東北大学SF研 読書会 2008年SF傑作選「虚構機関」 山本弘「七パーセントのテンムー」

by ちゃあしう

1・作者について

山本弘(やまもとひろし)
1956年生まれ。と学会会長・SF/ファンタジー作家にしてゲームデザイナー。グループSNEの初期メンバのひとり。78年SF奇想天外新人賞でデビュー。その後もライトノベルから本格SF・トンデモ本評論まで活動は広い。「SF=バカバカしさを真面目に」をモットーとし、突飛な発想に科学的考証をつけた作品が多い。空想科学読本に喧嘩を売ったのもこのため。

2・あらすじ

 脳科学者はfMRIで脳の働きを調べている中で、「I因子」なるものを発見する。どうやら人間の平均して七パーセントにはそれがないらしい。人間を人間たらしめるものがI因子ならば、それがないのは何なのか。それは人工無能に対するところの天然無能(テンムー)なのか?恋人がI因子欠落者と知った主人公は模索を続ける。

3・ガジェット

「fMRI」
脳・脊髄の血流変化を核磁気共鳴法で検出する装置のこと。物質を構成する原子は高速回転する一種の磁石とみなせ、外部との共鳴現象から変化を検出する。その性質上強磁場を発生させるため金属製品の持ち込みはたいへん危険。死亡例もあるので注意されたい。
最近ではじゃんけんで次に出そうとする手の予測・目で見ている白黒の図形の判別実験に成功している。ただし分析にはちょいと時間がかかるのでリアルタイムとはいかない。

「哲学的ゾンビ」「天然無能」  ・・・瀬名秀明『デカルトの密室』etc
前者は「外見こそ人間だが内面的現象・クオリアをもたぬ人間」のことを表す。ゾンビは通常の人間と議論したり映画を見て笑ったりできるが、そこに「感覚」をもたない。

  • 人間を位置づけるものはなにか?
…感情移入能力(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)
…倫理という働き
 …トロッコ問題
1:トロッコが暴走している。あなたの前にはポイント切り替えがある。片方に切り替えると一人、もう片方に切り替えると5人が死ぬ。
2:トロッコが暴走している。あなたの隣には見ず知らずの人がいる。もし彼/彼女を付き落とせばトロッコは脱線して5人が助かる。そうでない場合5人は轢かれて死ぬ

人工無能=文字をひっかきまわしてそれっぽい会話文を生成するチャットプログラム
天然無能=その自然発生バージョン 生活は可能だが、そこに意味や感覚を持たない?

本作品の元アイデア

「人工無能 無敵くん」 ・・・山本弘『神は沈黙せず』に登場した荒らしソフト。
ある命題(間違っていてもよい)を入力しておき、掲示板に書き込みをする(例:「相対性理論は間違っている」)。掲示板に新たに書き込まれるその命題に対する反論に単純な煽り文句と詭弁(「ちゃんと調べたのですか」「そんなことは常識だ」etc)で再反論の書き込みを続ける非常に単純なもの。ただしプログラムなので休むことなく相手を攻撃し続けられる(相手が反論しなくなる=「勝利宣言」を出す憎い機能を追加することも可能)文字通り無敵の人工無能。チューリングテストにもパスするとされる。ひろゆきが2chの予告書き込みを評して言った概念「無敵の人」より若干早かったかも。

要はトンデモさんの頭脳構造=「無敵くん」?
こいつスクリプトなんじゃないか という書き込みはよくあったりする

  • 意識は数秒前のもの?
『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』トールノーレットランダーシュ, 紀伊国屋書店など、近年になって意識の働きの解明の際に出てきた諸問題のひとつ。
イーガン『決断者』なども同じ問題を扱っている

4・感想とかまとめとか

脳なんて所詮は化学物質と電気信号の産物でしかない。となるとそこにいる「自分」とは何なのか?多くの人が抱いてきた疑問を代表的なところではイーガンやテッド・チャンが様々な状況を持ってきて考えてきた。その日本.verといえるだろう。

SFでは常に人間であることの定義を問うてきた。ある時は心理テストであり、ある時は代数の計算であり、ある時はギブアンドテイク・働かざる者食うべからずの原則を守れるかであった。「意識」を検出する(ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』etc)、その先に自意識をもたない人間を発見してしまうという着眼点は非常に面白い。しかし、そこを「障害」としてしまったことが一番の「違和感」につながっているように思う。それにさらに会長がいつもお相手しているトンデモさんを加えてしまったことでカオス度が増している。そのせいもあってか最後投げた感だけが残ってちょっと腑に落ちないところはある。

ただ、「先行する意識」の問題から考えると、今生きている人間すべてがゾンビと同義になる、という視点は重要。これをどうとらえるか?人によってはそれを一種の運命論だと思うだろうし、そうでないと思う人もいるだろう。ここで決断主義を入れてくるのがいつもの山本弘 のような気もするのだが・・・?
最終更新:2009年04月17日 12:21