬け汁屋は看板を下ろして、定吉やアサコを誘い連絡船を運航し始める。順調と思われていた経営も、思わぬ商売敵の登場により暗礁に乗り上げる。その責任を取るようにして漬汁屋は、連絡船を定吉とアサコに任せて旅に出る。役所から営業停止を命じられえるなどがありながら、二人は地道に連絡船を経営していく。

総崩川脱出記
巣籠河原の群族は、それまでの住処を捨てて、総崩川へ旅立つことになる。北政府の兵士に怯えながら、死者を出すほどの危険な道を進んでいく一行は、途中で廃墟となった集合住宅を見つけ、そこに留まることにする。しかし、しばらくの後、北政府の騎馬兵士が近づいていることを知り、建物を去ることにする。再び旅を始めた彼らは、口舌が原でサキシマと出会う。

耳切団潜伏峠
百舌は掻又の紹介で、鉄眼の助手として働くことになる。鉄眼の運転する装甲貨物車に乗った百舌は、耳切団と呼ばれる武装組織が潜伏している峠を通過することになる。

肋堰夜襲作戦
故郷の糸巻市に戻った灰汁は、ジーゼルら地下住民に捕まるが、どうにか打ち解けて仲間になる。ジーゼルたちは、それぞれ北政府の侵攻で大切な人を失っていた。ジーゼルは復讐のために北政府の駐屯所の襲撃を企んでおり、灰汁はその計画を手伝うことにする。

かみつきうお白浜騒動
九足歩行機の操縦経験がある汗馬七造は枕元凍三郎の紹介で、白浜へ行く。白浜には九足歩行機が残っており、汗馬はそれに乗って沈没船のサルベージなどを手伝うことになる。しかし、白浜には獰猛な巨大魚かみつきうおが潜んでいた。

開帆島田倉庫
耳切団の攻撃を逃げ切った百舌は、島田倉庫へ行き、そこで雇ってもらう。しかし、景気は右肩下がりで、閉店する店が目立つようになる。北政府が再び攻撃を始めるらしいという噂を運転手たちが話すようになる。その噂は本当のようで、空には北政府が攻撃に使用した濃脂雲塊が広がっていた。

登場人物

可児才蔵
専務 女癖が悪い
米村 下ぶくれ 事務員
正宗 大柄 倉庫長 背掻酒で鼻腔を腐らせる
石、鉄
猫 小柄 黒シャツ
おかね 扁平な顔 炊事
づる 坊主頭 白装束の襲撃により落命
アーム 縮れ毛 バンダナ
百舌 十七、八 づるの後任 エラが張った顔 元泥濘海の潜り

定吉 漬汁屋と共に連絡船を始める
漬汁屋 肥満体型の男。阿古張湾連絡船を操縦する。
枕元凍三郎 漬汁屋にザンバニ船を売る。
アサコ 19歳の女。色白の容姿。連絡船の針路係として働く。浅沼ドクタラシに噛まれて失明するも、波動脳感知が出来るようになる。それ以上の能力も持っていることが示唆される。

巣籠河原の群族 建物の存在も知らないほどの人々
綱島捨三 壺口に鼻を落とされる
ヒシワのおんばあ 群族の最長老。頭返の渓谷の岩壁から転落死する。
相原策道 群族長
相原キクエ 策道の妻
作並衆(=ミツユビ) 戦闘用加工人間
  • 赤眼
  • 砂かけ
反町 動きの鈍い大男
橋詰 壺口に襲われ死亡
口舌が原の人々 多くが壺口に襲われて、鼻を失っている。
サキシマ 口舌が原の住民。

百舌
掻又礼三 艀窓口を務める男。
鉄眼(シバザキシゲジロウ) 長身で酸やけした眼を持つ男。装甲貨物車を運転している。

灰汁 耳鳴坂商店街から故郷の糸巻市へ戻った若者。
ジーゼル 糸巻市の地下住民。とんでもない秘密計画の実行を企んでいる。漬汁屋。
赤まんま、のし ジーゼルと共に糸巻市に隠れて住む人々。
カマキリ ジーゼルが渡し船をしている頃からの仲間。

汗馬七造 枕元の紹介で白浜海岸へ働きに行った男。九足歩行機カニムカデの操縦ができる。
垣巣 白浜海岸の漁長。
ラジオ屋 白浜海岸で通信事務担当をしている猫背の人。電波収束帽をかぶり残像気象衛星の探査データを受信している。
ネンブツ 白浜海岸での汗馬の隣人。
石文字 ザンバニ船の船長。

用語

カミツキウオ(魚乱 魚齒)
泥濘の海を這う異態進化した魚。体の半分を占める口と鋭い反り牙で周囲に噛みつく獰猛な生物。通常、成体の体長は2,3mだが、大きいものは10m以上にもなる。口舌が原では幼魚をガシと呼んでいる。

白拍子
北政府から支援を受けている武装倉庫盗賊団。

知り玉
法治局が人々を監視するための無人機。二十人以上の人が集まるとやって来る。他に監視鳥、監視アンテナとも呼ばれている。

作並衆
戦闘用に作られた加工人間。巣籠河原の群族では作並衆と呼ばれているが、口舌が原の人々はミツユビと呼んでいる。

サンバニ船
泥濘も航行できる船。

作品解説

『武装島田倉庫』はSF小説と呼ぶには、あまりにも科学的な説明が乏しい。例えば数多く登場する異形の生物の存在や現実とは大きく違う自然環境は恐らく、化学兵器によって引き起こされた変化であると示唆されるが、それ以上の説明はない。それは主人公たちがそのような専門知識を持ち合わせていない一市民でしかないからである。
椎名誠のSF作品の多くは英雄が存在しない。登場人物はほとんどが平々凡々な人間である。主人公も世界を変えるどころか、大切な人も救わないし、本当に大したことをしない。ただ読者から見て絶望的な世界を、どこかで受け入れて流されるように生きていく。
しかし、彼らは終末世界の中で生き生きとしている。貴重な酒を見つけたような、すぐに消えてしまうような幸せを繋いで、楽しく生きている。そのような等身大の喜びをちりばめることで、読者が現実とはかけ離れた世界を受け入れやすくしているのではないだろうか。
現実に生きている人の大半が、変わらない日常を過ごしているように、いまの私たちにとってみれば堪えられないであろう、悲惨な世界であったとしても、みんながみんな世界を変えるような勇敢な人物なはずはない。どうにか生き残った天才博士や大財閥の息子ではますますない。ポストアポカリプスの世界でも、沢山の人がそれぞれの日常の一コマを積み重ねているはずである。
逆に言えば椎名誠のSF作品は、そのような終末世界の一コマを一つの文芸作品として昇華させたものなのではないだろうか。
この作品の大きな特徴は、大量に登場する造語である。その語感は共通して独特の生々しさとでもいうべき雰囲気を纏っている。さらにそのほとんどが無説明で登場しては去っていくだけであることも、その意味を理解しきれない読者の頭に長いこと留まり続けるため、造語の存在感を際立たせている。

——いっぽん指茸の灰汁のような色をした雲がぐんぐん流れてきた—— (「総崩川脱出記」より)

この文のような、造語を用いた比喩は椎名誠独自の表現である。「指茸の灰汁」がどんな色なのかその前後で一切説明がなく、雲の様子はさっぱりわからない。本来わかりやすくするために用いられるはずの比喩表現なのだが、椎名はむしろわかりにくくするために使用している。そのわかりにくさが、読者に想像の余地を残し、それぞれの頭の中に無数の景色を創り出している。
しかし考えてみれば、このような造語を用いた比喩表現は、そこで生活している語り手にとってはごく普通に感じたことなのではないだろうか。空を流れる雲を見た捨三は、「指茸」が何なのか考えるまでもなく、ごく自然に「指茸の灰汁のような色」を思い浮かべたはずである。
またこのような造語は、同一の存在に対して複数ある場合がある。作中で登場する法治局の監視用無人機を定吉は「知り玉」、のしは「監視鳥」、可児は「監視アンテナ」とそれぞれが好き好きに呼んでいる。このような描写は、戦争により社会が分断されて長い時間が経っているということを示している。

——獰猛な魚は、子供らの間でガシと呼ばれていたが…人喰い魚になると聞き、捨三は思わずとびのいてしまった。 (「総崩川脱出記」より)

この文章は、登場人物でさえもその造語を知らない場合があるということである。以上のような造語の扱いから、つまり『武装島田倉庫』は、究極までに登場人物目線で描かれた作品なのである。
さらに、多くの人々は非常に冷静に生活している。死が身近にある終末世界で、必要以上に悲観も落胆もせず、ただ淡々と過ごしている。その様子は、その社会で長い間暮らしてきた人々の描写としてはとても現実味のあるものである。科学的な説明のない、一つ間違えればファンタジーのなかでも地に足が着いていないものになりかねない世界設定に基づいたこの作品を、SF作品の一つに持ち上げているのは、そのようなリアリティなのではないだろうか。
『武装島田倉庫』の中の7つの短編はいずれも、はっきりとした始まりと終わりのないストーリーである。それが、登場人物やその社会がどうなるのか気になってまた読みたくなるように仕向けている仕掛けになっていると思われる。
造語にしろ、社会にしろ、それが何なのか、なぜそれが存在するのかという説明は少なく、多くは突拍子もなく登場する。しかし読んでいても訳が分からなくて退屈であることは少なく、その訳の分からなさが面白さを生み出している。その面白さというのは、遠くから来た一人の旅人の故郷の話を聞いているような、わくわくとする感覚のようなものなのではないだろうか。

「北政府もの」とは

『武装島田倉庫』と同年に刊行した『アド・バード』が日本SF大賞を受賞したことに対して、「『武装島田倉庫』でとりたかった」と語るほど椎名誠はこの作品に対する深い思い入れがある。そのため彼の著作には『武装島田倉庫』と同じ世界設定を共有するものがいくつもある。物語の中核を担う架空の組織「北政府」から、それらは「北政府もの」と総称される。
最新の作品は2016年に角川書店から刊行された『ケレスの龍』。
戦争で使われた化学兵器による心かを遂げたと思われる奇妙な生物が数多く登場するのが一つの特徴である。
『武装島田倉庫』の混沌とした雰囲気が気に入った方は、ぜひ他の「北政府もの」も読んでみて欲しい。

読書案内

椎名誠のその他の作品

アドバード、水域
『武装島田倉庫』と共に椎名誠SF三部作に挙げられる作品。互いにストーリーにつながりはないが、三作とも終末世界を舞台にしている。

椎名誠[北政府]コレクション
「北政府もの」の短編小説の中から北上次郎が選んだ作品を収録した短編集。2019年に刊行されたため他の作品よりも手に入れやすく、また選りすぐりの作品ばかりが掲載されているため

雨がやんだら
椎名誠の初期のSF短編集。『シークが来た』から改題されている。表題作は「佇む人」(筒井康隆)に触発されて目指したSF世界の中でももの悲しさを、椎名誠らしく十分に描けており、椎名誠のSF短編作品の中では最高水準の作品(個人の感想)。

奇妙な生き物がいっぱい出てくる終末SF小説

地球の長い午後(B・W・オールディス)
自転が止まり、植物を中心とした現代とは全く異なる生態系が形成された遠未来の地球の話。インタビュー「小説を育てる——『アド・バード』をめぐって」では、椎名のこの作品への熱を語っている。また、『アド・バード』は生態系がガラリと変わった世界が描かれており、この作品からの影響がうかがえる。また夜の側で発掘されたアジテーションをする鳥型機械はアド・バードそっくりである。

新世界より(貴志祐介)
社会が衰退した今から千年後、すべての人間が<呪力>と呼ばれる念動力を手に入れた世界で、好奇心がゆえに隠された真実に触れてしまった少年少女の物語。ポストアポカリプスの設定と、様々な異形の生物という共通点があるため、『武装島田倉庫』や『アド・バード』などと並べて語られることも多い作品。この作品では生物が変化した理由がはっきりと語られる。

華竜の宮(上田早夕里)
海底隆起により地球上のほとんどの陸地が水没した25世紀の世界で、人類を残そうと奮闘する主人公たちの外交SF。それ以前の領土獲得のための長い戦争でばらまかれた化学兵器などのために、海の生態系が大きく変わってしまい、人に危害を与えるまで進化した海洋生物が数多く登場する。

漫画

武装島田倉庫(鈴木マサカズ)
『武装島田倉庫』をコミカライズしたもの。大筋の設定は原作と共通しているが、オリジナルのストーリーも多い。

BLAME(弐瓶勉)
作者の弐瓶勉は『武装島田倉庫』を好んでおり、電基漁師編では一部の登場人物の名前がここから取られている。
最終更新:2022年04月30日 15:45